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花姫恋奇譚~敵国皇帝の后になりたくない紅き鬼姫は、漆黒の魔王に溺愛される  作者: いか墨ドルチェ
第一章 鬼姫の花嫁道中

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第29話 仮装

 翌日、蓮音(リェンイン)蒼迅(ツァンシュン)に、今日も馬車の中ではなく、騎乗して戦闘に加わりたいと、やんわりと頼んでみた。


 昨日の一日お嬢様が効いたのか、蒼迅は迷った挙句、男――要するに李益――と一緒に馬に乗らないこと、攻撃性の高い魔物に遭遇したら馬車に避難することを条件に、姫の要望を認めた。


 幸い、滞在先の町で馬を一頭確保することができたので、蓮音はそれに乗ることになった。


 その日の目的地は、神雲(シェンユン)国の御三家・交霊術を扱う一族が収める城だった。


 交霊術は、亡くなったものの魂と交信をする術で、主に諜報活動に利用されていた。というのも、死体と切り離された死者の魂――死霊は、普通の人間の目には見えないからである。主の目となり耳となって各地の様子をさぐってくるのが死霊の役割だった。


 今日は偶然にも、毎年夏の終わりの満月の日に行われる「死霊たちの祝宴」という仮装行列の日だった。


 住人たちは「死をもたらす者たち」に仮装する。


 道行く人を眺めると、国の彩華(ツァイファ)蓮音姫や炎刃(イェンレン)隊に扮しているであろうものも多数いた。中でも人気だったのが、大昇(ダーシォン)帝国の皇帝と開国の魔王・黒煙虎(ヘイイェンフー)だった。


 仮装した者たちは、市中を練り歩いた後で、我こそはと腕に覚えがある者は武術大会に出場するのだ。昨年の優勝者は、なんと獅子将軍として知られている、魔王配下の将軍、豪毅(ハオイー)に扮したものだったという。


 町の責任者は蓮音たちに、姫や炎刃隊に扮しているものがいることを「すみません」と申し訳なさそうに謝ってきたが、蓮音はまったく気にしていなかった。むしろ「死をもたらすもの」として恐れられて、敵に回したくないと思わせることが重要なわけで、その意図が見事浸透している証だったからだ。


 よろしかったら見に行かれませんかと勧められ、蓮音は蒼迅に、見物に行ってもいいかどうか尋ねた。


「とりあえず、彩華国の蓮音姫にだけは変装しようと思わないでくれ」


「でも、蓮音姫に扮した人が、皇帝に負けるのを見るのは、例え仮装だとしても、絶対に嫌なんだけど。そんなの、耐えられない!」


 剣護も内心で、「俺に扮した奴が、昇昊(シォンハオ)や豪毅に負けるのは面白くない」と思った。


 蓮音にそう言われると、「確かにそれは絶対に嫌だ」というのが炎刃隊の共通認識となった。


「よし! こうなったら、わたしたちの誰かが蓮音姫様に変装して、優勝しちゃうっていうのはどう?」


 蓮音の提案を受けて、話し合いの結果、腕の立つ誰か一人が蓮音姫か炎刃隊に仮装して参加することになった。出場者はくじで決めることになったのだが、くじを引き当てたのは蓮音であった。


「やった! 武術大会、一度でいいから出てみたかったんだよね!」

「娘々が武術大会に出るならば、僕も参加しようかな。もちろん、娘々と当たったら勝ちを譲るから」


 今まで蓮音たちの会話に混ざって来なかった剣護だったが、急に乗り気になったようだ。


「李公子は何になるの?」


「そうだなぁ、昇昊にはなりたくないな。獅子将軍もバカだから嫌だな。仮装道具を売っている店を見てから決めるよ」


 二人がそんな会話をしていると、いつもあまり絡んでこないエリックが割って入ってくる。


「李公子、私と賭けをしませんか? 仮装したあなたをお嬢様が一発で見つけられたら、あなたの魔道具を一つ私に譲ってください! もし、お嬢様が負けたならば、お嬢様とデート1回でどうですか?」


 なんで賭けで勝った時利益を得るのがお前で、負けたときの代償を払うのが姫なんだとみんなは一言言いたくなったが、剣護は乗り気だった。


「いいね、面白そうだ。やろうじゃないか。娘々はどう?」


 蓮音は、「デートって何?」とエリックに聞く。エリックは、「二人で出かけることですよ」というので、その程度の代償であれば全然かまわないと、蓮音もこの勝負に乗った。


 剣護は仮装してから武術大会の会場に向かうというので、蓮音たちはそこで剣護を待った。しばらくすると、向こうから背の高い全身黒ずくめで黒髪をなびかせた男がやってきた。顔の上半分には黒い仮面を付けている。


 遠目に見ても、あれは剣護だと蓮音は一発で見抜いた。というのも、剣護は、身長の高い蒼迅や海遠(ハイユェン)と比べても背が高かったからだ。当然、この町の力自慢の男たちと比べても、彼は際立っていた。


 迷わずに蓮音はその黒ずくめの男に向かって走り寄った。近づくとその男からは自分がよく知った香りがした。蓮音が普段身につけていて、そして剣護にもあげた香嚢の匂いだった。


「李公子、みつけっ!」


 蓮音は確信をもって黒ずくめの男に声をかける。


 男は、降参したと言わんばかりに片手で頭を抱えるようなしぐさをした。


「参ったな、こんなにすぐに見つかるとは。どうしてそんなすぐに僕だってわかったの?」


 蓮音は人差し指を立てて口の前に当てた。


「えへへっ、それは秘密。……それは、もしかして魔王・黒煙虎?」


「うん。どうかな?」


 剣護は着ている服を披露するように両手を広げた。


「そういえば、李公子は本物を見たことあるんだっけ? あなたは何を着ても似合うよね。本物みたいに強そうですごくカッコいい!」


 蓮音は無邪気に答えた。


 今、彼女は黒ずくめの魔王に扮した男が、よく知った李公子だと知っているから「強くてカッコいい」と好意的な評価を下してくれた。それはそうとして、魔王・黒煙虎自身のことはどう思っているのだろうか。探りたいと思いつつも、今まで聞けずにいたことだ。


 二人は武術大会に参加の申し込みをした。


 この大会のルールは簡単だった。まずは4つにわけたグループで乱戦方式で対戦。勝ち残った4人で準決勝を行い、勝者が決勝に進む。武器は主催者が用意した木刀を使用、利き腕とは逆の腕に括りつけた色水の入った水風船が割れてしまうと負けとなる。


 二人とも順当に勝ち上がり、決勝で対戦することになった。


 試合開始後、二人はしばらく打ち合った。といっても、蓮音が打ち込む剣を剣護が受けとめていたので、観客の目には、魔王が鬼姫に押されているように見えた。


 二人の打ち合いそのものは見事だったが、なかなか決着がつきそうにもなかった。その時、剣護は蓮音と少し距離をとったかと思うと、腕の水風船を手に持ち蓮音の前にそれを捧げるようにして跪いた。


「参りました。魔王・黒煙虎、彩華国の姫君にこの命を捧げます。私の忠義の証をお収め下さい」


 そういえば、李公子は勝ちを譲ると言っていた。このまま続けても彼が本気を出すことはないだろうし、残念ながら自分の腕では彼を倒すこともできない。蓮音は、剣護が始めた芝居に乗ることにした。


 蓮音は自らの面を外して剣護に近づく。それをみた観客からは「おおっ」というどよめきが起きた。蓮音姫役は少年だとばかり思っていたが、まさかの少女、しかも滅多にお目にかかれないような美少女ではないか!


「魔王、黒煙虎よ。あなたの命は、この蓮音が預かった! 以後、わたしが愛する国、彩華国と神雲国とその民のためにあなたの力、存分に発揮なさい!」


 そういって水風船を剣護から受け取ると高々と掲げた。


「この先、いかなる困難があろうとも、あなたの為に私の全てを懸けることを誓います」


 その言葉を聞いて、蓮音は今度は剣護の仮面を外した。


 「あなたはもう魔王ではない。わたしの騎士だから」とでも言わんばかりに。


 魔王の仮面の下から現れたのが、これまたまさかの美丈夫で、会場にいた娘たちは「キャー」っと色めき立つ。


「あんな魔王様だったら、あたしも攫われたい」などと言う声も、どこからともなく聞こえてくる。


「勝者、蓮音姫!」


 審判が勝者の宣言をすると、剣護は蓮音の膝元を抱えるように抱き上げ、自らの肩に座らせるようにしてに一周回って観客にその姿を見せた。


 蒼迅は、「あの野郎、やりすぎじゃねえか……」と不満げだったが、美丈夫が美少女を抱き上げている姿は何とも絵になる。観客たちはこの芝居を見て、大いに喜び、拍手喝采を送った。


 今年の優勝は、魔王・黒煙虎を屈服させた彩華国の蓮音姫となった。


 その中の人が両方とも当の本人で、芝居も完全に芝居ではなかったことを知っているものは、剣護ただ一人であった。

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