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90.首輪・ラミネート・パチスロ

 事務所の1階に降り、リビングの方に出ると、アニキに出くわした。僕とカオルを見た彼は、静かに一言。


「ヤッたのか……?」


 それの意味するところを察せない僕ではない。今度は僕が真っ赤になってしまった。せっかくカオルの前でクールでいられたのに。


 何も言えないでいる僕に代わって、カオルが返答する。


「私たちの間に(ただよ)う絶妙な空気だけで何かを察するとは、さすがアニキ。でも残念、君の予想は外れている」

 続けて、恍惚(こうこつ)とした表情で。

「もっとスゴイことをした。子どものこととか、2人の将来の話もしたよ」


 ほんとにこの人は……!

 間違ってはいないのがなお腹立たしい。


「お前……そういうのは店の中だけにしとけよ……気持ち悪りぃぞ……」

「そうだそうだそうだ! アレは潜入時の設定の話だろう! そこまで持ち帰ってどうする!」


 いつの間にか交ざっていたパーヴァートさんが声を上げる。この人がいると話がややこしくなりそうだ。


「朝から妙な話をしてくれるではないか……でもワシは応援する!」


 オウミさんも起き出して、それに続いて人が集まってきた。(さいわ)いマルカとアレクシアが来る頃には、僕とカオルもいつもの調子に戻っていて、あれこれ(かん)付かれることはなかった。



 〜〜〜〜〜



 全員そろい、話は作戦会議へ移る。ヤクザに並んで机を囲む少年の姿は、我ながらシュール。


 そんな極道会議の最初の発言者は、アニキの子分のひとりだった。


「昨日の話っスけど……()られて喜ぶ奴がいるってんなら、一回わざと客と付き合うってのはどうスか? 良い雰囲気作ったところで、やっぱガキのとこに戻るって感じで」

「却下だ。私はもうこれ以上、男性遍歴に傷を付けたくない」


 あえて男に近づくという提案は、あっさりカオルに切り捨てられた。

 アイデアが潰れて落ち込む彼の横から、もうひとり、落ち込む人間の声が。


「えっ、カオルって……経験あるのか……?」


 呆然とするパーヴァートさんを前に、カオルは数秒置いてから、なつかしむように口を開く。


「あるよ、たくさん。どれもこれも、未だに脳裏に焼き付いている。忘れたくても忘れられないね」


 カオルはさも大切な思い出であるかのように答えた。()()()()()がヘナヘナと地に伏す。


 その〈遍歴〉の正体を、〈忘れられない〉の真意を知っている僕は、彼を前に複雑な想いだ。でも、カオルの過去を知っているということに、そこはかとない優越感も覚えていた。


 よく見ると、アレクシアもそんな雰囲気の顔になっていた。だけどすぐに(くちびる)を噛んで、伏し目がちに息を吐いた。


(そうだ、カオルの辛い過去を、僕の自己満足に使っちゃダメだ)


 アレクシアの気持ちが理解できた気がした。

 僕はみんなに気づかれない程度に首を振り、意識を改めた。

 その側で話は進んでいく。

 まず頭を下げながら申し出たのは、リシンさんだ。


(あね)さん、心中お察ししますが、他の男に(こび)を売っておくことには賛成です」

「あのねえ〜〜〜〜、私はユウくん専属になるって決めたばっかりですよ?」

「なにも直接相手をしろと言っているわけではありません。ただ、同席くらいはさせてやらないと、相手も期待はしないでしょう」

「……言いたいことはわかりますよ。お高くとまりすぎて、誰も手を出そうとしなくなったら意味がない」


 リシンさんは元々この作戦に懐疑(かいぎ)的だった。彼の指摘は正しいといえば正しい。


 う〜ん……、という雰囲気がみんなを包む。


「まあ……当て馬みたいな役割で呼び込むならいっか」


 カオルは下衆(げす)な笑顔で、隣のイスに座る僕を見た。


「ユウくんって真面目だからね、演技とはいえ、私がおっさんに媚びてたら不安になるだろう?」

「ならない……とは言わない」


 マルカが生温かい眼差しを僕に向けた。

 似たような目で、カオルは続ける。


「うんうん、そういうとこ。君が私を本気で奪い返し、独り占めしようとする姿。それを見て、私も(うず)いてしまうわけだ。そして他の客そっちのけで盛り上がる、悪くないね」

「結局着地点はそこなんですね」

「当然だよマルカ、私の客はユウくんだけだからね、彼に〈カオル〉を楽しんでいただくことが全てだ」


 〈男女の関係〉と〈客と嬢の関係〉をわざとごちゃ混ぜにした語り方で、彼女は僕の気を引いた。


「ふたりだけの世界でイチャラブやってんのもいい、でも──」


 テーブルの下、みんなからは見えない角度で、カオルの手が僕に触れる。


「比較対象がいた方が、ユウくんも燃えるかな?」



 〜〜〜〜〜



 会議は無事に終了。

 作戦の大筋は変わらず、オウミ商会バックアップの下でカオルを独占するという点は以前と同じ。しかし、今後は他の客との距離が近づくことになる。その中で、僕は他の男たちとの格の違いを示さなければならない。


 その練習がてら、僕たちは変装した状態で街を散策していた。オウミ派の人々が根を張るエリアなら、何か問題が起きても大丈夫なはずだ。


 僕がカオルの少し先を歩き、その後ろからマルカとアレクシアがついてくる。


 最初に寄ったのは、ファクタに来た時にも見た露店だ。相変わらずバンダナを巻き、ダウナーな雰囲気を放つ店主さんは、遠くから僕を見つけるなり声をかけてくれた。


「ようボウズ、また会ったな」

「やあ、こんにちは」

「ん……?」


 僕たちの様子が変わっていることに気づいた彼は、バンダナを少し上げ、目を丸くしてこちらを見た。


「なんだその格好……?」

「私がこの子に買われたんです」

「俺にもわかるように言ってくれねえかな」


 疑問符を浮かべまくる彼に、先日の経緯を説明した。


「買われたってそういうことか、姉ちゃんも馬鹿なこと考えるなあ」

「完璧な作戦でしょう? あなたもどうですか? お(しゃく)くらいならしてあげますよ」

「こんな美人の姉ちゃんにやってもらえるなら悪くな……いややめとく。ボウズ、目が怖いぜ」

「えっ⁉ いやそんなはずは」


 何も意識していなかったつもりだけど、気づかないうちに彼を(にら)んでしまっていたのかもしれない。


「そうだボウズ、今のお前らにピッタリな道具があるんだが」


 そう言って、彼は広げている商品の中から2つのものを取り出した。

 その形状を見て、マルカが怪訝(けげん)な声を上げる。


「首輪……ですか?」

「そう、首輪と鍵」


 店主さんはズシリと重い首輪を僕に手渡した。

 鉄工技術を活かした、鉄どうしが隙間なく絡み合う精緻(せいち)な構造。それは、鍵なしでは簡単に外れないことを物語っている。


「自分のモンならちゃんとアピールしとかないとな?」

「素晴らしい。ユウくん、これ買おう」


 カオルは有無を言わさず首輪を買い上げ、僕に渡して「ハメて」と言ってきた。


「待ちなさい! ダメよユウ――ご主人、様っ!」

「そうですよ! なんか危ないですコレ! なんかその……見た目が!」


 メイド2人は止めに入ったけど、四つん這いになって上目遣いで見つめるカオルに、僕は抗えなかった。


 一体どちらに主導権があるのかわからないまま、装着が始まる。


「くっ……婚約指輪だってはめたことないのに。しかも弟にされるなんて……っ」

「フフフ、似合ってるよ姉上」

「ほほぅ~、そういう設定か。しかし上手いなボウズ、ほんとに演技か?」


 きらびやかなドレスに似合わない無骨な首輪、その対比が、カオルの魅力をより引き立てたように見えた。

 カオルは首輪を指さし、メイドに問う。


「どう? ふたりとも。店では男を尻に敷く女が、昼間はコレ! しかも相手は少年ときた!」

「エロ漫画なら嫌いでもないけど、現実で知り合いがやるってなると最悪ね」

「見てる側は気まずいんですよカオルさん……」


 それでもカオルは満足げ。店主さんも商品が売れて言う事なし。

 店主さんは最後に「オマケだ」と言って、長いひもをくれた。



 ~~~~~



「ほら、キリキリ歩くんだよ姉上」


 カオルに頼まれたセリフを言い、リードを引く。首輪につながったひもがピンと張って、カオルを引っ張った。


「いつまで見せられるんですかねコレ」

「先輩が満足するまで……」


 露店を離れた後、僕たちはオウミ派の店にあいさつ回りをしていた。当然、この姿のままで。

 行く先々で奇異の目を向けられては、演技をするの繰り返し。首輪につながれたまま何食わぬ顔で会話するカオルの姿は、少なからず男たちの情欲を煽っていた。


 そして2〜3時間も経つころには感覚も麻痺し、僕らは自分たちの異様な姿に違和感を覚えなくなっていた。


「いや~みんな良い反応してくれるね。こりゃ売上楽しみ」

「でも何か足りない気もするんですよねえ。そうだカオルさん、首輪を見せて〈本当はあなたのような人につけてほしかった……〉とか言ってみるのはどうですか?」

「先輩にそれ言われたら、絶対助けてやるからなって気持ちになるわね」

「それも考えてみたよ、だが私はユウくんにハメられて大満足だからね。そこを否定するのは違うと思うんだ」


 謎のこだわりを語りながら街を歩く。そこに、空気が震えるような音が響いた。


「すみません……お腹鳴っちゃいました」

「腹ぺこメイドか、いいキャラ付けだマルカ」

「キャラでやってるんじゃないですよカオルさん、ほんとにお腹空いたんです」

「そういやそろそろお昼時ねー」


 僕もお腹が減ってきた。どこかでご飯を――と思った時、先日の屋台が目に入った。


「あっ、ゴーレムサンド屋さん」

「ああ、いいですね! アレにしましょう!」

「いや待って、マルカ――」


 気がかりがあって、僕はマルカを止めようとした。けれど口に出そうとした瞬間、嫌な予感がよぎり、言葉を飲んだ。


「……ゴーレムサンドってなに?」

「そういえば先輩は知らなかったわね」


 少なくとも、カオルたちは特に警戒心を抱いてはいない。僕は様子を見ることにした。

 屋台に向かいつつ、カオルにゴーレムサンドの説明をする。鉄分豊富、たまに鉄のかたまりが入っている、それがゴーレムサンド。説明を聞いたカオルは、あの時の僕たちと同じ反応をした。


「それ、食べても大丈夫なの?」

「もちろんダイジョーブですよおねーさん! まあどうしてもって言うなら、他の商品もお出しできますがねっ」


 会話に割り込むように、屋台を引くお兄さんが話かけてきた。彼は以前出会った時と違い、顔のほとんどをターバンのような布で覆っていた。隙間から覗く目と茶色い髪で、どうにか彼だとわかる。


「ふーん、じゃあメニュー見せてもらいましょうか」

「お客さん、踏んでますよ」

「なんで下にあんだよ」


 いつの間に置いていたのか、カオルの足元には確かにメニュー表があった。

 カオルはそれを拾い上げる。紙ではなく硬い質感の表。〈ラミネート〉されたそれを、カオルとアレクシアはまじまじと観察していた。


 フィルムで紙を挟んで強度を上げる技術、明らかにこの世界にはそぐわないもの。なぜかそれを、屋台の彼は所有していた。


 これは何なのかと聞く前に、彼の方から質問が飛ぶ。


「ところでお姉さんがた、その格好は何かな? 特に首輪、何ソレ?」


 聞く対象はカオルなのに、彼は明らかに僕の方を向いて言っていた。


 質問というよりは尋問のようなその気配に、僕は気圧(けお)されてしまった。

 あの時のことが思い起こされる。前回サンドを買った後、彼は僕が身に着けているホルスターの中身が銃であることを見抜いて、僕に警告してきた。〈そんな物騒なもの持ち歩くな〉、〈人生を無駄にするな〉と。

 あの時の彼から敵意は感じなかった。それは今も同じだ。だけど、どこか雰囲気が違う。


 僕と彼の間だけに走る緊張。それを知らずに、カオルは答える。


「この首輪はね、私が彼に買われた証拠です」

「へぇ……」


 関心があるのかないのか分からない、抑揚(よくよう)のない返事だった。


「ちょっとお金が必要で、あっちのお店で働き始めたんですよ。そしたらいきなり太客がついちゃった。で注文ですけど、やっぱりゴーレムサンドで。せっかくだから名物を食べようかな」

「……はいよっ!」


 やっぱり僕の思い過ごしだったのか、彼はすぐに元の明るさを取り戻し、人数分のサンドを用意した。


「はい、4個で銀貨4枚ね」

「銀貨4枚?」


 高い。この前買った時はもっと安かった。僕たちがそれを伝えるより先に、カオルは指摘した。


「4枚だって? バカにしちゃいけないよ君ィー、高い高いーっ」


 この世界での生活の中で物価を把握しはじめていたのか、カオルは高らかに笑った。


「いくらなら買う? おねーさん」

「銅貨1枚で」

「オッほっほっほっほ~、そんな値段で売ったら、こっちが生活できないよ!」


 カオルのふっかけにも動じず、彼は人を小ばかにした態度で「ギィーッ」と首をかっ切るような真似をした。しかし、それで下がるカオルではない。


「じゃあ他のお店で買います。私が行けば安くしてくれる店知ってるんで」

「OKおねーさん! 俺は美人に優しいんだ。銅貨20枚にするよ」

「2枚にしてください」

「食い下がるねえ! それじゃ値段交渉開始ーッ」


 いったいいくらになるのか、僕たちは固唾を飲んで見守った。


「19」「3」

「14」「5」

「13」「7」

「10」「10」


 声がそろった。


 後ろで見守っていた僕たちは、思わず感嘆(かんたん)の息を漏らす。


「やるわね、アタシが買った時は3個で銅貨15枚だったわ」


 それを聞いていた彼がニヤっと笑ったのを、カオルは見逃していなかった。


「……と、素人ならここで終わって〈ざまーみろ、モーケタモーケタ!〉なんて思うとこでしょうが」

「う……」

「本当はもっと安いんでしょ、これ」


 凍てつく眼光に、屋台の彼は白状するしかなかった。


 なんと、カオルはゴーレムサンド4個を銅貨4枚で買い上げてしまったのだった。


「いやぁ~さすがだねおねーさん、もしかして知ってた?」

「いいえ、ただのカンですよ」

「またまたぁ、あの交渉のしかたも、明らかに慣れてる人だったし!」

「女のことをアレコレ聞かないでください。そうだ、せめてものお礼に、お店に来てくれた時はサービスしますよ?」


 サービスの内容までは言わず、カオルは会話を締めようとした。


「アッハハ! 自分を買った男の前で他の男に媚びるか! 面白いねおねーさん」

「ライバルを用意するのも駆け引きのひとつ、ですからね」

「いいねいいね。それで少年にもっとお金出させようってわけだ。そういえば、そんなにお金稼ぎたいならさ、おねーさんが働いてる店に〈パチスロ〉ってのがあるんだけど、うまくいけば荒稼ぎできるかもよ」

「パチ……スロ……⁉」


 〈パチンコ型スロットマシン〉、またもこの世界には無いはずの概念が、彼の(もと)から現れた。


 カオルとアレクシアが目を見開き固まる。その隙に、彼は〈ラミネート〉されたメニュー表と共に去っていく。


 去り際、彼は僕にだけ聞こえるように

「本気でライバルになってみるか、少年」

 と告げて行った。

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