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オヨバズ 完結編 【対決】




 男の子が一歩踏み出し手を前に伸ばした。その手が五方陣護法の壁に阻まれて、空中で止まった。


「上出来だ。先へ進むよ。桐野、後ろ見張って」

「はい、お任せ」


 男の子は黙って俺達の後を付いて来る。


 そのまま山道を登り続ける。


「次が来たよ」


 桐野さんが声を上げて思わず足が止まった。見れば男の子が二人に増えていた。


「構わず行くよ」


 歩き出そうとした途端、また桐野さんが叫んだ。


「増えてる」


 男の子が5人になった。



「オヨバズ?」



 全員が手を伸ばしてくる。一端辺で止まりかけた手が、ぐいっと押し込まれる。


「九字っ」


 中央の女性が叫んだ。


「臨、兵、闘、者、皆、陣、列、在、前」


 棒を持ったまま5人がそれを縦横に振った。言い終わると強い光が棒を結び、それに弾かれるように5人の子供の手が戻される。


「急ぐよ。さらに増えるようなら、須賀原、頼むよ」

「はい」


 さらに登るうちに子供は10人に増えた。須賀原さんが数珠を手にお経を唱え始めた。長方形の中全体が光を帯びたようになる。

 「見える」とこうした変化も全部分かるのか。元オカルトハンター豪は、子供が現れた時には少し恐怖の表情を浮かべたが、その後のこちらの対応に、それを目撃できたことの嬉しさがにじみ出ていた。


 山道を登り終える頃には一行に続く子供はなんと13人まで増えていた。

 気付けばジャージ姿の五人は汗だくだ。ずっと結界を張り続けるのは精神力を消耗するのだろう。


「後、少し、行けるかい?」

「もたせます」


 汗だけじゃなくて息も荒い。気付けば須賀原さんも汗をびっしりかいている。


 山道を登り終えると急に開けた。前方に朽ちかけた木造家屋。


 到着だ。


 近くに沼があるはずだ。


「あれだね」


 おばあさんの言葉に見れば、確かに沼らしきものがあった。水面からは何かの草がぼうぼうに伸びている。


「鹿嶋」

「はい」


 鹿嶋さんが鍋を出してその前に正座する。そこにペットボトルの水を入れた。どこかで入れて来た特別な水のようだ。


 鹿嶋さんは鍋の取っ手を撫で始めた。途端に水面が震えて音が響き始めた。どんどん震えが増幅して音も大きく鳴る。


 気付けば男の子達が消えている。


「つゆり、上梨君」

「は、はいっ」


 つゆりに寄り添って前へ出る。沼からぶわっと黒い染みが空中に湧き出る。大きい。ワゴン車よりも大きな黒い塊が蠢きながらこちらに迫ってくる。


「上梨」

「おう」


 俺はつゆりを後ろから抱きかかえるようにして腕を持ち、力を流し込んだ。


 つゆりの手の石が強烈な光を放ち始める。


「もっと」

「おう」


 俺は今まで以上に力を流し込んだ。するすると入っていく。


 眩しいほどの光を放つ石の光に照らされて、黒い塊の中で蠢くのが子供たちの顔だと分かった。


 それぞれが、苦しみ、悲しみ、怨み、そして泣いている顔だった。


「破魔」


 一瞬視界が真っ白になる。


 黒い塊は跡形もなく消し飛んだ。


「桐野っ」


 おばあさんが叫んだ。


 何だ?


 祓えてないのか?


 目の前の黒い塊は吹き飛んだはずだ。


 桐野さんが抜刀して走る先に、老人が立っていた。


「いえええええいっ」


 斜めに桐野さんが老人を斬った。


 その瞬間老人の姿が雲散霧消する。


 加茂さんに俺とつゆりは手を引かれて、集団に戻った。いつの間にかジャージ軍団が一列に並んでいた。手にはさっきまでとは違う金属製の棒があった。


「臨、兵、闘、者、皆、陣、列、在、前、破」

「闇ハラエ、魔フクセ、不動調伏」


 ぶわっとジャージ姿の列から光のカーテンのようなものが沼に向かって飛んだ。


 途中で老人が3人消し飛んだ。


 ジャージ軍団の一人ががっくりと膝を付いた。両隣に支えられてやっと立ち上がる。


「やった、のか?」


 元オカルトハンター豪が呟いた。


 違う。


 ぞわっと全身の毛穴が開いた気がした。


 つゆりがぎゅっとしがみついてきた。つゆりの手が震えている。


「上梨、怖い」

「ああ、俺もだ」


 膝が笑いそうになる。


 何だ?


 「オヨバズ」は祓えたんじゃないのか?


 沼から何かが浮かび上がった。


「ぬうっ」


 鍋を擦り続ける鹿嶋さんが唸った。見れば鍋の中の水が濁り始めている。


「酒々井さんっ、これはっ」

「こいつが本命だ。堂神」

「ふん。これを見越してたんだね、酒々井」


 堂神さんの連れの男女が筒を出そうとするのを堂神さんが制した。


「犬神が敵う相手じゃないよ」


 男女が筒をしまった。


 元オカルトハンター豪が叫んだ。


「加茂さんっ」


 彼の手にした期の人形はぐずぐずに崩れて彼の手から崩れ落ちて行く。


「おっと」


 加茂さんが彼の身体にぺたぺたとお札を貼った。


 前方に大きな光が生まれる。見ればそれは桐野さんの刀が光っているのだった。


「桐野っ。無理するんじゃないよっ」


 おばあさんの言葉を受けても桐野さんは構えを解かない。上に構える刀がさらに光る。


「宿れ剣聖、斬魔一刀っ」


 だんっと桐野さんが地を蹴った。


「いやあああああっ」


 黒い塊に光が奔った。しかし光が砕けて散った。


 その光に照らされた黒い塊の中心には、侍のようなものがいた。その侍に老人が、子供がすがりついていた。


「なんてこった」


 おばあさんが険しい顔になる。


 桐野さんが剣を納めて走って戻る。


「なによ、あれ」


 憎まれ口を言いながらも悔しさは隠せていない。肩で息をしているのは今の一撃を放ったせいだろう。


 入れ替わるように前に出た堂神さんが手をがばっと大きく広げた。


「堂神が無理なら引き上げるよ」


 その言葉に堂神さんの背中がぴくっと反応した。


「ほら、出て来なよ。久しぶりの大物だよっ」


 さらに呪文のような言葉を堂神さんが叫ぶと、ぶわっと堂神さんの身体から黒い塊が飛び出す。それが侍に襲い掛かった。


 堂神さんは身体の中に悪霊を隠していたのだ。だから普段は何も「見えない」のか。その行為そのものに寒気がする。


 黒い塊が二つもつれる。ぐちゃぐちゃっとなった瞬間にどちらもぱっと消えた。


「おおっ」


 元オカルトハンター豪が叫ぶ。


 祓えたのか?


「ダメだ。逃がした」


 苦しそうに堂神さんがそう言うとおばあさんの決断は早かった。


「逃げるよっ。加茂っ、時間稼ぎをっ」


 加茂さんがお札を投げるようにばらまく。


 俺達は来た山道を必死に下った。恐らく全員が無力感を感じているのではないか。誰も何も話さずに黙って足を進めた。


「待ちな」


 突然おばあさんが立ち止まった。


「井出羽の。結界で使った棒の予備は持ってるね」

「はい、あります」

「よこしな」

「え?は、はい」


 おばあさんが五本の木の棒を手にした。


「お前たちは先に行きな」

「ちょっと、おばあちゃん」


 つゆりが叫んだ。


「時間稼ぎにしかならない。それでもきっとギリギリだ。急ぎな」

「ダメだよ、そんなのっ」


 つゆりがおばあさんにしがみつく。


「離しな。あんた、ここの全員を危険にさらすつもりかい?」

「じゃ、じゃあ、私も残るっ」


 すでに堂神さん達は山道を下り始めた。


「上梨君、つゆりを頼むよ」

「今の俺なら見えます。俺が残るんじゃだめですか?」

「上梨、ゆずり葉、知ってるかい?」


 呼び捨てで言うおばあさんの視線が俺を射抜くように向けられた。


「分かりました。つゆり、行こう」

「やだっ。絶対やだっ」


 強引におばあさんからつゆりを引き離す。


「上梨っ。離してっ。離せっ。許さないよ、上梨っ。こんなのっ。こんなのダメだってばっ。上梨なんか嫌いだっ、離してってばっ」


 泣きながらつゆりが俺の手の中で暴れる。


 おばあさんが受け取った棒を地面に突き刺して並べた。


「つゆり。これも運命だよ。聞き分けな」


 すっとつゆりの抵抗が弱まった。


 俺はつゆりの手を掴んで強引に山を下り始めた。ぐすぐすと泣く声が聞こえるが無視する。


 急がないと。


 急がなければ。


 数分して山道の入り口まであと少しのところまで来た。木立の間に温泉街の光が見える。


「つゆり」


 つゆりは俺が呼び掛けても俯いて嗚咽を漏らすだけだ。


「加茂さん、すいません」

「何だ?」

「つゆりをお願いします」

「何だと?」


 俺はつゆりの顎を持って強引に顔を持ち上げてキスをした。そしてつゆりの身体を加茂さんに押し付けて、走り出した。


 向かうのは今下って来た山道。


「上梨っ」

「おいっ」


 追いすがる声を無視して山道を駆け上がる。


 国内でも屈指の面々に、すごいと言われた自分の力を信じるしかない。


 もしそんな力が本当に俺にあるなら、大切な人にとっての大切な人を守ることが出来るはずだ。


 山道の先に光る5本の柱が見える。


 手前におばあさんの影。


 5本の柱の向こうには「オヨバズ」が並んでいる。子供が5人、いや8人か。

 それぞれが手を伸ばして光の柱を突き抜けようとしている。その手の一本が今まさに光の柱の間を抜けておばあさんに届くところだった。


 ぱんんんんんんんっ


 思い切り手を叩いた。


 伸びていた手が引っ込められる。


 おばあさんが驚いた顔で振り返った。


「何してんだいっ」

「一緒に戻りましょう」


 俺はおばあさんの腕を持った。


 力を流し込む。


 やはり入った。


 つゆりほどではないが、力がすんなり入っていく。


「おっと、これは」


 おばあさんが驚きの声を上げ、光の柱が輝きを増す。手を伸ばしていた子供たちが手を引っ込め、さらに後ろに下がった。


「もう少し」

「はい」


 さらに俺は力を流し込む。


「臨、兵、闘、者、皆、陣、列、在、前、喝」


 おばあさんが指を縦横に素早く動かした。さらに五本の柱が光る。


「今だよっ」

「はいっ」


 俺とおばあさんは山道を転がるように下った。お年寄りとは思えない足運びで俺とさほど変わりない速度だ。


 山道の入り口が見えて来る。


 もう少しだ。


 山道の入り口の近くでつゆりが加茂さんに腕を掴まれているのが見えた。

 ジャージ軍団はみな、地面に座り込んでいる。


 桐野さんが俺達に手を振った。


 その表情が変わる。


 何かを叫ぶ。


 俺は思わず立ち止まった。


 背中に感じたのだ。



 ゆっくりと振り返る俺の後ろに老人が立っていた。




「サガスニオヨバズ」




 俺は無意識に振り返りざまに手刀を振った。


「いえええええいっ」


 イメージは桐野さん。


 手刀が触れると老人は一瞬で消えた。


 ぐいっと手を引かれる。須賀原さんと桐野さんだった。


「早くっ」

「あ、はい」


 無事に山道入り口まで出る。つゆりはおばあさんに抱きついて泣いている。


 加茂さんが香炉を並べて火をつけた。さらに札も貼る。鹿嶋さんが盛り塩をいくつも並べる。


 どかっと抱きつかれた。


「馬鹿上梨っ」


 俺はつゆりを抱きしめた。


 今更になって膝が笑い始めたのは山道のせいか、それとも安堵のせいか。





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