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3.転移

「お、おーい、大丈夫かー。起きないとイタズラしちゃうぞー……なあ、おいって」


 体をガクガクと揺さぶられ、その振動で目を覚ます。視界に映るのは、誰もが振り返るような美貌を持った女。


 俺のターゲット、崎谷薫(さきやかおる)がそこにいた。


 白い壁の簡素な部屋の中、ソファーに寝かされた俺に覆いかぶさるようにして、こちらの顔を覗き込んでいる。


「お、おまえ! さっきは何を……うわっ!」


 瞬時に目の前の女が標的であると認識し、崎谷を押しのけるために勢いを付け起き上がろうとしたが、なぜかずり落ちてしまった。


(なんだこれはっ⁉︎ それに声も……”高い”!)


 体が思うように動かせず、どこかに怪我をしているのではないかと自身の体を見る。そこには、本来あったはずのパーツは無く、子どもの手足が付いていた。胴体もしっかりと確認してみるが結果は同じ。

 つまり、若返っていた。自分の声質からしても、確実に声変わりの前くらいには戻っている。


 着ていたはずの軍服は、ソファーの前のテーブルに畳んで置かれていた。代わりに俺が付けているのは、半袖のシャツと短いズボン。いかにも少年らしい格好だ。


 崎谷はそんな俺を見て、困惑しつつも息を荒げ、獣が獲物を捉える目でこちらを見ている。


「やっぱり君なのか。どうやってここに……いやそれより! その姿はなんだい? 私を誘ってるのかな?」


 奴は手をわきわきと動かしながらにじり寄ってくる。記憶だと、こうなる前までは俺が奴を追い詰めていたはずだが、今度は立場が逆だ。


 味わったことのない恐怖に襲われる。大切なものを奪われるような、それが何かは分からないが、とにかく何かが奪われる!


「ま、待って!」


 必死に声を張り上げ相手を止める。危機の回避も重要だが、まずは疑問の解決からだ。


「ここはどこ……? 僕はあの後どうなったんだ⁉」

(え……僕?)


 “俺”の口が発した言葉に耳を疑う。なぜか意識と口調がリンクしない。

 得体の知れない違和感が背筋を伝い、頭を混乱させる。


 血の気を引かせながら慌てふためいていると、崎谷が「まあ、今は確認が先か」と肩をすくめ、さっきまで俺が寝ていたソファーに腰を下ろした。


「いがみ合っても仕方ないよ、ここには君と私しかいないんだ。さ、こっちに来て話でもしよう」


 ポンポンと自分の隣を叩き、隣に座るよう促す。だが先程、あの獣のような目を向けられた以上、警戒しないわけにはいかない。何より、相手は“人類の敵”とまで言われた科学者、崎谷薫なのだ。

 俺は床に座ったまま、話を続けるよう申し立てる。


「このまま聞かせてもらっていい?」

「こっちに来て、話でもしよう」


 ニコニコと笑顔を貼り付けたまま、有無を言わさぬ声で命じてくる。


(これはダメそうだな。でも、情報が欲しいのは確かだし……)


 できるだけ間を空けるために、ソファーの端へ体を押し付けて座る。しかし崎谷は瞬時に距離を詰めて、俺を抱き寄せた。

 長い髪が肩にかかり、甘い香りが鼻腔を刺激する。


「ンフフフ……遠慮しなくてもいいじゃないか。一度は銃口を突きつけた女を相手に、何を躊躇(ためら)うのかな?」


 ギュッと体を押し付けられ、厚手の白衣越しでも彼女の肉体の柔らかさが分かる。意識したくなくても無慈悲に体温が伝わり、顔が赤くなる。


「しかし、縁があればまた会おうとは言ったが、こんなにも早い再会とはね。どれだけ縁深いんだ私達……そしてこんなに魅力的な姿になってくれるなんて。これは神様からのプレゼントだろう、きっとそうだ」


 自分から話をしようと提案したくせに、まるでその気配がない。この能天気さ、これが本当に世界を狂乱の渦に陥れた女なのか?


 できれば関わり合いにはなりたくないが、情報のために自分から切り出していく。


「それで、今の状況は?」

「おっと、そうだった。聞いて驚け? 私達は今、異世界にいる」

「…………は?」

「転移に成功していれば、の話だけどね。信じられないのはよく分かるよ。私だってまだ半信半疑だ。外に出て確かめたいのはやまやまだが、それにはもう少し時間がかかる」


 情報を整理しようとしたがうまくいかない。

 どういうことなんだ。理解できない。口ぶりもおかしい、まるで最初から異世界に行けることを知っていたような話し方だ。いや、実際そう言っていたか?


「お、お、おれ……ボクは……」


 とにかく言葉を紡ごうとしたが、また意識とのリンクがずれる。どもったまま崎谷を見つめていると、察したように説明を始めた。


「あー、きっと引っ張られてるね。無理してそっちに合わせる必要はないよ。それに、俺よりは僕の方が似合ってる」

「引っ張られてる……?」

「そう。肉体と精神は強く結びつき、実在性がより強い肉体の方に精神は対応するという学説があってね。要するに、心は体に合わせて年齢を変化させるってこと。まさに君が今味わっている感覚がそれだね」

「……体が若返ったから、心も子どもになっていってるの?」

「おっ、意外とすんなり飲み込むね、その通りだ。しばらくすれば慣れてくるだろう。そうなれば、完全な私好みの美少年に……フフフ」


 再び目が怪しくなる。なまじ顔が整っているだけにその笑顔は柔和で美しいものに見えるが、奥底には淫猥(いんわい)な気配が漂っている。


「……僕は、どうして子どもに?」


 現状で一番分からない内容を聞いてみる。異世界に行くために子どもになる必要があるなら、崎谷薫も同じく若返っているはずだ。なぜ、自分だけが。


「んー、お姉さんにもわかんない! でもきっと理由があるんじゃないかな。なんとなくそう思う」


 打って変わって楽観的に破顔する様を見て、俺は奇妙な安心感を覚えた。

 結局情報らしい情報は得られないままだが、今はそれでいい気がする。


 俺は今、あの殺伐とした世界から開放されているらしい。それだけで、心を踊らせるには十分だった。


「そうだ、この部屋はどういう場所なの?」


 もうひとつ、重要なことを聞き忘れていた。崎谷はここを異世界だと言っていたが、俺たちがいるのは真っ白な部屋だ。

 シンプルなソファー、テーブル、いくつかの本棚と、出入り口らしい扉があるだけの簡素な部屋。転移したと言うにはあまりにも元の世界の要素が強い。


「ああ、ここ()()は私のラボの一室だ。なにせラボごとこっちへ飛んできたからね。あの時一緒にいたとはいえ、君までついてきたのは予想外だったが」

「え」


 転移の規模が予想の数倍であることを知り、驚嘆で口が開いてしまう。


「何の拠点も持たずに転移は怖いだろう? ほら、確かめてみるといい」


 崎谷が近づくと自動で扉が開き、その奥の光景が見えてくる。手招きをされて俺はついていった。



 ――確かに、そこは崎谷薫のラボだった。記憶の中ではついさっきまでいた場所だからよく分かる。

 本来は地中深くに存在する、直径50m、高さ10mほどの巨大な空間。いくつもの謎の機械が所狭しと並び、天井には極太のケーブルのような管がひしめいている。


「居住スペースくらいはちゃんと作ってあるんだ。向こうにいる間もここで暮らしてたわけだし。ちょっと見て回ろうか」


 内装を軽く説明されながら歩く。すると唐突に、彼女が切り出してきた。


「それじゃ次は、私が質問してもいいかな?」

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