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87.新人キャバ嬢お姉さん、少年にお持ち帰りされる

 カオルに目を奪われていたところ、店長は奥からさらに2人の女性を連れてきた。

 金髪のガッシリした人と、黒髪のスレンダーな人。たぶん昨日カオルが指名した2人だ、聞いていた特徴と一致する。カオルには負けるけど、こちらもかなりの美人。


「わっ! 男の子いんじゃん! 店長あの子通しちゃったの!?」

「カオル……いきなりラッキーだね……」


 こちらに挨拶をしてカオルの隣に並ぶ2人。「新人の教育係」ということでカオルにつくらしい。情報だと彼女たちはかなりの人気嬢とのことだけど、そんな人たちまでこっちが独占して大丈夫かな。


 店長に目をやると、揉み手をしながらウインクしてきた。これもひとつのサービスってことだ。もっとも、それで顰蹙(ひんしゅく)を買うのは僕の方なんだけど……。


 そう思っていたら、さっそく怒号が飛んできた。


「話違うやんけコラァ! 店長、今日はあのアマ入ってないとちゃうんかい!」


 カオルはあからさまには反応せず、チラッと声のする方を見た。視線を追って振り返ると、まくし立てる小太りのおじさんが。もしかしたらあの人が、カオルが目をつけられたというオッサンなのかもしれない。


 彼が文句を言ったのを皮切りに、方々から非難が飛び交った。カオルを指名したことはもちろん、案の定、マーサとリオという人気嬢を奪ったことにも言及される。


 アニキやアレクシアがうるさい客に殴りかかりそうになる中、パーヴァートさんがそれを制し前に出た。


「静まれ! このお方をどなたと心得る! サキヤ家当主、ユウ=サキヤ殿にあらせられるぞ!」

(ほ、本名言うの⁉︎)

「…………やべっ」


 少々予定が狂った。本当は事前に考えた偽名を言うつもりだったけど、パーヴァートさんが勢い余って本名を言ってしまった。彼は言い終わった後でそれに気づき、隣でリシンさんが頭を抱える。


 まあ、この怒号はいち早く止める必要があったから良しとしよう。急ごしらえの作戦なうえ打ち合わせも足りなかったから、こういうミスは付きものだ。それに高らかに言った方が貴族っぽいし……うん。


 貴族の登場により、人々が僕たちから距離を取る。おかげでそこそこ静かになったし、一番騒いでいたあのおじさんには店長が対応に当たったので、ひとまず安心。

 それよりどうにかするべきは、こっちの面々だ。


「お、おねーさん、確かカオル=サキヤって名前だったよね?」

「もしかして……貴族……?」


 カオルは明らかに答えに困っていた。表情や姿勢は崩さなくても、こっちに展開を求めているのが分かる。

 僕は頭をフル回転させて、自分と皆のアドリブに()けることにした。


家督(かとく)争いで弟に負けて家を出たと思えばこんなところに……。情けない姉だね」


 他人ではなく姉弟に変更、そして生意気な弟を演じきる、それが僕の役目。自然とそういう発想になった。カオルを(ののし)るのだって必要なことだ。なんかカオルも喜んでるみたいだし。


 カオルは口パクで「最高だ」と言った後、すぐにノッてきた。


「ハァ、せっかく他人のフリしたのに、私の気(づか)いが分かんないかなー。……で、わざわざ追いかけてきたって? そんなに私と離れたくなかったのか。もしかして、まだお姉ちゃんと一緒じゃないと眠れない?」

「口の利き方がなってないな。せっかく愛人にでもしてやろうかと思ったのに」

「実の姉をそんな目で見るような男が当主とは……うちも今代で没落かな」

「どうせ腹違いだろ。なんなら種も怪しい、だから後継者になれなかったんだ。そんな人に心配される(いわ)れは無いね」


 なぜこうも舌が回るのか、自分でも分からない。とにかく相性が良いのは確かで、立板に水を流すように掛け合いが続く。

 ただ、このまま僕たちだけの世界に入ってもしょうがない。そう思ったのは向こうも同じだったようで、彼女は矛先を他にそらした。


「ちょっとは大人になったかと思ったが、まだまだガキだね。お付きのメイドもちんちくりんだし。まあお似合いだ・け・ど」


 カオルは吐き捨てるような言い方でメイド2人を(けな)し、誇示するように腕で胸を押し上げた。


 ターゲットを変えてくれたのは良いけど、ギリギリ冗談になってないことを言うのはやめてほしい。他の女性は別として、カオルが比較対象だと切れ味がありすぎる。しかも今のカオルはいつもより綺麗なんだから。


 僕は胃が痛むのを(こら)えて、バチバチした空気の修正に走った。


「文句があるなら、姉上が僕のメイドに──」

「なりませんご主人様、このようなメス豚など」

「ユウく、ご主人様にはあんなメス牛よりも私たちの方が相応(ふさわ)しいでしょう」


 胃が痛い。つらい。


「あ、あのー、立ち話もなんですし? す、座って?」


 ちょうどよく、金髪のマーサさんが着席を(うなが)した。しかしよく見ると席が足りない。


 僕がパーヴァートさんに目配せすると、彼は(うなず)いた。


椅子(いす)

「はいっ!」


 僕がその単語を言っただけで、彼は即座に四つん這いになった。全員がドン引きしているのにも構わず、パーヴァートさんは「こういうことだろ?」と目で返事。実際それは正解で、僕がそれだけの権力を持っていることのアピールと、注意をそらし空気を変えるという目的は大いに果たされた。


 ここまでの僕たちの会話によって、「貴族が来ている」という印象を他の客に植え付けることもできたはず。牽制(けんせい)としては十分だろう。


 マーサさんやリオさんが疑問を挟む前に、僕はカオルを促す。


「どうぞ」

「あ、私が座るんだ」


 カオルは一瞬迷ったものの、僕のそばで(ひざまず)くパーヴァートさんが明らかに「期待」しているのを見ると、ためらいなく腰を下ろした。


「えっ、カオル座るの⁉︎」

「ちょっと……引く……」


 先輩2人が冷ややかに見守る中、扇情的な曲線を描く大きなお尻が、ボスッと落ちる。波打つ振動を、パーヴァートさんの背中はしっかりと受け止めた。


「うっ、意外と重……」

「そうそう、ドレスがね。ドレスって見た目より重いんだよね。こんな薄いのにさ」

「むっ、音が聞こえるぞ! 服をパタパタさせているのか? 見えない! 四つん這いだから見えない!」

「見たい? 見たい? だーめ、見せませーん」


 彼の言う通り、カオルはドレスの脇側を掴んで引っ張るような仕草で(あお)いでいた。ただでさえ横が大きく開いているのに、そんなことをしたら見えてはいけない部分まで見えそうになる。パーヴァートさんには見えなくても、僕の方からは角度的にギリギリのラインだ。


 カオルは、口では椅子の彼を(あお)りつつ、視線はずっと僕のことを挑発していた。


「うーわ大胆、ウチにゃできねーわ」

「マーサも……なかなかだけど……」

「え、コレ? あー、筋肉が服押しちゃうんだよね。一階席でも作業着OKにしてくれると助かんだけど」


 パーヴァートさんとカオルのおかげで、なんとか緊張を解くことに成功し、マーサさんとリオさんの2人もようやく着席。


「えっと、まずは」

「その前に……」


 飲み物を頼もうとした僕の隣に、リオさんが蛇のようににじり寄る。


「嘘つくの……よくないよ」

「う、嘘?」


 縦長の瞳が、見透かすように僕を(のぞ)く。


「本当は、お姉さんのこと、大事に思ってる……」

「な、なんだその事か……」


 てっきり貴族を(かた)っているがバレたのかと思った。


「認めるの、早いね……」

「あっ、いやその事ってそういう意味じゃなくて……」


 やばい、油断して心の声が漏れてしまっていた。このままじゃ僕の設定が「姉と離れたくなくて追いかけてきたけど恥ずかしいから必死に取り(つくろ)ってる弟」になってしまう。


「ふ、ふんっ、この女がどうなろうが僕の知ったことじゃないね」

「じゃあさじゃあさ、カオルがあの人に取られちゃってもいいの?」


 今度はマーサさんが僕に迫る。いたずらっぽい言葉とは裏腹に、彼女の雰囲気は純粋な犬のようだった。

 そしてリオさんが追撃。


「さっき怒鳴ってた人だけど……あのおじさん、カオルにご執心(しゅうしん)なんだよ……おじさんが本気出したら、君じゃ(かな)わないかも……」

「そ、それならそれでいいよ! 貰い手がつけばむしろせいせいするねっ」

「意地張っちゃってカワイーっ。ウチの嗅覚甘く見ちゃダメだよボクゥ?」


 僕の頭をワシャワシャ撫でながら顔を近づけたマーサさんは、犬というより狼のような鋭さで囁いた。


「あうぅ……」


 他の客には聞こえないよう、獣たちは僕を取り囲み、秘密を素早く暴いていく。


「いいぞ2人とも、その生意気な愚弟(ぐてい)をもっと痛ぶってやってくれ」

「カオルも……それ、演技だよね」


 ギクゥッという音が響き渡った気がした。


「弟のこと……大好きなの……わかる」

「な、何を根拠に」


 リオさんはスッと立ち上がった。


「『私の初指名(はじめて)、受け取ってくださいね』とか……普通の相手にはやらないでしょ……」

「それウチも思った! つかモノマネ上手(うま)っ」

「そ、それは弟をからかってやろうと思ってだね……」

「の割にはガチっぽかったけどね」


 本題はバレていないとはいえ、僕とカオルの嘘はあっさり看破されてしまった。

 僕は助けを求めて、一番冷静そうなリシンさんを見る。


「若様とお嬢様には複雑な事情がありまして、どうかご理解ください」


 まるで説明にはなっていないけど、静かに伝える彼の姿には説得力が溢れている。おかげで2人も「分かった分かった」と引き下がってくれた。


「もしかしてメイドさんが態度最悪だったのもその事情のせい?」

「いやマーサ、コイツらは元々──」

「申し訳ございませんお嬢様、どうかお許しを」

「も、申し訳ございませんでした」

「……ざっけ……コイツらほんとマジで……」


 カオルが何か言う前に、アレクシアとマルカは(うやうや)しく(こうべ)を垂れた。流れを掴まれてはどうしようもない。


「ま、事情とやらは詮索(せんさく)しないようにするよ。下手に勘ぐって消されたくないし?」

「うん、カオルは……『事情があって弟への気持ちを抑えてるお嬢様』、だね……」

「あー、うん、いいやそれで……」


 なんやかんやあってシチュエーションは完成し、僕たちは本来の目的である情報収集に戻る。と言っても今日のところは客として楽しむだけなんだけど。


 アニキの隣にはリオさん、リシンさんの隣にはマーサさんが着いた。アニキは僕のお付きという立場があるので派手に遊ぶことはできず、加えてリオさんも大人しい方なので会話が弾むわけでもなく、気まずそうな顔。一方リシンさんは、獣人形態になったマーサさんの肉球を触らせてもらっていた。


 そうして飲み物やおつまみを飲み食いする僕ら。カオルは時折、座ったままパーヴァートさんにも何か食べさせたりしていた。


 しばらくするとカオルは飽きたのか、唐突に立ち上がった。


「しかしこの椅子は座り心地がイマイチだな。安定感はあるけど筋肉がゴツゴツしすぎ!」

「そっ、そんな……! もう少し座っていてくれても……」


 カオルはパーヴァートさんから退()いて僕の方に歩み寄る。なんとなく僕が席を立つと、カオルはそこに座り、僕を膝の上に乗せた。

 観衆がどよめき、視線が集まる。


「ああ〜コレコレ、この収まりの良さたまんねぇ〜」

「こらこら、早速素が出ちゃってっぞ」

「おっとっと、あざーっスマーサ先輩、危うくいつもの感じになるとこだった」


 カオルは咳払いをひとつしてから、妖艶に言葉を(つむ)いだ。


「なあ当主様、許嫁(いいなずけ)とは上手くいってるのかな? あの子じゃこんなこと出来ないだろう? 私の肉体(からだ)を知ってしまった君が、果たして満足できるだろうか? 私にベッタリだった君が、今更他の相手に女を感じられるだろうか?」


 カオルはいつものように僕を抱いて、腕をギュッと締めた。自然と、彼女の胸を枕にするような形になる。彼女が体を動かすたびに()()も動き、僕の頭に乗ったり、顔の両サイドに来たりと、様々なやり方で存在をアピールしてくる。

 彼女自身の香り、加えられた香水、豊満な体、薄布越しに向こう側の形を伝えてくるドレス。普段とは違う状況で触れたせいか、いつもより繊細に認識できてしまう。


「腹違いで種違いかもしれないこの私が、もう一度権力を握るにはどうしたら良いかな……? たとえば……本家の血筋の子を産むとか、どうだろう」

(こ、子ども……)


 いがみあった関係をアピールするためにそういう設定で話している、というのは分かっている。それでもカオルにそんなことを言われたら、意識せずにはいられない。


「特に当主の種なら……私の地位は約束されたも同然だろうね」


 僕の下半身に、彼女の手が伸びていく。

 指先がそこに触れる寸前、アレクシアがそれを止めさせた。


「お(たわむ)れが過ぎます、お嬢様」

「ダメ、ダメですよ。あの、本当に……ダメです!」


 アレクシアは腕をがっちり掴んで、ギリギリと締め上げる。カオルが演技で言っているのはあっちも分かっているようだけど、表情は鬼の形相だった。

 マルカもこの状況に赤面しながら、どうにか制止してくれている。


 止めてくれて本当に良かった。今触られたら──いつ触られてもダメだけど、とにかく今だけはマズい。


「君のメイドたちは冗談も分からないんだな。私が君の子を産むなんて、本気で信じちゃったかな?」


 カオルはクスクスと笑って、僕の下半身から手を離した。

 メイドを煽っているように見えても、その言葉の真意は相変わらず僕の方を向いている。


(僕が男だってこと忘れてないか?)


 ここまでバカにされると、さすがに僕も男として腹が立つってもんだ。だけどこの流れで何と言えば良い? 「僕の子を産ませてやる」「妊娠させてやる」……? ダメだダメだ! そんなの言えるわけないだろ!


 結局僕は口をワナワナさせるしかなくて、苦し紛れにアニキたちを見るよりほかはなかった。もう僕の負けでいいから、男性陣に慰めてもらいたかった。


 ただ、男3人は憐れむような目を向けるだけだった。単純な「かわいそう」ではなく、含みのある目だった。


(なんだよその目……)

「役得なんだから我慢しろってことよ」


 カオルの隣に引っ込んだアレクシアが顔を覗かせる。その言葉は、男たちの代弁というより自分の気持ちを語っている気もした。


 ムスッと黙る僕へ、カオルの先輩方が声をかける。


「分かってると思うけど……しばらくは、手を出さないでね……」

「そーそー、いきなり寿退職とか他のお客さんにも示しつかないから!」

「カオル、面白いから……もう少し、いてほしい……」

「ウチらも大事な後輩を男の子に持ってかれちゃったら反応困るしねー、しかも赤ちゃん抱えてなんて」


 先輩嬢のお二方は、どこまで冗談として受け止めているか判別できないトーンで僕をたしなめる。


「そんな予定は無いよっ」


 僕は自分に言い聞かせるつもりでそう言った。みんながそれをどれほど信じてくれたかは分からなかった。



 〜〜〜〜〜



 その後、他の客を(しず)めるのに奔走(ほんそう)していた店長が戻ってきた。


「はぁぁぁ〜もう大変! あなたたちってホント人気者ねぇ。カオルちゃんも、こっちに呼べって言われまくりよぉ〜」

「うーん、行ってあげたいのはやまやまだけど、この子が許してくれないんだ」


 カオルは最初の設定を守り、店長に話す。僕も意識を入れ直して、それに続く。


「せっかくこんな所まで来たんだ。むざむざ他のやつにくれてやる気は無いね」


 マーサさんがニヤニヤしながらそれを聞いていた。反対に、店長は真剣な顔。


「ちょっと聞きたいんだけど……どうしてカオルちゃんがこの店にいるって分かったの……? つい昨日入ったばかりよ……?」

「居場所を教えてくれる魔道具があるんだよ、詳しいことは公には話せないけどね」


 想定内の質問だったので、用意していた答えで返す。この世界では魔術の構造が一般に明かされていないようだし、適当に言ってもごまかせるはずだ。こうして実際に僕がカオルの元に来ていることが、魔術の裏付けにもなる。実際はカオル本人に教えてもらっただけだけど。


 ダメ押しするように、四つん這いだったパーヴァートさんが立ち上がり、僕の前で改めて(ひざまず)いた。


「若様、そのことは内密にと……」

「ゴメンゴメン、つい言っちゃった。パパには黙っといてよ」


 今度はちゃんと台本通りに()るパーヴァートさんに、僕もしっかりと応える。

 彼はさらに座っているアニキの足を小突き、「君も何か言え」と急かした。


「チッ……お気をつけくだ、さい……若さ、ま……」


 照れくさそうに言うアニキはとてもぎこちなかったけど、彼らが演じてくれたおかげで店長は納得してくれたようだった。


「ほ、本当なのね……。それじゃ私も余計な口出しはナシ、ということで。楽しんでくださいまし。それと……」


 こちらへの話が終わり、店長は相手をマーサさんとリオさんに変えた。


「あっちの人なんだけど……ぜんぜん聞いてくれなくてね、悪いんだけど二人、行ってもらえる?」


 彼女が手を向ける先には、カオルにご執心のおじさんが。


「あー、あの人か。ウチ苦手なんだよね……」

「私も……」

「そこをなんとか!」


 店長は頭を下げて頼み込む。2人は「そこまでされては断れない」という顔で苦笑した。


「しゃーない、店長のためにひと肌脱ぐか!」

「酔い潰しちゃえば……問題ない……」


 自信たっぷりに立ち上がる彼女たちの姿は、キャバ嬢というよりも歴戦の勇士で、カオルも「女として尊敬する」と賛辞を送った。


「それじゃ行ってくるねー。戻ってきたらまたいっぱい肉球触らせたげる」

「お兄さんたちも……また冒険の話、聞かせてね……」


 店長と2人が去り、その場には僕たちだけとなった。


 店長の鎮静の甲斐あって、僕たちに注目している人もだいぶ少ない。ひとまず演技を解いても大丈夫な状況だ。


 カオルは重い息を吐いてからこちらを見た。


「ユウくん演技うっま……え、マジで? 音声作品とか出したら金取れるやつじゃん……」

「カオルもすごかったよ」

「あっ、今の良い。もうちょっと息荒めでお願いします」

「カ、カオルも……すごかったよ……?」

「あーそれダメダメッ! エロ過ぎる」


 変な要求ではあったけど、カオルの普段の顔を見れてホッとした。もしさっきの雰囲気のまま接していたら、僕の方が耐えられない。リシンさんは「子どもに何をやらせているんですか」と呆れていたけれど、僕にとってはむしろ必要だった。


 カオルはリシンさんの追求から逃れるように、今度はパーヴァートさんたちを褒める。


「そっちも良かった! パーヴァートさん忠臣オーラ半端ないね。四つん這いになった時はビビったけど」

「私なりにベストを尽くしただけだ。なんなら、カオルだけの下僕(しもべ)になっても良いんだぞ?」

「それはいいや。でさ、アニキが敬語使えるとは思ってなかったよ」

「あんまバカにすんなよメスブタがコラ」


 下僕をいなし、次はアニキへ。彼が悪態をついた瞬間、アレクシアが割り込んだ。


「は? 今この人のことメスブタって言った? 逮捕されたいの? 金髪コラ」

「さ、最初に言ったのお前だろうが……っ! こんなチンピラが衛兵の総司令なのかよ……⁉︎」

「ギャハハハ! チンピラにチンピラ認定されてやんの。でもさあ、実際のとこ……お前らは()()演技じゃなかっただろ、メス豚にメス牛だって? ちゃんと覚えてるぞ」


 流れるようにメイド2人へ。カッと見開かれた目は、サキュバスが獲物を見る目とは別方向で恐ろしかった。しかし2人は動じない。


「いやいや演技に決まってるじゃないですかカオルさん。私の演技力もなかなかでしょ?」

「うんうん、マルカは女優に向いてるわね」

「あー確かにねぇ~、今の澄ました顔とか上手いなあ~。でも口が笑いこらえてプルプル震えてるんだよなあーッ! え? メス牛の体で挟み潰してやろうかマルカちゃん」

「んまっ、そんな汚い言葉使ってはいけませんよお嬢様。ご主人様に悪影響です」

「こんのォ~、ユウくんに続いて君まで私の扱いに慣れてきやがったな……」


 言葉で殴り合いながらも、そこにはとても楽しげな香りがあった。これは歳の近い女性同士だからこその空気感なのかもしれない。……カオルは実年齢はともかく、精神年齢は近いはずだし。

 そう考えると、僕はあの中に馴染めないことになってしまう。それは少しだけ寂しい気がした。


「そうだユウくん、()いて言うなら私は豚か牛どっちだと思う?」

「……は?」


 まるで僕の気持ちを知っていたかのように、カオルは僕を話に引きずり込んだ。内容はひどいけど。


「いや興味本位だよ。こっちのやさぐれメイドは豚、こっちの生意気メイドは牛、と私を評した。なら君は?」

「え、ええ……?」


 どう答えてもダメそうな質問。でも、せっかくこの輪の中に入れたんだし……。


 僕はカオルのイメージと動物のイメージを何度も交互に思い浮かべながら考え、答えを出した。


「牛……かな」

「おっぱいだけで判断しなかった?」

「してない」

「そうだ、一部だけで判断するのはよくないぞユウ。カオルは尻も良いんだ。直に座られた私が言うんだから間違いない」

「ちょっと黙ってて」


 思い浮かべたイメージの中に()()があったのは間違いない。だけどそれだけではなかったから、嘘はついてない。

 全員が「ふーん」という視線を向ける中、僕は堂々とソファに腰掛けて腕を組んだ。


 そして、僕の反応を見てひとしきり楽しんだらしいカオルは、辺りを見回して伸びをした。


「さて、今日はそろそろ終わりかなー。お触りデーだったらこの後もあったんだけど。」

「お触りデー?」

「まあアレだ、キャバ嬢と男女の関係になれちゃう日があるんだよ。あいにくと今日は違う。残念だったねユウくん」

「……その日だったとしても何もしないよ」

「ええ、アタシが許さないわ」


 カオルはそんな後輩に呆れた笑顔を返しつつ、席を立った。他の席も段々と終わりの雰囲気が流れ始めて、店の活気が少しずつ薄れていく。


「そうだ、マーサとリオはどうなったかなーっと」


 他の客に怪しまれないよう、カオルは淑女(しゅくじょ)らしい振る舞いに戻って歩き出した。そういえばあのおじさん、ずっと静かだけどどうしたんだろう。


 カオルについていくようにして、僕たちも歩く。その先で目にしたのは、赤ちゃんのように丸まって眠っているおじさんだった。


「おっ、カオルそろそろ上がり?」

「おつかれー……」

「ハイおつかれさん、で、その人は?」

「見ての通り酔い潰れてんの。カオルカオルうるさかったけど、ウチらが適当に合わせて酒飲みまくってたらなんか対抗してきてさ」

「飲み比べで……私たちに勝てるわけないのにね……まあ、けっこう強かったけど……」

「思ったより時間かかっちゃったよね。どうしても自分が上じゃなきゃ気がすまないんだなーこのオッサン。話もつまんないし、やっぱそっちについときゃ良かったー」

「私も……そう思う……」


 おじさんを(けな)しながらも、彼が眠りやすいように(ひざ)枕していたり、背中をなでてあげている2人の姿には、客を大切にするプロ意識が感じられた。この2人が人気嬢な理由は、見た目だけじゃなくてこういうところにあるんだろうな、と僕は思った。


「それじゃ、私たちは店長に挨拶してから帰るよ。オッサンが寝てるうちに」

「あーそれが良いよ」

「じゃあ、またね……」

「あ、そうだ眼鏡さん、ハイ」


 マーサさんは突然リシンさんの方を向いて手を差し出した。その手のひらには、大きな肉球。


「また触らせたげるって言ったっしょ? ホントはそっち戻ってプニらせる予定だったけど」

「いえ、私は……」

「遠慮しないで~、好きでしょ? これ」

「しかし」


 リシンさんは誘惑に負けないように耐えていたけれど、マーサさんが彼の手を取り無理やり包むと、あっさり堕ちてしまった。


「……やわらかい……」

「そっちはかたーい。頑張ってる人の手だよこれー」


 リシンさんはしばらくの間、マーサさんの肉球を触っていた。事務所にいる時とは明らかに違う雰囲気の彼を前にして、僕たちは謎の一体感で「今はそっとしておく」という意識を共有していた。


「失礼しました。そろそろ行きましょうか」


 何事もなかったかのように元に戻るリシンさん。今のは見なかったことに……とか、そういう言葉すら無い彼の(いさぎよ)さには、僕たちも野暮なことは言えなかった。


「また指名してねー!」

「待ってる……」


 手を振る2人を背に、僕たちは店長を探す。カオルが言うには、たぶん裏のスタッフルームにいるということだった。さすがにそこへ僕たちが入るわけにはいかないので、カオルに任せて僕たちは待機。


 数分もしないうちに、カオルは疲れ切った店長を連れて出てきた。


「お帰りになるのねぇ~、今日は楽しんでいただけたかしらぁ~」

「それはもう。それより……大丈夫?」


 店長のあまりのくたびれ具合に、僕はつい素で聞いてしまう。


「あら、根は良い子なのねぇ。大丈夫よ~、お客さんの対応で疲れちゃっただけだから……カオルちゃん、あなたの魅力ナメてたわ」

「私もけっこう驚いてるよ、なんというか、ごめんね?」

「いいのよぉ~、こんなカワイイ子も連れてきてくれたし。まあ、またお客さんに騒がれたら大変なんだけど……」


 うん、今日の僕たちはかなり酷かったと思う。他のお客さんが文句を言うのも当然だ。でも、これもカオルのためなんだ。


 僕はせめてものアピールに、申し訳無さそうな顔をしてみる。するとその横で、リシンさんがことさら申し訳無さそうにカオルに耳打ちした。


(あね)さん」

「ん、なになに? ──えぇ? あーでも、そっか……うん、店長」

「あらぁ、どうしたの?」

「この子とアフターいいかな?」

「……ほ、本気?」


 店長が目を丸くしている隙に、リシンさんが僕たちにも説明してくれた。


 アフターとは、退勤後もその嬢と一緒にいるということ、つまりお持ち帰りだ。このまま僕たちとカオルが一緒に帰るなら、それはお持ち帰りになる。当然それは他の客へさらに喧嘩を売ることにもなってしまう。だから店を出る時間をズラして別々に帰るのが普通だと思うんだけど……リシンさんの策では、あえてのアフターということだった。


 店長に聞かれないよう気をつけながら彼は言う。


「最初から独占状態を作っては、他の方々が早々に(あね)さんを諦めてしまうだろうと思っていましたが、思いの(ほか)根性がある客が多いようです。「俺は諦めない」という気配を方方(ほうぼう)から感じます。ここは嫉妬心を煽る方に賭けてみるべきかと。競争が激しくなった方が、我々がサクラを投入する際にも好都合です」


 リシンさんが言う気配は僕もずっと感じていた。僕が子どもだからなのかもしれないけど、貴族相手にそういう対抗意識を隠さない人間が複数いるのは驚きだ。

 なんにせよリシンさんが言うように、カオルを巡って僕と争うような状況を作ることができれば、カオルの価値もどんどん高まっていくので好都合。


 僕がリシンさんに頷くと、彼はいくつかの硬貨とケースの中の金塊を少々取り出した。


 今日の支払いと賄賂(わいろ)を兼ねたそれを、店長は逡巡(しゅんじゅん)の後に黙って受け取った。


 僕は人を見下すような笑みを作り、店長に向ける。


「話が分かる人で助かるよ、店長」

「そういうとこ、カオルちゃんにそっくりねぇ。私も出し惜しみしない人は好きよぉ〜、今後ともご贔屓(ひいき)に」


 店長の許可も得たので、僕は平然とカオルをお持ち帰りすることにした。


「じゃあ行こうか」

「はい」


 要するにただの帰宅なんだけど、カオルは心底嬉しそうに僕の手を取った。


 僕たちはホールを練り歩き、少年がカオルを引き連れる姿を客の目に焼き付けていく。

 一応、カオルには嫌そうな顔を演じてもらうことにした。いきなり仲が良すぎるとさすがに怪しまれるからね。


「ユウくん、ちょっと良い?」


 出入り口の方まで来ると、カオルは繋いだ手を引いて、彼女のお尻へ持っていった。


「へ?」


 胸とは違う「むちっ」とした感触が手に伝わる。


「あんっ、そこは……っ」


 甘い声を漏らした後、カオルは僕の手を振り払い、僕をキッと(にら)んでから「行こう」と口を動かした。


 何も理解できない。僕は頭が真っ白のまま、自動ドアの向こうへ入る。後ろからは「くそっ、あんなガキに……!」という声が聞こえていた。

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