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漆黒の魔王は紅き花姫を愛でる~敵国皇帝の后になりたくない鬼姫は、魔王に溺愛される  作者: いか墨ドルチェ
第一章 鬼姫の花嫁道中

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第2話 彩華国名物の鬼姫の正体

 紅 剣護(ホン ジェンフー)は、彩華国の都・華陽の城下を歩いていた。彼が人間の街を訪れる際には、魔王の象徴として知られる漆黒の髪と紅い瞳を茶色に変え、魔力を極限まで封印して17、8歳の少年を装っていた。長い髪を頭上で束ね、銀の冠を付け、上質な絹の袍を羽織った姿はまるで貴族の若公子のようで、これが魔王だと思うものはまずいなかった。顔立ちの美しさは相変わらずで道行く女性たちは彼の姿をみてはうっとりとした表情を浮かべていた。


 王都の華陽は同盟国の中心都市でもあり外に開けた街であったため、旅人や行商人、戦争から逃れてきた流民も多く、雑多な雰囲気ながらいつも活気に満ちていた。その点では、開国の都・貴蓉に通じるものがあった。


 そして、この国での蓮音(リェンイン)姫の人気は立ち並ぶ店からもうかがうことができた。というのも多くの店が宣伝に「姫様御用達」「蓮音姫が絶賛した品」「鬼姫の御愛用品」と彼女の名前を利用していたからだ。どこもかしこも鬼姫のお気に入りとなると、もはや宣伝の意味をなさないではないか、と剣護は苦笑した。


 しかし、今日の華陽の街はいつもと様子が違った。彩華国唯一の姫の婚儀という慶事にもかかわらず、どことなく空気が重く、街全体が殺気立ってさえもいた。


 人々の憩いの場となっている茶屋では姫の結婚を嘆く声が聞こえてきた。


「絶対に許さない、あの男、あたしらの姫様を人質にする気!」

「クソ皇帝も帝国も敵だ! あんなやつら全員やっちまえはいいんだ!」


 街の声を聞く限りでは、姫と皇帝の婚儀は帝国側からの申し出のようだ。


「……でも、この国の姫君は、容姿が、ほら、あれだろ? まぁ、その辺を考えたら、美丈夫として知られる皇帝との婚姻は悪い話じゃないんじゃないかな?」


 剣護は、あえて挑発するような発言を投げかけてみた。


「お前、自分が顔がいいからって、調子にのるな!」

「俺らが今の暮らしをできているのは、全部姫様のおかげ。お前のような生まれつき勝ち組のぼっちゃんにはわからないだろうが!」

「姫様は、まさに鬼神! 炎の精霊の加護を受けたこの国の守り神なのよ!」


 鬼姫・蓮音は彩華国とその同盟国では老若男女問わず絶大な人気を誇る。この国が帝国に対抗できているのは彼女の力によるところが大きいからである。


「へぇ、そうなのかい? 確かに、『業火の鬼姫』だったかな? 彼女は戦場を徹底的に焼き尽くすから、敵の骨一つも残らないらしいからね。話を聞くだけでも恐ろしい」


 剣護は全く恐ろしいとは思っていなさそうな余裕の笑みを浮かべながら、肩をすくめて見せた。


 火刑執行人、弑逆の凶姫(きょうき)、紅塵の魔戦姫などなど。世に知られている彼女の二つ名を聞けば、その人が優美・優雅な深窓の姫君でないと簡単に察することができる。般若の面を付け、紅い髪を獅子の(たてがみ)のように逆立て、幾千万もの敵の血で染めあげられたと思われる古びたマントをなびかせ、戦場を疾走する姿は多くの敵を恐怖させる、まさに”鬼”であった。


 極めつけは世に出回っている彼女の「呪いの美人画」である。こけた頬に血色のない顔色、ぎょろっと見開いた目の下には黒々とした大きなクマがあり、口は耳まで避けていて……と一度目にしてしまうと三日は悪夢にうなされるぐらい(おぞ)ましい姿なのである。


 恐ろしい容姿の鬼姫が二枚目の皇帝と結婚? しかも、それを希望しているのが皇帝の方だと? 普通に考えるとかなりありえない状況なのだ。納得できない点はもう一つある。帝国からの婚儀の申し出を彩華国が受け入れたことである。


「そう、わたしらの姫様は敵も恐れをなす強くてかっこいい鬼姫なのよ!」

「だけど、鬼姫が後宮で飼い殺しとはな。鬼も所詮は女だったってことかな?」


 さらにあおる剣護に茶屋の客たちも黙ってはいない。


「蓮音姫は私たちの国を、同盟国を守るために、泣く泣く苦渋の決断をしたのよ!」

「われらが鬼姫様にはお考えがあるんだ。相手の懐に忍び込んで寝首をかくつもりかもしれん」


 茶屋の客たちは思っていることを好き勝手に語りだした。


 正直なところ、剣護は蓮音姫も彩華国にもさほど脅威を感じてはいなかった。ここ華陽に来たのはなんとなくの気まぐれに過ぎなかった。”鬼”などと言われてはいるが、たかが人間の女だ。本物の魔王である剣護の相手ではない。もし開国にとって害になるのであればその時点で自分が潰せばいいだけのこと。剣護は、姫の婚礼行列に潜り込み、鬼姫から直接その真意を探ってやろうと考えた。


 ◇ ◇ ◇


 ついに蓮音が華陽を立つ日がやってきた。王都の大通りは一目姫の婚礼行列を見ようとする人々でごった返していた。


 行列は、彩華国が誇る四将軍が率いる軍の精鋭騎馬隊が先導し、姫が乗っている馬車の周りは姫の親衛隊である「炎刃隊」が固めた。炎刃隊は、100人ほどから成る鬼姫直属の特殊部隊であり、皆が姫と似た面と被り物とマントを羽織っていた。姫が軍馬に跨るのではなく馬車の上に立っていることを除けば、華陽の住人たちがよく目にする出征の光景と同じであった。


 姫自身も花嫁衣裳ではなく、いつもの面をつけ、深紅のマントを纏い、彩華国の軍旗を支えにするように両手で持ち、まっすぐに前を向いて仁王立ちをしていた。それは軍神を思わせる堂々たる姿だった。


 城門まで来たところで行列は止まった。蓮音はゆっくりと後ろを振り返り群衆に目をやった。群衆は固唾を飲んで姫の挙動を見守り、あたりは一瞬の静寂に包まれた。蓮音はゆっくりと面に手をやり、それを口元からずらして澄んでよく響く声で歌を歌いだした。


「音のない世界の訪れ 星々は眠りにつく

闇は終わりにあらず 次の光を生む場所

地平線から昇る陽は 炎のゆらめき

大地は目覚め 新たな命が芽吹く

風の波にふれて 夢のように心は踊る

たゆたう水の流れは 運命をいざなう

大いなる祈りを捧げん 私の願い

巡る森羅万象よ この地を守り給え 永遠に」


 戦場で、蓮音がよく歌う鎮魂と、命の循環を願う歌だ。


 歌い終わると蓮音は軽く微笑み、面と被り物を完全に外し、心を込めて丁寧に会釈をした。


 押しかけていた群衆からはため息が漏れた。少し癖のある、だけれども美しく輝く紅い髪、白い肌に翡翠色の大きな瞳、上品でふっくらとした艶やかな唇。そこにいる姫はあの「呪いの姿絵」とは似ても似つかない美しく愛嬌のある姿だった。


「ああ、ああ……ようやく、見つけた。やっと会えた、あなたに!」


 剣護は思わず声を漏らした。目の前にいる鬼姫こそ、彼が長年探し求めていた命の恩人であり、ずっと恋い慕っていたあの森で出会った少女だったのだ。


「全軍、前進!」


 蓮音は決意を込めた声で一言告げて、旗を高く掲げた。あたりからは大歓声が巻き起こった。


 蓮音たち一行は、城をでると見送りの将軍や兵たちに別れを告げて旅路についた。城内では大行列だったが、実際に大昇帝国に向かうのは、蓮音とその護衛や侍女の計8名のみと花嫁道中にしてはずいぶんとさみしい人数だった。大昇帝国から届いた書簡には、


「丹王国と千国の姫君たちを数名こちらの後宮でお預かりしている。皇后の席がまだ空いているので早く埋めたいのだが、彩華の姫が後宮まで同盟国の姫たちを迎えに来るのであれば、彼女たちはお返ししよう」


 とあった。要するに人質を返してほしければお前が代わりになれということだ。


 彼女が皇后になりたいと思えない理由はいくらでもあった。まずは帝国の体制が気に入らない。とういのも帝国は”同盟”の名のもとに支配下に置いた国では容赦なく”帝国風”を強いたからだ。愛する国の文化や風習が消えてしまうのは耐え難い。


 また、後宮という制度も場所も、彼女にはくだらないものにしか思えなかった。狭い場所に閉じ込められて、好きでもない男の子を産むためだけに生きなければならなくなる。しかも、夫には多数の側室がいて、彼女たちは寵愛を競わねばならないのだ。後宮も、一夫多妻制もない、自由な恋愛結婚ができる彩華国で育った蓮音にとって、帝国の皇后の座は理不尽極まりないものでしかなかった。


 とはいえ、同盟国の姫君たちを人質に取られてしまっている手前、大昇帝国に行かないわけにはいかない。とりあえず従う振りをして人質を取り返しつつ、何とか帰国する方策を帝国までの道中で練らなければと思っていたのだった。


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