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何故、公爵令嬢のヤナギなんかがここにいるのだろう。
文化祭のお手伝いなんて、全くやりそうなタイプでもないのに。
いや、理由なんてどうでもいい。
ヤナギがいるのであれば、文化祭委員なんて希望するんじゃなかった。
さっきまでのやる気が急降下していく。
もう帰りたい、そう思った時だった。
「遅れてすみません! 」
バンッとけたたましく扉を開けて入ってきたのは、可愛らしい女の子と美男子だった。
「……へ? メリア? 」
可愛らしい女の子ことメリアは、一緒に来たのであろう美男子に「あ! ここまでありがとうございました! 」と頭を下げた後そそくさとソファへと座った。
何故メリアがここに。
確か、面倒くさいから参加しないと言っていたはずだ。
だが、理由は何であれメリアが来てくれたことによって、やる気がまた戻ってきたような気がした。
「君、名前は? 」
ビルズがメリアにそう尋ねると、メリアは「は、はい! 」と立ち上がる。
「1年F組、メリア・アルストロです! 遅れてしまい、すみませんでした! 」
「メリア、か。アイビー様が連れてきてくれたのですか? 」
すると、美男子ことアイビーは「あ、はい」と答えた。
「それではアイビー様、皆さんに自己紹介を」
ノアが促すと、アイビーはピシッと背筋を伸ばした。
「生徒会で書記をしている、アイビー・コレクトだ。皆、よろしくな」
直接話したことはないが、噂通りフランクな王子だ。
後ろで1つに結んだ赤い髪に、それと同じくらい真っ赤な瞳。
その美しい美貌と明るい性格から、アイビーを慕う者は多い。
シードも、アイビーのことは別に嫌いではなかった。
「あれ? 他のメンバーはどうしたんですか? 」
「それならもう準備の方に回ってくれている。アイビーも、できればそっちに移れ」
「はい。それじゃあ皆、頑張ろうな」
ビルドに言われ、アイビーは生徒会室から出ていった。
「希望者の皆には、明日から準備の方を手伝ってもらうことになる。今日はただの顔合わせだからな。ノア、あれを皆さんに」
「はい、お兄様」
そうしてノアが一人一人に配った冊子には、文化祭委員の仕事についての諸々が書かれていた。
学園の飾り付け等は夏休みに来てやるらしく、それまではそんなに大掛かりな手伝いはなさそうだった。
文化祭に招く来賓の方や、模擬店として参加してもらう著名人などの手配、書類の作成、申請書の整理等、細かい作業が多いものの、30人もの人が集まればなんとかなりそうだ。
「3年には来賓や著名人の方々の手配を、2年にはそれらに必要な書類の作成を頼む。1年には、生徒の模擬店参加希望申請書や、その他の書類の整理。後、造花の作成も頼みたい」
「造花? 」
1年の誰かがそう言うと、ビルドは小さく頷いた。
「さすがにこの広い学園全体に花を飾るとなると、相当の量が必要になるからな。花屋で買うにしても、それだけ沢山の花は売っていないだろうしな。だから毎年こうやって、1年には造花作りを頼んでいるんだ。もしあれなら、去年文化祭委員に希望した2年生に聞いてみるといい。皆やってるから」
1年生が2年生の方を伺うと、数名がうんうんと頷いていた。
どうやら、1年生は通る道らしい。
造花作り。シードは器用か不器用かであれば不器用な方に分類されるのだが、大丈夫だろうか。
「……ていうか、去年2年生の皆様が造花を作ったのでしたら、それが残ってたりしないんですか? 」
去年2年生が作った造花がまだ残っているのであれば、今年作る必要はない。
シードがそう聞くと、ノアは首を横に振った。
「ないわ」
「え? でも1個くらいは……」
「ないわ。だって、全部売れてしまったもの」
「売れた? 」
「ええ。この学園ではね、1年生が一生懸命作った造花を飾って、気に入った物があれば買って貰っているのよ。1つ銅貨2枚で」
「銅貨2枚? それはまた随分と安い……。造花作りといい値段といい、何だか平民みたいなことをするんですね」
そう1年生の男子生徒が疑問の声を上げる。
ここは国の名門校だ。てっきりそういう地味なことはしない学園だとシードも思っていた。
「ヒーストリア学園の文化祭は、いろいろなところから人が集まってくるわ。有名な方もいれば、それこそ平民の方も少ないけれど、0ではない。お祭りだもの。それに、平民も貴族も関係ないわ。だから、例え地味な作業でも、手伝ってもらいたいの。お願いできるかしら? 」
手を合わせてお願いのポーズをするノアを前にして、断れない生徒などいない。
前に屈んだことによって、ノアの大きな胸元が露出の激しいドレスから強調される。
それを見てしまっては、返事なんて1つしかなかった。
「はい! お任せ下さいノア様! 必ず僕が素晴らしい造花を作ってみせます! 」
「あら本当? 頼もしいですわ! 期待していますね」
ノアが笑顔でそう言うのに、シードも釣られて口元がニヤける。
「コホン! 」
「あらお兄様、どうかされたのですか? 」
見ると、ビルズが少し冷ややかな目をシードに向けていた。
その眼光に一瞬怯み、少しやり過ぎたかとノアから距離をとる。
「……ノア、アイビー達の様子を見てきてくれ」
「? はい。分かりました」
そう言って生徒会室から出ていくノアに軽く手を振ると、更に鋭い眼光が背後から突き刺さった。
どうやらお兄様は、妹さんのことをとても大切に思っているらしい。
「あー殺されるかと思った……」
生徒会室からの帰り道、メリアと並んで歩きながらシードは息を吐いた。
「ビルズ様の目、すごかったですよ。もうギッラギラしてて……」
「あ〜思い出させないで。今の僕にはあのノア様の胸元だけ頭に蘇らせて……」
「シード様……」
メリアが苦笑しながら自分の胸に目線を落としている。
そうしてどこか遠い目をしていた。
メリアの胸はノアと比べると小さいが、それでもないわけではない。
A、Bはありそうだ。
「大丈夫だよメリアちゃん。揉めないことはな……ゴフォッ」
「な、何言ってるんですかシード様! た、たたた確かに小さいかもしれませんが、それでもそんな、直接……! デ、デリカシーというものをですねぇ! ? 」
「わ、わかった! ごめん! 悪かったから! と、とりあえず腹パンはいた……ホントに痛いから!
」
どすどすと殴られるお腹を手で守ると、メリアはしまったと言うように顔を青くした。
「す、すみません。痛かったですよね? 」
「だ、大丈夫ではないけど大丈夫……。お、お腹が……」
「あ、あわわわわわわわ……」
この少女、可愛らしいと思って侮ってはいけない。
女の子にしては大分強い力だった。
ノアといいメリアといい、最近の女の子は皆力が強いのだろうか。
「あ、ああああの、もしあれでしたら医務室とかに……」
「いや、そこまでではないから。もう痛みもひいてきたし」
「そ、そうですか。から良かった……」
ほっとしたように笑うメリアを見て、シードも口角を上げる。
今のは完全にシードが悪いというのに、つくづく優しい子だ。
「そういえば、メリアはなんで文化祭委員に参加したの? 面倒くさいって言ってなかったっけ? 」
ずっと気になっていたことを聞くと、メリアはうっと苦い顔になった。
「その……参加しないつもりだったんだよ? 夏休み削られるっていうし……。でも、私成績悪いから、先生に希望しろって言われて……」
「あー……なるほど」
「それで生徒会室行こうとしたんだけど、この学園広いから道に迷っちゃって。そしたら、アイビー様も生徒会室に行くっていうから一緒に……」
「へぇー。メリアちゃん、アイビー様と知り合いなの? 」
「あ、うん。時々、助けてもらってるんだ。私、ここではちょっと浮いちゃってるから……」
「あ……」
そういえば、メリアは平民だった。
ここには基本貴族しかいない。
そんな中で1人平民が通っているとなれば、当然快く思わない貴族もいるだろう。
そうなれば、メリアが浮いてしまうのも当然で、それをあの心優しいアイビーが見逃さないはずもなかった。
「ごめん……。その……」
あまり言いたくないことだったかもしれないと思ったが、メリアは笑顔で手をぶんぶんと横に振った。
「大丈夫ですよ。今は、もう大分慣れましたし。それに、アイビー様も助けてくれますし! 」
「……慣れちゃ駄目だよ、そんなの」
「あ、あはは……」
メリアは、辛いことも苦しいことも全部、笑って誤魔化すことが多い。
苦しそうな顔をして笑うその様を見る度、シードの心も苦しくなるのだ。
1度だけ、メリアの悪口を言っている令嬢に会ったことがある。
いつものようにシードが声をかけた女性とお茶をしていると、たまたまメリアの話題があがったのだ。
あの子は平民だから礼儀というものを知らない。
酷く汚らわしい人間だ。
そう言って、メリアのことを嘲笑っていた。
それを聞いた瞬間シードは気分を悪くして表面上は笑顔で用事ができたとか言ってその場を去ったのだが、心の中は真っ黒な感情で支配されていた。
そんなことを言うおまえらの方が、礼儀もクソもねぇんだよ。
そう言ってやろうかとも思った。
でもそれができなかったのは、シードの立場が弱いから。
シードが男爵などという下級貴族ではなく、それこそアイビーのような王子とかであれば、ガツンと彼女に一言くらい言ってやることもできたのかもしれないが。
「……ごめん、メリアちゃん」
「え? 何か言いましたか? 」
小さな呟きはメリアには届かなかったようで、空気となって消えていった。
「あ、ハラン様」
メリアの言葉と同時に、俯ていた顔を上げる。
メリアの指さす方向を目で追うと、そこには確かにヤナギがいた。
前から、こちらに向かってまっすぐ歩いてくる。
彼女も、立場の弱い者は見下す人だ。
「そういえばハラン様も、生徒会室にいましたよね……」
「行こう、メリアちゃん」
「え? 」
そんな人とメリアをこれ以上関わらせたくない。
そう思って、メリアの腕を引っ張った。
「アルストロ様」
そのヤナギの一言に、ピタリと足を止める。
彼女は今、何と言っただろうか。
「アルストロ様……? なんで、様なんて……」
「アルストロ様、1つ、言いたいことがありまして」
「言いたいこと? 」
メリアが訝しげな顔をヤナギに向ける。
シードもメリアの腕を離して、ヤナギの方を見た。
そこには、かつて男爵だからとシードを見下した瞳はなかった。
そして彼女は、深く息を吸った後、メリアにビシリと指を突きつけて、こう言った。
「私と、造花作りで勝負なさい」
それは、台詞だけ受け取れば物語のライバルキャラか敵側のキャラクターが言ってそうなもの。
だが、それに声を付けてみれば、それとは全く別のものへと変貌する。
「……棒読み? 」
シードの呟きは、再び空気と共に消えていった。




