白魔道士?
白と赤の髪をした、偉そうな男。
そいつの横を、
俺は小走りで通り抜けようとしていた。
俺が戦っても意味がない
戦力にならないからだ
俺の役目は、先へ進むことだ。
男は、俺を見ていなかった。
視線はミーナたちに向いている。
……いける。
簡単に通れそうだった。
俺は走りながら、男の様子をちらりと盗み見る。
だが――妙だった。
視線は向けられていないのに。
なぜか、見られている気がする。
監視されているような。
背筋が、ぞわりとした。
(……なんだ?)
ふと頭をよぎる。
(これも、“感”ってやつか……?)
俺には分からない。
だが、男の口角がわずかに上がった。
「通さないって……言ったけどね」
その瞬間。
男の視線が、ゆっくり俺の方へ向いた。
――まずい。
そう思った、次の瞬間。
ガガガガッ!!
地面が裂けた。
土の中から、無数の刃が突き出る。
男を囲むように現れ、そのまま四方を封じた。
「……っ」
男の身体が止まる。
明らかに、男の意思じゃない。
咄嗟に後ろを振り返る。
そこには――
地面に手をついたミーナがいた。
(……ミーナの魔法か)
そして、その魔法には見覚えがあった。
ライナとの戦い。
あいつが使っていた、刃の魔法。
(会得したのか……?)
(それとも、元から使えたのか?)
分からない。
でも――助かった。
俺はミーナの援護に感謝しながら、
そのまま走り抜けた。
男の姿が、どんどん小さくなっていく。
その時、男の言葉を思い出す。
――俺の連れが先に向かってる。
(連れ……)
見覚えがあった
白と赤の、あまりにも目立つ髪。
船に乗る前。
リオンが「あいつ強いよ」と言っていた男女。
そして――グラッドがナンパしていた女。
(……なるほど)
つまり、あの男の言う“連れ”は、あの女だ。
雪みたいに白い肌に細い身体
どう見ても、前衛タイプには見えなかった。
(……うん)
(逃げられるな)
俺はそう判断し、迷わず前へ進む。
だが、一つだけ引っかかることがあった。
(……あの男)
(あんな感じだったか?)
船で見た時は、もっと猫背で。
もっと自信なさそうな男だった気がする。
今のあいつは、別人みたいに堂々としていた。
……気のせいか?
分からない。
だが、立ち止まる理由にはならない。
俺は警戒しながらも――
宝箱を目指して、さらに森の奥へ進んだ。
※
「……ふぅ。逃がしたか」
赤と白の髪をしたオールバックの男が、小さくつぶやいた。
だが、その顔に悔しさはない。
むしろ――余裕だった。
獲物を逃したはずなのに、自信に満ちた笑みを浮かべている。
その表情を見た瞬間。
ミーナの額から、つぅ……と汗が流れた。
「まぁ、すぐ追いかければいいかな」
男はポケットに手を入れたまま、軽く首を鳴らす。
「俺に負けて、そこで這いつくばるか」
「それとも、抵抗しないか」
「好きな方を選んでいいよ」
ミーナは答えなかった。
答えなんて、最初から決まっている。
――戦う。
そのはずだった。
だが。
男から溢れ出る魔力。
そして、“感”で触れてしまった、その圧倒的な質と量。
ミーナの身体が、ほんのわずかに萎縮していた。
――バチッ。
――バチ、バチバチッ。
その時だった。
隣から雷鳴のような音が響いた。
リオンの身体から、雷が溢れていた。
青白い電流が、腕から肩へ、全身を走っている。
ミーナは、その音で我に返った。
迷いが消える。
剣を構える。
「……そうですよね」
小さく呟く。
「引くなんて、ありえませんよね」
ミーナの目が鋭くなる。
「私たちは――バスタル様を追いかけます」
「英雄を目指す者として」
男は笑った。
「悪くない」
「じゃあ――始めようか」
その言葉が終わるより先だった。
――ドンッ!!
リオンの姿が消えた。
十メートル近くあった距離を、たった二歩で詰める。
(……速い!)
ミーナですら、そう感じた。
だが。
男は、まるで予測していたかのように動く。
バチィィィン!!
リオンの拳と、男の腕が激突した。
雷光が弾け、轟音が響く。
だが――男は痺れた様子すらない。
リオンも男も引かない。
何度も、何度も拳をぶつけ合う。
衝撃と電撃で、周囲の木々が揺れた。
(……纏っている魔力が、多い)
ミーナは瞬時に分析する。
“纏”。
魔力操作の基礎。
身体に魔力を纏い、身体能力を強化し、魔法耐性を高める技術。
だが。
魔力を流しすぎれば、自分の身体すら壊す。
それが常識のはずだった。
なのに――
(あの男……)
細身で、どちらかと言えば貧弱に見える。
それなのに。
纏っている魔力量は、リオンよりも多い。
――ミーナよりも。
ミーナは後方で静かに構えた。
鞘はない。
だが、その姿は抜刀の構えそのものだった。
剣に、限界まで魔力を流し込む。
同時に、ミーナ自身も“纏”を発動する。
そして並行して、“感”を広げる。
視覚でもない。
聴覚でもない。
五感を超えた、魔力感知。
わずかな隙を見つけるために。
ただ待つ。
その一瞬を。
そして――
バチィ!!
リオンの雷が弾けた。
その閃光で、男が一瞬だけ目を閉じる。
「しゃがんで!!」
ミーナが叫ぶ。
リオンは即座に従った。
その瞬間。
ミーナの剣が、横薙ぎに振り抜かれる。
――伸びた。
剣の幅はそのまま。
長さだけが、一気に男へ届く距離まで伸びる。
巨大な刃。
男は焦ることなく、笑った。
「……面白い」
右腕に、魔力を集中させる。
ガギィィィン!!
男の腕と、ミーナの剣が激突した。
剣は男の腕に食い込む。
半分ほどまで深く抉る。
血が飛び散る。
だが――切断には至らない。
「……っ!?」
ミーナの目が見開かれる。
(避けられたはず……!)
ミーナの計算では。
男ほどの魔力操作なら、足に魔力を集中させれば回避は可能だった。
だから狙いは、回避させること。
避けた瞬間に、体勢を崩すことだった。
だが。
男は――受けた。
自分の肉体が傷つくことに、一切の躊躇もなく。
男は笑ったまま、さらに右腕へ魔力を流し込む。
「なかなかだね」
次の瞬間。
ゴォン!!
剣が、男の腕から無理やり弾かれる。
血が飛び散る。
だが男は、まるで気にしていない。
そして、その右腕は――
しゃがんでいたリオンへ振り抜かれた。
「……っ!」
リオンは反応した。
腕をクロスして受ける。
だが。
メキメキッ!!
骨が軋む音が、森に響いた。
そのままリオンの身体は、地面を削りながら吹き飛ばされる。
「リオンさん!」
ミーナの視線が、一瞬そちらへ向く。
「……よそ見していいの?」
男の声が、森の中に響いた。
ミーナは即座に前を見る。
だが――
男は動いていなかった。
そこに立ったまま、ニヤリと笑っている。
そして。
血が流れ、深く抉れていた右腕へ、左手を添える。
数秒後。
傷が――消えた。
何事もなかったかのように。
「……っ」
ミーナは言葉を失う。
男は髪をかき上げ、自信たっぷりに笑った。
「驚いた?」
「俺――白魔道士だからね」
そう言って、男はゆっくり構え直す。
「さぁ」
「次は――君の力を見せてくれ」
吹き飛ばされたリオンの意識があるのかは、分からない。
それでも。
ミーナの瞳に、迷いはなかった。
剣を握る力が、さらに強くなった




