85.私をユウくん専用の女にしてください
「だからさ、ユウくん、しつこいかもしれないが確認だ。私を指名してくれる?」
カオルの言う切り札の意味が、なんとなく見えてきた。
「う……うん」
「よぉしそれでいい! これで安心して風俗嬢になれるぞ!」
「待て待て待て、アタシはまるで安心できないんだけど?」
「……ユウくんに何をさせるつもりですか?」
「まあまあその辺はオウミさんとこで話すとしよう」
夜も更け、人通りがまばらになってきた道を歩きながら、組事務所へ向かう。その間、敵対組織からの攻撃がないか警戒していたけど、今のところは大丈夫そうだった。
そして事務所に着いた時、真っ先に白槍のパーヴァートさんが出迎えてくれた。なんでも、寝ずに帰りを待ってくれていたのだとか。
熱い抱擁を交わそうとする彼を押しのけて、カオルは「疲れてるので」と寝床へ向かう。それから、いつものように僕を呼び寄せた。
当てつけのような行為に、パーヴァートさんが少し不機嫌になる。
「見せつけてくれる──」
「そうだ、パーヴァートさんもこの部屋にいてくれません? ほら、ヤクザの住処で無防備って怖いし。信頼できる男の人がいると助かる」
「了解した、そうしよう」
彼が言葉を続ける前に、カオルは割り込んで媚を売った。すっかり気を良くしたパーヴァートさんは、部屋の入り口で腰を下ろし、休息兼見張りの体制に入った。
あからさまな媚び。単純に関係の悪化を避けたとか、都合よく利用するためとか、理由は色々考えられる。ただ、「信頼できる男の人」という言葉は彼に向けられたものであるという事実が、僕の心を突き刺した。
「嫉妬した?」
“信頼できる男“を見つめる僕の後ろで、淫魔が小さく笑った。
──見せつけていたのは、僕の方にだ。
「ほら、おいで」
クスクスと笑うカオルは、布団を持ち上げ添い寝を促す。いつの間に服を脱いだのか、ベッドの上では下着の彼女が待ち受けていた。パーヴァートさんは部屋の外を見張っているから、彼の方からは見えていない。
わざと挑発してるのは明白、でも、男として引き下がれない。僕は羞恥心も忘れて、自分からベッドに潜り込んだ。
「そうそう、これからキミはこうやって、私を他の男たちから独占しなきゃいけないんだ」
カオルは、僕の腰に手を回しながら優しく言う。
「私が他の男に目移りしないように、頑張ってね」
そう言うと、彼女は僕の視界を覆うように体を密着させ、布団を被せた。
それを見ていたアレクシアとマルカが、ようやく話に入る間ができたと口をはさむ。
「おうおう見せつけてくれんじゃないの、信頼できる後輩と剣士にゃ一言もないわけ?」
「ユウくん、すごい勢いで入って行きましたね……」
「このエロガキが先輩と一緒なんて不安でしゃーないわ。マルカ、アタシらもここで寝るわよ」
「そうですね、そうしましょう」
僕とカオルは布団から頭だけを出し、バタバタと準備する2人を見守った。
アレクシアはともかくとして、マルカはみんなで寝るのが楽しいという感じだった。
〜〜〜〜〜
朝になって、僕は何事もなく目を覚ました。柔らかい締め付けから抜け出して、入り口に目をやる。意外にも、パーヴァートさんはそこに居続けてくれていた。
座ったまま目を閉じている彼に近づくと、床が少し軋んだだけで、彼は目を覚ました。
「あ……起こしちゃった?」
「いや、起きられるようにしていただけさ。カオル直々に頼まれたんだ、気を抜くわけにはいかないだろう」
「へぇ〜、それは殊勝な心がけだ」
彼と喋っていると、カオルも目を覚まし、のそのそ起き上がってきた。まだ寝ぼけているのか、自分が下着姿ということも忘れて、惜しげもなく体を晒している。
それを見たパーヴァートさんは、ひざをついて拝んでいた。
「ふあ〜もう朝か……どわーっ! 先輩何やってんの!」
「……なんの光景ですか? これ」
床に布団を並べていた2人も起き出し、それからオウミさんたちも降りてきた。
「おはよう諸君! 朝から賑やかで何より!」
ガヤガヤと男たちがやってくる。窓から差し込む朝日を後光にして人々に囲まれるサキュバスの姿は、何かの絵画のようだった。
~~~~~
みんなで朝食を食べながら、昨日あった出来事の共有と、今後の打ち合わせを行う。
カオルから一通りの内容を聞いたオウミさんが口を開いた。
「──で、有力者らしい男に目をつけられたと」
「はい、そんな感じで。いやーそれにしても、昨日はユウくんの優しさを実感したよ。キミはどれだけ押し当てても引っ掻いたりしなかったからね」
「それはユウくんがまんざらでもなかったからじゃないですか?」
「マルカ?」
大勢の前で余計なことを喋りそうなマルカを黙らせるため、僕は話題を振り直す。
「オウミさんはそういう人に心当たりない? 相手が誰なのか分かれば、対策が立てられるかも」
「心当たりな……ありすぎて分からん」
「まあヤクザならそうよねー」
「そういや総司令さんの方はどうよ。情報は入ってない? なんならそっちで対処しちゃってくれないかな」
カオルはアレクシアを表の名で呼んだ。彼女はこの世界での警察にあたる『衛兵隊』の総司令をやっているから、こうした問題を相談するにはうってつけだ。
「イキった成金なんていくらでもいるから、断定するのは無理ね。あと、現状個人間のいざこざで済んじゃってるから、組織としてあたるのも無理」
「んだよケチー」
「……というかね、アタシって実質中間職だから、そっちが思ってるほどの権力は無いわ」
「え、そうなの?」
「あんま詳しくは言えないけどね。ほら、ヤクザの前でもあるし」
アレクシアはひらひらと手を振って、自分の話は終わりだと示した。それをオウミさん方は「自分たちへの牽制」と受け取ったみたいだけど、僕は少し違った。
アレクシアが属する組織、それは衛兵隊だけではなく『元老院』も該当する。今のところ敵ではないようだけど、正確には不明、そしてカオルと因縁があるのは間違いがない組織。もし彼女が元老院の指示に従って動いているとしたら、中間職や詳しくは言えないという発言の意図が変わってくる。
……ただ、カオルがそれに気づかないわけがない。
パンを頬張っているカオルを見上げると、向こうもこちらに気づき、視線が交わった。僕はカオルの目を誘導するように、アレクシアを見た。
モグモグと口を動かしながら、カオルも後輩を見つめる。数秒経ってから、カオルは僕に向き直り、わざとらしく音を立てて口の中の物を飲み込んだ。
「いつ飲み込むかは、私が決めるよ」
優しくも重たい口調だった。私が決めるというのは、本人もまだ決めあぐねているということだろうか。
不安は募るけれど、カオルが理解しているならそれでいい。元々、アレクシアについてはカオルの方が詳しいんだから。
必要なことは伝えたので、僕も食事に戻る。今度はアニキが口を開いた。
「その店で働くってのは本当なのかよ」
「そうだ、それが本題だろう! なぜそんな危険な事を。まさか私を客として招くつもりかな?」
「いやそれはねぇだろ白槍」
「……分かっている、冗談だ。いや、淡い期待だったと言うべきか」
「半分は合ってるよ」
「は?」「なにっ」
思いも寄らないカオルの発言に、パーヴァートさんは腰を浮かす。
騒ぎ出す面々をなだめるようにオウミさんが場を制し、「まずは説明を」と促した。
「ええ、それじゃ順番に。まず私は娼館などの風俗店に個人的な用がありまして、それでこの街に来ました。この街はオウミ商会と毒婦会が二大勢力として抗争を行っており、風俗店は専ら毒婦会の縄張り。現状では大規模な戦闘こそ起きていないものの、火薬庫には火が付く寸前。オウミ商会は先立って相手方の情報を入手したいと考えており、私がそこに乗っかる形で店に潜入しました」
ここまで大丈夫? と確認を取ってカオルは続ける。
「商会から資金を借りて行ったはいいんですけど、店のバカ2人がバカみたいに飲んだせいで、一晩で資金が消し飛びそうになったんですよ。借金漬けで旅が打ち切りなんて笑えないんで、どうにかお金を工面する必要ができたんですね。そしたら? あっちの店長さんがこの私の魅力を見込んで? スカウトしてくれたんです」
「カオルほどの女性なら無理もないだろう」
「……今のはツッコミどころだったんだけど白槍さん。とにかく、毒婦会の情報を探るにしても、お金を稼ぐにしても、向こうから門戸を開いてくれるのは好都合だったわけですよ。色々気になる点もあったし、私としてもあの店と店長たちのことは詳しく調べたい」
「それは有難い話だが……リスクが大きすぎないか? 早速厄介な男に目を付けられたと言ったばかりではないか」
「それによ、街に来る途中で盗賊に襲われたろ。そん時、相手が魔法使ってきたよな? あれが敵の差し金だとしたら、裏で貴族どもが絡んでるってことじゃねえのか。相手が悪いと思うぜ」
「そう、そこ! そこからが大事!」
オウミさんとアニキの指摘を受けたカオルは、僕を呼んで膝の上に座らせた。
「私だっておっさん共の相手なんかしたくないし、下手にケンカを売るつもりもありません。そこで彼の出番」
「確か、ユウくんが切り札だって言ってましたよね」
「その通りだマルカ。ユウくんには、客として潜入して私を買ってもらう」
「…………本気で言ってるんですか」
「本気だよ」
みんな何か言いたいけど、何も言えない。そんな雰囲気だった。
「よし、今すぐ金返せ」
「待ってください、一応ちゃんとした作戦なんで」
「……まあ最後まで聞いたる」
明らかに期待していないオウミさんを尻目に、カオルは説明を続ける。
「まず相手方が貴族かもしれないってことなんですけど、だからこそユウくんを投入します。あんまり知られてないかもしれないんですけど、娼婦のお得意様って、貴族の少年が多いんですよ」
「わかるわ」
「ね。『世間知らずのボンボンのわがままで奴隷にされちゃう女』とか、思い当たる節あるでしょ」
アレクシアが静かに頷いた。多分この2人は、人間界の創作物の話をしているんだろう。だけど周りのみんなには、この世界のこととして理解されていた。「総司令ほどの人がそう言うなら……」と、偶然にも説得力すら生まれている。
「つまり、ユウくんが店に来るのはそんなに変なことじゃないんです。こっちにも貴族がいると思わせることができれば、向こうも大きくは出れないはず」
「イマイチ納得はできねえな。第一、こんなガキがひとりで行ったとこで門前払いだろ」
「うん、ごもっとも。さすがアニキだ。当然、ひとりで行かせるわけにはいかない。そこでアニキに協力してほしい。それからパーヴァートさんも」
「さっき言っていた『半分は合ってる』というのがそれかな?」
「まさしく。2人は付き人のフリをしてユウくんと一緒に来てほしいんだ。それと、マルカはメイド役、できる?」
「えっ、わ、私もやるんですか?」
「その方がそれっぽくなるだろ? とにかく、いかに貴族らしく見せるかが勝負なんだ」
段取りが少しずつ出来上がっていく。
「それとね、ひとつ気になる噂もあるんですよ。この街に来てすぐの時、露天商の人から聞いた話」
「ああ、子供を攫って働かせてる店があるって噂ね」
「……ワシも聞いた覚えがあるな」
「しかも、運営は毒婦会らしいって情報ですよ、オウミさん」
「総司令殿、その話が本当なら、衛兵隊を動かすことは可能か?」
「確実な証拠があればね」
「ついでに言うと、昨日行った店の店長は少年が好きらしいんで、ユウくんが来たら絶対に尻尾出しますよ」
「……わかった、ワシらも協力したる。毒婦会潰すチャンスじゃ」
カオルが言っていることは僕も気になっていた。昨日街を見て回っただけじゃ何も掴めなかったけど、この街はどこか怪しい匂いがする。
「そんなところにユウくんを連れて行って大丈夫なんでしょうか……?」
「もちろん手出しはさせない。そのために私がいるんだ」
「ユウくんはどう思ってるんですか?」
「僕がいることで少しでも摘発に近づけるなら、喜んで協力するよ。マルカこそ大丈夫?」
「正直怖いです。でも……ついていくって決めましたから! それに、ユウくんとカオルさんがいてくれるなら安心です! 総司令さんもいてくれるともっと安心なんですけど……」
「もちろん、アタシも同行するわ。ここで仲間外れにされると寂しいから」
「じゃあそっちもメイド役で。良かったねユウくん、両手に花だ。まあ本命は私が頂くがね!」
話題の深刻さとは裏腹に、僕たちは仲間の絆を深めていく。それを見ていたオウミさんは、なんだかとても満足気だった。
「ワシやっぱこういうの好き……」
「盛り上がっているところ申し訳ありません、オヤジ。この作戦、かなり穴だらけだと思いますが、本当に信頼する気ですか」
ほわほわしているオウミさんの後ろから、側近らしい眼鏡の人が忠告するの聞こえた。実際、この作戦は色々都合よくコトが運ぶのを前提にしているとは思う。
「うーん、コイツらなら何かやってくれそうな気がするからのォ、信頼というより賭けじゃ、これは」
「オヤジの決定なら従います。ですがその前に確認を」
眼鏡さんがこちらに近づき、手を後ろで組んだまま威圧感十分に質問する。
「姉さん、指名はどう捌くおつもりですか」
「おっ、やっぱりそこ聞きます? では答えますが……ズバリ、専属契約を結んでもらいます!」
「……なんと?」
「ユウくん以外の指名は受けないってことです」
「そんなことできるわけ……」
「やるんですよ、ユウくんをバリバリのお坊ちゃんに仕立て上げて、権力の塊に見せかけて、そして『この女は僕のものだ』と言ってもらう」
「まさかそのプレイに我々を付き合わせる、と?」
「プレイとは失礼な。こっちは本気ですよ。それに、毒婦会潰したいんでしょ? 今ならこうして衛兵総司令もいらっしゃることですし、またとないチャンスですよ」
眼鏡さんはオウミさんを振り返り、お言葉を仰いだ。
「……オヤジ」
「彼女の言うことはもっともじゃ。むしろ、ワシらの方こそ一枚噛ませてもらう立場かもしれんのォ」
「まあそこは対等ってことで。そうだ、オウミ商会からも何人かサクラが欲しいんですけど。そっちで指名入れまくって、私を人気嬢にしてください。指名を入れるだけ入れて、その中からユウくんのを受けます」
「その指名料はどうするんや」
「そりゃもうそっち持ちで」
「なんやまたワシらに借金か」
「ちゃんと返しますって。私の報酬は言い値で払ってもらう約束を取り付けてありますから。一旦払ってもらって私がそれを報酬として貰い、そちらに返す。お金の流れがちょっと複雑になるだけですよ」
言葉はオウミさんたちに向けながら、カオルの視線は別の人に向いていた。彼は……そうだ、金融屋にいた人だ。カオルにお金を渡し、裏帳簿を作ってしまった、哀れな彼。カオルはまた彼からたかる気なんだ。
オウミさんたちは、その視線に気づいていないようだった。それも含めて確認したカオルが、話をまとめ上げにかかる。
「ご理解いただけました? それじゃあとはユウくんに懸かってるね。どう? 生意気で変態なボンボンの演技、出来そう?」
言い方に含みがある。勢いに任せて「協力する」と言ってしまったけど、少し後悔してきたかも。
「わかってると思うけど、演技よ演技。この人に本気で手出そうとしないでよ」
「総司令こそ、これからご主人様になる相手に失礼じゃない? ほらもっと謙って」
「くっ……」
この先輩後輩も戯れてばかりで、緊張感に欠ける。でも、だからこそ余計な気負いはせずに済む。だけど生意気で変態か……うーん……。
「ね、ユウくん」
カオルが静かに名を呼んだ。
「私を、ユウくん専用の女にしてください」
その言葉が決め手になった。
「わかった、カオルは僕が独占する」
指名を独占するという意味で僕は言った。向こうもそのつもりだったと思う。
その言葉の威力に気がついたのは、小さな拍手の音が聞こえてきてからだった。
真紅の髪を揺らすカオルの顔が、真っ赤に染まっていく。きっと、ぼくも同じだろう。
「ごめん、無意識だった。やっぱり今のナシにしてもらえる?」
「ダメダメ! ワシ聞いたから! これは金ケチっとる場合じゃないわっ」
拍手の主のオウミさんが誰よりも楽しそうに笑う。それを見た眼鏡さんは頭を抱えていたけれど、それでも口元は綻んでいるように見えた。
「姉さんがウチに来てくれれば、先代も安心できると思っていたんですがね……」
「何バカなこと言ってんのよ! この人は誰のものにもならないの!」
「そうだぞ! このパーヴァートも諦めてはいないんだからな!」
思い思いに騒ぎ出す面々。唯一冷静なのはアニキたちくらいのものだろうか。
「なんかすごいことになっちゃいましたね」
カオルに負けないくらい赤くなったマルカが、僕とカオルの横に立つ。その手には、紙の束とペンが握られていた。
「な、何してるんだいマルカ」
「記録です。おふたりの関係って、見ててすごく楽しいですから」
「なんだそりゃ⁉︎ んなもん没収だ没収!」
「ああっ、私の密かな趣味がぁ〜」
「……今密かじゃなくなったね」
「返してくれないならメイド役やりませんから! 正直言って、私の方がアレクシアさんよりメイドに向いてますよね? 私がいなくなったら作戦が破綻しちゃうかもしれませんよ〜」
「……なんかどんどん態度デカくなってない? マルカ。まあアタシがメイドに向いてないのは同意するけど」
いつの間にか、アレクシアが僕たちのところに戻っていた。
「い、いつの間にそこに⁉︎ すすすすすみません! 調子に乗りましたぁ!」
「まあいいわよ、これも仲良くなった証拠ってやつでしょ」
なんとなく、マルカもこの浮かれた空気にあてられておかしくなっているようだった。でも、楽しいから良いかな。
4人の間で士気が高まっていくのを感じる。僕たちは、誰からともなく「おーっ」と拳を突き出した。




