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翌朝も、いつも通りだった。
寮を出て教室に向かっている途中、すれ違う人に指を指され、陰口を叩かれる。
仕方がない。
平民だから、地味だから、皆と違うから。
だからしょうがないことなのだ。
それらのことを、学園に入学してからメリアは学んだ。
ヒソヒソ聞こえてくる声に耐えながら教室に入ると、教室にいた皆の視線が一斉にこちらを向いた。
ふと、違和感を覚える。
いつもは、教室に入った瞬間、こんなに視線を集めることなんてないのに。
いつもと違う点に若干戸惑ったものの、メリアは適当に席へ座った。
「平民風情が……。失礼とは思わないのか? 」
「どんな罰を受けることになるのでしょうね」
「さすがに今回の件は……」
それは、いつもの悪口。
でも、内容はいつもと少し違っていた。
失礼? 罰? 今回の件?
メリアが誰かに失礼な行いをして罰を受ける、ということだろうか。
だが、生憎メリアは誰かに失礼なことをした覚えはない。
目立たないように細々と生きているメリアは、そもそもあまり人との関わりがないのに。
頭に? マークを浮かべていると、教室の扉が開く音がした。
そちらを見ると、ヨナが複数の友達と談笑しながら入ってきた。
声をかけようかと思ったが、話を邪魔してしまっては悪い。
授業はメリアの隣に座ってくれるから、それで良い。
それだけで、十分だ。
「それでは皆様席についてー」
授業開始を知らせる鐘が鳴ると同時に先生が入ってきて、生徒達は各自席へ着く。
どこでも良いと適当に座る人。
前の方は嫌だと後ろに座る人。
仲が良い人同士で座る人。
「隣、良い? 」
「あ、はい……」
それは、ヨナの声じゃなかった。
メリアの許可を得たアイビーが、隣に教科書を置く。
「それでは前回の復習からはいりますが――」
先生が教科書を捲り授業を始めるなか、メリアはチラリと後ろに視線を向けた。
そこには、真面目な顔で授業を一生懸命聞いているヨナがいる。
メリアとは離れた位置に、ヨナはいた。
アイビーが隣に座ったから、遠慮したのか。
いや、アイビーは授業が始まるギリギリに声をかけてきた。
ヨナは早い時間帯に「お隣、良いかしら? 」と言ってくれる。
今日は友達と話していて遅くなった?
いやでも……。
思考を巡らせるも、答えはでない。
その時、ヨナと一瞬目が合った……が、ふいっと直ぐに逸らされる。
いつもなら、目が合えば笑いかけてくれたのに……。
「アルストロさん? 聞いていますか? 」
「あ、すみません……」
慌てて教科書に視線を戻すも、意識までは戻らない。
その日、どの授業でもヨナがメリアの隣に来ることはなく。
それどころか、ヨナはメリアに一言も話しかけてこなかった。
「メリア・アルストロ! ちょっといいかしら? 」
放課後、生徒会室に行く途中メリアを強い口調で引き止めたのは、この学園内で最もメリアを嫌っているであろう人物、ミアだった。
すれ違った時等に声をかけられることはあるが、こんな風にわざわざメリアの所に来ることはあまりない。
「なんですか? 」
「どういうつもりよ」
どういうつもり?
何のことだろう。
「惚けても無駄よ。あなたが行ったことは、既に学園中に知られているのだから」
「え……? あの、本当に何……」
「しらばっくれないでくださる!? あなたがヤナギ様の悪口を言っていたことよ! 」
怒っている、けれどどこか余裕のある笑みを浮かべているミアに、メリアは思わず「は……? 」と返してしまう。
「ヤナギ様のことを悪く言っていたのでしょう!? あなたみたいな分際で、よくも……! 」
「ちょ、ちょっと待ってください! 私はそんなこと言っていません! 」
「知らないフリをするおつもり? 貴方がヤナギ様について話していたこと、聞いた人がいるって言うんだから! 」
「だからっ、私はそんなことしてな……」
「お黙りなさい! 」
ミアがより強い口調でメリアを責め立てる。
「あなた、自分の立場分かってるの!? 」
「そうよ! 恥を知りなさい! 」
周りにいた取り巻き達も、メリアがヤナギのことを悪く言ったと信じている。
今朝言われた悪口の意味が、ようやく分かった。
ヤナギの悪口を言ったなんて、平民風情が失礼極まりない。
どんな罰を受けるのだろう。
皆、そう言っていたのだ。
メリアはそんなことしていないのに。
何故かそんな噂が広まっている。
「それで、どう落とし前をつけるつもりよ? 」
「まさかとは思うけれど、これ以上ここに居座るつもりじゃないでしょうね? 」
「ここ……? 」
「学園から出ていけってことよ! あなたみたいな子がいること自体、最初からおかしかったのよ! 良い? ここは貴族の学園なの! 貴方、自分が場違いだってことに気づかなかったのかしら!? 」
「ここは、貴族の学園じゃありません! 受験に合格すれば、平民でもいて良いはずです! 」
「この私に口答えする気!? 」
ミアがメリアの頬をバシッと叩く。
じんじん痛む頬を右手で抑えながら、下を向いた。
「調子にのらないように」
ここは廊下だ。今は人なんてメリアとミア達しかいないが、手をあげたことが見つかれば困ると思ったのか、ミアはそう言って取り巻きと共に去っていった。
「……なんで」
気づかないうちに、メリアの知らないところで勝手な噂が出来ている。
勿論メリアはヤナギのことを悪く言った覚えはないし、失礼なことだってしていない。
誰かが嘘を振りまいた?
メリアを陥れるために?
一体誰が……いや、そんなまさか……でも……。
その時、頭に過ぎった1人の人物。
昨日、ヤナギのことで話していた人物。
もしかして、彼女が……。
「メリア! 」
大きな声で名前を呼ばれたかと思うと、肩を力強く掴まれる。
咄嗟のことだったのでビクッと身体を震わせると、「あ、すまない……」と手を離した。
「アイビー……様? 」
走ってきたのかハァハァと息を乱すアイビーは、心配そうにメリアの瞳をじっと見る。
「あの噂のことなんだが……」
アイビーの口から出てきた言葉に、心が不安で埋め尽くされる。
アイビーも、あの噂を信じているのだろうか。
「ち、ちが……私は……」
震える声で何とか弁明しようと言葉を紡ぐも、言いたいことは中々出てこない。
「大丈夫だ。あんなの嘘だって、分かってるから。俺はただ、嘘だっていう確認をしたかっただけ。大丈夫。後は俺が、何とかするから」
「私のこと、信じて……くれるんですか? 」
アイビーの目を見ると、ふわりと笑った。
「信じるよ。当たり前だろ? 」
良かった。アイビーはメリアのことを信じてくれていた。
そのことにほっとしたのか、肩の力が抜けてへなへなとその場に座り込む。
「よ、よかっ……。私っ、誰にも信じて……」
安心したメリアの背中を、アイビーが優しく撫でてくれた。
「それじゃあ、後は俺に任せてメリアは生徒会室に行って、造花作りを進めてくれ。皆いると思うから」
それは、とても頼れる言葉だった。
安心して寄りかかれる言葉で、ついつい甘えてしまいそうになる。
でも……。
「いえ。もう大丈夫です」
ふわりと笑って、メリアは言った。
「この件に関してはもう……いいんです」
クビを横に振りながら言うと、アイビーは目を丸くした。
「何故だ? このままじゃ、メリアは……」
「私が嫌われてるのは、元からですし。今更弁明なんて、必要ありません。それに……」
アイビーは信じてくれている、それが分かっただけで十分だ。
「メリア? 」
「いえ、何でも。それじゃあアイビー様、一緒に生徒会室に行きましょう? 」
蟠りが完全に消えたわけではない。
だが、何よりこれ以上アイビーに迷惑をかけるわけにはいかなかった。
アイビーには、虐められている時助けて貰ったり、話を聞いて貰ったりしていた。
また頼ってしまうのは、申し訳ない。
「……分かった」
口ではそう言いつつも、顔は納得していないと書いてある。
そんなアイビーに大丈夫だとニッコリ笑いかけると、アイビーの目元がふっと和らいだ。
でも、その目はどこか心配そうな色を帯びているように見えた。
例え悪口を言われても、虐められても、信じてくれる人がいるならそれで良い。
メリアが虐められるのは、仕方のないこと。
平民である以上、差別されるのはしょうがない。
周りと違って1人ワンピースだし、地味だし、のろま。
淑女のマナーだってなってない。
そんなメリアは、虐められて当然なのだから……。




