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血の継承【改訂版】  作者: Salhi smail
第四章 アイン・アルワル編

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古い水路が目を覚ます時

ナツメヤシ園からの帰り道は、行きとは違っていた。


行きは、恐怖が前にあった。


今は、背後にもある。


黒い封印石から遠ざかるほど、ヤザンは背中が無防備になっていくように感じた。


後ろから怪物の足音が聞こえるわけではない。


古いナツメヤシの間に、動く影が見えるわけでもない。


それでも、あの園の静けさは、立ち去る者を黙って見送るようなものではなかった。


こちらがただ一度振り返り、まだそこにあるのだと思い知らされるのを待っている。


そんな静けさだった。


ラカンは先頭を歩いていた。


急いではいない。


その足取りに乱れはなく、前方の道を見ながら、ときおり一行の顔にも目を配っていた。


隣を歩くサーリムは、ヌーリヤとアシールが修正した水路図を手にしていた。


そこには、ナツメヤシ園から村の外れへ伸びる新たな線が加えられていた。


第三の流路。


砂の下に埋もれた、古い水路。


地図を見ながら、サーリムが言った。


「古い鍛冶小屋の裏か……あの水路がまだ残っているとは思わなかった」


ヌーリヤが答える。


「ビスカラでは、今も使われている水路は記録に残します。でも、人々が恐れる水路は、いつの間にか昔話の中へ追いやられる」


アシールが言った。


「昔話は怠惰な記憶よ。恐怖だけを残して、その理由を忘れる」


誰も言葉を返さなかった。


アイン・アルワルの人々が恐れていたのは、禁じられたナツメヤシ園だけではない。


かつて埋めなければならなかった何かを、別の名前で呼んでいたのだ。


呪い。


禁忌。


近づいてはならない場所。


太陽が少し高くなった頃、一行は村の最初の家並みへ辿り着いた。


光は強くなっていたが、村を安心できる場所に変えてはくれなかった。


むしろ、夜が残したものをはっきりと照らし出している。


水路の近くで崩れた石膏の壁。


固い土の上に刻まれた鉤爪の跡。


そして、鎧のような皮膚を持つ怪物が現れた場所に残る、深い穴。


子供たちは外へ出ることを禁じられていた。


それでも、小さな顔が扉や細い窓の陰から覗いている。


シグランの姿を見つけると、子供たちの間に囁きが広がった。


「大きな怪物を倒した人だ」


「青い炎を見た!」


「父ちゃんが、ザランの騎士様は村の守り手よりずっと強いって言ってた」


視線は、他の誰よりもシグランへ集まっていた。


彼の炎は人々の目に見える。


その強さも、誰にでも理解しやすかった。


シグランにも囁きは聞こえていたはずだ。


笑みこそ見せなかったが、背筋がわずかに伸び、顎も少しだけ上がっている。


ヤザンには、それで十分だった。


「今日から、村の子供たちに路地で追い回されそうだな」


小声で言うと、シグランは振り返らずに答えた。


「お前のほうへ追い払ってやる」


「この肩を見たら、すぐにお前のところへ戻ると思うぞ」


「ザランの紋章を炎で焼きつけてやる。そうすれば、誰も近づかない」


二人の間を歩いていたマヤが言う。


「二人とも疲れていて、怪我もしているのよ。しかも、この村の下には危険な流路がある。それなのに、今が冗談を言う時なの?」


ヤザンが答えた。


「そうだ」


シグランも続ける。


「必要だ」


マヤはため息をついた。


だが、小さな笑みを隠しきれていなかった。


少し離れた場所から、ジャラールが三人を見ていた。


サーリムへ顔を寄せ、小声で言う。


「変わった連中だ」


「強い連中だ」


ヌーリヤが加えた。


「どちらも正しいわ」


後ろを歩いていたアシールが、彼らを見ずに言った。


「時には、その組み合わせだからこそ生き残れることもあるのよ」


     *


古い鍛冶小屋は、村の東側にあった。


一部が放棄された、石膏造りの家々に囲まれている。


もう長いこと使われていない。


鍛冶師はすでに亡くなり、家族はビスカラの中心部へ移り住んでいた。


傾いた木の扉。


埃をかぶった古い革製のふいご。


壁に掛けられたまま錆びついた鍛冶道具は、鉄の骨のように見えた。


ヤザンは小屋の前で立ち止まった。


マルワンの家のように、温かな記憶が残る場所ではない。


それでも、よく知っていた。


村の子供たちは、別の理由でこの小屋を恐れていた。


呪われていたからではない。


近づくたびに、老いた鍛冶師が必ず怒鳴りつけたからだ。


「裏です」


一行は小屋の周りを回った。


壁と古い石の列の間に、狭い空間がある。


地面は一見すると普通だった。


薄い砂と乾いた藁に覆われている。


だが、マヤはすぐに足を止めた。


「この下に水がある」


ヌーリヤが素早く彼女を見る。


「感じるの?」


マヤが頷く。


「少しだけ。流れてはいない……閉じ込められているみたい」


ヌーリヤは近づくと、片膝をついて地面へ手を置いた。


目を閉じる。


しばらくして、ゆっくりと目を開いた。


「ええ。地下に古い水路があります」


アシールが言う。


「いいわ。ここから始める」


サーリムが尋ねた。


「地面を壊すのか?」


「いいえ」


ジャラールが彼女を見る。


「なら、どうやって水路へ近づく?」


アシールは道具袋から三本の黒い杭を取り出した。


「開く必要はないわ。自ら開かないよう説得すればいい」


シグランが言う。


「封印術はどれも、裁判所にいるような言い方をするのか?」


アシールは淡々と答えた。


「中には、罪状を理解する前に判決を下して、あなたを殺すものもあるわ」


シグランが黙る。


ヤザンが言った。


「納得できる答えだ」


ラカンの落ち着いた声が飛んだ。


「作業に集中しろ」


アシールは狭い空間の中央まで進み、最初の杭を地面へ打ち込んだ。


それから、マヤとヌーリヤへ目を向ける。


「二人には、水の痕跡を固定してもらう。押しても、引いても駄目。ただ、私に見えるようにして」


マヤが尋ねた。


「どうすれば?」


ヌーリヤが答える。


「暗闇の中にある糸へ、引っ張らずに触れるようなものよ」


マヤは彼女を見てから、頷いた。


「分かった」


二人は古い流路を挟むように立った。


マヤが手を上げる。


腰の水袋から細い水の筋が伸び、砂を濡らすことなく、その表面を滑るように進んだ。


反対側では、ヌーリヤが地面へ掌を置く。


彼女の指の周囲に、水の痕跡を読むビスカラ式の術式が浮かび上がった。


砂の色を帯びた、淡い青の線。


二人の方法は異なっていた。


マヤの水は生き物のように目に見えて動き、ヌーリヤは、水が消えたあとに残る痕跡さえ読み取っていた。


二人を見ながら、サーリムが言う。


「アルマザの水と、ビスカラの水が、こんなふうに力を合わせられるとは思わなかった」


暗い灰で線を引きながら、アシールが答えた。


「水は私たちの旗など気にしない。気にしているのは人間だけよ」


地面が震え始めた。


大きな揺れではない。


だが、ラカンが手を上げるには十分だった。


「配置につけ」


シグランが右へ移動し、掌に青い炎を灯す。


ジャラールとサーリムは、鍛冶小屋へ続く二つの通路を塞いだ。


ヤザンは傾いた壁のそば、アシールと村の内側へ続く細い道との間に立った。


ラカンが彼を見る。


「ヤザン」


「はい」


「アシールと道の間を守れ。彼女を守る時か、道を塞ぐ時以外は動くな」


ヤザンは頷いた。


「承知しました」


ラカンはそれ以上、何も言わなかった。


命令は明確だった。


ヤザンも、自分がそこに置かれたのは予備としてではなく、役目を託されたからだと理解していた。


背後からアシールの声がする。


「流路が抵抗を始めたわ」


マヤの足元で砂が震えた。


彼女が歯を食いしばる。


「水を引き込もうとしてる」


ヌーリヤが言う。


「渡しては駄目。あなたの水を奪えば、それを使って地上までの道を開く」


「全然、安心できない説明ね」


「安心する必要はない。固定することだけ考えて」


マヤは上げた手を動かさなかった。


水が細かく震え、やがて静まる。


一本だった水の筋は、三本の細い糸へ分かれた。


透明な弦のように、それぞれが異なる場所で地面へ触れている。


アシールが言った。


「いいわ。完璧よ」


最初の杭へ掌を置き、囁く。


「留まりなさい」


地面の下から音がした。


石が、別の石の上を引きずられる音。


シグランが音のした方角へ顔を向ける。


次の瞬間、壁際の砂が裂けた。


流路そのものが開いたわけではない。


だが、小さな亀裂が生まれ、そこから大型犬ほどの怪物が飛び出した。


細長い身体。


灰色を帯びた黒い皮膚。


口の中には、細い牙が隙間なく並んでいる。


怪物はシグランにも、サーリムにも目を向けなかった。


真っすぐにアシールへ跳びかかる。


シグランが動いた。


だが、狭い通路のせいで、炎を撃ち込む角度が取れない。


最も近くにいたのはヤザンだった。


ラカンがヤザンに守れと命じた一線を、怪物が越えた。


そこで、ヤザンは動いた。


怪物がアシールへ届く直前、ヤザンは身を低くし、怪物そのものではなく、その進路を塞ぐように横から飛び込んだ。


怪物が負傷した肩へ激突する。


骨の奥を稲妻のような痛みが走り、一瞬、呼吸が止まった。


それでも、声は上げなかった。


ラカンから教わったとおり、衝撃に逆らわず身体を回す。


怪物の牙が食い込む前に、その勢いを肩の上から横へ流した。


無事なほうの手を伸ばし、ざらついた尾を掴む。


体重をかけ、怪物の進路を壁側へ逸らした。


押さえ込めたのは、ほんの一瞬だった。


それ以上は、傷ついた肩が耐えられない。


息を詰まらせながら、ヤザンが叫ぶ。


「シグラン!」


青い炎が届いた。


短く、正確な一撃。


杭にも、アシールが引いた線にも触れず、怪物の頭だけを焼き抜いた。


怪物が倒れる。


ヤザンも片膝をついた。


肩を押さえた顔から、血の気が引いている。


マヤが叫んだ。


「ヤザン!」


「水の糸を切るな」


マヤの身体が止まる。


ヤザンの言うとおりだった。


今ここで持ち場を離れれば、地下の流路が開くかもしれない。


マヤは歯を食いしばり、その場に残った。


上げた手は下ろさない。


それでも、その目はヤザンから離れなかった。


サーリムは、すべてを見ていた。


片膝をつき、苦しそうに呼吸しながらも助けを求めないヤザン。


彼を案じながら、それでも水を固定し続けるマヤ。


二人の間に立ち、掌に炎を灯したまま、新たな亀裂を警戒するシグラン。


サーリムが低い声で言った。


「本物の隊だ」


ジャラールが答える。


「言っただろ。変わった連中だ」


サーリムは三人から目を離さなかった。


「俺が言ったのは、強い連中だということだ」


怪物に殺されかけたばかりだというのに、アシールは何事もなかったように作業を続けていた。


だが、顔を上げずに言う。


「ヤザン」


ヤザンが苦しそうに答えた。


「はい?」


「作業が終わったら、マヤにその肩を診せなさい」


「お優しいですね」


「使える道具を壊れたままにしないだけよ」


シグランが言う。


「また褒められたな」


ヤザンは負傷した腕を身体へ寄せながら、ゆっくりと立ち上がった。


「道具扱いで喜べと?」


アシールは灰の線から目を離さない。


「捨てるとは言っていないわ」


誇るべきなのか、不安になるべきなのか、ヤザンには分からなかった。


     *


第三の流路を固定するまでには、三十分ほどかかった。


汗と振動に耐えながら、一瞬も気を抜くことのできない時間だった。


新たな怪物は現れなかった。


だが、地面は二度、新たな亀裂を作ろうとした。


そのたびに、ヌーリヤが亀裂の現れる兆しと方向を察知し、マヤがその上の水を固定した。


アシールは新たな杭を打ち込むか、灰で別の線を描いて塞いでいく。


すべてが終わると、マヤはその場へ座り込み、深く息をついた。


額の汗を拭いながら、ヌーリヤが言う。


「わずかな水を、まるで大河のように操るのね」


マヤが疲れた笑みを浮かべる。


「あなたは、私には見えない水の音まで聞いてる。どちらのほうが変なのか分からないわ」


「ビスカラでは、それは褒め言葉よ」


「アルマザでも……時々はね」


アシールは最後の杭へ近づき、指先で触れた。


杭は震えなかった。


「第三の流路は、この地点で一時的に固定できたわ」


サーリムが尋ねる。


「一時的?」


「封印石の中心を閉じるまでよ。一日以上放置すれば、この流路は再び抵抗を始める」


ラカンが尋ねた。


「残りは?」


アシールが水路図を開く。


「第一の流路は、怪物が現れた干上がった水路の下。第二の流路は、封印石の真下よ」


シグランが言う。


「なら、次は水路へ行く」


ラカンが答えた。


「負傷者を戻してからだ」


ヤザンが口を開く。


「俺はまだ――」


ラカンは振り返らずに言った。


「お前の名前は出していない」


ヤザンが黙る。


マヤが言った。


「でも、今のは絶対に言おうとしてた」


シグランも続ける。


「分かりやすすぎる」


ジャラールまで言った。


「俺でも何を言うか予想できたぞ」


ヤザンは一人ずつ顔を見た。


「素晴らしいな。いつの間にか、全員が俺を読めるようになったらしい」


ラカンが言う。


「同じ過ちを繰り返すからだ」


アシールも加える。


「だから予測しやすいのよ」


疲れていたマヤが笑みを浮かべる。


シグランでさえ、笑いを堪えているように見えた。


だが、その空気は長く続かなかった。


広場の方角から、小さな鐘の音が聞こえた。


一度。


続いて、もう一度。


そして、三度続けて鳴る。


サーリムの顔つきが変わった。


「客舎の方角からの警報だ」


ジャラールが言う。


「水路のほうじゃないのか?」


ヌーリヤが耳を澄ます。


「違う……村の中央からよ」


ラカンがアシールを見る。


アシールは水路図を握りしめた。


「この地点は固定した。でも、圧力が第三の流路から別の古い支流へ逃げたのかもしれない」


サーリムが尋ねた。


「どの支流だ?」


アシールは答えず、ヤザンを見た。


「第三の流路は家々の下を通っているのね?」


「はい」


「ここへ届く前に、別の場所へ分かれている?」


ヤザンはすぐに答えられなかった。


古い路地。


閉ざされた扉。


子供たちが近づくことを禁じられていた場所。


記憶の中で、それらが一本の線へ繋がっていく。


ヤザンの表情が変わった。


「広場だ」


ラカンが尋ねる。


「広場に何がある?」


「古い井戸です」


一瞬、誰も言葉を発しなかった。


直後、広場の方角から女の悲鳴が響いた。


怪物の声ではない。


村の中心に現れた危険を目にした、人間の悲鳴だった。


アシールが鋭く言った。


「井戸へ。今すぐ!」


全員が同時に動き出す。


最短の道を知っているのはヤザンだった。


それでもラカンを追い越さず、隊列も崩さない。


二軒の家の間にある細い通路を指す。


「ラカン先生、こちらです。こっちが近い」


ラカンが言った。


「俺の後ろにいろ」


「はい」


ラカンが通路へ駆け込み、ヤザンがその後ろへ続いた。


残りの者たちも走り出す。


彼らの背後には、黒い杭が地面へ打ち込まれたまま残っていた。


静かに。


揺れることなく。


だが、アイン・アルワルの家々と道のさらに下では、圧力が別の出口を探していた。


古い水路が、一つ、また一つと目を覚まし始めていた。

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