10話.優しくて穏やかな人が本気でキレると手に負えない
「今日、神子が生まれるから」
その一言は全ての者を動揺させる威力があった。
それもそのはず、神子誕生の告知はないと考えられていた。
しかも、前代の神子がいたのは約500年程前。
ほぼ空想の存在に近かった。
その神子が誕生する、この国に。
動揺しないはずがなかった。
しかし神は周囲を置き去りにしたまま尚も話を続ける。
神に空気は読めなかった。いや、読む気がなかった。
「いつもの告知なら君達だけでよかったんだけど今回は少し事情があってね、だからキミを呼んでもらったんだ」
確かに告知だけなら聖職者だけでいいはずだ、その事情とは?と全員が疑問に思った事に神は答える。
「ちなみに、質問は受け付けないよ。私には君達の考えていることが全て見えているから。君達は私が質問した事にだけ答えてくれるだけでいいから。」
___こ わ い。
心の中を読まれるなんて恐ろしすぎる。しかもナチュラルに口を開くなときた。
傍若無人すぎていっそ尊敬する。神様、マジ神様だわ。
トマス達はその言葉を聞き、開きそうになった口を無意識に閉じた。
そして神の言葉は続く。
「今回の神子はね、貴族の子として生まれるんだよ。生家が貴族なんて初めてだからさ、一応国の長に釘を刺しておこうと思ってキミを呼んだんだよね」
最初からすでにクライマックスである。
___もう釘っていうか五寸釘越えて心臓に杭を打つ勢いですね?
さっきから本当に怖いんですけど。
「貴族ってほら、キミの命令は絶対でしょ?しかもよく分かんない風習とかあるし。でも勘違いしないでね。神子にはそんな事一切関係ないから。神子についての世界の掟はもちろん知ってるよね」
【神子を害してはならない】
【神子に強制してはならない】
【神子の意に反してはならない】
【神子は自由でなければならない】
これが神子に関しての掟だ。
神様の神子愛が溢れに溢れている。
「掟で決められている通り神子は国には縛れないよ、例え貴族の子であったとしてもね。その事を肝に銘じておいて。こんなに念を押さなくても大丈夫だと思うんだけどさ、一応ね。過去に傷付けられた神子を思い出すと神経質になってしまうんだよね、とくに王族をみると」
先程までの優しさと温かさを感じる声とは違い、とても冷たい声だった。
その出来事を鮮明に思い出したエルピスの怒りによって辺りは重苦しい空気に包まれる。
直接神の怒りに触れた者達は意識を失いそうになった。そして倒れる……となったその時、息が詰まりそうな空気は何事もなかったかのように消えた。
「ごめんごめん。昔を思い出すとどうも感情が抑えられなくてね」
これほどの怒りを表すとは神子はどんな目にあったんだ……?とオリヴァーは考えてしまった。
それを聞いた神はオリヴァーに目を向け言った。
「知りたいかい?」
神が指を鳴らすとその場にいた者全員の脳内に映像が流れ始める。
それはそれはとても残酷な、
一人の少女の物語であった。
その少女は大きな国の小さな村に神子として生まれた。
少女の家は裕福でもなく、しかし貧しくもなかった。
神子は特徴として紋様が刻まれ生まれてくるがその村は小さい村だったため神子の事を知らなかった。
そのせいで悪魔の子として扱われた。
洗礼を受けた5歳の時、教会の者から神子だと告げられた。
家族は驚いた。
悪魔の子だと思っていたからだ。
教会の者から神子について詳しく聞いた家族はそれでも神子を愛さなかった。
しばらく経った時、教会から知らされたのか国の人間が神子に会いに来た。
国の人間は神子が欲しいと家族に告げ、家族は喜んで神子を売った。
神子は最後まで家族に愛される事がなかった。
国の人間に連れられた神子は魔法と戦いの勉強をさせられた。
戦争の道具にされたのだ。
やはり神子としての力は強く、神子は国から言われるままたくさんの人を殺した。
殺して、
殺して、
殺して、
そして神子の心が壊れていった。
ある時神子は言った。
もう人を傷付けたくない、と。
そして一切の力を使わなくなった。
王様はそれを許さなかった。
神子を傷付け拷問を繰り返したが神子は頷くことはなかった。
王様は何の役にも立たない神子など邪魔でしかなかった。
しかし神子はこの国で英雄となってしまっていた。そこで王様は考えた。
神子は罪もない人を殺した、
神子は国から金を搾取していた、
神子は王様を暗殺しようとした、
そして本当の“神子”ではなかった。
神子はこれらの罪を犯していたと国の全ての者に告げた。
国の者は裏切られたと怒り、尊敬していた思いが憎悪に変わった。
そんな事をした覚えがない!
神子は否定を繰り返し叫ぶように訴えたが聞き入れてはもらえなかった。
国は神子に罪を着せ消す事にした。
広場中央に公開処刑場が作られ辺りには人が集まっている。
そこには口に猿轡を噛まされ、一切の動きを封じられた神子がいた。
一人の国民が神子にむかって罵詈雑言を吐きながら石を投げつけた。それから一人、また一人と石を投げる者が増え石が当たった神子の顔は腫れ上がり血が流れ出していた。
どれほどの時間が経過しただろうか?
神子は既に事切れそうな状態だった。
そしてついに、処刑執行される。
足元に火を着け処刑する火炙りだ。
神子はもがき苦しみ死んでいった。
神子が最後に見たものとは、
…………人間の嘲笑だった。
物語は終わり現実に戻ってきた。
ある者は涙を流し、ある者は吐き気を抑え、ある者は怒りに顔を歪めている。
礼拝堂内は暗澹としていた。
「どうだった神子の人生は?この話は有名だから君達も知っていたでしょ。でもまさかここまで残酷だとは思わなかっただろう?これが君達の罪だよ。酷いものだよね、自分にない力を持つ者は排除する、自分より優秀な者を排除する、そして従わなければ排除する。私はね君達が好きだよ。だって自分で創ったんだもの。でもねこれはダメ、これだけは赦せない、いや赦したくないんだよ、私は」
神様は胸中の哀しみを語った。
全員が分かった、分かってしまった。
映像を見ただけの自分ですら抑え切れない怒りが沸くのだ、神の思いはどれほどなのか考えると胸が痛む。
神子は神が愛情を込めた自分の子なのだ。神子を蹂躙した人間が神に謝罪したとしても笑って“赦すよ”なんて言えるはずがない。
神が神子に対して神経質になっても仕方がない。
「分かってもらえたみたいだね。だったら私が言いたい事は分かるよね?掟は絶対に守れ」
最後の言葉には凄みがあった。
それを聞いた全員が深く何度も頷く。
「よかったよ。それじゃ今から細かい注意事項を言うからちゃんと聞いてね」
___まだ言うことあるんかい!もう話は終わったかと思ったわ!雰囲気がシリアスだったから今まで黙ってたけどやっぱ言わせて欲しい。
……神様やっぱただのモンペだな!!