第13話 純情な貴公子
宿泊先の小さな地方都市に着いた。公人として巡業中の蓮音たちは官衙に宿泊することにしていた。蒼迅は、厚かましさ満点の男である剣護がついてきたら絶対に追い出すと思っていたが、意外なことに彼は宿を探すと言って自ら一行を離れた。
厄介な奴がようやくいなくなってくれたと思っていたら、役人が「李益という方からのお届け物です」といって、豪華な衣装箱と宝石箱を持ってきた。
そこには、「朱美環殿 高貴なるご令嬢の引き立て役としてお召しいただけると幸いです」と書かれた一通の手紙があり、一輪の紅いダリアが添えられていた。中を確認すると上質だが華美過ぎない服と装身具が収められていた。昼間話していたように、護が蓮音に贈った簪に似合った衣装を本当に贈ってきたのだ。
それをみた一同はおのおのの思いを込めてため息をついた。
翌朝、蓮音は李益の好意を無碍にもできないと思い、彼が送ってきた服を身に着け、あの簪を挿すことにした。
美しい人を美しいもので飾ることほど気分が高揚するものはない。明鈴と万梅はいつも以上に気合をいれて蓮音の身支度をした。
「久しぶりにわたくしたちの腕の見せどころですわね!」
「美意識の低い無粋な男たちをあっと言わせましょう、姫様!」
「ああ、もう、惚れ直してしまいそうですわ(隊長が)」
「誰が?」と蓮音に問われて、「えっと、わたくしがですわ、おほほほほっ」と明鈴が誤魔化す。やはり愛の告白は本人からしなければいけないのだから。
「それにしてもこの衣、一体どうやって織られているのでしょう? 輝きも肌触りも普通の絹とはまったく異なりますわ。こんな服をいとも簡単に贈れるなんてあの方は本当にどういう人なのでしょうか……本当に姫様のことを……」
「ちょ、この首飾りも芳寿工房のものじゃないですか! 一体あの色男はどれだけ金持ってるんだ……。でも、騙されちゃだめですからね、姫様! こういう男ほど要注意ですからね!!」
そんな会話をしながらも明鈴たちは蓮音の髪を結い、化粧を施した。炎刃隊の面々であっても姫の正装姿を目にすることはほとんどないが、こうして飾り付けられ大人しくしている蓮音を見ると、正真正銘のお姫様なのだと改めて思う。
ガクがわあっと歓声を上げた後で、「ひめ、きれい! すごく、きれい!」と目をキラキラさせながら褒めてくれる。
海遠が「姫君、ボクはキミの輝……」と何か言いかけたところで、いつも冷静な香隠が海遠を張り手で吹き飛ばし、「姫姉様! こんなに美しい姉様をクソ皇帝なんぞにくれてやるものかあああ!! お嫁になんて行かないでくれええ!!」と妙に暑苦しく叫ぶ。
今度は、エリックが「うひょーー! 姫様! 何とも素晴らしい装いではないですか!!」と珍しく蓮音を褒めそやす。
……のかと思ったら、「この衣の素材に使われている絹糸には相当量の魔力が込められていて、薄いながらも防御力を最大化する効果が秘められているではないですかあ! こっちのペンダントからは……(以下略)」と彼はまあ相変わらずだった……。
(隊長、本当に危機ですわ! このような美しい服を贈られたら、どんな女だってよろめいてしまいますわ。せめて、姫様を見て一言、「美しい」と言ってくださいまし!)
一人だけ何も口にしない蒼迅をみて、明鈴が一人でソワソワしていた。
いつも一緒にいるこいつらも、若干一名を除き、姫さんの姿にこんなに興奮をしているんだ。こんな姿をみたら、またあの色男が耳がむずがゆくなるような台詞を淀みなく口にするのだろう。
「姫さん、鬼と言われている割にはきれいじゃねえかよ。ちゃんと人間の姫に見えるぜ!」、それとも「馬子ならぬ鬼の姫にも衣装ってこのことか!?」……って、そんなじゃねえだろう! あの野郎に比べてなんで俺は気の利いた言葉の一つも言えないんだと蒼迅は歯がゆく思う。
このままでは本当にあの男に蓮音を奪われてしまうのではないか。だけど、なんて言えばいいんだ、クソッ!
一行が待ち合わせ場所の門前に着くと、やはり剣護が愛馬の嵐絶とともに先に来て待っていた。返すつもりではあるが、これだけのものを贈ってくれたのである。身に着けているところを見せてお礼を言うのが礼儀と思い、蓮音は馬車を下りた。
「おはよう、李公子。素敵な服をありがとう。これだけ凝った装飾が施されているのに軽いし、動きやすくて、とても着心地がいいわ」
そう声をかけられた剣護は、「あっ」という表情をして思わず顔を赤らめて口元に手を当てて横を向いた。
美しいに違いないとは思っていたものの、自分の想像を遥かに超えた蓮音のお姫様然とした姿に完全に見惚れてしまった。彼のよく動くはずの口は蒼迅の予想と異なり、いつものように流暢な言葉を紡ぐことができなかった。
無理もなかった。剣護の知っている蓮音は、今も昔もいつも姫らしからぬ服装をしていたのだから。普段の元気で溌剌とした蓮音のことが大好きな剣護ではあるが、彼女が高貴な一面を持っていることも十分承知していたし、そういう部分にも当然惚れてはいた。
だが、それとこれとはまた別の話である。剣護は、男が好きな女性を飾り付けたがる気持ちを今初めて理解したのだった。
顔を反らしながらもどうにか、「気に入ってもらえたみたいでよかった」とかなりそっけない一言を言うのがやっとだった。
(な、なんだ、その反応は!! ここにきて初心な思春期男子みたいな反応してんじゃねえよ!)
(演技? これはどう考えても演技だよな? 演技じゃないとしたら……この男、姫様に惚れたか? これは危険だ!)
(やばい、こいつの反応、これは本気でわたしの姫姉様に惚れたのかもしれない!! 何か起こる前に始末すべきか!?)
蒼迅、海遠、香隠はそれぞれ心の中で叫んだ。
蓮音の姿をずっと見ていたい、でもまぶしすぎて目を向けられない。そんな心境の剣護をよそに、蒼迅が、「先を急ぐぞ」と出発の号令をかけた。
彩華国の空は、今日もよく晴れていた。暑くなりそうな日差しが蓮音たち一行を照り付けていた。




