第11話 あなたのような花、花のようなあなた
翌朝、朝餉を食べ終えた蓮音たちは、出発の準備をしていた。
蓮音、明鈴、エリックの三名が馬車に乗り、御者台には海遠が座る。
蓮音は当然、自分は馬に乗るつもりだった。花嫁道中とはいっても長丁場であるし、そもそもその”花嫁道中”自体が形式上に過ぎない。
だが、乗馬が得意ではない明鈴が、「姫様を差し置いてわたくしたちだけで馬車に乗るなんてできませんわ」というのだ。そんなこと気にしなくてもいいのに……と思うのだが、なんと蒼迅までもが馬車に乗れというのだ。
普段、お互いに戦場を馬で駆ける身であるのに、ここにきてなぜ馬車に閉じ込めようとするのだろうか、疑問でしかない。
そんなこんなで、とにかく蓮音は、馬車に乗ることを余儀なくされたのだ。
ということで、今、蓮音は一応大人しく馬車の中に座ってはいるのだ。昨日と同様、窓を開け放ち、外を眺める。李公子はもう待ち合わせ場所にいるだろうか。窓からのぞき込むように、山門のあたりに目を向ける。
待ち合わせ場所にした山門の近くには、剣護が遠目にもわかるほどの大柄で立派な軍馬に跨り、一人で待っているのが見えた。
蓮音は思わず、彼の名前を叫んで朝の挨拶をしたくなったが、馬車の中で彼女の行儀に目を光らせている明鈴に叱られると思い、なんとか思いとどまった。
(あいつの荷馬車を引く馬が駄馬だったら、『おせーぞ! いつまでもお前を待ってられねえ』と文句をつけて置いて行ってやろう)
蒼迅は、そう決意をしていたのに、自分の馬よりも数段立派な名馬を見せつけられて、完全に出鼻をくじかれてしまった。が、これはこれで逆に突っ込めると考え、剣護に駆け寄り、バカにするような口調で嫌みを言う。
「お前、商人だっていってたじゃねえか。仕入れた商品を積んだ荷馬車はねえのかよ。まさか、昨日散々自慢げに話していたのは幻だったなんて落ちじゃねえよなぁ?」
「ああ、荷物だったらもちろんある。ここに」といって彼は馬の背に括りつけてある煌びやかな袋を指した。それは、服を一着入れたら、それだけでいっぱいになってしまいそうな、その程度の大きさの袋だった。
「くははははっ! お前、あんだけ自慢していたのに長旅で仕入れたものはたったそれだけかよ。よっっっぽど貴重な玉でも入っているんだろうな。ああ、こいつはすげえな!」
蒼迅が大声で嘲笑していると、馬車の戸が開き、蓮音とエリックが下りてきた。蓮音が馬車から降りるのを見た剣護は、自分も馬から下りて出迎えた。
「おはよう、李公子。これから旅の間、よろしくね。って、ええええっ! この馬って、もしかしてもしかすると、昨日話してくれた汗血馬!? こんな立派な馬は初めて見る!」
さすが武人である。蓮音は、一目で馬の能力を見ぬき、惚れ惚れした顔つきで剣護の愛馬をじっと見つめていた。
「よくわかったね。こいつが、昨日少し話した、北西の平原で手に入れた馬だ。こいつの名前は嵐絶。よかったら、ちょっと乗ってみる? こいつはかなり気性が荒いのだけど、僕が手綱を握ってさえいれば大丈夫だから」
「ええ!? いいの? ぜひぜひ! すごく艶やかないい毛並みね。ちょっとだけ撫でてみてもいい?」
「どうぞ、ご自由に」と、剣護が馬を引いて蓮音の近くに連れて行こうとすると、ご多分に漏れず、蒼迅が反対して、二人の間に割って入ってくる。
「お嬢、それは許可できない! 気性が荒いんだろ? その馬が暴れて、怪我でもしたら大変だ!」
「彼が手綱を握っているんだから大丈夫だって! それによく見て、この子の目を。悪さをするような馬ではないわ」
「お嬢様、何言ってるんですか! この男がその馬に乗ってあなたを連れ去ったらどうするんですか!? わたしらの馬じゃ追いつかないんですよ?」
蒼迅に加勢するかのように、万梅も反対する。
「だいたい、お前のようなクソ弱い商人ごときが本当にこの馬を乗りこなせてるのかよ。信用できん」
今にも剣護につかみかかりそうな勢いの蒼迅を見て、「まあ、まあ、落ち着いてください」と言いながらエリックが二人に近づいた。
エリックは昨夜食事会に参加していない。というのも、常に我が道を行く彼は、蓮音がいなくなったと聞いても「あの人のことだからどうせ狩りにでもいったのでしょう? お腹が空いたら戻ってきますよ!」と全く気にせず自室に戻り、食事も一人で済ませてしまったのだ。
後から剣護の話を耳にすると、彼は俄然その男に興味を持った。そもそもの自然環境が過酷なうえ、魔族や亜人の集落が興ったと思ったら、衰退、消滅するのを繰り返している大陸の中央部は、古代魔法王朝の遺跡が多数あるというのに、探索が相当困難な場所なのである。
李益という男はそこを旅してきて、珍しいものを多数手に入れたというのだから、エリックの知らない魔法書や魔道具を持っているかもしれない。皆は危険な男だというか、ここはぜひその男に恩を売って、彼が中央諸国で手にしたであろう魔法書か魔道具を譲ってもらいたい。
そんな自分勝手ともいえるエリックの目的達成のためには、ここで彼が蒼迅たちに追い出されてしまっては困るのだ。
蒼迅をなだめるため、「まあ、まあ」と彼の肩に手を置こうとしたとき、エリックは、李益の馬の背に括りつけられている、魔法陣のような文様が幾重にも描かれている袋に気が付いてしまった。この形態は、魔道具図鑑の一冊、『今に伝わる古代魔法王朝の秘宝――特別編』で目にしたことがある。
「ちょっ、これは!!! もしや、世界に20個も現存していないという古代魔法王朝の遺品、特別限定品の異次元収納鞄だったりしちゃったりするのですかーーー???」
いきなり期待以上の超貴重な逸品と対面することになったエリックは、興奮のあまり鼻血を吹き出してぶっ倒れそうになる。
「そんなにすごいものなの?」
エリックの言っている意味はいまいちわからなかったが、彼の様子を見ると、蓮音にもそれが大変貴重なものらしいことは伝わった。
「名前はよく知らないけど、この中には蔵一つ分ぐらいの荷物を収めることができるようなんだ。仕事柄、重宝しているよ」
と、何でもないことのように剣護が答える。
「あの、あの、あの、一度でいいので触れてみてもいいでしょうか!?」
鼻息の荒いエリックを無視して、剣護は鞄についているいくつかの宝石をなぞるように触れると中に手を入れた。
「娘々、これをあなたに」
剣護は蓮音に、それが入っていた鞄よりも数倍大きな花束を差し出した。見ると、花びらが幾重にも重なり、可憐ながらも王者を彷彿とさせる紅い大輪の花が中心に据えられている。
優美な花の姿に見とれた明鈴と万梅は、剣護に対して反感を抱いているのにも関わらず、「まあ」「わお」と心から感嘆の声を漏らした。
「はな、きれい、おじょうさま、みたい」
ガクも素直な感想を述べる。
「えーっ、これをわたしに? これは何の花? 牡丹じゃないよね?」
蓮音は、今まで目にしたことのない新たな花との出会いに、嬉しそうに頬を紅潮させた。
馬車の中から様子を見守っていた明鈴は、あんぐりと口を開けたままでいる。エリックは収納袋から物を取り出すところをみて興奮し、さらに鼻血を吹き出す。蒼迅、海遠、香隠、万梅は色男の露骨な行動に対して白目をむくしかなかった。
「ダリアという種類の花で、これは”紅き花姫”という名の品種なんだ。花言葉は、『優美・華麗・感謝』だよ。大陸中央の高原にある小国で手に入れたんだ」
剣護が淀みなく説明をする。
「へぇ、ダリアっていうんだ? ものすごく華やかできれい。ありがとう!」
「うん、花言葉の通り、優美で洗練された姿があなたによく似ているだろ? 昨日助けてくれたお礼も含めて、これを贈りたいと思ったんだ」
剣護は、まぶしい笑顔を蓮音に向けた。蓮音はなんとなく気恥ずかしくなって花の香りを確かめるフリをして大輪の花で顔を隠した。
八重咲の花弁の色は、蓮音の髪色によく似ていた。さらに中央にあるガクは翡翠色をしていて、これもまた蓮音の瞳の色と似通っていた。それもそのはずだ。これは剣護が蓮音を想いながら品種改良して生み出し、名付けた花なのだから。
「お、お前! 陳腐な方法でお嬢を口説こうとしやがって、この色ボケクソ男が!」
「昨日もお話ししましたが、親しいわけでもない女に花を贈る男にはろくな奴がいません! 喜んでは相手の思うつぼです! お嬢様、絶対に騙されちゃダメです!」
蒼迅と万梅が全力で剣護を非難する。しかし、剣護は、外野に何を言われても全く動じていなかった。
「も、もう一度、物を取り出すところを見せてください! できればしまうところも見てみたいです!! お願いします!!!」
エリックは皆に無視され続けながらも自分の意志を貫き通すのだった。




