15.襲撃者
「洞窟の調査、ですか? いいですよ! 私だけが決めるも何ですからね、今日はそれにしましょう」
「良かった。ありがとう、マルカ」
突然の申し出にも関わらず、マルカは快く受けてくれた。
カオルは心から安堵したように胸をなで下ろす。僕も同じ気持ちだった。もしこの依頼を誰かが先に受けて研究所の中を覗いていたら、間違いなく大騒ぎになっていたはずだ。
3人で受注の手続きをしにカウンターへ向かう。そこでは支部長が何やら大きな水晶に向かって喋っていて、僕たちはそれを不思議がりながら依頼書を出した。
「おお! お前ら、これ受けてくれるのか!」
『実地調査』の文字を見た途端、厳つい顔をカッと綻ばせて笑う支部長。そして彼は水晶に向かって「やっぱり大丈夫だ」と告げた。
「いや~助かった。もう少しで他の支部に応援要請するとこだったぜ。まいっちまうよなあ、領主が兵を出し渋るせいでこっちにしわ寄せが来るんだからよ」
「領主?」
「ああ、姉ちゃんは知らなくても無理ねえか、このアグトスはな、領主メビウス=コーネン4世の治める土地の中にあるんだ。本来、領地の調査や整備なんてのは正規兵を使ってやる仕事なんだが、ウチの領主様は心配性でなあ、自分の兵は常に手元に置いときたいんだとよ」
「それで、兵を使う代わりに冒険者へ押し付けようというわけだ」
「おうよ。アグトスの辺りは元々穏やかだから、今更洞窟が発見されたところで、わざわざ見に行こうとする奴はいないと思ってたぜ。いやホント、いいタイミングで来てくれたよ」
愚痴を端々に混ぜながら話す支部長は、ようやく肩の荷が降りたといったご様子。屈強で快活な彼も、お仕事事情には苦労させられているらしい。
「喜んでくれて何より。冒険者冥利に尽きるよ」
カオルが「なんてことない」と言うように返事をして、一切怪しまれることもなく受注を完了する。
いいタイミングだったのはむしろ僕たちの方だ。今一度研究所の様子を調べたかったし、荷物の整理もしたかった。
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「領主様とやらもケチだねえ、1人も兵をよこさないなんて。私としては好都合だけど」
「兵士さんからの不満もあったんだと思いますよ、正規兵には貴族やその縁者しか登用されませんから。プライドの高い兵は庶民のための仕事なんかしないって、よく言われてます」
「土地の調査は領主のためにもなると思うけどなぁ。まあ地味な仕事ではあるし、穏やかな地域なら仕方ないのかな」
クレイオス山までの道を談笑しながら進む。ゴブリンを退治してからは森の中でモンスターが見つかることもなく、小動物がのんびりと歩いている姿を見て、マルカは子どものようにはしゃいでいた。
(そろそろ森を抜ける頃かな)
以前通ったときに大体の道のりを把握したし、3人でいることの安心感もあったから、僕たちの足取りは軽かった。さすがに数時間かかることには変わりないけど、それでも初日よりずっと早い。
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「そんなに日は経っていないのに、すごく懐かしいなあ」
「カオルさんとユウくんは、あの山を超えて来たんですよね」
「ああ……うん、山を超えてというか次元を超えてというか......」
「へ?」
森を過ぎ、山へ続く草原を登っていく。その間に、カオルは思いつめたような目つきになっていた。
きっと、マルカに話すつもりなんだろう。僕もそれに賛成だ。しらを切ることもできなくはないけど、この先も彼女と行動を共にする可能性が高い以上、瓦解するのは時間の問題だ。ならいっそ、こちらから教えてしまった方が早い。
マルカのように優しい人なら他人に漏らす心配もないし、彼女が優しい人だからこそ、騙し続けるのは心苦しかった。
「見えてきましたね──うわっ! 本当に洞窟ができてる! この前の地震が原因でしょうか?」
山に空いた穴を見つけ、早速マルカは驚きの声を漏らす。
大人の身長よりも高く幅広い洞窟、その奥は光が遮られ、外から様子をうかがい知ることはできない。だけど僕とカオルは、先に待ち受ける光景を知っている。
「ユウくん」
カオルが僕に向き直って、目を合わせながら小さく言う。名前を呼ばれただけで、彼女が言わんとしていることの全てが伝わった。
「わかってる、行こう」
答えると同時に、暗がりの中へ入っていく。すぐに視界を闇が覆うけど、目と耳をこらせば中の形状などは容易に把握できる。デザインチルドレンとして開発された僕には、そうした技術が生まれながらに備えられている。
「あぁっ、待ってください~」
洞窟の存在感に気をとられていたマルカが、ランタンで道を照らしながら駆け寄り、隣には、白衣を揺らして歩くカオルが見えた。その姿は科学者然として、覚悟に満ちたものだった。
しばらく行くと、あの白い扉が現れる。
「こ、これは……⁉ まさか古代遺跡の入り口⁉」
世紀の発見を成し遂げたような顔のマルカに、ちょっとだけ苦笑する。
(初めて研究所に踏み入ったときは、この扉をハッキングしてこじ開けたんだよね。今思うと申し訳ないな)
感慨深く扉を眺めていると、カオルが前に立ち、威厳のある声で言った。
「マルカ、先に謝っておこう。私たちは君の親切心につけこんで、君を騙していた。すまない」
「カ、カオルさん? 急に何を……」
「ごめんね、マルカ」
「ユウくんまで、何のことですか……?」
全く飲み込めていないマルカを気に留めず、カオルは淡々と話を続ける。
「謝罪ついでになってしまうが、これから私たちの秘密を明かす。その代わりに、この先で見聞きした物事は誰にも口外しないでほしい。君という人間を見込んでの頼みだ、約束してもらえるだろうか」
「僕からも、お願い」
「ちょっ、ちょっと! いきなりすぎますよ……」
僕とカオルは無言のまま彼女を見つめる。言葉による説得ではない、本心の訴えだ。
「……何か事情があるんですね。分かりました。あなたたちがどんな秘密を抱えていようと、決して口外しないことを誓います」
しばしの沈黙の後、冷や汗を流しながらもしっかりと僕たちを見据えた目で、マルカは約束してくれた。
彼女からの信頼を得られた事実が胸に染み渡る。これからはマルカに嘘をつかなくてもいい、それは僕たちにとって大きな救いだ。
「ありがとう。では、私のラボへ招待しよう」
カオルはいつものように美しく微笑み、扉に取り付けられたタッチパネルを叩く。コード入力によって静かに開く扉は、マルカから言葉を奪うには十分すぎるほどの衝撃だった。
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「えーっと……ごめんなさい、頭が追いつきません……カオルさんが科学者のサキュバスで、ユウくん、いやユウさんが……兵士で若返り?」
「アハハ……一応『くん』でいいよ。」
転移した時の僕と同じように、説明を受けて混乱するマルカ。カオルの話だけでも相当なのに、僕のことまで一度に聞いたんだから追いつかないのは当然だ。
「いやー、私も分からないことだらけなんだけどね。転移自体には成功したが、ここは予想していた世界とはかけ離れている……あ、お茶入れてくるね」
「いえ、お構いなく……それにしても、確かにこの世界にこんな技術は無いですね。あの薄い板とか、何に使うんでしょうか?」
そう言ってマルカは机の上にあったタブレットを手に取った。勝手に触らせていいか迷ったけど、キラキラ輝く瞳で必死に使い方を探る彼女がなんとも可愛らしくて、つい見守ってしまった。
「わっ、急に光が……えっ、触れる⁉ すごい! これは! ……これは?」
「ん? どうしたの?」
偶然にも電源が入り、更に偶然なことにパスワードを突破してしまったマルカ。ペタペタと画面を触っているうちに何か開いてしまったらしい。
(どれどれ…………──ッッッ!!!)
タブレットに映し出されるのは、シャワーを浴びている僕の写真だった。
2200年代の高性能なレンズを恨む、それはもう精細に僕の体を捉えている。辛うじて大事なところを隠している湯気には心からの感謝を述べたい。
「おまたせ。紅茶ですよ~っと……そっ、それは!」
「これなに?」
標的を認識する目で崎谷薫を射抜く。ショタコンなのは向こうの勝手、でも盗撮はさすがに看過できない。
「あ、これはね! ダージリンとアッサムをブレンドした特別な紅茶で……」
「……」
「すみません魔が差しました。ほら、私って淫魔だろう? サキュバスだろう? 理想的な男の子の入浴シーンを逃すわけにはいかないって、本能がそう告げたんだ!」
「──はあ。もういいよ。初犯だし、これで許しとく」
思い切り開き直る250歳児を冷ややかに流して、タブレットを閉じる。慌てふためいた彼女の弁解なんて聞く必要はない。
(まあ、カオルにも何かお礼はするつもりだったし、これでチャラかな)
「そ、そういえばー、サキュバスという種族は聞いたことがありませんね」
「えっ……」
雰囲気を変えようとしたマルカが口を開き、その内容に、緩んでいた空気が一気に張り詰めた。
「サキュバスを……知らないの?」
カオルの先祖はこの世界の住人で、確か『元老院』とかいう機関から仕事を任されるほどの人物だったはず。なら、その存在が後世に伝わっていても不思議じゃないのに。
「……魔族という言葉についてはどうかな。その存在を知っているかい?」
何かがおかしい、カオルも本気で推理を行っているみたいだ。
異世界ファンタジーではサキュバスが登場する展開なんて特に珍しくもないことだから、当然カオルの近縁者もどこかにいると思っていた。
「う~ん、魔族という呼び方はしませんが、いろんな種族はいますよ。アグトスにいるのはだいたいが人間ですけど、よく獣人や竜族の人が行商に来たりします。」
他種族がいて、その区別もある、だけど聞いたことがない。つまり、本当にサキュバスという種族そのものが存在しないということなのか。
「もしかしたら、カオルさんのご先祖はこの世界の人じゃないかも……あれ? でも言葉は一緒だし……」
「カ、カオル……」
道を閉ざされてしまったようで、つい不安げな声を出してしまった。
そんな僕に、彼女が下した言葉は──
「こぉ~れは、今考えても仕方ないやつだな、うん! ま、後から分かってくるだろ。それよりマルカ、改めて確認だけど、私たちのことは……」
なんともスッパリ切り捨てて話を進めてしまった。
「は、はい! このマルカ=リムネット、『仲間』は大切にする性分です。あなたたちの秘密は誰にも話しませんとも! そしてユウくん、自分を兵士だと思いすぎてはいけませんよ。今のあなたは幼い子どもです。無理はせず、私たちをたくさん頼ってくださいね」
「う、うん」
マルカも勢いに押されて、何かいい感じで締めくくっている。これはもう、問題を蒸し返す隙は無さそうだ。
「よし! 嬉しい返事だ。そうそう、言い忘れてたけど、私とユウくんのことは本当の姉弟だと思ってくれていいからね」
(そのアピールは欠かさないんだ……)
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「さーて、どんな調査報告をでっちあげてやろうか」
「研究所のことを言うわけにはいきませんからね」
「支部長なら本当のことを教えてもどうにかしてくれそうだけどね」
パーティーの結束を固めた後、日が落ちる前にアグトスへ帰還するため洞窟を出た。
その瞬間――
「やぁ、崎谷薫。ずいぶん楽しそうじゃないの」
岩の影から、刺繍の入ったローブを纏った男が現れた。
歳のほどはカオルとそう離れていない。銀髪の隙間から覗く細長い眼が、いやらしくカオルを睨めつけている。
「何者だ」
僕は咄嗟に銃を構え警戒した。この男からは危険な匂いが漂っている。確実に、僕たちの敵だ。
「これは失礼した。まずは自己紹介からと相場が決まっているよね」
わざとらしく紳士ぶった身振りをする男。その動きの全てが胡散臭く、不信感が募っていく。
「それでは改めまして、ボクは六道満。元老院第七席で、技術開発局の局長だ」




