4.命名「ユウくん」
段々とお姉さんの残念っぷりが見えてくる
※改行は自分の感覚で見やすいように入れています。
研究所の中を歩きながら彼女が問う。
「君の名前を教えてもらえるかな?」
どんな質問が来るのか思考を巡らせていたけれど、思いの外普通のことを聞かれ安堵した。
「名前って、そんなに大事かな」
「もちろん! これからお姉さんと君の甘々生活が始まるんだ。ぜひとも名前で呼び合いたいじゃないか。だから私のことはちゃんとカオルって呼んでほしいな。あ、お姉ちゃんでもいいよ!」
純粋に思ったことを口にすると、崎谷は勢いよく頷いた。
甘々生活という言葉からは嫌なイメージしか湧かない。だがそれはそれとして、今は相手から情報を引き出すのが先決だ。ここは従っておくほうが吉だろう。
「僕の名前は……UT-50」
聞かれた通り、自分の名前を伝える。ちゃんと質問に答えただけなのだが、崎谷はとても悲しそうな顔をしてこちらを見つめていた。まあ、この名前がおかしいということは十分理解している。
「やはり……デザインチルドレン……そしてユニットタイプ50か」
正式名称を言い当てられた。どうやら俺の出自について知っている部分もあるらしい。
崎谷は続ける。
「ラボに踏み入ったとき、君は私のことを随分勘違いしている様子だったが、一体どういう風に教えられていたのか、詳しく教えてもらえるかな」
俺は与えられていた情報を伝えた。機密事項ではあるが、ここで隠しても仕方がない。何より本人が相手なのだから。
「崎谷薫、日本人科学者で年齢不詳。あんたの研究が全ての戦争を効率化させて、短時間でより多くの人間を殺せるようになったと聞いていた。人類の殺戮こそが崎谷薫の目的とも教えられた」
そう、こいつが全ての元凶のはずだ。ある日突然台頭してきた女科学者の研究成果は、世界中の権力者の目に止まった。
各国が彼女の成果を買い取り、最初のうちは生活環境の改善のためという名目で発展していったが、1年と待たずに戦争のための技術として応用されていった。
軍事転用された途端、その技術は一気に飛躍し、新たな武力を手に入れた国家間の対立が激化。第三次大戦へとつながった。
大戦勃発と同時に崎谷薫は姿を消し、戦果に巻き込まれた国々の怒りは、彼女個人ではなく、彼女を生み出した日本に向けられた。
「悪魔を生んだ責任を取らされる形で、日本は崎谷薫を捕らえるための計画を始動させた」
自身に命じられた“崎谷薫捕獲”の指令を思い出しながら語る。
あの時はこいつへの憎悪が募るばかりだったが、いざ相対してみると違和感がある。目の前にいる女が、本当に人類の敵なのか? なんというか、気の抜けた感じの……残念美人といったジャンルに当てはまるような人物にしか見えない。
「私を捕まえる計画と並行して行われたのが、『デザインチルドレンの開発』だね」
崎谷が口を挟む。
「ただ私を捕らえるだけではなく、日本がもう一度覇権を握るため、都合が良くて強い兵士を作り出す研究も行っていた……発足段階で情報を掴んで以来、定期的に調べてはいたよ。ユニットタイプが50になったところで本格始動に移ったようだが、まさか18年でこれほど完成させてくるとは。きっと大変な訓練の日々だったんだろう? 辛かったね……」
崎谷は優しく、それでいて力強く俺を抱きしめた。
宿敵と言える相手の胸に収まり慰められるというのは、兵士として恥じるべきことだろうが、初めて体験する温かさに俺は逆らえなかった。
抱かれている間、少し気になることが頭をよぎった。
18年。俺が兵士として生まれ、育て上げられてきた期間だ。デザインチルドレンの研究が始まったのは崎谷薫が台頭した後、つまり第三次大戦が起こった後になる。この女はそれよりもっと前に生まれているはずだが、それだと計算が合わない。データでは年齢不詳となっていたが、見た目は高く見積もっても20代後半くらにしか見えない。
「ねえ、崎谷は一体何歳なの?」
直球で聞いてみる。もしかしたら、俺が若返ってしまった理由の手がかりになるかもしれない。
「…………」
抱きしめる力が強くなった。
「あのー、崎谷―?」
「……………………」
ギュウウ……ギリギリギリギリ。
これはまずい、もはや締め付ける勢いだ。さすがに歳を聞くのはダメだっただろうか。
数秒の逡巡の後、彼女が言っていた言葉を思い出す。
“ぜひとも名前で呼び合いたいじゃないか”
「あ……カ、カオルは……いくつなの?」
彼女の名を口にすると腕の力が緩み、体が開放された。
「はぁ、お姉さんの年齢を聞こうとするなんて、ユウくんはいけない子だな」
「ユウくん⁉」
「UT-50じゃ無骨すぎるからね、略してユウくんだ! いかにもショタっぽくていいだろう? 今の君にぴったりだし、悪くないと思うんだが」
ようやく口を開いたかと思えば、妙な名前を付けられ、つい驚愕の声が漏れる。
いきなりのことで戸惑ったが、それ以上に、胸が感動で満たされていく感覚がした。
識別番号ではない、ちゃんとした名前で呼ばれるのが、こんなにも嬉しいなんて。
「うん……いい名前だと思う。ありがとう。」
ここに来て初めて、俺は笑顔を見せた。敵地にいることは理解しているし、油断できないことも分かってる。それでも、俺は笑った。
俺の表情を見て、崎谷も顔を綻ばせた。
「笑うとカッワイイなあ! ラボの中に男の子が転がっていた時はどうしようかと思ったが、これはむしろ僥倖だ! 君が私を捕らえるよう命じられたのも、きっとそういう運命だったのだろうね。いや素晴らしい縁だ」
このダメ女はいわゆるショタに目がないらしい。綺麗な長い髪を持って、目鼻立ちも整って、スタイルだって抜群なのに、なんと残念なことか。
「えーと、カオル?」
「……ああ、すまないユウくん。私の年齢の話だったね。うーん、言っても信じるかどうか」
意外にも歳を教える気はあるらしい。だが、“信じるかどうか”とは?
「まあいいか。どうせここは人間界ではないだろうし、私より年上の相手もいるかもしれない」
彼女は一人納得し、俺の目を見据えて口を開いた。
「私はね、ユウくん。これでも250年の時を生きている。ついでに言うと淫魔、つまりサキュバスだ」




