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ヨナは、優しくて良い子だ。
頭も良くて淑女としてのマナーも完璧だし、しっかりしているから周りからの信頼も厚い。
可愛くて友達も多いし、メリアとも一緒にいてくれる。
「メリアさんは、何が好きなの? 」
「メリアさん、次の授業一緒に行きましょう」
ヨナの言葉一つ一つは、メリアを嬉しい気持ちに指せるのには十分だった。
でも――。
ヨナはやめといた方が良い。
そう言ったシードに、直ぐに反論できない自分がいた。
そんなことない、ヨナは良い子だ。
そう言えなかった。
思い当たる節が、一つだけあったから。
あの時の、背筋が凍るかと思うほどの冷たい瞳をしたヨナを思い返して、メリアはギュッと自分の身体を抱きしめた。
震える声で小さく言った「どうしてですか? 」に、シードは何て答えるべきか悩みながらも言葉を紡ぐ。
「……前、僕あの人に声をかけたことがあるんだよ。可愛かったから、一緒にお茶でもどうですか? って誘って」
「シード様らしい理由ですね」
「でしょ? 」
シードが「ははっ」と乾いた笑い声を漏らす。
目は、全く笑っていなかった。
「最初は上手くいってたんだよ? 部屋にまで案内してもらって。でも、名前聞かれて……僕が男爵家の人間だって分かった途端、手のひら返してすごい怒られた。男爵家の癖にって、ほっぺまで叩かれたよ。その子がヨナ様だって知ったのは、そのすぐ後。男達が噂で話してるのを聞いて。まぁ、可愛かったからね。おまけに彼女、まだ婚約者いないみたいだったし」
「……でもヨナ様は、私に声をかけてくれました。私のこと知らない人なんて、この学園にいないんじゃないですか? 」
勿論、悪い方の意味で。
平民であるメリアが目立たないはずがない。
入学したての頃は自分が学園で注目されているなんて思ってもみなかったが、もう7月。通い始めて約2ヶ月半。
悪い方で知られている、なんてこと嫌でも理解していた。
もし本当にヨナが男爵家を嫌うはずなら、平民なんてもっと嫌うはずだ。
わざわざ声をかけたりなんてしないだろう。
「さぁ……? どういう意図があってメリアちゃんに声をかけたのかは僕には分からない。でもね、これだけは知っておいてほしいんだ。ヨナ様には、あんまり近づかない方が良いと思う。こういっちゃなんだけど、彼女、性格良いとはあんまり言えないから。これは僕個人の意見にはなっちゃうんだけど……。でも、危機感は持っておいて」
「でも、でも、ヨナ様は……」
何か言おうと口を開くも、言葉は何も出てこない。
ヨナを信じたいのに……。
焦るメリアに、シードが頭にポンと手を置いた。
そして優しく撫でてくれる。
「ごめんね。せっかくできた新しい友達らしいから、あんまこういうこと言うのもどうかとは思ったんだけど……。ま、性格の善し悪しとかは、僕個人の見解に過ぎないし。軽く流す程度で良いから」
「……はい」
「じゃ、行こっか」
シードが生徒会室の扉を開き、「お待たせしました〜」と言って入っていくのを、メリアは暫くぼーっと眺めていた。
ヨナは友達だ。
それに、今シードが言ったようなヨナを、メリアはまだ見ていない。
実際に見ていないものをシードの言葉だけで信じるのもどうかと思った。
別にシードを信じていないわけではない。
ないのだが、ヨナを信じたかった。
「メリアさん? 」
今日の授業が全て終わり、2人で教室へ向かっている途中、ヨナは心配そうにメリアの顔を覗き込んできた。
「あ、すみません……少し考え事してて」
「そう? 何か悩みがあるなら言ってね? 力になるから」
「はい。ありがとうございます」
相談してほしいと言ってきたヨナは、如何にも頼れる女性という感じだ。
悪意なんて感じられない、優しい瞳をしている。
「見なさいあれ……」
「ヨナ様もお優しいわよね。あんな平民に付き合ってるなんて」
「あの子が無理やりヨナ様と一緒にいるのではなくて? だって、いくらお優しいヨナ様でも普通あんな地味な子と一緒にいたりはしないでしょう? 」
廊下の端々から、そんな声が聞こえてくる。
ヨナと一緒にいるメリアを見て、嫌な目を向けている。
その視線に耐えるように、メリアは下を向いて歩いた。
「メリアさん、大丈夫。気にしなくていいわあんなの」
「ヨナ様……」
俯いていた顔を上げヨナを見ると、ニッコリした優しい瞳とぶつかった。
なんだ、やっぱりヨナは良い子じゃないか。
「大丈夫です。平民だから嫌われるのは、仕方のないことですし……。それに、ありがとうございます。ヨナ様も、こんな私と一緒にいてくれて」
「メリアさん……」
するとヨナは私の手を握って「行きましょうか」と言った。
メリアは「はい」と答えるつもりだったが、前方から見知った女性が歩いてくるのを見つけた。
「ハラン様……」
そう呟くと同時に、弾かれたようにヨナもヤナギを見た。
優雅に歩いてくるヤナギは、周りの目を惹き付けていた。
ヤナギも、ヨナに負けないくらいの美少女だ。
サラサラの長い黒髪に、赤いリボンが左右に2つ。
キリッとした目付きは、メリアにはとてもカッコよく映った。
紫色のドレスも、ヤナギによく似合っている。
生まれつきのくせっ毛と地味な顔立ち、ドレスなんて持ってないピンクのワンピースを着ているメリアとは、随分と対照的だ。
「あらヤナギ様、ごきげんよう」
「ヨナ様、ごきげんよう」
ヨナとヤナギが2人並ぶと、とても絵になる。
ここはお城の舞踏会かと勘違いしてしまいそうになるほどだった。
挨拶だけして、ヤナギはまた歩き出す。
ヤナギこそいつもの無表情だったが、通り過ぎるヤナギを、ヨナは睨むように目で追っていた。
その目を見て、メリアの背筋にまた冷たいものが走る。
「ヨナ様」
「なあに? メリアさん」
何でもないように、ヨナは微笑んだ。
「ヨナ様は……ハラン様のこと、どう思ってるんですか? 」
何故ヤナギを見る時だけ険しい顔になるのか。そうは聞けず、あえてどう思っているのかと聞いた。
聞いてしまった。
どんな返答がくるのか、正直恐い。
でも、聞いておきたかった。
ヨナのことを、信じるために。
ヨナは少しだけ考える素振りを見せた後、ふわりと笑顔になって答えた。
「そうね。正直なところ、あまり好きではないわね」
それは、笑顔で言うこととはかけ離れている返答だった。
身体の熱が、急激に冷えていく。
「え……? 」
「だってそうでしょう? 我儘で思い通りにならないと直ぐに癇癪を起こす。そんな人、少なくとも私は嫌いだわ」
「ですが、ハラン様はそういう人ではありませんよ……? ハラン様はいつだって真面目で、文化祭委員でだって、私を助けてくれたり……」
「メリアさん、あなた騙されているんじゃない? 」
「え? 」
思ってもみなかった言葉に、固まってしまう。
「だってメリアさん、よく悪口を言われていたじゃない。私、知ってるのよ? 入学した時からずっと、ヤナギ様が貴方を嫌っていること」
「そ、それは……」
「メリアさんもヤナギ様のこと、嫌いでしょう? あんなに虐められているのだから。私、メリアさんのことが心配なの」
ヨナは、こんな自分を心配してくれている。
そのことはとても嬉しいのだが、何かが違う。そんな気がした。
「メリアさんは優しいから、ヤナギ様のことを庇ってらっしゃるのね。でも良いの。私の前ではそんなことしなくて良いのよ? 私、もう辛そうな貴方を見たくないのよ」
この人は、何を言っているのだろう。
違う。メリアは、そんなこと思っていない。
ヤナギのことは、嫌いじゃないのに。
虐めみたいなことはされているけれど、嫌いにはならない。
「あの、私は別に、嫌ってないです……」
「でも、虐められていたことは確かよね? 」
「それは……はい」
入学した当初は、虐められていた。
でも、今は……。
造花作りを手伝ってくれた、ヤナギを思い出す。
メリアのことを睨んだり、嫌そうな目で見たりしない。
「メリアさん、正直に言っていいのよ? 私は……」
「すみません」
心配してくれているのは分かる。
メリアを、想ってくれているのだということも分かっていた。
「私、先に教室行ってますね……。今日は生徒会室に、早く行かなきゃ行けない日なので」
だから、その想いを大切にしたくて、メリアはそう言った。
「……そう。分かったわ、じゃあね」
「はい、さようなら」
廊下を走って教室へ向かう。
あれ以上、ヨナと一緒にいたくなかった。
あんなふうにヤナギの話題をしていたくなかった。
教室に入り、自分の荷物を持って逃げるように生徒会室への道のりを進む。
遠くからのヨナの視線に、気づかないフリをしながら。




