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オヨバズ 完結編 【決着】




「か、上梨」


 力を出し尽くしてよろめく私を上梨が支えてくれた。


「つゆり」


 ぎゅっとされるところから、すぐに上梨の力が流れ込んで来る。砕けそうだった腰に、力が戻った。


 さっきまで黒い幼児が立っていたところには、何もない。




 いや。




 よく見れば、割りばしくらいのサイズの黒い紐みたいなものが、揺らめいていた。まるで地面から生えた小さな海藻のようだ。


 あれは、何?


 その黒い紐に、ゆっくりと周囲から黒い粒子が集まってくる。


「…嘘」


 思わず絶望的な声が出た。もう私の石は使えない。


 そんな…。嫌だ。


 こんなの嫌だ。


 どうしたらいい?何をすればいい?


 上梨を、おばあちゃんを、ここにいるみんなを守れる?



「酒々井、五方陣護法を解きな。私がやる」


 五方陣護法の外から堂神さんが呼び掛ける。


「ぬう」


 おばあちゃんが、揺れる黒い紐を睨む。


「酒々井っ。我ら堂神に」


 堂神さんが叫ぶ。おばあちゃんは、徐々に太さを増していく黒い紐を睨んだまま答えない。


「酒々井っ」

「待ってください」


 上梨が私と入れ替わるように前に出た。


 な、何を?


「試させてください」


 おばあちゃんが上梨を見る。上梨が頷いて、おばあちゃんが頷いた。


 上梨が徐々に太さを増していく黒い紐の前に立つ。


「臨」


 上梨が指を振る。


「兵」


 上梨が指を振る。


 十字の光が、上梨が手を振った前に浮かんでいる。


 すごい。昨日温泉の前でやったときよりも強くなってる。


「闘」

「者」


 宙に浮かぶ井の字が輝きを増す。


「上梨君、これを」


 おばあちゃんが井出羽の人達が使っていた木の棒を上梨に渡した。上梨がそれを受け取り振る。


「皆」

「陣」


 光の線がさっきまでと違うレベルで引かれる。


 すごい。すごいよ、上梨。


「列」

「在」

「前」


 九本の線が上梨の前に浮かび、すごい光を放っている。


 ここで上梨が困った顔で、おばあちゃんを見た。


 ここまでやってどうしたらいいのか分からないのだ。


 思わずくすっと笑ってしまったのは、上梨の力を信じられたから。


 おばあちゃんも苦笑して困り顔の上梨に告げた。


「まったく。「破」だよ。破るの「破」だ」


 上梨が頷いた。




「破」




 最後の一本が加わるや、それが回転しながら黒い紐に飛んだ。




「ヒゅいぃ…」




 跡形もなく黒い紐が消えた。


 一瞬にして夜から昼に変わる。


「えーっと」


 上梨がおばあちゃんを見る。おばあちゃんは笑みを浮かべながら大きく息をついて、持っていた金属の棒を離した。四人もそれぞれ金属の棒を離すと、井出羽の五人はその場に座り込んでしまった。


「上梨っ」


 思わず上梨に抱きついた。


「っとお。つゆり」

「上梨ぃ」


 自分の声が震えて、涙が頬を伝うのが分かった。


「上出来、だろ?」

「うん。うん」


 彼の胸に顔を埋めて、頷くのが精いっぱいだった。







「あの、鎮めものって言うのは?」


 タクシーが高速道路に乗ったところで上梨がおばあちゃんに聞いた。


 今回の一件を片付けて、私たちは帰路についていた。「オヨバズ」は今後しっかり供養すれば、怪異は収まるだろうとのことだった。

 沼の前の家屋には加茂さんが札を貼ったこけしが万が一のために並べてある。


 倒れていたテレビ局の人達は全員、車で病院に運ばれたが、何人かは死んでいるだろうっておばあちゃんが言っていた。


 自業自得とは言え、後味は悪かった。


「鎮めものはね、地鎮などに使う供物を言うのさ。ただし、昔は人を捧げることもあった。恐らく昔、「オヨバズ」の怪異を抑えようとした誰かが、鎮めものとして子供を使ったんだろうね」

「それが、えっと、反転した?」

「そう、反転したのさ。逆に呪いを強化して、むしろ呪いの本体になっちまった、ということだろうね」


 高速道路が夕闇に包まれていく。


「力の無い者がやらかしたって感じですか?」

「それか、呪いの力を見くびったか。あるいは、何か手順を間違えたか。ま、今となっては分からないよ」


 おばあちゃんがあくびをした。


「さて、トイレ休憩まで少し寝かせてもらうよ」


 そう言っておばあちゃんが窓に頭をもたれかけて目を閉じた。


「つゆりも眠かったら」

「ううん、平気」


 でも取り敢えず手は握らせてもらう。


「ねえ、上梨。修行に行く?」

「ああ、あれかあ」


 別れ際に上梨は私と一緒に須賀原さんと桐野さんから、一度修行においでと誘われていたのだ。


「つゆりはどうしたい?」

「うーん。私、石の使い方をもっと上手になってからっておばあちゃんに言われたんだ」

「へえ」

「私は、石の使い方?出来てるけどって思ってたんだ。だけど、今日分かった。石にあんなに力があるなんて分かってなかった」


 上梨に力を流し込んでもらっての「破魔」だったけれど、あんなに石に力を込められるなんて思ってなかった。普段の私の石の使い方では、石の力を十分に使っていないことを思い知らされたのだ。


「でもおばあさんは、行っていろいろ学ぶことはいいことだって言ってたぞ」

「うん、そうだね。上梨にはどこで学んでも役に立つって言ってたし」

「今回の俺の力は、力の強い人たちに刺激されての一時的な高まりだって言ってたな」

「それを普段から底上げしたいなら、修業が役に立つって」

「底上げかあ」

「ふふ、別に仕事にしてるわけじゃないもんね」


 上梨が私の頭に口元を付けた。


「つゆりはどうしたい?」

「ん?」

「おばあさんみたいに、困った人を助ける?困ったら酒々井に頼れって、あんなすごい人たちに言われるようなおばあさんみたいに」

「うーん」


 私は窓から規則的に流れて見える灯りを見ていた。


「今の私はおばあちゃんの足元にも及ばないと思うけど、私に助けられる人がいるなら助けてあげたい」

「そうか。じゃあ、俺もそんなつゆりを助ける人になるかな」

「うー」


 頼りになり過ぎるんです、この人は。


「私、もっと練習する」

「俺は、そうだなあ。せめて「見える」ようになるといいなあ」

「ふふふ。それはどうかなあ」


 確かに上梨が「見える」ようになるならそれに越したことはない。



 でも、私はこのままでもいいと思っている。



 二人で一人前。ううん。いつかは二人で二人前にも、三人前にもなれる気がする。



 それまでは、「見える」彼女と「見えない」彼氏もいいと思うんだ。




長い完結編となりました。お読みいただいた方々、ありがとうございました。

閑話やら修行編もぼちぼち続けたらと思っています。

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