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花姫恋奇譚~敵国皇帝の后になりたくない紅き鬼姫は、漆黒の魔王に溺愛される  作者: いか墨ドルチェ
第一章 鬼姫の花嫁道中

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第35話 獅子将軍

 助っ人として加わってくれた三人の若者も、炎刃(イェンレン)隊の戦い方に慣れてきて、神雲(シェンユン)国での行程もおおむね順調だった。ただ、そろそろ旧南黄(ナンファン)の国境も近づいてくるので、より一層気を引き締める必要があった。


 その日も何度か魔物を討伐しながら国境を目指して進んでいくと、ガクが「あっち、ひと、いっぱい、戦いしてる」という。


「人と人が戦っているの?」


 蓮音(リェンイン)が聞くと、ガクは頷く。


 おそらく盗賊の一団と商団が交戦しているのだろう。


「助けに行こう!」


 蓮音は、有無を言わせぬ勢いで、商団の救助に向かおうとする。


 蒼迅(ツァンシュン)は渋った顔をしていたが、剣護(ジェンフー)が「行こう」と背中を押す。


 こいつが行くと言っているのに反対はできない。反対したら、まるで自分がビビっているみたいではないか。それに、こいつが大丈夫と判断するのであれば、実際、大丈夫なんだろうとも思う。ムカつく野郎だが、腕は確かなのだ。


 馬車と一緒だと時間がかかるので、御者の海遠(ハイユェン)万梅(ワンメイ)を交代させて、助っ人三人も合わせて九名で走って救援に向かった。


 闘気から交戦状況を探ったのか、剣護が詳しい状況を教えてくれた。


 盗賊団は約三十名。一方の商団の護衛は十名弱でかなり押されているとのこと。そして、ガクがいうにはもう一団、その場に向かって旧南黄(ナンファン)側から馬を飛ばしてこちらに向かってきている集団があると。それが敵か味方かはわからなかったが、とにかく盗賊団を追い払うことを優先に助太刀することにした。


「相手は数が多い。まずは相手の士気を挫くようにかく乱することを優先して。相手の手足を狙い、戦闘力を削ぐことに力を入れましょう」


 蓮音の提案通りに、九人は三人ずつの小隊を組んで次々に突撃した。思いがけずに新たな敵が出現したことで、盗賊団の統率は乱れる。その混乱をついて、蓮音たちは少しずつ盗賊団の戦闘力を奪っていった。


 すると北から十人ほどの集団がやってきた。先頭にいたのは、先日、仮装行列で幾度も目にした、黄金の髪を風になびかせた屈強そうな男だった。盗賊団はその一団を見て明らかに動揺していた。


 あれは、なんと、魔王軍の将軍の一人、獅子将軍の軍なのではないか!?


「一人たりとも取り逃がすな!」


 本物っぽい獅子将軍が勇ましい声で部下たちに号令をかけ、散り散りになって逃げようとする盗賊たちを捕縛するように命じた。


 戦況を見守るのかと思われた獅子将軍であったが、すぐに自身も戦闘に加わる。数の上でも大した優位ではなくなった盗賊団は、みるみる間に獅子将軍らしき一団に捕らえられていった。


 獅子将軍たちが助っ人に加わり、一気に戦況が逆転したところで、蓮音は怪我人の救護を優先した。馬車のエリックたちも到着して、万梅と明鈴も怪我の治療を行った。重傷者もいたが、幸い死者は出ていなかった。


 戦闘が終わると、商団と彼らが雇った傭兵の隊長が、蓮音や獅子将軍のところにお礼の挨拶をして回っていた。


 蓮音はかなり興奮していた。なんとあの獅子将軍の軍と一緒に戦えるとは!


 蓮音も、怪我人の治療の目途がついたので、獅子将軍のところに走っていった。


「あの、もしかして、獅子将軍、豪毅(ハオイー)将軍ではないですか!?」


 目をキラキラさせながら蓮音が聞く。


「えっ、あっ、はぁ、まぁ、そういうことになりますかね」


 なぜか、獅子将軍は思ったよりも歯切れが悪い。


「がははははっ、我こそが獅子将軍こと豪毅であるぞ! お前たち、我の前にひれ伏せぃ」みたいなのを蓮音は大いに期待していたのだが……。


「あの、助太刀、ありがとうございました。将軍のおかげで一人も死者を出すことなく、賊を制圧することができました」


 蓮音は笑顔でお礼を述べると、深々と頭を下げた。


「あっ、頭をあげて下され! 礼など不要です。はぁ、まぁ、その、我々は当然の仕事をしたまでですので」


 獅子将軍の威勢が思ったよりもよくないのは、当然、その場に剣護がいて、蓮音の背中越しに、こちらをすごい形相で睨んでいるからだ。


 豪毅はどちらかというと、かなり鈍い男ではあるが、この戦いの中で、魔王様の想い人が誰なのか知ってしまった。その女性が自分に駆け寄り、憧れのまなざしをこちらに向けてきて、親しげに話しかけてきているのだ。彼にとってこれほど恐ろしいことはない。今も見えざる手で心臓を鷲掴みにされているようで、冷や汗が止まらないのだ。


 目の前の蓮音を見ると、微笑みながら握手を求めるようにこちらに右手を差し出しているではないか。


(どどど、どうしろっていうんだーー!!)


 これは人生最大の危機(ピンチ)だ。


 握手を拒むのは礼に失するだろうし、握手したらしたで主が恐ろしい。豪毅は一度手を拭いて、意を決して手を握り返そうと右手を伸ばした。


 が、二人の手が触れ合う直前、蓮音の後ろにいた剣護が豪毅の手をすごい力で握ってきた。


「いでぇぇぇっっっ!!」

「やあ、将軍、久しぶりだだな」


 剣護は恐ろしいほどの笑顔だ。そして、豪毅の手は、見るも無残に、まるで冗談のように真っ赤に腫れあがっていた。


「ああああっ、はっ、はい、お久しぶりでございますでござるっっ!」


 豪毅は、腫れあがった手の痛みも忘れて、慌ててペコペコと挨拶をする。


 確かに剣護は獅子将軍のことを知っているとは話していたし、彼のことを「バカ」呼ばわりしていたが、まさか魔王配下の獅子将軍相手にもこんなデカい態度を取るとは! 李益(リーイー)という男はそんなに大物なのかと炎刃(イェンレン)隊の一同は驚嘆した。


「ところで、将軍、どうして神雲国へ? ここはあんたらの縄張りじゃないだろう?」


 剣護が尋ねた。


「えっ、はいっ、それがですね……」


 獅子将軍は、事情を説明した。


 今、獅子将軍は旧南黄で盗賊討伐に当たっているらしい。その中の一団が国境を越えてこちらに逃げ込んだので、そのまま後を追ったとのことだった。


 現在、旧南黄で暗躍している盗賊団は非常に(たち)が悪く、商団が輸送している物品を奪うだけでなく、警備が手薄な村や町に出没してはそこの人も攫い、奴隷として大昇帝国に売り払っているようなのだ。


 しかも、彼らは拠点をいくつも持ち、神出鬼没。なかなか賊の頭を捕らえられていないという。


「それは、許しがたい話ね」


 蓮音が怒りを押し殺すようにして言葉を発したら、彼女が纏っている周りの空気が紅く燃え上がったように見えた。


「というわけですので、もし、お嬢様方が旧南黄に行くのであらば、どうぞお気を付けくだされ」


 豪毅が忠告してくれた。


 それを聞いた蓮音は、獅子将軍の忠告に感謝を述べる前に、意外な別の言葉を口にした。


「わたしはお嬢様じゃない」

「えっ?」


 獅子将軍は戸惑った。


(いや、だって皆があなたのことをお嬢様って呼んでたでしょうが! いや、知ってますよ、あなたが蓮音姫だって。ああ、まさか鬼姫がこんな美人だったとは……。じゃなくて! でも、姫だと隠してるんでしょ? だったら、皆と同じようにお嬢様って言うしかないじゃないか!)


「わたしは、彩華国の第一王女、蓮音。獅子将軍、我らが同盟国である神雲国の危機にお力を貸してくださり、感謝します」


「お、お嬢!」


 驚いた蒼迅が叫ぶ。


 ここで敵か味方かもわからない魔王軍の獅子将軍相手に身分を明かすなんて。しかも、剣護や三人の助っ人も聞いている中で!


「いいのです、蒼迅。これ以上、何かを偽って隠す必要はもうないでしょう」


 蓮音は蒼迅を諭した。


「いえいえ、いえいえ、そもそもすべて魔王・黒煙虎(ヘイイェンフー)様のご指示でして、俺はただそれに従っているだけです! すべては魔王様の采配の結果です! 素晴らしいのは俺ではなく魔王様なのです!!」


 豪毅が必要以上に、わざとらしいぐらいに、彼の主である魔王をほめたたえた。


「そうですか。では、豪毅将軍。魔王閣下にわたしが感謝していたとお伝えください。それから、開王国もお救い下さり、ありがとうございますと」


「はいっ、この命に代えても、必ずやお伝えいたします!」


 獅子将軍はペコペコしながらそう言った。


 蓮音は、豪毅が、魔王が見ていないところでも彼を恐れている様がちょっと滑稽に思え、くすくすっと笑った。そして、李公子が彼のことを「バカ」と言っていたことが頭をよぎる。


「獅子将軍、あなたって人は、うわさよりもずっとずーっとかわいい人なのですね! ふふふっ」


 剣護の凍てつくような視線を感じて、豪毅はさらにダラダラと滝のように汗を流していた。


「いいえ、おれはバカです! 正真正銘ただの大バカ者です!」


 豪毅は、潔く自らバカだと宣言すると、最後の最後までペコペコしながら、捉えた盗賊団を護送しつつ去っていった。


 豪毅は、剣護の視線に、心底怯えながらも、彼が蓮音姫に惚れたわけが何となくわかったような気がした。

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