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28.覗き魔交流

「やべぇやべぇやべぇ! なんだ今の⁉︎ ()()なんて聞いてないぞ!」


 温泉の中に沈み落ちたかと思えば、勢いよく飛び出し慌てふためく(みつる)。どうやらカオルを幽霊か何かと勘違いしているらしい。


「落ち着いて……」


 ひとまず彼をなだめようとしたその時、けたたましい足音と共に、(くだん)の覗き魔が男湯に駆け込んできた。


「こらこらこらぁ! 何やってんだお前!」

「待って、待ってカオルさん! そこ入っちゃダメです!」

「どわあああああああ! また出たああああ!」


 もうメチャクチャだ。カオルは自分の事を棚上げして怒鳴り込んでくるし、それを引き止めようとマルカまで走ってくるし、満は本気で腰を抜かしている。


「満、大丈夫だから。あの2人だよ」

「へ……?」


 彼の意外な臆病さに苦笑しつつ、ひとまず状況を確認するよう促す。

 ゆっくりと目を瞬かせる満の前には、腕を組んで仁王立ちするカオルと、その後ろに隠れて様子を(うかが)うマルカがいた。


「あっ……。ゴ、ゴホン! 取り乱して失礼、まさか同じタイミングで飛び出してくるとは思わな――」

「まったくだよもう! いい歳こいて恥ずかしくないのか!」


 月明かりの下で立ち昇る湯気の中に、満の咳払いが(むな)しく吸い込まれていく。

 カオルはもはや聞く耳持たずに追求した。よほどご立腹のようだ。

(でも、一番()()()()()()()のはカオルだよね)


「ちょ、ちょっと待ってくれよ。覗こうとしたのは悪かったけど、それはお互い様だろ? いたいけな少年の裸を拝もうとするお姉さんってのもどうかと思うぞ?」

「私はユウくんの保護者だからいいんだよ! こっちには監督義務があります!」



 ――空気が、固まった。タオルがはだけそうになるほどの勢いでビシッと指をさす彼女に、誰も何も言い返せない。いや、言い返す気力を奪われたと言ったほうが正しい。


 マルカも満も、目の前の女が自分の立場を信じて疑わずに宣言する姿に本気で呆れ、そしてドン引きしている。


 こういう時、本当は僕が真っ先にツッコんで否定するべきだけど、実際のところ、今は彼女が保護者なのだから口出しできない。……監督義務はともかくとして。


「ま、まあアンタの言い分はわかったよ。とりあえずここはお互い水に流そ――」

「ぶぇっきし! あーさむさむ、体冷えてきちゃったよ。マルカ〜、入り直すぞ〜」

「え⁉︎ ここでですか⁉︎」

(さっきからこの人は……)


 カオルは満の発言をガン無視して、ここが男湯であるにも関わらず温泉に入っていく。隠れる場所を失ったマルカも、仕方なく彼女に続いた。


「あ、ああ。それじゃごゆっくり」


 さすがに立つ瀬がなくなり、いたたまれない背中を向けて浴場を後にする満。だけど、カオルの刺すような鋭い声がそれを引き留めた。


「待ちなよ六道、美女2人が体を拝ませてやったんだぞ? お礼くらいしてもらおうじゃないか。ちょうど()()()()()()もあったんだ」

「…………そうだな、ここで逃げるのは男じゃない。――で、何が聞きたい?」


 妙な緊張感を(ただよ)わせながら、満はカオルたちと向かい合うようにして温泉の対岸に腰を下ろす。


 僕はどうしよう。


「ユウくん、こっちおいで」

「う、うん」


 どうしようもなく一人で立ち尽くしていたところに、カオルが助け舟を出してくれた。

 ゆっくりと湯の中に足を入れて彼女の元へ行くと、不意に彼女が僕の手を引いて、後ろから抱き寄せるようにして座らせた。背中に伝わる柔らかい暖かさが、張り詰めた感覚を少しだけ解いてくれる。


「それじゃ質問だ。君たちの、転生者の目的は何? チート無双がしたいならとっくに暴れ回ってるはずだが、今のところそういう話は聞かないし、君がわざわざ『王宮お抱えの冒険者』なんていう表の顔を持ってるのも、何か理由があるんだろ?」

「いきなり踏み込んでくるねー。あ、マルカちゃん、これから聞くことは誰にも喋らないでね。マルカちゃんを信じて話すんだから」

「え? は、はいっ!」


 満は一呼吸置いた後、真剣な面持ちで転生者のことを語り始めた。

 マルカは肩を強張らせながら、静かに耳を傾ける。


「ボクたちの目的は、雑に言えば()()()()かな。元老院はそのために作られた機関だ。まあボクが転生する前に作られたみたいだから、詳しい歴史は知らないけど」

「世界平和ぁ〜? ゴブリンをけしかけたり、いきなり襲ってきたりするような奴が所属してる組織がねぇ〜」

「それは言わないでくれ、ボクも上司に言われて仕方なくやったんだよ。まあ楽しんでた節があるのは認めるが。――とにかく、それだけ”転移者”はイレギュラーだったんだ」

「平和を乱すやも知れぬって?」

「そうそう。あのジイさんも真面目でさー、神様からの依頼を真剣にこなしてんのさ」

「また気になるワードが出てきたな……。神様、か。異世界転生には付き物だな。神から『この世界を頼む』とでも言われたのかい?」

「まあそんなとこ。正確には『秩序を守り、そして楽しめ』だな。ボクたちは皆、転生する前に神様からそう言われてる」

「楽しめなんて、随分太っ腹な神じゃないか。……しかし秩序とはまた曖昧な」

「そうなんだよなー、だからとりあえず平和を保つようにしてんの。つっても、この世界そのものを脅かすような事態じゃない限り介入しちゃいけない決まりだけどね。ああそれからボクが冒険者やってるのは、その介入に理由があんの」

「と言うと?」

「いざ登場しても、見ず知らずの奴がいきなり『元老院です!』なんて言ったって民衆は混乱するだけだろ? だから人々にとって馴染み深い職業に就いて有名になって、言動に説得力を持たせられるようになる必要があるのさ」

「なるほど、それで冒険者に。――いやちょっと待て、今まで流してたけど、そもそも冒険者ってなんだよ」


 その発言に僕はハッとし、マルカはとても不思議そうな顔をした。彼女からしてみれば、あって当然の職業に対して、その存在意義を問われたようなものだ。僕も異世界モノに慣れていたせいで疑問に思わなかったけど、冒険者という概念は謎が多い。


「ユ、ユウくん、カオルさんは何の話をしているのでしょう? あとリクドウさんも他の世界から来た人だったんですか?」

「正直僕もよく分かってないんだ……」


 僕はカオルに抱きかかえられたまま、小声で問いかけるマルカに返す。

 自分が置かれている環境を少しずつ理解してきたつもりだったけど、まだまだ考えるべきことは山積みだ。


「それなー、やっぱ気になるよね。でもまあ、ありがちなやつだよ。モンスターを狩ったり、未開の地を探検したり、異世界だからこそできる仕事」

「その成り立ちは?」

「これまた上司が頑張ったらしい。ボクが来た頃にはもうギルドがいくつもあって、冒険者もたーくさん!」

「つまりそっちもよく知らないと」

「おう、こちとらテンプレ転生者なもんでね。細かいことは何も考えずに異世界楽しもうとしてたら、神様から勅命(ちょくめい)(たまわ)ったうえに元老院を紹介されちまった」


 満はやれやれといった仕草で経歴を語る。


 彼の言う『神様』とやらも謎多き存在だ。話を聞く限りだと良い神のようだけど、そうまでしてこの世界にこだわる理由は何だろう。


「なんとなく分かってきたかな……。では、最後の質問だ。単刀直入に、元老院は敵か味方か、どっち?」

「この前戦った後、ウチでもその話をしたよ。マルカちゃんも含めて、転移者一行をどうするべきか。で、今のところは味方ってことになった! ジイさん以外は乗り気だったかな。ボクも3人とは仲良くしたいと思ってるよ」


 その答えに、思わず口角が上がる。


 これは今後の命運を大きく左右する質問だったから、彼の答えに本気で安心した。満1人でも相当強いだろうに、それが組織単位で敵に回ったとしたら、確実に勝ち目は無い。


「多少不穏だが、良い返事が聞けて安心したよ。私としても、転生者と手を組めるのは僥倖(ぎょうこう)だ」

「大それたことはできないかもしれないけどね。ボクたちはあくまで監視者、管理者であって支配者じゃない。罪を犯せば捕まるし、目上の者には頭も下げる」

「似た境遇の仲間がいるだけで心強いさ。これからよろしく頼むよ、六道」

「こちらこそ、崎谷さん。――さて、ボクはもう上がるよ、さすがにのぼせてきた」


 火照った顔を(あお)ぎながら、満は露天風呂を去っていく。カオルは彼を観察するように見送ってから、小さく溜息をついた。


「今更だけど、ユウくんの淫紋が見られなくて良かった。私が付けたってバレたら、あいつはきっと変態だのなんだの言ってきただろうからね。ロリコンのあいつにだけは言われたくないよ」


 相変わらず自分を棚上げする人だ。このメンタリティこそ、長生きの秘訣かも。


「マルカ、六道と連続で悪いが、このことは誰にも言わないでくれ。アレは完全に事故だったし、私はショタに淫紋刻むような趣味はないんだ。……淫紋付きのユウくんはすごくエッチで、最高だけどね。へ、へへ」

「あはは……分かってますよ。カオルさんは変態じゃないですもんね、分かってます……はぁ」



 マルカはせっかくの温泉をゆっくり楽しむ間もないまま、変態お兄さんと変態お姉さんの両方から口封じをされることとなった。彼女はこれから先も、こんな気苦労を重ねていくのだろうか。


(できるだけ、マルカの負担を減らせるようにしなきゃな……)


 僕は背後の淫魔に体をほんのりと触られながら、静かに誓った。

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