〈7-6〉壊れてしまっても
アストルフォへと向けて空を駆けるリゼット達。
ガヌロン王国を発ってからしばらく経ち、もはや見慣れた景色が瞳の中に移る。
「…………………もうすぐ」
「もう着くのかい?便利な魔法だ、オレも欲しいくらいだよ」
「…………………ありがとう」
リベリオは自身の隣を飛ぶ人形に、目を輝かせる。
そんな彼を、スピカは疑いの目で見つめた。
ワクスとリベリオ。
二人の言葉は真っ向から食い違っている。
どちらが嘘を吐いているのか。それとも、自分達の知らない何かがまだ隠されているのか。
答えは分からない。
けれど、二人を直接会わせることができれば何かが分かるかもしれない。
「戻ったら、まず学園長室に向かいましょ」
スピカの言葉に、それぞれが大きく頷いた。
その時だった。
「…………………?」
リゼットが僅かに目を細めた。
人形によって飛び続けていた身体が、ほんの少しだけ速度を落とす。
「どうしたの、リゼット?」
どこか様子の変化を感じ取ったスピカが問いかける。
「…………………煙」
「え?」
全員の視線が前方へと向けられる。
その視線の先には、大きな煙が広がっていた。
「なにあれ!!火事かな!!?」
シキが目を見開いて叫ぶ。
「いや、それどころじゃねぇぞ…」
アルケーが眉を顰め、その先を見つめた。
黒煙は広い範囲から立ち昇り、空を覆うようにゆっくりと広がっている。
そして、その場所はリゼット達が誰よりも知っている場所だった。
「も、もしかして………」
ヴェーターの声が震える。
彼の頭の中では既に、最悪の事態を想像していた。
「リゼット、急いで」
「…………………うん」
人形から放たれる風が六人とリベリオを包み、一気に空を駆け抜けた。
そして
黒煙の立ち込める場所、アストルフォの街へ辿り着いた。
「………………」
何も言えなかった。
見慣れた街並みがどこにもなく、何度も歩いた道が途切れている。
立ち並んでいた建物は崩れ落ち、瓦礫の隙間から黒煙が立ち昇っていた。
六人がこの場所を発つまでは何の変化も無かった普通の街。
それが今、既に無くなっていた。
「嘘だよね…」
明るさを失ったシキの声が、風の音に掻き消される。
ただ、眼下に広がる光景を見つめていた。
「…………………」
リゼットの瞳が揺れる。
そして、その視線が一つの場所へと向けられた。
六人が帰ろうとしていた場所、エウケー魔法学園。
「……………………どうして…」
学園は大きく崩れていた。
校舎は大きく抉られ、壁は崩れ落ち、幾つもの窓が砕け散っている。
かつて生徒達の声で溢れていたその場所に、もう以前の面影は残されていなかった。
「何があったんだよ…」
アルケーが声を漏らす。
「嘘だよ、こんなのウソだよ!だってうちら、ちょっと出てただけじゃん!!そうだよね!!!」
シキの叫びに、誰も答えられなかった。
「さっきまで、普通だったじゃん…」
シキの声が震える。
彼女の言葉に誰も声をかけることができず、ただ沈黙だけが訪れた。
ただ黒い煙だけが、壊れたアストルフォの空へと昇っていく。
自分達が真相を追いかけていたその僅かな時間。
たったその時間に、帰るはずだった場所はもう失われていた。
「たす…けて………」
瓦礫の下、その隙間から微かな声が聞こえる。
「だれ…か………」
声のなる方へ視線を向けると、そこには瓦礫の下敷きになった少女がいた。
彼女だけではない。
「そこにいるのか…誰か助けてくれ……」
「嫌だ、俺はまだ死にたくない……」
数人、まだ声が聞こえる。
炎が立ち込め、そして血溜まりと化したこの街にもまだ、生きている者がいる。
「みんな!!」
慌ててシキが飛び出す。
彼女に続き、リゼット達もその場へと向かった。
「リゼット、瓦礫をどかすわよ」
「………………わかった」
スピカの指示で、リゼットは人形を複製し風魔法で瓦礫を宙に浮かせる。
スピカも天球魔法で瓦礫をその軌道に乗せた。
「皆さん!怪我人の手当は私に任せてください!」
ラミアは操血魔法をつかって怪我人の手当を行う。
「ゴーストちゃん!一緒に怪我してる人を探すよ!!」
「なら俺はラミアのとこへ運ぶ」
「オレも手伝うよ」
「僕は炎がこっちに来ないようにするよ」
シキは幽霊と一緒に怪我人探し、それをアルケーとリベリオがラミアの元へ運び、ヴェーターは拒絶魔法で周囲の炎が広がらぬよう防御する。
それぞれがアストルフォの被害をこれ以上大きくしないため、最善の行動を尽くした。
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そして
「生き残ったのはたったの十三人。むしろこの被害で十三人助けられたのが奇跡なくらいだわ」
「せ、先生もみんな死んじゃったし…」
「クソ…」
壊滅してしまったアストルフォの街で生き残ったのはたったこれだけだった。
リゼット達の到着が遅れていたら誰一人として生き残った者はいなかったであろう。
教師は全員亡くなっており、死者の中には自分達のよく知る顔が沢山あった。
「なんで…なんでよ……」
シキが静かに涙を流す。
彼女の口から発された震える声が、彼女の無念と後悔を表していた。
「うちらが!うちらが最初から騙されてなければ!!うちらがここを離れてなければ!!!こんなことにならなかったのに!!!!」
街に響くシキの声。
彼女は大粒の涙を流しながら、その拳を震わせる。
「こんなの!こんなの酷いよ!!こんなことになるんなら、うちが!うちが死んだ方が」
「シキ!!!」
パシンっ!
シキがそう言いかけた時、スピカの手が思い切り頬を叩いた。
いつものデコピンとは違う。この痛みは彼女が本気で怒っている証拠だった。
「あなた、今何を言おうとした」
静かに、冷たく放たれるその言葉。
シキはスピカを見つめると、その瞳は鋭く、そして本気で怒っていることが伝わる。
「だって…だってこんなことになっちゃったんだよ!!」
「わかってる。辛いのはわかってる。自分を責めたくなるのもわかる。けれど、あなたがこんなんでどうするの。あなたはいつも笑顔で、空気が読めなくて、いつまでもバカで、そして明るくて。そんなあなたが悲観になったら、本当に絶望しか残らないわ」
スピカの言葉。
本気で叱ってくれるその言葉が、すごく温かい。
凄く冷たい視線なのに、どうしてだろうか。彼女の言葉に、シキには温もりを感じていた。
「普通の日常は壊れてしまった。だからこそ、普通でいましょ」
「普通に?」
「ええ。アストルフォの街は壊れちゃったけど、それでも残されたものはここにある。みんなでこの十三人を助けた。だから、最後は笑って過ごしましょ」
スピカの言葉で、シキは再び前を向く。
涙を拭い、頬を叩く。
「ごめん!うち、変なこと言った!!」
「いつもだろバカ」
「アルケー!余計なこと言わなくていいの!!!」
そんないつも通りのやり取りに、小さな笑いが起こる。
暗いはずの空気に、少しだけ小さな光が出来た気がしていた。
「……………普通に…」
その光景を、少し離れた場所から眺めるリゼット。
「……………壊れても…普通に……生きていい…」
誰にも聞こえないほどに小さく呟かれたその言葉。
それは、リゼットの心を小さく揺れ動かす。
「…………………あのっ…」
リゼットはそう言いかけた。
けれど言えなかった。まだ、怖かった。
これを話したら全てが終わってしまう。その恐怖が、まだ彼女の心を締め付けていた。




