第30話 魔王の評判
曲がりなりにも武術大会で優勝したことになった蓮音は、素直に喜んでいた。
「娘々、随分とうれしそうだね」
魔王・黒煙虎の恰好をして、仮面だけ外した剣護が話しかけてくる。
「うん! 実は武術大会で優勝することが子どものころからの夢だったんだ」
もちろん、知っているけど、と剣護は内心で思いつつ、言葉を続けた。
「へぇ、そうだったんだ? あなたの腕だったら、いくらでも優勝できそうだけど」
「そうかな? でも、なかなか武術大会に出場することができなくて。ようやく夢が一つ叶った気分。まぁ、あなたが勝ちを譲ってくれたからなんだけど」
「そんなことないよ。僕は、本当にあなたに敵わないと思ったから、降参しただけだよ」
言葉にしたことはすべて本音だ。そして、蓮音が思った以上に喜んでくれたので、剣護も晴れやかな気分だった。
二人でワイワイとはしゃぎながら話していたら、炎刃隊のほかの仲間とともにやってきたエリックが、手もみしながら「いやー、私の勝ちですね、公子! さあ、どんな魔道具をいただけるのでしょうかねぇ」とウザさ満点な感じで話しかけてくる。
「ところで、いくら本物を見たことがあるからといって李公子の仮装は本当に完璧って感じよね? 服装はともかく、その髪はどうしたの? かつらじゃなさそうだし、もしかして染めたの?」
エリックは後回しにして、蓮音は自分が気になっていた質問を剣護に投げかける。剣護がそれに答える前に、驚いた蒼迅が質問を浴びせてくる。
「は? 本物を見たことがあるって、魔王・黒煙虎をか? ちょっと待てよ、お前、よく生きてんな」
蒼迅は、それが本当であれば、目の前の男はかなり凄い奴だと、少し感心した。醜いと噂の魔王が、これだけ美しい、しかも傲慢な男を見て、傷一つつけずに見逃したというのか? いやいや、きっと見たといっても、相当遠くからチラッと見ただけに違いない。そうでなければ、いろいろと辻褄が合わない。
「魔王が、獅子将軍たちを仲間にして、魔王ディザスターを倒したとき、李公子も開国軍にいたんだって。彼の話だと、獅子将軍は……うふふっ、ちょっと蒼迅に似ているかもね」
「はっ? 俺が獅子将軍に似てるって?? 全然似てねえだろう?」
蒼迅は、近くにいた獅子将軍の仮装をした男を見た。鬣のような金色の長髪をなびかせた男の姿と、橙色の短髪の自分。同系色の髪色とはいえ、やっぱり、どう見ても似ている気がしない。ということは、見た目ではなく、能力のことを言っているのだろうと推測する。
「もしかして、俺は魔王の片腕になれるぐらい強いってことか?」
調子にのった発言をした蒼迅に、剣護は揶揄うように返す。
「違うさ、そのバカなところがそっくりだってことだよ」
「なんだと、テメー!」
蒼迅はいつものようにカッとなって騒ぎたてた。
「魔王・黒煙虎に会ったことがあるだって?」
香隠は眉をひそめると、鋭い目つきで、何か言いたそうに剣護をじっと見た。
剣護は、香隠の言葉に対して素知らぬふりをしていたが、「この女は危険だ。何か嗅ぎつけているようだ」と、表情とは裏腹に警戒心を強めた。
「さっきの質問だけど、この髪、娘々の推察通りだよ。まあ、色を付けて染めたわけではないんだけど、魔道具を使って見える色を変えたんだ」
香隠が投げかけてきた再度の質問をかき消すように、随分前に蓮音がした質問に答えると、冠に付けていた宝石のような飾りを外した。すると剣護の髪はいつものこげ茶色に戻った。剣護はそれをエリックに投げた。
「これも魔道具だ。これをやる」
「これはこれはこれは! いろいろと使えそうですね! 研究のし甲斐もありそうだし、遠慮なくいただくとしましょう!」
エリックは魔道具だという宝石を受け取ると、上機嫌で、足早に宿に戻っていった。早速いろいろと試して、分析してみるのだろう。
「魔王に会ったことがあると言っていたが、どんな奴なんだ?」
先ほどは誤魔化されたが、香隠は詰問するように、再度剣護に尋ねた。
「噂通りだよ。力は強いが、残虐で醜い大男だ」
いつも具体的で、実際に見た人にしかわからないような話をする李公子にしては、世間一般に言われている以上でも、それ以下の答えでもなかった。
それに蒼迅が付け加える。
「それにすげー女好きだろ? なんせ開王国の美女たちを帝国から奪って全員自分のものにしちまったんだから。美女たちもかわいそうだよなー。日夜、脅されて、醜い魔王サマに奉仕させられてんだからよぉ」
「よくそう聞くけど、本当にそうなのかな? わたし、黒煙虎って人は、噂されているほど悪い人じゃない気がするんだよね」
「お嬢様は、強い男に対する評価が不当に高いよね。まぁでもボクも黒煙虎は嫌いじゃないよ。なんせあの憎き帝国をボコボコにしてくれたんだからね。敵の敵は味方って感じかな。まあ、向こうはそうは思ってないだろうけどさ」
海遠の言葉には皆、無条件で同意したい気持ちだった。
「それもあるけど。本当に残酷なだけの人で、大勢の美女目当てなだけだったら、開王国を立て直そうとなんてしないんじゃないかなぁって思うんだよね。開王国には何度か行ったこともあって思い入れがあるから、そこをちゃんと建て直してくれたところはありがたいなって。だって、開王国までが旧南黄のように荒れ果ててしまったら、やっぱり悲しいから」
「そういやお嬢の……なんでもねえ」
蒼迅は、姫の伯母が開王国に嫁いだことと従姉がそこの姫だったことを話題にしようとして、剣護がいることを思い出してやめた。剣護の前では、一応まだ蓮音は朱家のお嬢様ということになっているからだ。
蓮音の従姉の公主は、今は五か国同盟の一国でもある清富王国に嫁いで、そこで太子妃になっている。
嫁いだ後、蓮音の従姉は、清富王国の太子との間に、二人の子どもを授かることとなった。開王国の国王にとって、唯一の実子だった公主が産んだ孫可愛さに、国王は退位し、弟にその座を譲るとともに、妃だった蓮音の伯母とともに清富王国で悠々自適の隠居生活を送っているのだ。
そのことが幸いして、帝国が侵略してきた際にも、元国王夫妻は命を落とすことがなかった。二人が移住した際に、蓮音のことを知っていた女官や侍従たちの多くが付き従ったため、今の女官の中に蓮音を知るものが残っていなかったのだ。
「でもよ、開王国の美女たちを全員手米にしたのはやっぱ許しがてぇ」
蒼迅は引き下がらない。
「お前、自分がモテなくて美女に相手にされないからって、魔王に八つ当たりするな」
香隠が冷たく言い放つ。
「バカ、おめえ、俺はこう見えて結構モテんだよ。こ、恋文だって何通ももらったことあるしよ」
蒼迅は、蓮音の顔色をチラチラと窺いながら、自分に関するとっておきの暴露話をした。ほんの少しでも蓮音が嫉妬してくれたら気分がいいと思いつつ。
「へぇ、そうなの? もらった恋文にちゃんと返事は書いてあげたの?」
蓮音が全く興味がない男に対する、模範解答のような答えを口にしたものだから、蒼迅は普通に落ち込んだ。
「蒼迅、僕は改めてあんたに心底同情している。愛する人に想いを理解してもらえないのは、何よりもつらいことだよなぁ」
剣護は最初は深刻そうに、後半は大げさに嘆くように言った。蓮音は剣護の言葉が唐突すぎて、展開についていけず、きょとんとしていた。
こいつにすべてを見透かされていると思うと、蒼迅はさらに落ち込んだ。海遠と万梅が半分面白がりながら、慰めてくれる。明鈴に至っては、何か目配せしてくるので、それは気づかないふりをした。
とりあえず、彼らにとって、”魔王”が少なくとも帝国ほどは嫌われていないことがわかって、剣護はほっと胸をなでおろすのだった。




