のほほん90
帝国は攻め倦ねていた。
王国の士気がある日を境に急激に上がったからだ。
数多くの王国兵を倒し、全てがうまく運びあと一歩。
あと一歩という所で王国兵がまさかの攻めに転じた。
その攻めは無謀としか言いようがない。
守りに徹していれば勝機があったかもしれないのに。
帝国将軍は攻めに転じた王国兵達を愚かと最初は罵った。
諦めて自暴自棄になったのかと思った。
けれど違った。
その無謀ともいえる攻めは、数で勝っているはずの帝国兵を次々と打ち倒していく。その強さはかつて将軍自ら指揮していた隊、延いては将軍と共に王国を強国として轟かせてきた歴戦の勇士たちを思い出させる。なにがあったのか、それは帝国将軍にはわからない。
だが王国はかつての強さを取り戻した。
守りに徹していたオランドが誰よりも先に帝国兵たちの中へ突撃していく。全ての兵たちはそれに続く。ヴィータもアリアもルーシュもバランも、全ての者達が思い思いに帝国兵達を打ち倒す。そこには負けるかもしれないという不安は一切ない。
必ず勝つ。
その強い意思しかなかった。
その中で一際、活躍する者がいた。
それはヴィータだった。
オランドの背中を支えるようにアリアが続く。
そしてオランドと共に駆ける男がいた。
それがヴィータだった。
将軍がかつて思い描いた理想。
それが今叶っている。
もしここに将軍がいれば、誰よりも喜び、戦場を駆けただろう。
将軍が駆け、その隣をオランドとヴィータが駆ける。
その理想が。
オランドの隣をヴィータが駆ける。
その二人の活躍は、誰よりも先に道なき道を進み続けるその姿は、全ての王国の兵士たちの道しるべとなった。
もう誰も迷うことはない。
ただその背中を追いかけ突き進むのみ。
ヴィータは今、オランド達と合流した時以上の活躍だ。
それは鬼気迫るものがある。
心のどこかで諦めていた、
心のどこかで安心していた。
けれど最後の砦にレフィリアが現れたことで、再び火を灯したのだ。
今のヴィータは引くことを知らない。
邪魔する者はすべて斬り伏せていた。
自ら打ち、そして完成させた理想の剣をその手にして。
ヴィータの周りには常に血飛沫が舞う。
首が飛び、腕が飛び、足が崩れる。
戦場を駆け巡り、時には空を蹴る。
その戦いは帝国兵にとっても王国兵にとっても異常に見える。
魔法を使う者、魔力を扱う者はたくさんいる。
だが空を蹴ることの出来る男など見たことがないのだ。
飛んだと思えば突然軌道が変わり、敵を撫でるように剣を振るえば鎧などなかったかのように体が斬り裂かれていく。全てが一連の流れのように止まることを知らないそのヴィータの戦いは美しくも見える。
ヴィータは止まらない。引かない。
いや、止まれない。引けないのだ。
最初はレフィリア様を守るという決意だけだったその男は、守らなければならないものがたくさん出来た。
レフィーをティアをコン太を大切な人を守るという確固たる決意を持った。
どんな戦いでも、負けるとわかっていても、守りたいと思う人のために、戦う意思を貫くという揺るがぬ信念を持ち。
死ぬとわかっていても戦うという覚悟、その覚悟が、レフィリアが最後の砦に来てまた少し変わった。例え死ぬとわかっていても、最後の最後まで諦めないで戦い抜くという決死の覚悟に変わった。
その確固たる決意が、揺るがぬ信念が、決死の覚悟が、ヴィータに剣を作らせるように鍛冶をさせ、ヴィータを強くした。そして今のヴィータには、頭の悪いヴィータにもはっきりとわかることがあった。
ヴィータの後ろには背中にはレフィリアがいると。
最後の砦には、最も守りたいと思う存在がいるのだ。
夢に出ていた怯えるレフィリア。
そのレフィリアを守るためなら命を懸けて戦い続けていた。
それは今現実となっていた。
夢とは少し違う。
けれどそんなものは些細なことだ。
自分が死ねば、王国兵たちが死ねば誰がレフィリアを守る?
それが、ヴィータを強くしていた。
自分が死ねばレフィリアも死ぬかもしれない。
それはヴィータの中で最も許されないこと。
最も忌み嫌うこと。
ヴィータはかつて、レフィリアを守りたい。
その強い意思が意識を失ったヴィータを動かした。
無意識のヴィータに戦いの本能を目覚めさせた。
同じことが今のヴィータの中で起きていた。
夢の中で出来ていた動きが、現実でも出来た。
出来るのは当然かもしれない。
戦っていたのは夢の中だけではない。レフィリアを守るためにはどうしたらいいのかを考え、魔獣と戦う時には常に意識して戦っていた。
理想の剣を追い求めていただけではない。
ヴィータは常に自分を鍛えていた。
そしてヴィータにはそれが出来るだけのレベルに達していた。将軍がヴィータのことを思い、王国兵を辞めさせてからヴィータはずっと自分の道なき道をただただひたすら歩き続けた。その成果がこの戦場でようやく表れているのだ。
ヴィータの才能がようやく開花したのだ。
レフィリアを守る、盾となり剣となることで。
王国軍が士気を取り戻し、かつての強さを取り戻したことで帝国と均衡を保つ。
だが帝国が焦ることはない。
均衡が保たれたことでむしろ勢いが増した。
帝国将軍がその王国軍の強さに喜び、喜々として王国兵達を屠っていくのだ。
ようやく楽しめると言わんばかりに。
その帝国将軍の戦いぶりに感化され帝国兵たちの勢いが増してしまったのだ。
それに負けじと王国兵達も対抗する。
その戦いぶりは敗戦に敗戦を重ねていたとは思えないほどだった。
「戦いはやはりこうでなくては面白くない! さぁ次はどいつだ!」
高揚した帝国将軍は強敵を欲していた。
自らを更なる高みへ昇華させるために。
誰よりも多くの敵を欲していた。
ヴィータは戦場を誰よりも速く駆け抜けていた。
駆け抜けた先には帝国兵の死体が、負傷し、その場にうずくまる者がいる。
その2人はまるで引き寄せ合うようにだんだんと、だんだんと近づいていく。
最初にその姿を見たのは帝国将軍だった。
ヴィータの戦いはとても目立つ。
敵にも味方にもだ。
「あれは……くっくっく……アッハッハッハッハ!!!!! 俺は覚えているぞ!!! あの小僧のことを!!! 生きていたか……そうか生きていたか!!!!! よくぞ生きていてくれた! そしてまた俺に立ちはだかるか!!! 小僧!!!」
帝国将軍はヴィータのことを覚えていた。
つまらぬ戦争と言って捨てたかつての王国との戦争で強敵と認めた男のことを。
王の間で戦ったことを。
意識を失ってもなお王国を守らんとして、自らを傷つけたその小さな男のことを。
帝国将軍にとってあのヴィータとの戦いは決着がついていないと思っている。
王都に向かって来た援軍によって引くことになったあの戦い。
誰がどう見ても帝国将軍の勝ちであった。
だが帝国将軍だけは違った。
引き分けたと思っていたのだ。
ヴィータの意地がそうさせたと。
そしてヴィータも帝国将……いや、帝国将軍の存在に気付いた。かつて自分の剣をたった一振りで折り、たった一振りで兜と鎧を粉々にし、一蹴されたその相手を。
ヴィータは逃げない。
引かない。
むしろ自分から近づいていったと言っていいかもしれない。互いに引き寄せ合うように、ヴィータと帝国将軍は遂に剣を交える距離にまで近づいていった。
剣を交えながらお互いの間に入る王国兵と帝国兵を倒していく両者。
その間も互いを睨み、隙あらば互いに剣を振るい、そして交える。
戦いの次元が違う。
そう言えるほどに2人の戦いは凄まじかった。
王国兵も帝国兵も次第に2人の間に入っていかなくなった。
入っていくだけ無駄だと悟っていった。
そして自然と2人の一騎打ちが始まった。
その2人だけ別の戦場にいる。
そう言えるほどの戦い。
帝国将軍は隙あらば当たったら最後、致命傷となる一振りを振るう。
ヴィータも隙あらば、首、腕、足、その急所を狙い続ける。
周りの兵士たちはその戦いに次第に魅入られていき、戦うことを辞めて剣を下した。その戦いの邪魔にならないように、巻き込まれないように間を開けていく。
近くにはオランドが、アリアが、ルーシュが、バランがいた。
誰もその戦いに入っていこうとはしない。
誰もが息を飲み戦いを見守っていた。
そしてすべての王国兵が、帝国兵が悟った。
この2人の戦いの勝敗の行方が王国と帝国の勝敗の行方に繋がるだろうと。
剣戟が舞う
血飛沫が舞う
剣と剣が交じり合い火花が散る
何度も
何度も
何度も
帝国将軍はヴィータの戦い方を知っていた。
その時より遥かに強くなっているヴィータ相手にも劣ることはない。かつての王の間での戦いを覚えていたことでヴィータの動きを捉え、攻撃を捌く、捌き切れない攻撃はギリギリのところで躱し、致命傷にならない程度にいなす。
変幻自在な動きをするヴィータの3次元の戦いにも驚くことはない。
むしろ喜々として戦っていた。
言葉こそないが
俺が戦いたかった強敵と再び相まみえることが出来てよかったと
今度こそ決着をつけてやると
俺が勝ち更なる高みへと昇ってやると
そう物語っていた。
ヴィータも帝国将軍の戦い方をなぜか知っていた。
ヴィータは帝国将軍と一度も戦ったことがないはずなのに、飛び出して、一瞬でやられた記憶しか残っていないのに、ヴィータは知っていた。
なぜか体が知っていた。
なぜか夢で戦い続けていた帝国将と同じ戦い方をしていた。
そして帝国将軍と何度も何度も剣を交え実感した。
ヴィータの持つ自ら打った理想の剣ならば
絶対に折れることはないと
最後の最後まで戦い抜けると。
2人の戦いはさらに激化していく。
お互いがお互いのことを知っていたことで、2人の戦いが噛み合っているのだ。
そして止まらない。
どちらかが倒れるまで戦いをやめないという強い意思を感じる。
俺はお前を倒して更なる高みへ昇る!!!
俺はお前を倒してレフィーを守る! 必ず!! 絶対に!!!
混沌と化していた戦場はいつの間にか2人だけの戦いになっていた。
誰もが固唾を飲んで見守っていた。
勝負の行方を。
そしてもし勝敗が決まっても、勝った方も負けた方も語り継がれていくだろう。
それほどの戦い。
その戦いにも変化が訪れた。
どちらかの腕が飛んだのだ。
その腕はヴィータの左腕だった。
片や帝国将軍は左目を失っていた。
ヴィータは腕を失う代わりに帝国将軍の目を
帝国将軍は目を失う代わりにヴィータの腕を
それでも戦いは終わらない。
それでも戦いの勢いは衰えない。
むしろ勢いが増していく。
片目を失った帝国将軍は視界が半分ないはずなのに
片腕を失ったヴィータは一刀失ったことで戦力が半減したはずなのに
それでも2人は更なる高みへと昇っていく。駆け上がっていく。
お互いがお互いの秘められた力を引き出していくように。
痛みなど感じる余裕などなかった。
片腕を失おうと引けなかった。
引けば負けてしまうかもしれないから。
ヴィータの後ろにはレフィリアがいる。
今逃げ出せば
今引いてしまっては
最も大切な人を
心を暖め勇気を与えてくれる笑顔を
誰よりも守りたいその人を
レフィーを失ってしまう
だから引けない
引くわけにはいかない
負ける訳にはいかない
俺の後ろには守りたい人がいるから
だから俺は絶対に、絶対に負ける訳にはいかない
俺は必ずこの男に勝って
俺は必ずレフィーの……みんなの元へ帰る
いつまでも続くと思われていたその戦い
その戦いの決着が遂についた。
お互いの剣が交わりそうになったその瞬間。
ヴィータが一歩速く前に出た。
そしてヴィータが帝国将軍よりも先に
帝国将軍の心臓を貫いた。
「…………俺に…………勝った男の名を…………教えろ」
「…………ヴィータ…………」
「……ヴィータ……その名、俺の魂に刻み込ませてもらう……死んだ後も……忘れることはないだろう……見事だった」
ヴィータは帝国将軍の体から剣を引き抜いた
帝国将軍は体の支えを失い地に倒れた
ヴィータも倒れそうになる。
この戦いがもし両者共倒れだった場合、王国と帝国の勝敗はまだわからなくなる。
だが……ヴィータは倒れなかった。
自らの理想の剣で体を支え、ゆっくりと……ゆっくりと立ち上がる。
王国兵も帝国兵も何も言わない。
誰も戦おうとしない。
誰もがヴィータを見ていた。
そのヴィータはゆっくりと理想の剣を掲げる。
その理想の剣は混沌としていた静かな戦場でもミスリルの輝きを放つ
敵味方問わずすべての兵士たちにその輝きは見えた
ヴィータはゆっくりと息を吸う。
勝ったことを実感し
そして雄叫びを上げるようにこう言った。
「我々は王国を守る者達である!!! 我々はレフィーを!!! 王を!!! 国を!!! 民を!!! 家族を!!! 恋人を!!! 友を守るために存在する!!! レフィーを、大切な人達を脅かすのなら、我々の力を!!! その確固たる決意を!!! その揺るがぬ信念を!!! その決死の覚悟を!!! 我々がお前達に死をもって思い知らせてやる!!!!!」
その言葉はかつて将軍が言っていた言葉だ。
ほんの少しだけ本心が混じり、変わってはいるが
それでも十分な、十分すぎる言葉だった。
ヴィータが勝利を宣言した。
それは帝国将軍の死を意味するもので
帝国兵たちにとっては最も信頼していた男の死だった。
そしてそれは窮地に追いやられた王国に再び英雄が誕生したことを意味していた。
王国兵たちは新たな英雄の誕生に打ち震え、
帝国兵たちは新たな英雄の誕生に絶望した。
全ての王国兵たちは一斉に剣を掲げた。
「「「「「我々は王を!!! 国を!!! 民を!!! 家族を!!! 恋人を!!! 友を守るために在る!!!!!」」」」」
そう叫んだ。
誰もが心の底から叫んだ。
ヴィータは走り出した。
戦争はまだ終わっていない。
レフィーを守るために誰よりも先へ駆けた。
新たな英雄の誕生に恐怖し士気を下げた帝国兵たちはもはや敵ではなかった。
新たな英雄の誕生に歓喜し士気を上げた王国兵たちはもはや誰にも止められない。
「「「「「おおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」」」」
ヴィータが駆ける
オランドがアリアがルーシュがバランが
全ての兵士たちがそれに続いた。
戦いの途中でヴィータは倒れた。
さすがに片腕を失って戦い続けるのは無理があった。
「……まだ……まだ……」
「よくやった。よくやってくれたヴィータ。俺が忘れていたこと、お前がすべて思い出させてくれた。後は俺に、俺達に任せておけ! おい! ヴィータを絶対に死なせるなよ!!!」
ヴィータはオランドにそう言われ、兵士に運ばれ最後の砦に戻っていった。
ヴィータが戦線から離脱しても王国軍の勢いは止まらなかった。
オランドは将軍として完全に目覚め、かつて誰もが信頼を寄せていた男に戻っていた。
それはすべての王国兵たちがその背中を必死に追うに足る男に戻ったことになる。
奪われていった拠点を、町を、村を次々と開放していく。
そして治療を終えたヴィータが再び戦場に舞い戻ると王国兵たちは更に士気を上げた。
ヴィータは帝国将軍を打ち倒したことで、誰にも止められないほどの強さを手に入れていた。オランドやバランと共に次々と帝国の将達を討ち取り、新たな英雄の誕生を帝国へ知らしめるほどの活躍を上げた。