のほほん89
王国ある最後の砦。
王国にあるいくつかの砦の中で最も古いその砦。長く繁栄し、王国が強国として名を知らしめてきた。その王国が戦争の中でこの最後の砦を使ったのは過去に一度だけ。本来であれば戦略的にはほとんど必要が無く、精々使われるとすれば、王国の兵士たちが休む中継地点としてだ。
ルーシュが必死になって頭をひねり、何とか帝国軍を誘導することに成功していた。全ては仲間達が生き残れる可能性が少しでも高くなるように、将軍であるオランドの言うように少しでも多く民達が逃げれる時間を稼げるように。
その最後の砦は守ることに向いているとは言い難い。
ではなぜ立て直すなりしなかったのか。
それは最初で最後のたった一度だけ使われた時のことが関係していた。
それは王国が滅びのあと一歩までに迫られてしまった時、その戦争で王国内で知られている救国の英雄が誕生した砦だったからだ。救国の英雄はすべての兵達をまとめ上げ、王国を守りたいと志願した民達を率いてこの最後の砦から王国を救ったのだ。
由緒正しき、救国の英雄が誕生したこの砦は、当時の歴史をよく知ることが出来る砦として残されていた。まさかまた王国の最後の砦として機能するとは誰も予想していなかった。
その古い最後の砦は辛うじて帝国軍の猛攻に耐えていてくれた。いつ壊れてもおかしくない壁や門。民を守ると王国の兵士たちは必死にその最後の砦で戦い続けていた。
その王国の兵士達ももはや限界だった。帝国の終わることのない攻めに怯え震える者もいる。死にたくないと口にはしないが、体が震えているのだ。オランドにはそれを励ますことが出来なかった。
最後の砦にいるすべての王国の兵士たちは自分達が生き残ることを諦めていた。死ぬとわかっていた。オランド将軍が言った民を守るために戦った。そしてその逃げる時間は稼げた。
よくやった。
そんな哀愁が漂っていた。
オランドもアリアもルーシュもバランも、そしてヴィータもどこか諦め、どこか安心していた。
レフィーは、ティアは、コン太は無事に逃げ切れただろう。それだけの時間を作ったのだから。それでも逃げ遅れた民がいるかもしれないと、最後の最後まで戦い時間を稼ぐ。それがヴィータの気持ちだった。
ヴィータ一人が参戦したところで、この流れが変えられるとは思っていなかった。それでも戦った。レフィー達を守るために。そしてそれは成されただろうと安心し、満足していたのだ。
そのヴィータや兵士たちの前に、この最後の砦に来てはいけない人が現れた。
それはヴィータが最も守りたいと思う人。
レフィリアだった。
レフィリアはすべての兵士たちが見渡せる場所へ行った。
その隣にはエレノアの姿もある。
「皆さん! 聞いてください!」
レフィリアの美しい姿、美しい声は最後の砦の隅々にまで響き渡った。全ての兵士たちが疑問に思ったことだろう。
なぜここにレフィリア様がいるのかと。
「王は言いました。最前線で帝国と戦う兵士たちを置いてなぜ逃げだすことが出来ようかと。最後の最後まで民の逃げる時間を稼ぎ、民を守ろうとし、足掻いているあなた達を見捨てることなど出来ないと。そしてこうも言いました。滅ぶのであれば共に滅ぶと。王は皆さんと共に戦い続けることを選びました!」
レフィリアは一人一人、全ての兵士に聞こえるように一つ一つ丁寧にゆっくりと話す。全ての兵士たちはその姿に魅入っていた。
「私も悩みました。このまま逃げていいのかと。そして答えを出し、ここへやってきました。私も皆さんと共に戦うと決めました。私は皆さんのように戦場に出て戦うことは出来ません。ですが支えることは出来ます! 傷ついた皆さんを癒す力があります! 王は、私は皆さんと共にあります! そして皆さんのことを誇りに思います! だからそのように下を向かないでください! 共に最後まで戦い抜きましょう!」
最後の砦はシンと静まり返っていた。
レフィリアのその美しい声にその言葉に魅入られていた。
それを聞いていたすべての兵士たちは何も言わない。
何も言わないが認めていた。
誇らしいと思っていた。
王国の象徴、そのレフィリアのことを。
そんな中ある一人の男が言った。
「お前達はまだすべてを諦め下を向いているつもりか!? レフィリア様は共に戦うと仰った! なぜそれに応えない!?」
オランドだった。
剣を引き抜き高く高く掲げている。
そしてアリアが同じように剣を掲げた。
それを見たルーシュがバランが、全ての兵士たちが剣を掲げていく。
「俺達は王とレフィリア様と共に戦う! そうだな!?」
「「「おおおおおおおおおお!!!」」」
「俺達は……俺達兵士は王国の盾であり剣だ! あの帝国の奴らにそれを知らしめてやれたか?」
「「「まだだ!!!」」」
「そうだまだだ!! 俺達のすべての力をあの愚かな帝国兵達に見せつけてやるぞ!!!」
「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」」」
レフィリアが最後の砦にやってきたことで、オランドは自分のやるべきことを思い出した。将軍はいつも戦争が始まる前にすべての兵士達の士気を上げていた。それをオランドはレフィリアの力を借りてやったのだ。
狂った歯車が今、元に戻ろうとしている。
オランドが将軍として初めて仕事をしたのかもしれない。
アリアはそれを喜んでいた。
誰よりも先に剣を掲げた男のことを。
レフィリアは諦めていたすべての兵士に勇気を与えた。希望を与えた。
王が、レフィリア様が共に最後まで戦う。
その報告はすべての兵士たちの力となった。