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昔からそうだ。

「お父様! お母様! この本、全て読みました! 」

「カルミアは優秀だな。きっとすごい宰相になるぞ」

「本当。貴方に似てとても優秀ですこと」

そう言って頭を撫でてくれる父と、誇らしげに褒めてくれる母にもっと喜んでほしくて、もっと優秀になろう、もっと頑張ろうと、そう思ったのがきっかけだった。


「どうしたカルミア。最近調子があまり良くないみたいじゃないか」

「お勉強、捗っているの? 本を読むのもいいけれど、勉強の方もしなさいね。あなたは、立派にならないといけないのだから」


「お父様! お母様! 僕、やっとこの難しい本を読めたよ! 」

「おお。ライは偉いな」

「本当。とっても賢いわね」

弟が、頭を撫でられている。

カルミアだって、その本はとっくの昔に読み終わっている。

カルミアだって、沢山勉強している。

カルミアだって、頑張っているのに。


「お父様! お母様! これができるようになったよ! 」

「ライは偉いな」

「優秀な子ね」


「お父様! お母様! これができるようになりましたよ! 」

「それで何を言っている。おまえならもう少し上を目指せるはずだ」

「カルミアなら、もっとできるはずよ。お母さん、信じてますからね」


同じ言葉でも、返事は全然違っていた。

両親だけじゃない。

この間の、期末試験だってそうだった。


「先生! 俺、点数上がりましたよ! 」

「あら本当! よく頑張りましたね」


「ロジック様、どうなさったの? 点数落ちてるみたいですけど……。次からはもっと、頑張りましょうね」


点数は高いはずなのに、褒められることはなかった。

自分より点数が低い人を、先生は褒めた。

カルミアの方が、よくできたのに。

わかっている。

先生は、一人一人のことをちゃんと見てくれているのだということを、理解している。

頭ではわかっているのに、そのことが、酷く嫌だと感じた。




「……質問があるなら、挙手をどうぞ」

誰も、手を上げようとしない。

気まずそうに顔を見合わす者が多々見られるだけだった。

質問時間は4分間。

その4分間の間は何も質問が飛んでこなくても待たなくてはいけないというルール。

カルミアは、特に何かを発することもなく、ただただ質問してくる人を待っていた。

早くこの舞台から降りたい。

もう、逃げ出してしまいたい。

何もせずにただ突っ立っているだけの自分が、酷く惨めに思えた。

「誰か、質問を……」

同じことを繰り返しても結果は同じ、寧ろ余計惨めになるだけなのに、カルミアは質問を求めた。

「あの、感想でも……」

何か、誰かに何かを言ってほしかった。

だが、誰も手を挙げていない状況だからか、またはカルミアという高貴な存在に声をかけずらいのか、誰も手を挙げる気配がなかった。

カルミアは次期宰相だ。

そんな高い身分に付け加えて、カルミアはこれまで人と積極的に関わろうとしなかったため、誰かと親しい関係を築くことがなかった。

次期宰相であり成績がトップの真面目なカルミアに、気軽に声をかけてくる人なんていない。

わかっている。

皆、リュカのような明るい人物の方が親しみやすいなんてこと。

いくら真面目に頑張っても、本当に上手くいく人間は、誰とでも仲良く接することのできるような、世渡り上手な人なのだ。

カルミアには、そんな能力はない。

ただ勉強ができれば、人より賢ければそれで良いと考えていて、人との関わりをあまり大切にしてこなかった人間だ。

そんな堅苦しい人間と、親しくしようと思う人なんて果たしているのだろうか?

「はい」

すると、誰かが手を挙げた。

ハッとしてそちらを見ると、昂った気持ちが激しく下落していく。

「えーと……。とても、素晴らしい発表だと思いました。こういった大勢の場で発表するには、それなりの知識が必要とされるのですが、我々が求めている以上の花についての知識を持たれており、大変勉強になりまして……」

アイビーが、率先してそう感想を述べてくれる。

嘘ではない。これはアイビーの本音なのだろうことは分かる。

アイビーが、嘘の感想を述べるような人物ではないことはカルミアもよく知っているからだ。

だが、何故こんな状況で、今までオルガやリュカ、ヤナギの質問時間には自ら挙手をしなかったアイビーが、カルミアの時だけこんな感想を述べてくれたのか。

そんなの、理由はたった1つ。


同情、されているからだ。


他の3人の発表は、皆から人気があったから質問する機会を譲っていた。

でも、カルミアには、誰も……。

「ありがとう、ございます……」

アイビーの感想に精一杯の気持ちでそう返すと、また沈黙の時間が訪れてしまう。

たった4分間が、酷く長く感じた。

早く終われ。

そう願えば願うほど、時間の流れはゆっくりに感じる。

もう、舞台裏に引き返してしまおうか。

そう考えた、時だった。

「1つ、宜しいでしょうか」

近くから、そんな声が聞こえた。

観客席からではない。

すぐ真横から。

驚いて振り向くと、そこには舞台に出てきたヤナギが立っていた。

ゆっくりとした、優雅な動作でこちらまで歩いてくると、まっすぐに手をピンと伸ばした。

「ヤ、ヤナギ……どうぞ」

しどろもどろになりながらヤナギを指名すると、ヤナギは上げていた手を下ろしてハッキリとした口調で質問した。

「花についての本、ということですが……花言葉などは、載っているのでしょうか? 」

「花……言葉? 」

すぐに図鑑に目を通す。

だが、そこに載っているのは花の育つ場所や種類ばかりで、花言葉については詳しく載ってはいないようだった。

「すみません。花言葉については……」

「そうですか。でしたら、カルミア様が何か知っている花言葉などは、ありますか? 」

「俺、が? 」

予想していなかった質問に、カルミアは少し慌てる。

「はい。私も、花に関しては種類についての知識の方が多く……花言葉は数える程しか知らないのですが、もしカルミア様が何か知っている花言葉があれば、教えてほしいと思いまして」

花言葉。

カルミアもあまり……というか、全然詳しくない。

ここで正直に「知らない」と言うのが普通なのだろうが、それはなんだか嫌だった。

カルミアが花言葉を知らない、カルミアにも知らない、わからないことがあるのだということを、周りの人に思われたくないという、無駄に高いプライドがあったからだ。

必死になんて答えようか頭を捻っていると、ふいにあの日の会話が脳裏を過ぎる。


『綺麗でしょう? 知ってる? コスモスの花言葉』


あの日、花壇の世話をしている用務員さんが言った言葉。

そうだ。確か、コスモスの花言葉は……

「美麗」

カルミアの凛とした声が、広間に響いた。

「コスモスの、花言葉だ」

美麗。それはまさに、ヤナギにピッタリな言葉で。

「美麗……。ありがとうございます」

ヤナギは言葉を噛み締めながらそうお礼を言って舞台裏へと帰って行った。

「花言葉……ロマンチックですわね」

1人の令嬢の声が聞こえた。

「俺も、今度花言葉を選んで花を渡してみようかな……」

「俺も、今度婚約するんだが、花を渡してみるのも、いいかもしれないな。彼女にピッタリな花言葉と共に……」

何人か、そう言う声が聞こえた。

気づけば声はどんどん大きくなっていき、やがて花言葉で盛り上がる人々の姿が広間を埋めつくしていった。

自分の、長々とした説明ではなく、ヤナギのたった一言の質問で、広間の空気が一変したのだ。

そして、気づけば4分間が過ぎており、カルミアはアイビーとヤナギの質問だけをして舞台を出る。

「ご清聴、ありがとうございました」

礼をすると、ぱちぱちと拍手が起こる。

「花言葉、素敵ですわね」

「本当に。ロジック様も、見かけによらずロマンチストなのかもしれませんわね」

花言葉の話題を振ったのはヤナギなので、カルミアのことをロマンチストだと評するのは筋違いだと思えたが……。何だかそれでもいいような気がした。


「それでは、読書発表会はこれにて終了とします。皆様、どうもありがとうございました」

先生がそう締めくくると、わっと歓声が上がる。

皆、これをきっかけに図書室に来てくれそうだ。

「お疲れ様でした。カルミア様」

「ヤナギ……」

そう声をかけてくるヤナギの顔を、カルミアは眼鏡越しに見つめる。

ヤナギがあの時質問をしてくれなけれぱ、どうなっていたのだろうか。

空気が悪いまま終わっていたのかと想像すると、少しゾッとした。

勉強ができれば、他はどうでも良いと思っていた。

図鑑の知識をひけらかし、皆には分からないであろう単語を次から次へと並べ立て、結果的に意味のわからない、確実に飽きてしまうであろう発表をした。

その上、人間関係を疎かにしてきたこれまでの自分が裏目に出て、アイビーとヤナギ以外からは誰からも質問や感想を言われることはなかった。

最悪だ。最悪の発表会だ。

でも、だからこそ、あの最悪な状況を覆してくれたヤナギには、感謝しかない。

カルミアは、ヤナギに1歩近づいてその手をとった。

「ヤナギ、ちょっといいか? 」

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