もう一つの愛を知った悪魔 後
あれから私はシイラと距離を置くようになった。
いつ溢れるか分からない気持ちを隠すために。
このまま隠していればいい。
そうすればいつか消える。
時々、シイラは紗乃をうかがうように見ていた。
そんなシイラを菜羽が見ていた。
だが終わりが訪れる。
深夜、高校の予習をしていると隣の部屋の窓が割れた音がした。光が、夜の闇を照らし、こちらの部屋まで眩しい。
私は何だろうと思い、時計を見た。
0時。時計の横にある卓上カレンダーの日付は10月18日。
菜羽の誕生日だ!!
私は慌てて菜羽の部屋に向かう。
****
菜羽は突きつけられる光の刃に微笑んでいた。
「どうして抵抗しない」
「しないよ。シイラだから。私の気持ち、体、命、全部シイラにあげる」
「分からない。どうしてお前は何度も殺される?」
「あなたが好きだから」
受け入れるように目を閉じた菜羽。
シイラはより一層光を強くし、菜羽に放った。
誕生日が近づくにつれて、私は前世の記憶を取り戻した。
どれもが彼への気持ちに溢れた生涯。
彼は私を何度も殺す。今の私を殺し、また次の私を殺すのだろう。
怖くなんかない。あなたの気持ちを独占したくて、来世でもあなたに逢いたくて私は殺される。
お姉ちゃんにも譲れないんだよ。
****
ばかばかばかばか、馬鹿!!
自分のことばっかり考えてて、今日のこと忘れるなんて。
願わくばこのドアを開けた時、菜羽が死んでいませんように――。
キィィイ、木製のドアが開いた。
そして凶悪とも言える輝かしき光の刃が菜羽に降りかかるのを見た時、紗乃は動いていた。
菜羽の前に影が割り込む。
「お姉ちゃん!?」
シイラは慌てて、光の刃をかき消す。
「お前は命が惜しくないのか!?」
「惜しいよ、それに怖い」
自分の命惜しさに、過去の紗乃のように『菜羽の変わりに私を殺して』なんて言えなかった。
生きるため、殺されないために、シイラの計画をつぶそうとしていた。
その紗乃が身を挺して菜羽を守る。
「でも、やっぱり菜羽には生きて欲しいと思ったのよ」
可愛い妹。心が綺麗で、性格もいい。
愛嬌もあって、友達が沢山いる。
うらやましくてしょうがなくて、憎らしくさえ思った。
けど、血を分けた姉妹が消えるのは、体の一部が欠けてしまうようで嫌だった。
「菜羽の変わりに私を殺して」
運命は繰り返される。
「そうか、お前も“サノ”だったんだな」
言外に失望したと言っている。
「何勘違いしてるのよ。私はね、この世の偉い人みたいに自己犠牲で死ぬつもりなんてないわ。いわば自分のためよ」
自己犠牲で人は散っていく。みんなのため、国のため。そんなの私はごめんだ。
シイラを菜羽を殺すという宿命から解放するため、菜羽に幸せな人生を送らせたいと願った私のために、私は死ぬ。
シイラは何百年も菜羽を愛している。
私は愛されていない。なら、愛されない者は何を願う。
愛したものの幸福だ。
シイラは何度も菜羽を殺すということに、苦痛を感じている。
本当は抵抗して欲しい、打ち破ってほしい。
けれど菜羽は愛ゆえに受け入れる。
なら、その輪廻を私が断ち切るしかない。
そうすれば菜羽を殺さない運命が、貴方を解放する。
「殺して、私を」
シイラは光を宿した手を振り上げる。
動く空気の音に、痛みに備えて目を閉じた。
温かい体温を感じる。私を抱きしめる腕があった。
耳元でこもったような声がする。
「殺せるはずがないだろ」
肩に何かが吸い込まれ、湿っていく。
まさか、……泣いてる?
「俺はお前と会えて楽しかった。お前と会えてよかったんだよ。お前は俺に歯向かい、自分の命に実に貪欲だったな。俺はそんなお前が好きだった。宿命から逃れられなくても、こんなやつが送る人生を見たいと思った。いや、見守りたかった。本当に困った時、ひっそりと助けるヒーローに、馬鹿みたいだけど、なりたかったんだよ。だけどお前は死ぬと言う。殺せるはずがない」
シイラが好きと言った。
私は愛されてる?
『好きなら見守ってやりなさいよ!』
昔そう言った。その愛され方だ。
独りよがりじゃない、大きな犠牲と自分の忍耐を強いられる、深い愛し方。
愛されたんだ。やっと獲得した愛に涙腺が緩む。
「どうして、私のこと好きって言ったじゃない!」
菜羽が嫉妬にまみれた女の顔で問う。
「ああ、好きだ。何度も殺してしまう程に。けれど狂ってたんだよ」
「それをシイラが言うの!?」
――そこまでです。
誰かの声が脳に響いた。
――あなたはようやく宿命から解放された。愛しき者を愛しいからこそ、殺す呪い。愛しいからこそ殺せないことで解かれたのです。あなたはようやく転生することが出来る。
「そんな……。このまま紗乃を見守ることは許されないのか?」
離れてしまう。そのことが悲しくて、少しでもシイラを目に焼きつけようとした。
すでにうっすらと消えかかる半透明な体が目に入る。
「シイラ、体が!」
シイラは透明になりつつある体にチッと舌打ちをし、紗乃を見た。
残り時間はあと少し。
「紗乃、来世でまた逢おう!」
そう言い残して彼は消えた。
うん、来世で逢おう。
あれから、姉妹関係は少し気まずくなった。
話さない日が続いていたにも関わらず、何故か菜羽が話しかけてきた。
「お姉ちゃん、私のクラスに転校生が来たんだよ」
その彼と会わせてくれるようだ。
急いでいるのか早く早くと急かしてくる。
屋上の階段を登っていく。
そしてドアを開けると日の光が射し込んで来た。
目に広がるのは青い空。
そしてその下には、彼がいた。
私は駈け出した。転けそうになった私を、彼が抱きとめる。
「おかえり!」
「ただいま、紗乃」
彼の優しい笑顔、姉の心からの笑みに、菜羽はかなわないなとため息をついて屋上を去った。
ううん。もう、終わったんだ。
これで新しい恋に踏み出せる。
太陽の日差しに、後押しされている気がした。
自サイトにのせている小説を修正したものです。
シイラとの出会い、誕生日のシイラの選択を書きたかった作品です。
読んでいただき、ありがとうございました。