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悪役令嬢に転生したので職務を全うすることにしました  作者: 白咲実空
第六章 縁の下の力持ち
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「だーかーらっ! 僕はちゃんと真面目にやってるっての! そっちが不真面目なだけじゃないですか? 」

「あぁ? 不真面目なんて言葉、おまえにだけは言われたくないなソード! 」

「ソードって誰ですか! 僕の名前はシード! ほんっと人の名前を覚えませんよねケルミア様は! 」

「誰がケルミアだ! 俺はカルミアだ! おまえ、わざと間違えただろう!? 」

「あれ〜? そうでしたっけ〜? 」

文化祭の準備が始まってから早2日。

そこには睨み合いながら口論を繰り返すシードとカルミアの姿があった。

「遅くなってすまんな……って、また喧嘩してるのか。昨日初めてあったばかりだというのに……」

生徒会室に入ってきたブレイブが呆れたような目を2人に向けると、カルミアは心外だと言わんばかりに口を開いた。

「ブレイブ、俺が悪いのではない! 全てはこいつが原因だ! 見ろ! 俺が作った薔薇が、こいつのせいでこんなことになってしまったんだぞ!? 」

カルミアの手にはぐしょぐしょに濡れてしまった状態の布の塊が幾つもあった。

もはや薔薇の原型を留めていない。

「それ、どうしたんだ? 」

「シードが俺の薔薇を手に持って窓際にいたら、こいつ、薔薇を窓の外に落としたんですよ? そしたら運悪く中庭の噴水に落ちて……」

「落としたんじゃありませんー! 落ちたんですー! 急に強い風が吹いたんですー! 」

「わかったわかった。だいたいの話はわかったから。で? 何で落ちた薔薇が1本ではなく複数なんだ? それも結構な量……」

ブレイブの言った通り、カルミアの手にある薔薇の残骸は複数あり、更には作業机の上にもまだ山のようにあった。

「落ちた薔薇が木にひっかかっていて、手を伸ばしても届きそうになかったので……。なんか届きそうな物ないかなぁと思って探したら、丁度そこに大きめの箱があって……」

「その箱には、何が入っていたんだ? 」

凡そ検討がついているであろう答えを、ブレイブが恐る恐る聞く。

それに、シードは引き攣った笑みで返した。

「薔薇がいっぱい入った箱です! えへ☆ 」

「えへ☆ じゃないだろ! それで薔薇取れずに箱ごと落としたんだろ!? 何でわざわざ二次被害を出すんだ! 」

「だ、だって、咄嗟の判断だったんですからしょうがないじゃないですか! 僕だって焦ってましたし……。薔薇が木にひっかかったなんて知ったらカルミア様怒ると思って、知られないように僕なりに頑張って……」

「そういう時は怒られてでもまず俺に相談しろ! 相談しなかったから被害が大きくなったんだろ! 」

「で、でも! こんなところに箱置いとかないでくださいよ! もっとカルミア様の目の届くところに……」

「まぁ落ち着け2人とも」

これ以上の口論は止めろとブレイブが手をパンと叩く。

「この件に関しては、シードが悪いな」

「そ、そんな……」

「ふっ、当然だな」

「じ、じゃあ、昨日カルミア様が僕の作った造花を取り上げて、勝手に手直ししたのは!? おまえの薔薇は薔薇じゃない、真面目にやれって、キツく言われたのは!? 」

「それはカルミア様が悪いな」

「なっ……! あれは俺なりの善意だ! あれを売り物として出すつもりか!? 」

「だが、シードの了解なしに勝手に手を加えたのは悪い。違いますか? 」

「っ……! まぁ、それはそうかもしれんが……」

「やーいやーい怒られたー! 」

煽るシードをカルミアが鋭い目で睨む。

それにシードも目を鋭くさせて睨み返すと、ブレイブが大きくため息を吐いたのが聞こえた。

「もういい。俺は図書室に行ってくる。元々俺は文化祭委員なんて希望してないしな」

「ふん! 行くなら勝手にどうぞ? もう来なくていいですよー」

カルミアがピシャリと扉を閉めたところで、シードは扉に向けてあっかんべーをした。

それを見たブレイブのため息がますます大きくなる。

「シード、おまえはもう少し大人になれ。ごめんなさいの一言くらい、言ってもいいだろう? 」

「……なんだよ。綺麗だなって、見てただけじゃん」

頬を膨らませて言うと、ブレイブの表情が少し和らいだ。

「じゃあカルミア様にそう言え。綺麗だから見てたってな」

「嫌ですよ。恥ずかしい」


だが、カルミアが出て行くとだんだん怒りも収まってきて、冷静になってみると自分の方が悪かったのではないかと思い始めてきた。

花を落としてしまったのはシードだし、怒られるのを嫌がって被害を大きくしてしまったのはシードだ。

よくよく考えてみれば、シードが完全に悪い。

だが、謝りたくはなかった。いや、謝れないといった方が正しいのかもしれない。

シードのプライドが、カルミアには頭を下げたくないといっている。

我ながら子供じみているとは思うが、完全に意固地になってしまっていた。


昨日、一生懸命作っていた薔薇の造花をカルミアに取り上げられた時に言われた言葉。

「おまえの薔薇は薔薇じゃない。こんなのでよく人前に出そうと思えるな。もう少し真面目にやったらどうだ」

その瞬間、カルミアとは分かり合えないことをシードは悟った。

あの真面目腐った眼鏡野郎と気楽で明るいシードでは、性格が真逆すぎる。

「おまえ、また窓際でサボって……手を動かしたらどうだ!? 」

「サボってるんじゃなくて、休憩してるんです! ていうか、作ったところでカルミア様が取り上げるじゃないですか! 僕だって頑張ってるのに! 」

その後も、アイビーが「えーと……少し休憩しないか? 」と提案するまでずっと言い合いが続いていた。


シードの不貞腐れた様子をブレイブがどうしたものかと見ていると、不意に生徒会室の扉が開かれた。

カルミアが帰ってきたのかと思ったがそうではなく、入ってきたのは手に絆創膏を貼ったメリアとアイビーだった。

メリアは小指に、アイビーは親指にそれぞれ貼っている。

「どうした2人とも。その絆創膏……」

「あ、ブレイブ様来てたんですか。これはその……造花作ってたら怪我しちゃって。アイビー様と一緒に医務室に行って絆創膏貰ってきたんです」

メリアがそう言うと、アイビーが苦笑して親指を見た。

「やはり裁縫は難しいな……。ん? そういえばカルミア様はどうしたんだ? 」

それにシードはムッとした顔で視線を窓の方へと向けた。

「さぁ? もう帰ってこないんじゃないですかー? 」

「……また喧嘩したんですか? 」

メリアが悲しそうな声でそう言う。

しまった。心配をかけてしまったらしい。

「大丈夫だよメリアちゃん! ほら、喧嘩なんて、いつものことだから! 」

「それ、全然大丈夫じゃなくないですか? 」

「うっ……そ、そういえばセルフ様とハラン様、遅いですねー。追加の布貰ってくるって言ってましたけどー……あははははははは」

さすがに無理がある話題転換だったかと思ったが、以外にもブレイブが食いついた。

「……セルフがヤナギと布を貰いに行った……? 」

「え? あ、はい。2人で追加の布貰いに行くって、

被服室に……って、ちょっとブレイブ様!? どこ行くんですか!? 」

颯爽と生徒会室から出ていこうとするブレイブにシードが声を上げると、ブレイブはサラッととんでもないことを言ってのけた。

「俺も被服室に行ってくる」

「はぁ!? これ以上人少なくしてどうするんですか! ブレイブ様まで抜けちゃったら、まともに造花作れる人いなくなるじゃないですか! 」

「大丈夫だ。すぐ戻ってくるから」

「いやでも、布貰いに行くだけだし2人だけで十分……あ、ちょっと! 」

言い終わらないうちにブレイブは出て行ってしまった。

「ったく……。どうします? この3人で出来ることなんて、たかが知れてますよ」

不器用3人が揃った所で、今のところゴミしか生み出せない。

作った所でセルフかヤナギに手直しされるのは目に見えているので、どうせ作っても無駄だろう。

すると、また生徒会室の扉が開かれ誰かが入ってきた。

2年生なのか、何やら書類らしき紙を手に持っている。

「アイビー様、少しいいですか? 」

「ああ。何か手伝い事か? 」

「はい。分からない箇所がいくつかあって」

「わかった。すまんが、席を外す」

そう言ってアイビーまでもが生徒会室から消えてしまい、残されたのは不器用2人。

「……とりあえず、皆が作る分の布だけでも、切って揃えておきましょうか」

「……そうだね」

メリアの提案にシードも賛成し、2人でハサミを持って布をチョキチョキと切る。



「おい」

暫くそうしていると、近くで野太い男の声が聞こえた。

なんだと振り向くと、隣のテーブルで作業していた同じ1年生の男子3名がこちらに来ていた。

「なんでしょうか? 」

メリアが言うや否や、真ん中に立っていた太った男が机の上に置いてあった薔薇の造花を1つ手に持ってニヤリと笑った。

「なんだこれ。こんなんで薔薇って言えるのかよ? 俺らの方がもっと綺麗だぜ? 」

それはさっきカルミアと喧嘩する前にシードが作った物だ。

自分でも器用な方でないことは分かっているが、そんなふうに言われたら腹が立つ。

カルミアといいこいつといい、何故こんな言い方しかできないのだろうか。

「おい、これ見てみろよ。すげぇ濡れてるぞ」

と、今度はガリガリに痩せた男が先程シードが噴水に落としてしまった造花を見て意地悪く笑う。

もう怒るのは疲れたので無視しようと心に決めそのまま布を切っていると、3人目、これまたガリガリにやせ細った男がピンクの薔薇を手に取る。

「あ、それは……」

メリアが声を上げるのに構わず、男はそれを見て嘲笑う。

「あはは! 見てみろよこれ。こんなの作って、恥ずかしくねぇのかな? 」

それは、昨日メリアが作った物。

確かに良い出来とは言えないが、それでも頑張って作っていた物だ。

メリアが俯いて悲しそうに眉を下げる。

ハサミを持つ手がカタカタと震えていた。

それを見てしまっては、無視し続けるわけにもいかなくなってしまい。

「あのさぁ、どっか行ってくれない? 邪魔なんだけど」

つい、そんな言葉が出てしまった。

敬語くらい使った方が良かったのかもしれないが、こいつら相手にそんな丁寧に話すのもバカバカしいと思った。

「あ? なんだおまえ。男爵家のくせに。礼儀ってものを知らねぇのか? 」

太った男が放った「男爵家」という単語に、シードはますます気分を悪くする。

「知らないのはそっちでしょ? 急に来たと思ったら人の作品貶すとか、こっちは不快でしかないんだけど」

「あぁ!? おまえ、俺たちが誰か分かってんのか!? 」

「知らないけど、これだけは分かるよ。礼儀知らずのクズなんでしょ? あ、それとも馬鹿の方が良かった? 」

「っ……テメェッ! 」

先に喧嘩を売ってきたのはそっちのくせに、逆上する男3名。

「スカシユリ家が……調子にのってんじゃねぇぞ! 」

太った男が拳を向けてくる。

メリアに怪我はさせまいとシードが前に出る。

ここは1発殴られてでもメリアを守らなければ。

そう思って歯を食いしばったが、どれだけ待ってもシードが殴られることはなかった。

それもそのはずで。

「おーい。布貰ってきたぞー……って、何してんだ? 」

セルフとヤナギ、そしてブレイブが帰ってきたところで、男3人はそそくさと自分達がいたテーブルに戻って行った。

「何かあったのか? 」

怪訝そうに聞いてくるブレイブに「何でもありません」と返し、意味もなく布を弄る。

これ以上トラブルがあったと知られれば、何故かシードまで責められそうな気がしたからだ。

「あの、シード様。ありがとうございました」

耳打ちでメリアがお礼を言ってくるのに、シードは笑って返した。

『おい、これ見てみろよ。げぇ濡れてるぞ』

先程の男の言葉を思い出して、シードは濡れてしまった薔薇を見る。

乾いてはきているようだがまだ湿っているそれは、シードがやってしまったこと。

「ああもう! 」

苛立ったようにそう言って、頭をガシガシと掻きむしる。

裁縫箱と布を手に席を立ち、ある人物の所まで歩を進めた。

「ハラン様、セルフ様、俺が造花作るの、手伝ってくれませんか? 」




「それじゃあ今日はここまでとするか」

ブレイブがそう言うと、各々布を片付け始める。

結局カルミアは帰ってこなかった。

「それじゃあハラン様、ブレイブ様、失礼します」

「おう。気をつけて帰れよ」

さっき突っかかってきた男3人がブレイブとヤナギだけに頭を下げて生徒会室から出ていくのを何となく見ていると、太った男がこちらに視線を向けてきた。

キツく睨んだ後、ガリガリの男2名がニタニタと意地の悪い笑みを浮かべて去っていく。

その様子を睨み返しながら見た後、シードは軽く舌打ちをした。

「あれ? シード様、帰らないんですか? 」

メリアが帰り支度を始める中、シードはまだ1人布と針を持ったままでいた。

「うん。最後まで作っていこうと思って」

「そうですか。暗くならないうちに帰った方がいいですよ? 夜の学校ってその……何が出るか分かりませんし……」

そう怖がりながら言うメリアに苦笑しながら「うん。わかった」と言うと、メリアは帰ってしまった。

「シード、残るのはいいが、早く帰れよ」

「じゃ、頑張れよー」

「はーい」

ブレイブとセルフも帰って行く中、残ったのはシードとヤナギだけになってしまった。

「……ハラン様は、帰らないんですか? 」

遠慮がちに声をかけると、ヤナギはシードの隣に座ってきた。

どういうつもりかと顔を伺うと、ヤナギの手がシードの針を持っている手に触れる。

「ここ、縫い目がズレています」

「……あ」

まっすぐだったはずの縫い目が、いつの間にか斜めになってしまっていたようだ。

糸を解いて縫い直していると、ヤナギが新たな布を引っ張ってきて針に糸を通し始める。

「え、何してるんですか? 帰らないんですか? 」

「シード様のお手伝いをすると、約束いたしましたので」

「いや、それはそうだけど……」

「ブレイブ様から聞きました。カルミア様と喧嘩をしてしまったと」

「いや、喧嘩っていうか……」

「この造花、カルミア様への物なのですよね? 」

この造花、というのは、今シードが作っているものだ。

図星だったため何も言えずに目の前の薔薇に視線を落とすと、また別の場所で縫い目がズレている箇所を発見した。

もうこれは作り直した方が早いかもしれない。

「……カルミア様には、悪いことしちゃったから」

ポツリと呟き、糸を解く。

ごめんなさいと直接言えない分、せめて態度では示したかった。

せっかくあんなに作ってくれていたのだ。

文化祭委員でもないのに。

「カルミア様、これで許してくれるかな……」

独り言のようにそう呟く。

シードも結構酷い態度をとってしまった。

あの真面目な性格だ。もう許してくれないなんてこともあるかもしれない。

まぁ、それはそれでも良いと思った。

これに関してはシードの落ち度だし、怒られて当然のことをしたのだから。

「でも、想いは伝わるかなぁ……」

「……想い、ですか? 」

シードの言葉に、ヤナギが反応する。

「はい。カルミア様の造花、駄目になっちゃったので。僕がその代わりにいっぱい作れば、頑張ってる僕の想いも届いてくれるかなー……なんて、さすがに考えがあまいか……」

駄目にしてしまった造花を何とかしようと、セルフとヤナギに作り方を教えてくれと頭を下げた。

ヤナギに頭を下げるのは何となく癪だったが、そんなこと今はどうでもよかった。

ただ、何かしなくてはいけないと思ったから。

このまま知らないフリをするのは、違うと思った。

ヤナギは、文句1つ言わずシードのお願いを了承した。

そのことに驚いたが、もっと驚いたのは丁寧にわかりやすく、そして優しく教えてくれたことだった。

ヤナギは、シードが思っていた人物像とは随分違っているようだった。

我儘でもなければ、人を見下すこともない。

それどころか、シードを助けてくれている。

今のヤナギとなら、親しくなれそうな気がした。

「あの、何でメリアちゃんに勝負なんて挑んだんですか? 」

気になっていたことを聞くと、ヤナギは糸をパチンとハサミで切って答えた。

「そういうシーンが、あったからです」

「シーン? それって何……」

「できました」

シードが言い終える前に、ヤナギができた造花を机に置く。

そこにはピンクの薔薇が美しく咲いていた。

「綺麗……」

思わず言葉に出してしまうほど、それは綺麗だった。

「想い、届くといいですね」

その言葉にハッとしてヤナギを見ると、ヤナギはまた新たな布に手を伸ばしていた。

本当に手伝ってくれるらしい。

「ありがとうございます……」

まさかヤナギ相手にお礼を言う日がくるとは。

シードも、ピンクの布に手を伸ばした。

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