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敵国皇帝の后になりたくない紅き鬼姫は、漆黒の魔王に溺愛される――花姫恋奇譚  作者: いか墨ドルチェ
第一章 鬼姫の花嫁道中

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第11話 あなたのような花、花のようなあなた

 翌朝、朝餉(あさげ)を食べ終えた蓮音(リェンイン)たちは、出発の準備をしていた。


 蓮音、明鈴(ミンリン)、エリックの三名が馬車に乗り、御者台には海遠(ハイユェン)が座る。


 隊長の蒼迅(ツァンシュン)、副隊長の香隠(シァンイン)と、万梅(ワンメイ)、ガクはいざという時の戦闘要員として馬で馬車の前後を守っている。


 蓮音は当然、自分は馬に乗るつもりだった。花嫁道中とはいっても長丁場であるし、そもそもその「花嫁道中」自体が形式上に過ぎない。


 が、出発前に移動方法に関して、炎刃隊では一悶着あったのだ。


『姫様を差し置いてわたくしたちだけで馬車に乗るなんてできませんわ』


 明鈴は乗馬が得意ではないのだ。


『そんなこと、全然気にしなくてもいいのに。むしろわたしは乗り慣れた馬の方が楽っていうか……』


『いや、やっぱ姫さんには馬車に乗ってもらうべきだ。まあ、これでも一応花嫁ってことなんだからよ』


 なんと蒼迅(ツァンシュン)までもが馬車に乗れというのだ。馬車には結界が張られている。安全性を考えての提案だった。


(いつもはもっと危険な戦場を馬で駆ける駆け回っているのに、なんで急に馬車に閉じ込めようとするのよっ!)


 蓮音は不満そうな目を蒼迅に向けると、頬を膨らませていた。


『そんな顔しても無駄だ! とにかく、俺はこれだけは譲らねえから』


 そんなこんなで、とにかく蓮音は、馬車に乗ることを余儀なくされたのだ。


 ということで、今、蓮音は一応大人しく馬車の中に座ってはいるのだ。昨日と同様、窓を開け放つと、身を乗り出すように外を眺める。


(李公子はもう待ち合わせ場所にいるのかな?)


 窓からのぞき込むように、山門のあたりに目を向ける。


 待ち合わせ場所にした山門の近くには、剣護(ジェンフー)が遠目にもわかるほどの大柄で立派な軍馬に跨り、一人で待っているのが見えた。


 蓮音は思わず、彼の名前を叫んで朝の挨拶をしたくなった。


 だが、横から強烈な視線を感じる。振り返らなくてもわかる。馬車の中で彼女の行儀に目を光らせている明鈴の無言の圧力だった。このままでは彼女に長々と説教されることになると思い、なんとか踏み止まった。


(あいつの荷馬車を引く馬が駄馬だったら、『おせーぞ! いつまでもお前を待ってられねえ』と文句を言って、置いて行ってやろう)


 蒼迅(ツァンシュン)は、そう決意をしていた。今度こそやり返してやる。そう思うと、顔がニヤけてそうになる。


(ちょっ、待ってくれ、なんだあの馬は!?)


 堅固は、蒼迅の馬よりも数段立派な名馬に跨っていた。完全に出鼻をくじかれてしまった蒼迅。


 これしきのことで怯んではならない。これはこれで逆に突っ込めると考え、剣護に駆け寄り、バカにするような口調で嫌みを言う。


「お前、商人だっていってたじゃねえか。仕入れた商品を積んだ荷馬車はねえのかよ。まさか、昨日散々自慢げに話していたのは幻だったなんて落ちじゃねえよなぁ?」


「ああ、荷物だったらもちろんある。ここに」


 彼は馬の背に括りつけてある煌びやかな袋を指した。


 それは、服を一着入れたら、それだけでいっぱいになってしまいそうな袋だった。


「くははははっ! お前、あんだけ自慢していたのに長旅で仕入れたものはたったそれだけかよ。よっっっぽど貴重な玉(ぎょく)でも入っているんだろうな。ああ、こいつはすげえな!」


 蒼迅が大声で嘲笑(ちょうしょう)していると、馬車の戸が開く。


 蓮音とエリックが下りてきた。蓮音が馬車から降りるのを見た剣護は、自分も馬から下りて出迎えた。


「おはよう、李(リー)公子。これから旅の間、よろしくね。って、ええええっ! この馬って、もしかしてもしかすると、昨日話してくれた汗血馬(かんけつば)!? こんな立派な馬は初めて見る!」


 さすが武人である。蓮音は、一目で馬の能力を見ぬき、惚れ惚れした顔つきで剣護の愛馬をじっと見つめていた。


「よくわかったね。こいつが、昨日少し話した、北西の平原で手に入れた馬だ。こいつの名前は嵐絶(ランジュェ)。よかったら、ちょっと乗ってみる? こいつはかなり気性が荒いのだけど、僕が手綱を握ってさえいれば大丈夫だから」


「ええ!? いいの? ぜひぜひ! すごく艶やかないい毛並みね。ちょっとだけ撫でてみてもいい?」


「どうぞ、ご自由に」


 剣護が馬を引いて蓮音の近くに連れて行こうとする。が、蒼迅がそれを遮った。


「お嬢、それは許可できない! 気性が荒いんだろ? その馬が暴れて、怪我でもしたら大変だ!」


「彼が手綱を握っているんだから大丈夫だって! それによく見て、この子の目を。悪さをするような馬ではないわ」


「お嬢様、何言ってるんですか! この男がその馬に乗ってあなたを連れ去ったらどうするんですか!? わたしらの馬じゃ追いつかないんですよ?」


 蒼迅に加勢するかのように、万梅(ワンメイ)も反対する。


「だいたい、お前のようなクソ弱い商人ごときが本当にこの馬を乗りこなせてんのかよ。信用できん」


「まあ、まあ、落ち着いてください」


 今にも剣護につかみかかりそうな勢いの蒼迅を見て、エリックが二人に近づいた。


 エリックは昨夜食事会に参加していない。


 常に我が道を行く彼は、蓮音がいなくなったと聞いても「あの人のことです。お腹が空いたら戻ってきますよ!」と全く気にせず自室に戻り、食事も一人で済ませてしまったのだ。


 後から剣護の話を耳にすると、彼は俄然その男に興味を持った。中央諸国を旅してきたと聞いたからである。


 そこは自然環境がそもそも過酷なうえ、魔族や亜人の集落が興ったと思ったら、衰退、消滅を繰り返している危険地帯だ。古代魔法王朝の遺跡が多数あるというのに、探索が極めて困難な場所なのだ。


 李益(リーイー)という男はそこを旅してきて、珍しいものを多数手に入れたという。エリックの知らない魔法書や魔道具を持っているかもしれない。


 皆は口を揃えて男の文句を言っていたが、そんなことはどうだっていいのだ。エリックにとって何よりも大事なのは、彼が中央諸国で手にしたであろう魔法書か魔道具を見せてもらうことだ。


(いや、むしろ欲しいぐらいだ!)


 エリックの頭の中には、魔道具図鑑で見た珍しい品々の姿がありありと浮かんでいた。


 そんな自分勝手ともいえるエリックの目的達成のためには、ここで彼が蒼迅たちに追い出されてしまっては困る。


「まあ、まあ」


 蒼迅をなだめるため彼の肩に手を置こうする。


 が、エリックは、見てしまった。剣護の馬の背に括りつけられている、魔法陣のような文様が幾重にも描かれている袋を。


「ちょっ、こ、これは!!」


 この形態(シルエット)は、魔道具図鑑『今に伝わる古代魔法王朝の秘宝――特別編』で目にしたことがある。


「もしや、世界に二十個も現存していないという古代魔法王朝の遺品、異次元収納鞄だったりしちゃったりするのですかーーー??」


(しかも、特別限定品!)


 いきなり期待以上の超貴重(スーパーレア)な逸品と対面することになったエリックは、興奮のあまり鼻血を吹き出してぶっ倒れそうになる。


「そんなにすごいものなの?」


 エリックの言っている意味はいまいちわからなかったが、彼の様子を見ると、蓮音にもそれが大変貴重なものらしいことは伝わった。


「名前はよく知らないけど、この中には蔵一つ分ぐらいの荷物を収めることができるようなんだ。仕事柄、重宝しているよ」


 事もなげに剣護が答える。


「あの、あの、あの、一度でいいので触れてみてもいいでしょうか!?」


 鼻息の荒いエリックを無視して、剣護は鞄についているいくつかの宝石をなぞるように触れると中に手を入れた。


「娘々(にゃんにゃん)、これをあなたに……」


 剣護は蓮音に、それが入っていた鞄よりも数倍大きな花束を差し出した。


 見ると、花びらが幾重にも重なり、可憐ながらも王者を彷彿とさせる紅い大輪の花が中心に据えられている。


「まあ……」

「わお!」


 優美な花の姿に見とれた明鈴と万梅は、剣護に対して反感を抱いているのにも関わらず、感嘆の声を漏らした。


「はな、きれい、おじょうさま、みたい」


 ガクも素直な感想を述べる。


「えーっ、これをわたしに? これは何の花? 牡丹じゃないよね?」


 今まで目にしたことのない新たな花だ。珍しい花との出会いに、嬉しそうに頬を紅潮させた。


「ダリアという種類の花で、これは『紅き花姫(レッドプリンセス)』という名の品種なんだ。花言葉は、『優美・華麗・感謝』だよ。大陸中央の高原にある小国で手に入れたんだ」


 剣護が淀みなく説明をする。


(紅き花姫――って蓮音姫、まんまじゃないか!)


 馬車の中から様子を見守っていた明鈴は、あんぐりと口を開けたままでいる。


 蒼迅の頭の血管が切れる音がした。


 香隠(シァンイン)は白目をむいた。


 万梅には、なぜか一面のお花畑が見えた。


 海遠の脳裏には、「色男引退」の四文字がチラついた。


 エリックだけは収納袋から物を取り出すところをみて興奮し、さらに鼻血を吹き出していた。


「へぇ、ダリアっていうんだ? ものすごく華やかできれい。ありがとう!」


「うん、花言葉の通り、優美で洗練された姿があなたによく似ているだろ? 昨日助けてくれたお礼も含めて、これを贈りたいと思ったんだ」


 剣護は、まぶしい笑顔を蓮音に向けた。


 蓮音は目の前の男の笑顔に気恥ずかしくなって、花の香りを確かめるフリをして大輪の花で顔を隠した。


 八重咲の花弁の色は、蓮音の髪色によく似ていた。


 さらに中央にあるガクは翡翠色をしていて、これもまた蓮音の瞳の色と似通っていた。


 それもそのはずだ。これは剣護があの時の少女を想いながら品種改良して生み出し、名づけた花なのだから。


「お、お前! 陳腐な方法でお嬢を口説こうとしやがって、この色ボケクソ男が!」


「昨日もお話ししましたが、親しいわけでもない女に花を贈る男にはろくな奴がいません! 喜んでは相手の思うつぼです! お嬢様、絶対に騙されちゃダメです!」


 蒼迅と万梅が全力で剣護を非難する。しかし、剣護は、外野に何を言われても全く動じていなかった。


「も、もう一度、物を取り出すところを見せてください! できればしまうところも見てみたいです!! お願いします!!!」


 エリックは皆に無視され続けながらも自分の意志を貫き通すのだった。

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