8
コスモスが植えられらた花壇脇で、カルミアとヤナギは立っていた。
ヤナギがコスモスを見ている中、カルミアは下を向いて俯いている。
「さっきは、ありがとな。感謝する」
眼鏡をクイッと押し上げながら言うと、ヤナギはコスモスから視線をカルミアに移した。
「私、何かしましたでしょうか? 」
「質問、してくれた。おまえが花言葉の話題を振ってくれたから、何とかあの空気を良くできたんだ」
「あの空気? 」
「悪かっただろ? 最悪だ。リュカ達の時とは違う。誰も、俺の発表に興味なんてなかった」
読書発表会は、数少ないイベントだ。
それを楽しみにして来てくれた人がほとんどだったはずなのに、カルミアただ1人が何の面白味もない真面目すぎる発表になってしまっては意味がない。
花。
題材は良かったのに、それを上手く活かすことができなかった。
「私は、興味がありました」
ヤナギが、そう言って慰めてくれる。
「興味があったので、質問もさせていただきました。それに、私以外にも、カルミア様の発表を熱心に聞いていた方も見受けられました」
「……なんだと? 」
「確かに、つまらなさそうに聞いている方もいらっしゃいましたが、カルミア様の発表に興味を持って、懸命に聞いてらっしゃる方もいました」
舞台では、自分の発表にしか目がいかず観客の顔なんて見る暇はあまりなかった。
もしヤナギの発言が本当なら、ヤナギの他にもカルミアの発表に興味を持ってくれている人がいたということになる。
「だ、だが、誰も質問は……」
「することがなかったのではないでしょうか。私の主観になりますが、カルミア様の発表は、正直非の打ち所がないほど完璧でした。説明もとてもわかりやすかったです」
「そんなことはない。俺は、盛り上げることができなかった。リュカやオルガ、おまえとは違って、暗く、重い空気にしてしまった」
カルミアが普段から皆と接していたら、周囲と仲良くしていたら、あんなことにはならなかったのかもしれない。
完全に、自分の落ち度だった。
「皆に、楽しんでもらわなければいけないはずだったのにな……」
手に持っていた植物図鑑をパラパラと何気なく捲ると、ちょうどコスモスのページが開いたのでそこで手を止めた。
「……皆に楽しんでもらわなければいけなかったのですか? 」
ヤナギが、少し困惑したような声色でそう言ってきたので、カルミアは少し眉を顰める。
「? それはそうだろう。広間にいる生徒や教師、全員に楽しんでもらわなければ、イベントとして成立しない」
今回自分は発表ばかりに気を取られていて、その本来の目的というものを見失っていたわけだが、ヤナギも分かっていなかったというのだろうか?
だが、ヤナギは十分皆を楽しませることができていたように思う。
皆、ヤナギの発表は笑顔で聞いていたからだ。
「それなら私は、職務を果たせていません……」
「? なぜだ。おまえは十分……」
「広間にいた全員を楽しませるなんて……」
楽しませていただろう、そう言おうとしたところで、ヤナギの言葉の真意がようやく分かった。
「全員を楽しませる」ことができなかったと、ヤナギは嘆いているのだ。
全員。それは、広間にいた生徒や教師、全部の人間。
「すまん……。全員を楽しませるなんて、無理、だな……」
普通に考えて無理だ。
人は一人一人違う。
皆同じことをしているとして、自分が楽しいから他の人も楽しいとは限らない。
世界中の人から好かれることなんてできない。
必ず誰か、自分のことを嫌いな人がいる。
でも、自分のことを、好きだと言ってくれる人もいるのだ。
世界中の人から好かれることなんてできないように、世界中の人から嫌われることもできないのだ。
そんな当たり前のことに、カルミアは今、ようやく気づいた。
「……俺の発表に興味を持ってくれていた人も、いたのだろうか」
すると、無事任務を遂行できていたことに安堵していたヤナギが、カルミアの瞳をじっと覗き込んできた。
「誰が興味を持ったかは分かりかねますが……。私はカルミア様の発表、好きでした」
好き。
その二文字に、何故か心臓が高く跳ね上がった。
顔が熱くなってきて、目線をヤナギから背けてしまう。
何度か咳払いした後、小さく「ありがとう……」とお礼を言った。
「弟がいてな……。名前はライっていうんだが、明るい奴なんだよ」
花壇を見ながら、カルミアは語り出す。
話し出したのは、誰かに話を聞いてほしかったからだ。
ヤナギは、それに小さく相槌をうちながら聞いてくれていた。
「両親が、ライばかりを褒めるんだ。俺もライと……いや、それ以上にすごい成績を残したりしたんだが、俺が何をやっても両親は褒めてくれなかった。おまえならもっとできる、その程度で満足するな、そればかりでな。ライと全く同じことをやっても、俺の方が結果は良いはずなのに、ライだけ褒められて、俺はもっと期待されて……」
両親は、そんな優秀なカルミアを、次期宰相として選んでくれた。
その時は自分の今までの努力が報われたような気がして嬉しかった。
ライも、カルミアの方が相応しいと快く譲ってくれた。
その時は、カルミアは単純に、優秀な自分の方が相応しい、そう思っていた。
けれど、今は――――
「ライの方が、宰相に相応しかったのかもしれないな……」
勉強ができるだけじゃ、この世界は渡っていけない。
「ライの方が、明るくて、融通がきいて、人との繋がりも十分にあって……」
「カルミア様は、友達がいないのですか? 」
ズバリ聞いてきたヤナギに一瞬「うっ……」と言葉が詰まるも事実なので仕方なく頷いた。
「あまり、人付き合いというものが得意ではなくてな。1人で本を読んでいる方が好きだったから……。お茶会やパーティーに出席しても、俺は挨拶だけ済ませたら、後は端の方で本を読んで時間が過ぎるのを待っていたし」
見合いの話がきても、上手くいかない。
我儘な令嬢がほとんどで、それらに自分の思ったこと、正論をぶつけては怒られて帰ってしまうのだ。
昔、やたら媚びてくる令嬢に向かって、「俺はおまえが嫌いだ。それは何故か。我儘で鬱陶しく、俺にとって迷惑でしかない人間だからだ」と言って、机に置かれていた紅茶をかけられたこともあった。
「俺はただ、やるべき事をきっちりやっていれば、それで良いと考えていたんだ。それこそが、すべきことだと、そう思っていた。人間関係なんて、別にどうでもよかった。ま、そうやって人の気持ちを考えなかった結果、今回こういうことになったわけだが……」
そんなふうに1人で過ごすカルミアに、周りは声がかけずらかったのか、誰も近寄ってはこなかった。
「……本当にそっくりですね」
少し驚いたようにそう言ったヤナギに、カルミアは訝しげな目を向ける。
「そっくり? 」
「はい。黒猫と魔法使いの、主人公の性格と。全てとまではいきませんが、よく似ています」
「……」
緑の髪に眼鏡と、外見だけでなく中身までも似ていると言うのであれば、もはやどんな人物なのか気になってくる。
「どんな本なんだ? それは」
「はい。誰とも関係を持たず1人で過ごしていた主人公が、ある日黒猫と出会って魔法の力を手に入れるんです」
主人公は、始めは魔法使いになることを拒んでいたのだが、黒猫と共に難事件を解決していくうちに、最強の魔法使いとして力を付けていき、魔法使いであることに誇りを持つようになる。
だが、そんなある日主人公は悪の組織に攫われてしまう。
空を飛ぶためのホウキと魔法の杖を取られてしまった主人公は、為す術もなく立ち尽くす。
魔法が使えない自分はただの無力だと、自分を責め続ける。
魔法の力を使って世界を乗っ取ろうとしていた悪の組織は、主人公から取り上げた魔法の杖を使って街中に催眠魔法を使おうとする、ところで主人公の相棒である黒猫が現れる。
攫われた主人公を助けに来た黒猫は、何もできない主人公を必死に励ますも、声は届かない。
すると、黒猫は奪われた魔法で悪の組織に攻撃を受けてしまう。
水、炎、土……。
魔法で傷つけられる黒猫を見て、主人公は立ち上がる。
相棒である黒猫を助けたい、その一心で、魔法が使えなくても戦う主人公に、黒猫は涙を流す。
すると、黒猫の流した涙の雫が、主人公に魔力を与えた。
主人公と黒猫の絆で生み出された魔法によって、悪の組織は倒される。
「主人公は謝りました。何もできなかった無力な自分を許してほしいと。そしてまた、2人で過ごしていきたいと」
「それで、黒猫は許したのか……? 」
「はい。当たり前じゃないか。だって僕達は、2人で1つなんだから。そう言って、主人公と黒猫は、また魔法使いとして事件を解決していくのです」
「2人で1つって……1人と1匹の間違いじゃないのか? 」
「……それは私も思いました」
そして、物語は終わりを迎える。
「これまでの魔法使いとしての努力が認められ、名声や応援の声が届けられた主人公は、人々の温かさに触れて、相棒の黒猫だけではなく、次第に周囲に人が増えていくのです」
「……一通りの話は分かったが、主人公と俺のどこに共通点があるんだ」
「主人公は始め1人が好きで、誰とも関わろうとしない人だったのです」
「そこが俺と似ていると……? 」
「はい」
なるほどと一応は納得したが、その後の生い立ちは主人公とカルミアでは随分と違う。
残念ながらカルミアはまだ街の人達から名声を受けてないし、悪の組織に攫われたりもしていない。
本当に似ているのは、1部だけだったようだ。
「にゃあ」
黒猫の話をしていたら、本当に黒猫が出てきたようだ。
「ゴマ……」
草むらから出てきたゴマをカルミアが呼ぶと、ゴマはすりすりとカルミアの足元に頬ずりをしてきた。
どうやら、またお腹が空いているらしい。
「すまんが、何も持っていない」
そう言うと、ゴマは今度はヤナギの方へ擦り寄って行った。
「申し訳ございませんが、私も何も持っていません」
ヤナギが言うと、ゴマはそっぽを向いて草むらへと駆けて行った。
「人の言葉、分かるのか……」
ゴマの様子に少し関心するも、食べ物がないと分かった途端すぐにどこかに行ってしまうところは、本の中の黒猫とは全然似ていない。
小さく息を吐いてぐっと腕を伸ばすと、何だか心が軽くなっていた。
話を聞いてもらったからか、物語を聞いていたら気が紛れたからか。
すると、どこからか声が聞こえた。
「あ! あんなところにっ! しかもヤナギ様と2人っきりで!? オルガ、走るぞ! 」
「えぇ!? ちょっと待ってよ〜」
見ると、前方からリュカとオルガがこちらに走ってきていた。
リュカの手には、何やら大きな箱が抱えられている。
「リュカ様、オルガ様。どうされましたか? 」
「いや、発表が終わるや否や、2人ともどこかへ行っちゃうんですもん。だから俺たち、必死に探し回って……」
「探した? 俺たちに何か用か」
「これですよ」
そう言ってリュカが差し出してきた大きな箱を覗いてみると、手紙みたいなものが山積みになって入っていた。
「これはなんでしょうか? 」
「か、感想用紙です。今回の読書発表会で、質問できなかった人や感想などが、入ってて……」
息を切らしながらそう説明したオルガは、カルミアとヤナギの手に複数の紙を手渡す。
それらのうちの1枚を開いてみると、そこには「ロジック様へ」と書かれた文面と共に文字がズラッと並んでいた。
「ロジック様へ。読書発表会、とても素晴らしいものでした。ロジック様のおかげで、花にとても詳しくなれました。今度、その知識を活かしてお花でも育ててみようと思います。植物図鑑も、ぜひ借りてみます……」
カルミアの発表を、良かったと言ってくれている人がいる。
「ロジック様に直接質問したり感想言ったりできなかった人が沢山いて……この箱の半分はほぼロジック様宛のものなんですよ」
リュカが言って箱をカルミアに渡してくる。
カルミアはそれを両手で受け取りながら、疑問に思ったことを聞いた。
「直接言えないって、何故だ? 」
「ロジック様、次期宰相じゃないですか。それで、何か粗相があったらどうしようとか、極度に緊張してしまう、とかそんなことを思ったらしいですよ。皆、遠慮しちゃってたらしくて。後は、誰も挙手しなかったからじゃないですかね? あの時の空気、良いとは言えませんでしたし」
「ちょ、ちょっとリュカ、ズバズバ言い過ぎ……」
「いや、大丈夫だオルガ。事実だからな」
カルミアは、感想の書かれた紙を1枚1枚丁寧に読む。
そこには、カルミアの発表に関する楽しかった、面白かったという意見が多く並んでいて。
ヤナギの言った通り、興味を持ってくれた人は多かったようだ。
少し、視野が狭くなっていたのかもしれない。
自分に対する悪い意見ばかりに目がいってしまっていた。
イベントなんて下らない。
そう思っていたけれど、新たに学んだことがあったおかげで、そうは思わなくなっていた。
カルミアのことを、良いと思ってくれている人がいる。
それで良いと気づかせてくれたのは、ヤナギだ。
「ヤナギ」
「なんでしょうか」
ヤナギが、感想の書かれた紙から視線を外してこちらを見る。
「やはり俺は、主人公に似ているのかもしれない」
自身の紙にもう一度視線を戻し、微笑む。
自分の周りには、こんなにも温かい人達がいたのだ。
そして、そのことに気づかせてくれた、幸せを運んできてくれた、まるで、黒猫のような存在――。
カルミアはその黒髪の上にポンと手を置き、口元を緩ませた。
発表会の効果もあり、図書室はいつも以上の賑わいを見せていた。
この人の多さじゃあ、落ち着いて勉強はできないだろう。
寮に戻ることも考えたが、せっかく来たので本を読んでいくことにした。
何を借りようかと本棚を散策していると、小説コーナーのところで足を止める。
たまたま近くにあった『黒猫と魔法使い』の本を手に取り、パラパラと捲ってみた。
そして、1巻と2巻を手に取ると読書スペースへと移動する。
普段は、ファンタジー小節なんて絶対に読まないのに。
さて、どこに座ろうか。
ここの図書室は広いからか、どんなに人が多くても満席になることはない。
今日だって、席なんていくらでもある。
席なんてどこでもいいのに、カルミアは空いている席を素通りしていく。
そして、ある席で足を止めた。
「隣、いいか? 」
聞くと、本を読んでいた彼女が振り返って答えた。
「はい」
カルミアは、静かにヤナギの隣に腰を下ろした。




