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14. 実地調査は突然に

「朝だよ、起きてカオル」


 グッスリと寝込むカオルを起こしにかかる。


 彼女は昨日の一件の後、ベッドまでたどり着いた途端に眠ってしまった。そのおかげで僕の寝覚めは快適なものだったけど、さすがに少し心配になる。


「んにゅあ~、あと5分……」


 これまたありきたりなセリフを言う。でも、体調が悪いわけではなさそうで安心した。


 呆れるほどにベタな朝の一幕、だけど兵士として過ごしてきた僕は、こんなやりとりでさえも幸福に感じていた。


「ぐう……んふあ~……」


 それにしても、全く起きない。


 ──それなら。


「……お、起きてくれたらイイことしてあげる」

「ふおぉお⁉ 起きた! 起きました!」

(はぁ。僕は何やってるんだろ)


 こみ上げる恥ずかしさも、目覚めと引き換えなら安いものだ。

 少年の姿だと単独行動の範囲には限界があるから、大人の彼女がいてくれないと色々困る。

 だからこんな起こし方をするのも、仕方のないことなんだ。



 ~~~~~



「うぅっ、騙すなんてヒドイじゃないか……お姉さん本気で期待したんだぞ……」

「ああでもしないとダメそうだったから。それより、昨日はすごかったね、サキュバスがあそこまで出来るとは思わなかったよ」


 寝起き早々に泣き言を言うお姉さんは置いておいて、彼女の『力』に言及する。

 あの催眠を自由に使えるなら、これからの旅できっと役に立つ。


「ん? ああ、アレね、そんなにすごいものじゃないよ。条件がめんどくさいし、コトが済んだら一気に疲れがくるんだ。昨日は色々楽しかったから宿に着くまでは元気だったけどね、気を抜いた瞬間に寝ちゃってた。あの力は、余裕がある状況じゃないと使えない諸刃の剣って感じかな」

(なるほど、それで帰るなり倒れ込んだのか)


 強力なスキルにはそれなりのリスクが伴う、基本といえば基本だ。役立つのは間違いなくても、頼りすぎるのは避けておこう。


「私の秘密をひとつ知ったね、ユウくん」

「…………うん」


 カオルは寝転がりながら、上目遣いで僕を見た。薄く開けられた瞼の向こうでは、彼女の瞳が深い青で僕を飲み込もうとしているように感じた。それでもこの目は、昨日見せたあの『餌』を見る目とは違う。背筋を()でられるような感覚はあっても、不思議と嫌な感じはしない。


 カオルは「距離が縮まって嬉しい」とだけ言った。



 〜〜〜〜〜



「ふぅ~、やっと目が覚めた……よしっ、今日も一日がんばろー!」

「うん、今度はどんな依頼を受けようか」


 たっぷり眠って元気になったサキュバスに連れ立って町へ出る。

 異世界であっても朝の風は心地よく、少しの清涼を伴って感覚を研ぎ澄ましてくれる。


 歩いていると、周りからやけに声をかけられた。昨日のことがもう知れ渡っているのか、「よくやった」だとか「がんばって」なんて言われて、僕はさっきカオルに対して感じたものとは別の恥ずかしさを覚えて顔を伏せてしまった。反対に、カオルは自慢げに笑顔を振りまきながら進んでいる。


 崎谷薫の美しさはここでも遺憾なく発揮されて、心を奪われたような顔をしている男たちを何人も見つけることができた。


「お、ちょうどあっちも来たみたいだ」


 目を向ける先には、子犬のようにパタパタと駆け寄ってくるマルカ。今日は鎧姿で、どこか気弱そうだった雰囲気はなくなっている。


「おはようございます!」


 挨拶をして、パーティーでギルドへ。一躍(いちやく)時の人となった僕たちは何度も称賛の声を浴びながら進んでいく。

 そして忘れちゃいけないことがひとつ、隣にいるマルカもまた可憐な年頃の女の子で、僕は今、魅力的な女性ふたりに挟まれている状態なんだ。


 男たちは華やかな空間にいる少年の姿を見て、微笑ましそうな温かい目と嫉妬にまみれた冷たい目を交互に瞬かせていた。


(この感覚、優越感とは言い切れないな……)



 ~~~~~



 ギルドに入ると、カオルはキョロキョロと辺りを見回した。あの3人組を見つけると同時に、彼女は即、煽りを入れる。


「おやおやァ! アニキじゃないか。おはよう! ゆうべはお楽しみでしたねェ!」

「げっ、お前は……っ!」


 向こうは彼女を見るや否や、3人同時に警戒態勢を取る。ここまでビクビクしていると、憎らしさよりも先におもしろさが湧いてくる。


「なんだいなんだいその紙は、君らが受けるのはこっちだろう?」


 彼らが星のついた特級依頼の紙を持っているのを目ざとく捉えたカオルは、煽りのギアを上げていく。


 転移する前の彼女は、よく調子に乗った男に絡まれていたと聞いた。だから、いいようにからかえる男たちが手に入って嬉しいのかもしれない。


「もうっ! 意地悪はダメですよカオルさん。そしてあなたたちも、おばあさんとの約束を守ってください。薬草拾いだって大切な仕事なんです」


 一触即発の気配の中、マルカがスッと間に入って、凛とした声で制す。有無を言わさぬ彼女と、その後ろで「そうだそうだ」とヤジを飛ばす淫魔に押され、3人は顔をしかめながら薬草収集の依頼書を引き剥がすようにむしり取った。


「チッ……行くぞ!」


 前回と同じように僕たちを押しのけてカウンターへ向かう彼ら。その背中を、マルカは純粋な笑顔で、にこやかに見送っていた。


「では、私たちの番ですね。今日は難易度上げていきましょう!」


 鎧を着た姿から想像できる通り、マルカは気合充分だ。この勢い、このメンバーなら、軽い討伐依頼くらいは難なくこなせる気がする。


「そうですねぇ~、スライム退治にでも……」

「いや、この依頼にしないか? というよりこれを受けたい。頼む、マルカ」


 ボードに貼られた依頼書を吟味していると、妙に真剣な面持ちでカオルが割り込んできた。


 彼女が差し出したのは『実地調査』と書かれた珍しいタイプのもの。


 そしてその内容は――『クレイオス山に突如出現した洞窟の調査』――というものだった。


「クレイオス山……」


 名前に聞き覚えがある……そうだ、僕たちが転移してきた場所、あそこの名前がクレイオス山だ。


「それに、洞窟……」


 僕は初めて研究所を出て、山を振り返ったときのことを思い出した。


 山をくり抜くようにして転移した研究所。その入口は、外からはまるで洞窟のように見えていた。

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