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魔王の恩返し~敵国皇帝の后になりたくない紅き鬼姫は、漆黒の魔王に溺愛される  作者: いか墨ドルチェ
第一章 鬼姫の花嫁道中

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第12話 金持ち色男が贈る物

 駿馬が疾走する姿を見たいと思った蓮音(リェンイン)は、馬車の窓を全開にして、身を乗り出すように外を眺めていた。


 といっても、馬車が同行しているので常歩(なみあし)から速歩(はやあし)程度の速度に過ぎなかったが、それでも名馬の姿は美しく、スッと背を伸ばして馬に跨る剣護(ジェンフー)の乗馬姿も、商人とは到底思えないほど様になっていた。


 昨日とは打って変わって華麗な若武者のような出で立ちの彼が、見事に馬を操る様を夢中になって見つめていたら、ふと振り返った剣護と目が合った。彼は目を細めて微笑むと、即座に近づいてきて、馬車と並走しながら、「見てて!」と言う。


 剣護は「ハッ」という掛け声を発し、重心を移動させると、愛馬・嵐絶(ランジュェ)の腹を蹴り、一気に加速させた。人馬一体となった躍動感ある力強い走りに、蓮音は目を奪われた。


 剣護は蓮音に、名馬が疾駆する様を見せてくれたのだ。しばらくすると剣護は戻ってきて、嵐絶の頸を撫でながら蓮音に「どうだった?」と声をかけてきた。


 蓮音が声を出す前に、蒼迅(ツァンシュン)が、「隊列を乱すな! 危ねえだろう!」と叱責し、蓮音と剣護の間に割って入ってきた。


「僕はあんたの部隊の隊員じゃないし、周りを確認したうえで馬を駆けさせている。この程度で狼狽(うろた)えるようでは、乱戦となった戦場では到底生き残れないんじゃないか?」


 蒼迅に怒鳴られたところで萎縮するような剣護ではない。むしろ負けじと煽ってくる。


「なんだと! お前、俺を誰だと思ってるんだ! 俺はなあ……!」


 と言いかけて口をつぐむ。そうだった、今は戦場で華々しい戦果を上げてきた炎刃(イェンレン)隊の隊長「雷雲を呼ぶ猛獣」の蒼迅ではなく、朱家のお嬢様の護衛役だった。こいつの扇動に乗せられるわけにはいかない。冷静になれ!


「とにかく勝手な行動はすんな! 次に規律違反をしたらお前はクビだ!」

「クビといわれても、僕はあんたの部隊の隊員じゃない。最初からないクビをどうやって落とすんだ?」

「てめえ、この野郎……!!」


 口巧者(くちごうしゃ)の商人に、口下手の武人の蒼迅が敵うわけがない。ああ言えばこう言い返されてしまい、相手をやり込めるつもりが、こちらばかりが打撃(ダメージ)を受けてしまっている。


 二人のやり取りを見ていた蓮音は、急に声を出して笑いだした。口論する二人、しかも蒼迅がほぼ一方的にやり込められている様がおかしくてならなかったのだ。


「あはははっ。二人とももうそんなに仲良しになったの?」

「はぁ、お嬢、ひでえよ! これのどこが仲良しだって言うんだよ!?」


 蒼迅は、盛大なため息をつくと、拗ねながら文句を言う。


「蒼迅、香隠(シァンイン)に言われたこと忘れたの? あなたが彼に口喧嘩で勝てるわけないでしょ? 勝てない戦をすることほど愚かなことはないって兵法の基本、忘れたの? 李公子、あなたも蒼迅をあまりいじめないであげて。これでも彼はわたしの仲間の一人だから」


 ついに蓮音に庇われてしまい、完全に拗ねた蒼迅は押し黙ると、馬車を先導する隊列の中に戻っていった。


 剣護は苦笑いをしながら「わかったよ」と答えた。


 蓮音が楽しそうに笑ってくれた。最後には注意はされたが、それだけでもあの男とくだらない押し問答をした甲斐があったというものだ。


 比較的起伏の少ない道沿いには所々、背の低い木槿(ムクゲ)が植えられていて、晴れ渡った夏の情景に文字通り色とりどりの花を添えていた。この中をあの名馬に跨って飛ぶように駆け抜けることができたならば、どれだけ気分がよいだろうか。想像するだけで胸がときめくのを感じていた。あの人のおかげで、望んで始まったわけではないこの旅の中で、もう一つ楽しみができた。


 しばらくすると一行は休憩所に到着した。彩華国の主要な街道沿いには、約10キロ間隔で簡易的な休憩所が用意されている。ここの休憩所は小さな村のはずれにあるお堂だった。蒼迅たちは各々(おのおの)馬を休ませ、明鈴(ミンリン)万梅(ワンメイ)はお堂にある(くりや)でお茶の準備をした。


 お堂の周りには果樹が何本も植えられていて、外に雑然と置かれた机や椅子の上に影を落とし、夏の暑さを和らげる空間が出来上がっていた。だが、この木々の役割は木陰を作ることだけではない。イチジクやブドウ、スモモなどがたわわに実っている。これらの果実は、旅人が自由にとって食べてもいいのだ。


 スモモをみると蓮音との出会いを思い出す。蒼迅が感慨深げにしていると、その横で剣護も懐かしそうな目でスモモを見つめている。二人がスモモを見ていることに気が付いた蓮音は「スモモが食べたいの?」と聞くと、答えを待たずに当然のように木に登ろうとする。


「いやいや、俺がやるから」といって蒼迅が蓮音を止めようとした横で剣護はすっと飛び上がり、枝の上に立つとスモモをもぎ取った。


「えっ!?」


 全員が腰を抜かす。剣護は採ったスモモを左腕で包むと、枝から飛び降り軽やかに着地した。


娘々(にゃんにゃん)、お一つどうぞ」


 剣護は何事もなかったかのようにスモモを一つ蓮音に差し出した。戸惑いながら「ありがとう」と蓮音はスモモを受け取った。剣護は「どういたしまして」と返すと、今採ったスモモを近くの海遠(ハイユェン)香隠(シァンイン)、ガク、エリックにむかって正確に投げ渡した。


 そしてスモモをもう一つ手に取ると、その場にいた最後の一人である蒼迅に渡すのかと思いきや、そのまま自分が食べ始めた。


「はぁっ、お前、どんな意地悪だよ!」


 蒼迅が憤るのを見て、「まあ、まあ」といいながら蓮音が自分のスモモを渡そうとしたので、剣護は食べかけのスモモを口にくわえたまま、別のスモモを蒼迅に投げ渡した。


「そんなに食べたいんだったら、『ください、お願いします』って言わないとわからないだろ?」


 剣護はニヤッと笑う。


 またしてもあいつにしてやられた。蒼迅は口をパクパクさせながら何か言おうとするのだが、怒りのあまり言葉にならない。


 ここまで蒼迅が手玉に取られているとは……。剣護に対して警戒心を抱いていた海遠も、この様子には結構愉快になった。


 一方で、香隠は眉をひそめながら、「貴様、今の動きはなんだ? 本当にただの商人なのか?」と剣護に問う。


 剣護はスモモを頬張りながら、とぼけながら巧みに話題をすり替えた。


「ん? そうだけど? ところで、娘々は貴族のご令嬢にしては、ずいぶんと素朴な身なりをしているよね?」


「え、あ、まぁ、このほうが動きやすくて楽だし。ちゃんとした服もあるけれども、普段から着ていると汚れちゃいそうで」

「そういうことか。それじゃ、せめてこれだけでも」


 そういって剣護は懐から朱塗りに螺鈿(らでん)の細工がしてある、見るからに高級そうな小箱を取り出して蓮音に差し出した。


「うわぁ、きれいな箱ね」

「開けてみて」


 剣護に促されるまま開けてみるとそこには(ぜい)を尽くした素材で作られた、繊細な細工の(かんざし)が一本収められていた。金でできた簪には、蓮音の髪や瞳と同じ色の紅や翡翠色の宝石がいくつも使われていて、まるで彼女のために作られたかのようだった。


「まぁ、なんて美しい!」

「ちょっとこれって、もしかして芳寿(ファンショウ)工房の簪じゃないですか!?」


 ちょうどお茶を持ってきた明鈴と万梅が騒ぎ出す。


 開国の芳寿工房と言えば、一級品の素材に手の込んだ細工、すべてが一点物の特注品で、王族や貴族、豪商のご夫人方に「芳寿の装飾品は夫に愛されている証」と、国を超えて大人気の装飾品工房だ。婚姻の申し込みをしたい男性たちが競って注文するので、最近ではなかなか購入できないことでも有名なのだ。


「あなたに、似合うと思って」


 剣護はこともなげに言う。それだけの理由で、滅多に手に入らない貴重な品を差し出すというのか。


「これをわたしに? でもさすがに、これは受け取れないよ」


 蓮音は返そうとする。


「もしかして、好みに合わなかった?」


 剣護は申し訳なさそうな顔をした。


「ううん、すごく素敵だと思う。だけど、こんな高価なものを理由もなく受け取れない。それに、ほら、今、わたしこんな格好でしょう。だから全然似合わないだろうし。これはあなたにとって、本当に大切だと思う人に贈るべきよ」


「わかった。でも、気に入らないわけじゃないんだったら、今回同行させてもらう報酬だと思って受け取ってよ。それにあなたは牙城(ヤ―チョン)山で僕を助けてくれただろう? 恩人のあなたは、僕にとって十分大切な人だと思うんだけど。あ、そうだ、その服に似合わないって言うんだったら、後で適当な服も贈るから。それでどう?」


 剣護は一歩も引かない。蓮音が”受け取れない理由”として挙げたもの、すべてに完璧な答えを用意してきた。


「えええっ、そういうことじゃなくて……」

「ほかの連中にとってどうかは知らないけど、このくらいのものだったら、いくらでもあるから、そう気にしないで」


 剣護は上等な衣を着て、服飾品も高価なものを身につけている。珍しい軍馬や魔道具まで持っているのだから、世間を騒がす芳寿工房の簪も、彼にとっては本当にどうということもないものなのかもしれない。


「それにこの簪だって、僕がただ持っているだけじゃ何の意味もない。宝石も簪もあなたの美しい髪を飾ってこそ、生み出された意味があるんじゃないかな」

「ふぅ……、蒼迅だけじゃなくて、わたしも口達者なあなたには敵わないみたい。それじゃあ、あなたと一緒に旅をしている間だけ、貸してもらうことにするわ。それでもいい?」


 蓮音がそう提案すると、剣護も「うん、もちろんだ」と嬉しそうに返すと、簪を蓮音の髪に挿した。


「ほら、やっぱりあなたによく似合う」


 剣護は満足そうに微笑んだ。男が、愛する女性を美しく着飾らせたい気持ちが今ならばよくわかる。


 明鈴と万梅は羨ましそうに、男性陣と香隠はうらめしそうに「この、金持ち色男め」と二人のやり取りを見ていた。

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