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27. 竹垣の向こうが知りたくて——。

「いやー、こんなに早く再会するなんてねー」

「これはこれは、元老院様じゃないか。君も疲れを癒しに来たのかい? でも残念、今日は貸し切りらしい。出直しなよ」


 六道は以前と同じようないやらしい目つきで、しかしながら敵意は微塵(みじん)も感じさせない陽気さで近づいてきた。

 彼に対し、カオルは隠しきれない警戒心を(にじ)ませて挨拶を返す。けれど彼は意に介さず、フフンとわざとらしく笑ってから、横を通り過ぎていった。


「女将さん、予約してた六道だけど」

「はい、お待ちしておりました」


 なんと、旅館『和みの宿』を貸し切りにしていたのは六道だったらしい。

 彼はこちらを振り返り、もう一度ニタリと笑った。


「ボクはこれでも名のある男だからね、こんなこともできちゃうのさ! で、誰が出直すって?」

「ぐっ、やることが小さいなこの男……」

「いや予約自体は前からしてたからね? 別に嫌がらせとかじゃないからね?」

「あ、あのっ!」


 大人気ない2人がいがみ合う最中、怯えていたはずのマルカが思い切ったように間に入り、六道へ声をかけた。


「不躾なお願いなのはわかっていますが……その、どうしてもダメでしょうか? 六道さんの邪魔は絶対にしませんから! お願いします!」

「マ、マルカ⁉︎」


 得体の知れない相手への恐怖を押し殺し、上目遣いで懇願(こんがん)する姿に、六道はもちろん、僕とカオルも面食らってしまった。


「ぐあ〜っ! それは卑怯だぞマルカちゃん。ったく、無自覚美少女ってのはこれだから……。本当は1人でのんびりしようかと思ってたけど、まあいいや! これも何かの縁だな! 」


 そう言うと、彼はテキパキと手続きを始めだした。六道の切り替えの早さもさることながら、女将さんの対応もまた素早い。突然のことにも関わらず、焦った様子は少しもない。


「部屋はどうしようか。こういう時は男女で分けるのがセオリーだよな。ユウくん、僕と一晩過ごさないか?」

「え……」


 いきなりの申し出に戸惑ったけれど、彼の言うことは正しかった。カオルだけならまだしも、今日はマルカもいる。部屋は別々の方がいいと自分でも思う。うん、むしろその方が、六道の見張りもできて都合が良い。


「わかった――」

「ダメだ、ユウくんは渡さない。私たちと同じ部屋で寝てもらう」


 提案に乗ろうとした瞬間、カオルが強い意思を持ってそれを制した。


「わ、私も、ユウくんが側にいてくれた方が……安心です」


 マルカも、おどおどとはしながらも、暗にカオルと同じ意見を言う。


 それを聞いていて、ほんの少しだけ邪な気持ちが湧き上がった。短い付き合いだけど、2人が魅力的な女性だということはとっくに理解している。その2人にこう言われてしまえば、胸が高鳴るのは仕方のないことだ。


「ハッハッ! モテるじゃないか少年! それともボクが警戒されてるだけかな? ――OK、3人で楽しんでくれ。ああそれと、ここはボクが払っておくよ。この間のお詫びも兼ねて」

「そうか、ならここは存分に詫びてもらおう」

「ハイよ。それじゃ女将さん、そういうことで」

「はい、かしこまりました」



 〜〜〜〜〜



「わあ〜! すごい景色ですね!」

「おお、これは……」

「絶景だね」


 六道の計らいで、僕たちは一番眺めの良い部屋へ案内された。

 眼下には、旅館を取り囲む林と、その中を静かに流れる川が広がっていた。夕暮れに佇む玉石たちが、寡黙な姿に秘めた確かな自然の息吹を感じさせる。


「彼もなかなか粋なことをするじゃないか。少しは見直してやろう」

「そうですねぇ〜」


 女性陣の警戒も解けてきたようだ。良かったね、六道。



 羽を伸ばすにはぴったりのこの場所で、僕たちはお互いの出会いを振り返ったり、他愛もない話をしながら過ごした。

 元の世界では考えられなかった幸せが、僕を優しく包んでいく。


「さて! 景色も良いがお楽しみはこれからだ! 温泉行くぞ温泉! へへへ、ワクワクするなぁユウくん」


 そろそろ日も沈むかという頃になって、妙に目を血走らせながらカオルが切り出した。そう、今日のメインは温泉だ。それにしても……。


「目が怖いよカオル……」

「おじさんみたいです……」

「うるさいよ! いいから行くぞー! ンフフフフフ、()()()()が丁寧に洗ってあげるからね! フヘヘヘ」

(こういうところさえ無ければ、本当に綺麗なお姉さんなんだけどなぁ)



 〜〜〜〜〜



「ぐがっ……な、なんで……」


 温泉の入り口を前に、カオルは顔を歪めて固まっていた。

 温かな泉へ繋がる門は二箇所に分かれ、大きく『男』、『女』と書かれた暖簾(のれん)が、容赦なく立ち入りを制限する。


「ここは混浴イベントのタイミングでしょうが! どうしてっ、どうしてっ!」

「カ、カオルさん……」

「……そんなことだろうと思った。僕は1人で入ってくるから、またお風呂上がりにね」

「くっそ〜! こうなったらマルカの体を堪能してやる! ほら脱ぐんだマルカ、ほら」

「ちょっ! やめてくださいよこんな所で! あっ、だめ……」


 なんとも言えない花を咲かせる2人を横目に、僕は暖簾をくぐって、脱衣所で服を脱ぎ、タオルを腰に巻いた。


(温泉、初めてだな)


 18年の人生を振り返りながら、幼い少年の心と足取りで奥へ進む。この感覚、悪くない。


「これ、露天風呂ってやつだ……」


 立ち上る湯煙の間を()って、ほんのり冷たい風が流れてくる。薄暮(はくぼ)に輝く月が僕を見守り、心休まる癒しの空間を作ってくれている。


 僕は手早く体を洗い、小岩で囲まれた湯船に自身を沈ませた。


「ふうー……」


 つい、声が漏れる。ずっと戦い通しだった体が、一気にほぐれていく。


「これが、”和み”か……」


 気を抜きすぎるのはいけないと理解していても、無意識のうちに頭がふやける。


「やあ! 和んでるかー、少年!」

「うわっ!」


 温泉があまりにも気持ち良かったせいで、唐突な六道の登場に本気で驚いてしまった。

 武器もないのに、反射的に体が動く。


「そう身構えるなよ、何度も言うが敵対する気は無いんだから。ここで戦うのも嫌だし」


 彼は言葉通りの緩い雰囲気を漂わせながら体を洗い始めた。予想外に鍛え抜かれ、いくつもの傷が刻まれたその体が、僕から言葉を奪っていく。


「どうしたー、無言で見つめちゃって。そんなにボクが信用できないかな? ま、無理もないか」

「いや、そんなこと……」


 壮絶な戦いを重ねてきたことを想像させる六道(転生者)が、温泉に足を入れ、僕の隣にゆっくり座る。その間、僕は何もできずにただ見ているだけだった。


「ああ〜、やっぱ気持ちいいなぁ〜。君も浸かりなよ、風邪引くぞ」

「あ、うん」


 促されるまま、もう一度座り込む。身の危険は感じないけれど、この至近距離ではどうしても緊張する。


「いいとこだろ、ここ。昔、うちの上司が作らせたらしいんだ。まさか異世界で純和風の旅館に泊まれるとは思わなかったよな」

「そう、だね……」


 この世界についての情報を聞き出すチャンスなのに、何から聞けばいいのか整理できない。


「クックック、緊張してるのが丸分かりだな。年上と話すのは慣れてるんじゃないのか?」

「別に慣れてるわけじゃ……」

「でも仕方ないよなぁ。ボクも初めて転生者に会った時は同じ反応したよ。話は誰よりも通じるのに、何を話せばいいか分からないんだ。」

「うん……」


 相手のペースと噛み合わず、頭の中まで湯煙に包まれた気分になっていく。


「君から質問があれば答えようと思ってたが、こっちから聞いた方が良さそうだな。――じゃあ早速だけど、君は崎谷薫(さきやかおる)についてどう思う?」

「どうって……」


 僕の中にある崎谷薫についての情報は2つ。ひとつは、僕が兵士だった頃に教え込まれた、人類の敵としての彼女。もうひとつは、この世界に来てから知った、強くてかっこよくて、変態でポンコツな彼女。


 でも、やっぱり。


「カオルは、いい人だよ」


 それしか言葉が見つからなかった。僕がまだ彼女を理解しきれていないのも理由だけど、それでも、カオルを表すにはこの言葉だけで十分だと思った。


「いい人、か。()()()()()()()()()()()()()()()。いい人で……そしていい女だって。実際エロいよな、あの人。ユウくんもそう思うだろ?」

「なっ! そういう意味じゃ……!」

「顔が赤いぞ少年! のぼせたか? それとも変なコト想像したのかな?」

「りっ、六道!」

「いい反応するじゃないか、からかい甲斐(がい)があるな君は。年上にモテるのも納得だ」

「う〜〜〜」

(にら)むな睨むな。どうだい、緊張は解けてきたかな?」

「ああ……お気遣いどうも、六道」


 彼の言う通り、最初ほど体は強張(こわば)らなくなった。(しゃく)だけど、この距離感で男性と話すのは久々だから、少し楽しくなってしまっていた。


「なんか硬いなあ。そう(かしこ)まらずにさ、(みつる)でいいよ、ユウ。ボク達はいい友達になれると思うぞ、似てるところもあるしな!」

「一人称が同じってだけじゃないか…………でも、わかったよ、道満(どうまん)。」

「うおい、呼び方ァ! 前の通信聞いてやがったな!」

「馴れ馴れしかったから、つい……ははっ」


 このまま言いなりになるのが悔しかったから、少しだけやり返してやった。


 初めて満と戦った後、彼は自身の仲間であり、そしてカオルの後輩でもある人物と話していた。その時に呼ばれた名前が『道満』だ。六道満(りくどうみつる)から取って、道満。呼びやすい名前だけど、彼はそう呼ばれることを嫌っていた。


「まったく近頃の子どもは……。オホン、それじゃ気を取り直して次の質問だ。マルカちゃんについては、どう思ってる?」

「マルカも、いい人だよ。危なっかしいところは多いけど、いつも明るくて、前向きで、優しいんだ」


 彼女は、この世界に来たばかりの僕たちに親切にしてくれて、色々と手伝ってくれた。そして転移のことを知っても、嘘をつかれていたことを知っても、変わらずに笑顔を向けてくれた。本当に、いい人だ。


「だよなあ〜! あの子マジでいいよ、見ていて応援したくなる! 常にカワイイし、その裏に残酷さも備えている辺りが最高だ!」

「残、酷……?」


 ゆっくり温まってきた心と体に、鋭く冷たいナイフが突きつけられる。


 マルカが残酷なんて、そんなはずはない。それが分かっているのに、彼の言葉は真実を貫いているように感じた。


「だってそうだろ? 思い出してみろよ、君らが初めて遭遇したゴブリン、がっつり脇腹を(さば)かれてたよな。アレやったのマルカちゃんだよ。いくら相手がモンスターだからって、普通、剣を持ったばかりの子がそんなん出来るか?」

「そ、それは……」


 否定したいのに、言葉を発しようとすると息が詰まる。

 僕の脳裏には、あの時のゴブリンの姿と、それを容赦なく追ってきたマルカ、そして彼女が意気揚々とゴブリンの耳を剥ぎ取る光景が映し出されていた。


「ボクと戦った時も、君たちを守るためとはいえ、同じ人間であるボクに剣を向けたよね。ボクが避けられるように配慮した攻撃ではあったけど、『万が一当たってしまったら』とかは考えてないように見えた。銃をぶっ放した君も大概だが、より『厄介』なのはマルカちゃんの方かな」

「だけどっ、マルカは……」


 違うけど、違わない。彼女の胆力は、残酷さと表裏一体だ。それに気づける場面は何度もあったのに、どうして何も感じなかったんだろう。


「おっと、さすがにこれは意地の悪い話だったな。調子に乗って子どもをいじめてしまった。――大丈夫だよ、ユウ。マルカちゃんは普通の女の子だから」

「何を……今更……」


 言っていることが行ったり来たりして追いつけない。本当のマルカは、一体……。


「そんな目をするなよ、今にも泣きそうだぞ? ボクのせいだけどね。とにかく、この世界の人間は大体そんなもんだよ。昔からモンスターを倒して生活してるから、そこに疑問を持つ人はいないんだ。きっと遺伝子にもそう刻まれてるんだろうな。ボクたちの世界でも、狩猟の時代はあっただろ? それと一緒。この世界では狩猟の規模が大きいってだけだよ」

「そう……だ。そうだよね」


 彼の言葉に心を揺さぶられた自分に腹が立つ。マルカの優しさは、他でもない僕が、そばで見てきたんだ。


「ボクに剣を向けた時も、一種の錯乱状態だっただけ。本能が、仲間を守るためにはこうするしかないと理解したんだ。それだけボクが強いってことだな! はーっはっは! ――だから()()()()()()()、マルカちゃんはいい人だよ、心配すんな」


 今までとは打って変わって、優しい眼差しで微笑んだ(みつる)は、僕の頭をくしゃくしゃと撫でた。洗ったばかりの髪を雑に掻き乱されることが、こんなにも安心するなんて知らなかった。


「……今の、ダジャレじゃないからな」

「ふっ、あはは! 台無しだよ、満」


 なんとなく、心が通じ合ったような気がした。もしカオルの理屈が正しいのなら、これで僕と満は友達になったということになる。嬉しいような恥ずかしいような、そんな気持ちだった。



 〜〜〜〜〜



 しばらくの間、カオルやマルカのことを満と話していると、彼は横にそびえる竹垣を真剣な面持ちで見つめ始めた。

 配置的に見て、あの竹垣は男湯と女湯を隔てる壁だ。


「よっしゃ、やっちまうか」

「まさか……」

「おう、そのまさかだ」


 やはり、覗く気だ。きっとあの向こうにはカオルとマルカがいる。さっきから満がチラチラと向こうを見ていたから薄々感づいてはいたけど、本当にやる気だなんて。


「これがただの壁なら登るのは無理だったけどな、竹垣なら手足を掛けるポイントは多い。倫理的にはアウトでも、美女2人の入浴シーンを見逃すわけにはいかない!」


 飄々(ひょうひょう)としていたはずの彼が、その歴戦の体を見事に、真っ直ぐに駆使して登っていく。彼のたくましい背中が、俺の勇姿を見届けろと僕に訴える。背中で語るとはこういうことか、もっといいシーンで味わいたかった。



 ~~~~~



 (もう少しで、届く!)


 満に辟易したのも束の間、僕はいつの間にか、その目的が覗きだということも忘れて、本気で満を応援していた。ひとりの男が頂を目指して汗を流す姿には、湯気を上げる温泉以上に熱いものがあった。


「「「「行っけええええ!」」」」


 ついに頂上へ手をかけた満が、自分の体を引き上げる。僕は、いや僕たちは、満身の力を込めて、竹垣の向こうを見据えていた。


(あれ? 今、声が4()()重なったような……)


 それに気づいた瞬間、ちょうど満の真向かいから、赤く、長い髪の女が()い上がってきた。


「ぎゃああああああああ!!!!」

「うおわあああああああ!!!!」


 ドボオオオオオン――。


(ああ、あれは……うん、そうだよね……あの人ならやるよね……)


 奇しくも、覗き魔と化した淫魔が同じタイミングで登ってきたらしい。どれがどちらのかも分からない悲鳴を上げて、2人は湯煙の中に消えていった。

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