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漆黒の魔王は紅き花姫を愛でる~敵国皇帝の后になりたくない鬼姫は、魔王に溺愛される  作者: いか墨ドルチェ
第一章 鬼姫の花嫁道中

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第9話 言葉巧みな男に要注意

 大皿に盛られた料理が何品も運び込まれてくると、蓮音(リェンイン)は「わあ、どれもおいしそう!」と言って遠慮なく食べだす。


「李公子は、亜人の国にも行ったことがあるの? 遺跡の探索なんかもしたことあるの?」

「そうだな、じゃあドワーフの国の話なんてどうかな?」


 剣護(ジェンフー)は少しだけ食事を口にした後、蓮音にせがまれるままに話し続けた。蓮音にとって剣護との夕餉(ゆうげ)は想像以上に愉快なものだった。彼は実に博識で、頭の回転が速く、話上手だった。


 エリックなんて西側の大国エルベ王国の出身のはずなのに、何を聞いても「さあ、ほとんど研究室か遺跡にいたので知りませんね。それよりも、6年前にある遺跡で発見された魔道具なのですがね! これが風魔法の原理を根底から覆すような応用をしていてですね……(以下略)」といった具合でまずこちらが知りたい話をしてくれない。


 蒼迅(ツァンシュン)は粗暴で話下手だし、海遠(ハイユェン)はやたら美しいだのなんだのと空虚な褒め言葉を並べたがるのでちょっと面倒くさい。でも、李益(リーイー)は全然違う。蓮音自身、この旅には何も期待していなかったのだが、旅の間この人の話をたくさん聞けると思うと胸が躍るような気がした。


 蓮音は剣護の話に夢中になりながらも、自分は食事をちゃっかりもぐもぐ食べていたが、よく見ると彼がほとんど食事に口を付けていないことに気が付く。


「あれ? 全然食べていないけど、もしかして口に合わない?」

「いや、そんなことはないよ。こんな風に誰かと食事をするなんて久しぶりで、話すことに気を取られて食べるのを忘れていたよ」

「ごめん、わたしが話しかけちゃうせいだね。嫌いじゃないならどんどん食べて」


 蓮音は近くにあった青椒肉絲(チンジャオロース)を剣護の(わん)に盛り付けた。


「あー、お嬢、いいんっすか? そいつにやるとお嬢が食べる分が減りますよー。なんせお嬢はうちの隊で一番の()()()だからなー、わっはっはっは」


 蒼迅(ツァンシュン)の大声に、「嫉妬の仕方が完全に間違っていますわ、隊長!」と明鈴(ミンリン)は頭を抱える。蓮音は蒼迅を(にら)みつけ、べーっと舌を出したものの、いつものように喧嘩に乗ってこない。


「お嬢、何猫被ってるんっすかあ? 上品ぶっても無駄っすよ?」

娘々(にゃんにゃん)、あんな下品な男の言葉なんて気にする必要はないよ。僕は気取った小食な令嬢よりも、あなたのようにおいしそうに食事をする人のほうがずっと好きだな」


 剣護が(つや)やかな声音で「好きだな」と言う台詞(セリフ)が蓮音の頭の中で何度もこだまする。


「だいたい、小食な女性を好むケチな男なんて単に甲斐性がないだけじゃないかな? そこの(しもべ)のように」

「はあ? だから(しもべ)じゃねえっつってんだろうが!」

「やめておけ。相手は弁の立つ商人だ。お前の敵う相手ではない」


 珍しく香隠(シァンイン)が蒼迅を制した。


「お前、どっちの味方だよ!」

「どちらでもない、わたしは姉様(ねえさま)の味方だ。例え仲間であろうと姉様を侮辱(ぶじょく)する者は許しはしない」


 蒼迅は「クソッ」っと舌打ちをして口をつぐんだ。


 香隠は決して剣護を(かば)ったのではない。これ以上二人が話し続ければ、言葉巧みな剣護が蓮音を喜ばせる機会を与え続けるだけだと思い止めたのだ。彼女なりの危険防止策を講じたというわけだ。


 ◇ ◇ ◇


 部屋に戻り、就寝前の身支度を手伝おうとした万梅が蓮音の髪に挿された梔子(クチナシ)の花について聞いてきた。


「姫様は本当に花がお好きですね。山で採られたのですか? 姫様の御髪(おぐし)によくお似合いです」


 明鈴も続ける。


「生花を髪にさすなんて、風情があって素敵ですわ。姫様自ら御身(おんみ)を美しく飾ろうとするなんて、わたくし、感動しましたわ」


「あ、えっと、これは、李公子が……」


 蓮音は山であったことを簡単に説明した。


「な、な、な、なんですの、それは!! まるで恋物語に登場する王子様じゃないですかぁぁっっ」


 恋愛小説を読むのが趣味の明鈴が騒ぎ出す。


(これは完全に絶体絶命(ピンチ)なやつですわ! 蒼迅隊長!)


「ちょ、そんなことをサラッとできてしまう男なのか、奴は! 姫様やつは危険です。あの手の男に免疫のない姫には本当に危険です!」


 一方、男女の駆け引きをその目で見て学んできた万梅は動揺しつつも強く忠告する。


「えっ、どこが危険なの? むしろすごく素敵な人だと思うのだけど……?」


 さっきから皆が彼を危険と言うが、そういう本人たちだって元海賊だったり、元暗殺者だったりするではないか……。蓮音にその人物の危険性を説いても、明らかにもっと危険だった人と最終的に親しくなってしまっている現状があるため説得力がない。


「ああ、すでに……。ええっとですね、男が気になる女を口説くときは、金のある男であれば金目のものをパーッとばらまくか、金がなくてそれができない男は花みたいな女性が喜びそうなものを贈って気を引くわけですよ」

「でも、彼はかなりのお金持ちっぽいけど、金目のものはばらまいてないじゃない? それに会ったばっかでよく知らないわたしを口説いてどうするの? 単に花がきれいだってことをわたしにも伝えたかっただけでしょ」


 蓮音はそう言うと、まだ甘い薫香(くんこう)を漂わせている梔子(クチナシ)の花を顔の前でくるくると回して香りを堪能した。


「とにかく、世の中にはちょっと好みの容姿の女であれば誰彼構わず口説いて回る悪い男もいるのです。姫様も、明鈴様もお気を付けください」

「わかりましたわ。ところで姫様、そちらのお花はどういたしますか?」


 鬼姫を地で行く蓮音だが、美しいものの中でも特に花は大好きだった。見た目や香りに癒されるというのもあるが、それ以上に花は平和の象徴だとみていたからだ。皆が花を愛でる気持ちを持てば、そもそも(みにく)い戦など起きない、また、花を愛でる余裕があるということは、人々が飢えに苦しんでいないということだからだ。


「押し花にするのはどうかな? 明鈴、あなたの持っている本で適当なものがあったら貸してくれない?」


 蓮音は自ら進んで読書をしない。本を読む時間があったら、武術の腕を磨いている方がよほど有意義だと信じていた。一方、明鈴は読書が趣味だった。特に恋愛ものが好きで、古今東西の恋愛小説を読み漁っていた。彼女の妄想が(たくま)しいのはそのためなのだ。


「承知しましたわ。少々お待ちください」


 明鈴は旅の(なぐさ)みにと何冊か持参した小説の中から、蓮音の目にふれても問題なさそうな題名(タイトル)の本を選んで持ってきた。大陸西側で大流行したという恋愛小説で、『千人切りの騎士カルロスの一生』というものだ。一見すると戦記物のようだが、実は彼が切っているのは敵兵でも魔物でもない。女狂いの色男が様々な女性と関係を持っては別れ……という節操のない話なのである。蓮音は、本を渡されると、案の定中身を確認することなく花を挟んだ。


 一方、剣護は開国の都・貴蓉にある城に戻っていた。明日からの蓮音との旅に備える必要があったからだ。魔力量が多く、転移魔法を自由に使える彼にとってはこの程度の移動はどうということもない。


 剣護は「豪商を(よそお)うのに必要だ」と蓮音に似合いそうな服や装身具、異国の珍しい品々を見繕(みつくろ)うようにと部下たちに命じた。


 影月(インユェ)は、蓮音たちの動向を探るのは自分にお任せくださいと掛け合ったが、剣護は、「俺に考えがある」といって聞き入れなかった。冷酷無比の魔王様のお考えに背くのも危険と思い、直接蓮音に接触する役は剣護に任せることにした。


 剣護は自室に戻ると一人で寝るには大きすぎる寝台に横たわると、愛する女性が差し伸べて握ってくれた右手を満足そうに眺め続けた。

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