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花園の剪定師  作者: 梟樂
第一章《蓮》
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第九話 蓮見栞織


一時限目の授業が終わり、不知火と八郎は連れ立って男子トイレに向かった。


「あの何で居るんですか!? 何で!?」


「あーうるさいうるさい、静かに。

俺も君と同じ仕事だっての。逆に何で素人のぺーぺーが一人で仕事出来ると思った訳?」


「いや、うん、確かにそうですね......すみません。それとありがとうございました。あの時、普通に名前呼びそうになっちゃって」


「別にいーよ。これからは気を付ける事、後教室ではタメ口厳守。それと八郎くん、蓮見ちゃんとはなるべく仲良くなっといてね。案内の時とか、二人きりになれるでしょ? ちゃあんと友達になるんだよ」


だが八郎はこの言葉に頷き一つすら返せなかった。視線は泳ぎ、何かを口に出そうと悶々としている。


「言いたい事がありそうだねぇ。休み時間もそろそろ終わる、霜山先生に大目玉食いたくないし、さっさと言ってくれない?」


「____俺、女子の友達居た事ないんです.......!」


悲痛な叫びだった。

鋏切八郎と言う現代っ子の高校生は、漫画やアニメの様にいつの間にか女子の友人に囲まれているタイプではない。小学校や中学校からの友人と高校でも関係を続け、男子数名で構成されるグループに属する生徒。それが鋏切八郎なのだ。女子と話したことなんて、委員会の時に二言程度交わすぐらいである。


「うん、頑張って! じゃあねー!」


不知火は明らかに『うわ面倒臭さ』と言う顔を一瞬したが、スイッチを切り替えるかの如く張り付いた笑顔に変わる。


「ちょっと郁人さん!? いや足早......ちょ、待ってくださいよ!」


駆け足で出て行った不知火を追いかけて、八郎も教室へ戻ったのであった。

席に戻った途端にチャイムが鳴り響く。

教卓からこちらを眺めていた霜山の視線は、何とも冷ややかであった。


「授業を始めます。蓮見さん、号令を」


こうしてまた授業が始まる。

内容は高校範囲だが、17歳である八郎にとっては去年やった事のおさらいだ。

教壇に立っている霜山とてベータ班の班長、言わば研究所側の人間だが、その教え方はとても分かりやすい。元々は教職だったのだろうか。

逡巡する思考を取り敢えず手をつねって止めて、またやって来るであろう休み時間に、八郎は蓮見に話しかけてみる事にした。



二限目が終わったら話しかけるぞと、そう息巻いて迎えた休み時間。蓮見はトイレに立ったので、八郎は話しかけるタイミングを失ってしまう。

帰って来たらすぐ話しかけるべきか、これは一旦見逃して次の休み時間を狙うべきか。

ぐずぐずしている所を横目に、不知火が二人にだけ聞こえるくらいの声で話しかけて来た。


「そう急かすつもりはないけど、あんまり奥手に行かれると困っちゃうな。別に蓮見ちゃんだけと友達になれとは言ってないし、他の子行っても良いんじゃない? 例えば......小野町ちゃんとか。あの子明るくて良い子だし、ちょっと話しかけてみたら?」


不知火が指差した先には、机を緩く巻いた髪が占領している様が広がっていた。どうやら寝ているらしい。


「寝てるじゃないすか、流石にそれは......」


「タメ口下手だね〜。じゃあ違う子?」


「作戦会議と言うやつですか。私も混ざってよろしい感じです?」


「蓮見さん!?」


いつの間にか帰って来ていた蓮見が、窓際の二人の前に立っていたのである。


「突然すみません、お二人。鋏切くん......うーん、八郎くんって呼んでも良いですか? 私の事も栞織と呼んでいただいて結構なので」


「ぇあ、うん、栞織............さん」


不知火は耐え切れず噴き出したが、どうぞ続けてと蓮見を促した。

彼女は噴き出した不知火を少し心配しながら、先程の続きを話し始める。


「八郎くん、郁人くん、お昼良ければご一緒しませんか? その後案内が出来たらなと思ってまして。悪くない提案でしょう?」


「良い提案だけど、俺はパス。今日は先約居るんだよね。また誘って〜」


「そうでしたか。では、八郎くんは?」


「是非、えっと......喜んで!」


ではまたお昼休みに、と言って蓮見は席に戻って行った。八郎の心臓はまだ早鐘を打っている。


「八郎くんって緊張しいなの?」


「......初対面なんで距離感測ってるんです」


また始まりを告げるチャイムが鳴った。

八郎は両頬を叩き、あちこちに散らばる思考を一度ゼロにする。一先ず心を落ち着かせて、普段通りをする為に。

目下の課題である授業を乗り越えて、己の仕事を全うしようと、八郎は漸く決意したのである。


時刻は四限目の頃。


「鋏切君、この文を訳して下さい」


「彼女は、隠された、えっと......意図に気付きました」


訳を言い切った直後、チャイムの音が鳴った。


「では、本日はここまで。これは次回に回しますね。蓮見君、号令を」


蓮見の号令に続き、皆々が席を立って礼をする。

霜山が教室から立ち去れば、もう雰囲気はお昼休みに塗り替えられた。ある者は弁当を取り出し、ある者は教室から出ていき、ある者は席に座ったまま眠りだす。

三者三様の昼休みが繰り広げられる中、八郎と蓮見は食堂へと向かう。


「八郎くんは、お昼何食べたいですか?」


「んー、お腹空いたし結構ガッツリ行きたいかな。丼物とかある?」


「ふっふー、なんとですね、ウチの食堂は全てロボットが調理しているんですよ。なので何を頼んでもオールオッケー、糖質カットご飯や減塩バージョンなど、少し手間のかかるメニューさえもお手のものなんです」


驚かせるつもりで言ってくれたのだから、ここは嘘でも驚かないといけないだろう。例えそれが、外の研究所の食堂と同じシステムであっても、だ。


「へ、へぇー。それは凄いね」


「そうでしょう? 割と普通の学校とは違う、変わった所があるんですよ」


表情に出ていない事を祈る八郎を横目に、蓮見は話を続けた。


「そう言えば八郎くんは、どこから来たんですか?」


「え?」


「ほら、自己紹介の時です。何か言おうとしていた様に見えたので。恐らく出身地とか、以前の高校かと思いまして」


「あー......」


適当な事を言って乗り切ろうかとも思ったが、それは迂闊だろう。数秒迷い、八郎は自分の高校名を伝えた。蓮見は返答に困っている様だった。


「こう言うの癖で聞いちゃいますけど、よく考えたら皆来たところが違いますもんね。話を広げるのが難しい......」


「けど、そう言う栞織さんはどこの高校?」


「実を言うと私、高校がここなんです。中学を卒業してすぐに、ここへ通う事が決まっちゃいまして。両親と大喧嘩しましたよ、何勝手に決めるんだー、って」


「え、自分で決めたんじゃないの?」


「はい。通う予定だった高校を直前で蹴ってこちらに行く事に。酷い話ですよねー......今はもう割り切ってますけど」


彼女達は、自分が何かしらの病気を患っている事を知らないのだろうか。騙している側であるけれど、八郎の心は少し痛んだ。

そして一つだけ、疑問が残った。

どうやってジェーンスティリングが見つかったのか、である。

けれどそれはすぐに消えた。

ここまで大掛かりな施設を作り、従業員を誘拐して集めている様な違法施設だけが、あの病の事を知っている筈がないだろう。八郎はそう思ったからだ。


「着きましたよ、ささ、いつでも空いてるのでまずはご飯を注文しましょう」


二人は食堂の注文口で好きな料理を頼み、近くのテーブルに座った。空腹をくすぐる匂いに釣られて、八郎は食事を食べ始める。


「良い食べっぷりですねえ、見ていて気持ちが良いです」


「ごめん、お腹空いてて......てか、それだけで大丈夫? サラダと、スムージーだけ?」


「最近はこればっかりです。お腹は空くんですが、量が食べられないもので。薬も飲まなきゃならないですし、食べない訳にもいかず。味気ないですけどね」


付け合わせの胡麻ドレッシングをかけて、蓮見はサラダを頬張った。食欲がある分、まだ健康な方だと思いたいが。

先に食べ終わるのはどう考えても蓮見の方だと思ったが、食べるペースは感はかなりゆっくりだ。

食べるのが遅いと言うより、食べながら考え事でもしているのだろう。先程からフォークに野菜が刺さりっぱなしである。


「......八郎くんは、星が好きですか?」


「星? んー、まぁ好きかな。バイト帰りとか、見上げると綺麗でスゲーってなる」


「ですね。不意に見上げた時、満天の星空が見える。心が躍ります、さぞかし綺麗でしょうから」


「別に、ここでも星は見えるんじゃ」


「見えませんよ」


やけに芯のある言葉だ。彼女はここが偽物であると気付いてしまったのではないか、そんな疑いを向けてしまう程に。

空は偽物だ、そんな言葉を地上で聞けばただの与太話だと思うが、太陽の光すら偽物であるこの地下で聞けば、ぞくりと背筋を震わせるものがある。

この先の返答次第で、彼女は余計確信を深めてしまうのではないだろうか。言葉が詰まり、会話は止まる。


「......すみません、聞き流して下さい。体調が悪い日が続くと、どうにも思考がまとまらないもので。それより八郎くん、食べ終わりました?」


こちらを向いた拍子におさげが揺れる。

その奥の首に、黒いチョーカーが見えた。八郎のリングとはまた違った物だ。ファッションだろうか。


「ぇ、あ、うん。あのさ、そのチョーカーって..................ファッション?」


「八郎くんもファッションですか? その首のやつ」


「違うよー......何なんだろうな、これ」


「さぁ。バイタルチェックうんぬんだとかなんとからしいですけどね」


「何も分かんないじゃん」


「ですねぇ」


食事を終えた二人は、食堂を後にして学園に戻った。何だか張り切ってそうな蓮見の瞳は、物理的にも比喩としても輝いている。


「さあ、学園案内もとい探検の始まりです!」


「おー」


二人が最初に訪れたのは、食堂から最も近い売店だ。外見はほとんどコンビニと同じである。


「ここが売店です、コンビニみたいな見た目ですけど。何か変な狐? のぬいぐるみもありますよ」


中に入った蓮見が指差したのは、変な目付きをした狐のぬいぐるみだ。名前はアンチャン、地上の植物園の名物マスコットである。


「アンチャンだ。不気味な顔してるよな」


「アンチャン? そんな名前なんですね。でもちょっと可愛いですよ、キモカワって感じで。こっちの奴はお腹を押したら音が鳴るそうです」


店内の商品は飲料、食品、お菓子やアイス。

充実したラインナップだ。変なぬいぐるみ専用の商品棚がある事以外は、特に変わった様子もない。

これが原因で勘付かれるんじゃないかと思うが、撤去されてない以上問題ではないのだろう。


「それでは次、と行きたいんですが」


蓮見は売店を出た先で立ち止まる。

こちらへくるりと向き直り、困った様な様子で語り出した。


「実は一つ、お聞きしたい事があります」


「なに?」


「この後紹介するのは職員室、保健室、図書室、それから美術室。これ、八郎くんが居た高校にもありましたよね」


「あったね」


「今から私がそれらをテンション高めで紹介した時、テンション高めにわーすごーい、って言ってくれます?」「ごめん無理だな」


この言い草、蓮見は無理矢理テンションを上げていたらしい。少し申し訳なくなった。

確かに初めて来た場所の詳細を教えてもらうのは大切な事だ。だが八郎は今年から高校生になった訳でもないし、何なら学園に来たのも初めてじゃない。

それなのに毎度毎度、『わーすごーい!』なんてテンション高めのリアクションが出来る筈がないのである。


「ですよね。なのでテキパキ行きましょう、職員室と保健室は向こう側、中央階段の反対側が生徒玄関です。それでは二階へ向かいましょう」


「はーい」


二人は中央階段を登っていく。

踊り場に出た時、ニッチと呼ばれる凹みに目が留まる。そこには風景写真やドライフラワー、小さな置物など、誰かが手ずから作り上げたものが飾られていた。


「そこはですね、共有展示とでも呼ぶんでしょうか。美術の授業で作ったものや、部活で作ったものを飾れる場所です。私も一つ置かせてもらってますよ、私の傑作小星型十二面体くんです」


「小星型十二面体......? あー、星みたいなやつだ」


折り紙で作られたトゲの集合体、星じゃないのに星っぽく見える多面体だ。

美術の授業でこんなものを作るとは思えないし、部活で作ったのだろうか。


「八郎くんも何か作ったら、置かせてもらうと良いですよ」


階段の続きを登る。

二階にあるのは一年生と三年生の教室、使われていない二年生の教室。図書室と、残りは空き教室だ。


「私達の教室はご存知の通り。その向かいが美術室です。三年生の教室があっちで、向かい側が今わ使われてない二年生の教室です。で、図書室が私達の真正面にあります。入ります?」


「ちょっと覗いてみるかな」


図書室の中は本で満ちていた。当たり前だが。

所狭しと並ぶ本棚には、ジャンルがバラバラの本が収納されている。図書室や図書館の本には、確か並べ方があった筈だと記憶しているが。画集の横に生物図鑑が並んでいるくらいに、本棚の中身はぐちゃぐちゃだ。


「司書さん、じゃないな。図書室にも先生って居るもんじゃないの? 本棚ぐちゃぐちゃじゃん」


「ウチは居ませんね。私も時々、本棚の整理をしますけど......終わる気配が見えないです、蔵書が多過ぎるので。アルバイトでも募集したら良いのに」


その時、ノイズ混じりのチャイムの音が鳴った。昼休みの終わりを告げるチャイムだ。


「あらら。続きは放課後にしましょうか」


教室に戻り、二人は各々の席に座った。

八郎はどこか惚けている様子で、どこか浮かれている様子で、ぼーっと天井を眺めている。

そしてその様を、前の席で見ている人間が居る。


「八郎くんさ〜、デートどうだったの? その感じだとだいぶ良さげかな〜?」


「いやデートじゃないですけど」


「知ってるけど。蓮見ちゃんと仲良くなれたか聞いてる」


「仲良く............なったんじゃないですか? 案内の続きは放課後してくれるらしいです」


不知火は明らかに興味が失せた顔をしていた。

彼の興味を惹く話ではなかったらしい。八郎には関係無い事だが。

これから午後の授業が始まる。

心の端の方に放課後を心待ちにする気持ちを置いて、八郎はペンを握ったのだった。


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