のほほん86
ヴィータはまた夢を見ていた。
今度はいつもの夢だ。
目の前には帝国将が佇んでいる。
後には怯えるレフィリアがいた。
いつもの夢、何十、何百と見てきた夢。
ヴィータが自分の武器が欲しいと強く願うきっかけとなった夢。
夢から覚めたヴィータはいつも鍛冶場に篭り、強く願い、そして欲していた。
自分の求める武器を
その理想を。
最初は帝国将と素手で挑んだ。そして夢から覚めたヴィータは自分の武器が欲しいと思った。レフィリアを守れるようになるために。時が経つにつれ、その漠然としたものは、形あるものに変わっていった。
レフィーを、俺を手助けしてくれた者達を守りたい。
足手まといだった。役立たずだった。
だからって諦めていいのか?
……嫌だ。仲間と一緒に戦えるようになりたい。
そして、今、目の前にいる帝国将に負けたくない。
そのためにはもっと、もっと強い、俺の理想の剣が欲しい!
自分の無力さを呪った。絶望もした。それでも諦めきれず、道なき道を理想の剣を追い求め、そしてようやくその手に理想の剣を手にすることが出来た。
今のヴィータの手には、自ら打った理想の剣があった。
ミスリルの輝きを放つ美しい刀身の2本の剣が。
体が震えていた。
ようやく……ようやくここまで来たと実感して。
けれど、まだ終わっていない。始まってすらいない。
ヴィータはようやくスタートラインに立ったのだから。
ヴィータは駆けだした。
目の前にいる強敵を、帝国将を倒し、レフィリアを守るために。帝国将と剣を交える。剣と剣がぶつかり合い、剣を伝わり、その衝撃は体にまで響く。
通用する。
ヴィータはそう感じた。
これでようやく戦える。
ヴィータは駆ける。帝国将の周りを前後左右、そして空を蹴り駆けまわる。
上下、前後左右から攻撃を仕掛ける。帝国将はすべてを捌き、そして反撃する。
理想の剣は、欠けることも折れることも無い。
理想の剣は、鎧の上からも帝国将を傷つけた。
理想の剣は、ヴィータの戦いについてこれた。
結局、戦いは終わらなかった。
戦いの途中で夢が覚めたのだった。
王の命で王都にいる民達のほとんどが王都から離れていく。そんな中ヴィータは王国軍がどこにいるのか、それを知った。ヴィータはすぐに支度をして王国軍と合流しようと動き出していた。
「へっぽこ店主……本当に行ってしまうんですか? 本当の本当に生きて帰れるかわからないんでしょう?」
「うん、俺は行くよ。ティア達は王都から離れるんだ。馬車があるし、食料も十分ある。守ってくれる兵士や親衛隊の人たちもいるっていう話だから大丈夫だと思うけど……」
「ヴィータくん、約束するわ。私がこの子達をあなたの代わりに守ると」
「ルナさん」
「こう見えて一応、私は強いのよ? だからティアちゃん達のことは安心しなさいな」
「ありがとう。じゃあ、そろそろ行くよ」
「待ってください。へっぽこ店主に死んでしまわれては、私の大商人への道がかなり遠のいてしまいます。それはもう、この家で一緒に過ごすようになった時間の分だけ。だから約束してください。ちゃんと生きて帰ってくると」
「もちろん。約束するよ」
「……そうですか。安心しました。それとこれは私からの餞別です。本当は前の戦争に出てしまう前に完成させたかったものなんですけどね。私が今作れる最高の品です。無くしたら怒りますからね!」
ティアはヴィータにブレスレットを渡した。
「ヴィータくん。それはティアちゃんが私の元から卒業する証よ。特別な物だから大切にね」
「ありがとうティア。怒られないようにしないとな」
「えぇ、大事にしてください!」
「店主さん、今度は僕から。今の僕が作れる一番のポーションを作りました。もし、怪我してしまったら使ってください」
「ありがとうコン太」
「僕には戦う力がありません。こんなことしか出来ませんが、頑張ってください。無事に帰ってくるのを待ってます!」
「ヴィータさん。コン太のためにも、無茶だけはしないでください。私がヴィータさんにしてあげられることが無くて心苦しいですけど……」
「そんな事ないでありますよ。毎日毎日俺達のために支えてくれていたのを知っています。ちゃんと帰ってくるであります!」
ヴィータを家の住人が全員見送り、その身を案じた。
改めてヴィータは実感し、そして思う。
守ろうと。
そこへレフィリアとエレノアがやってきた。
「ヴィータさん」
「レフィー? どうしてここに?」
「お話に来ました。その恰好は……もしかして……また戦場へ行ってしまうのですか?」
「うん。今も戦っているみんなの所へ行こうと思うんだ。王都も危ないかもしれないんだろ? 早く離れた方がいいよ。なんなら、ティア達と一緒に行くといいよ」
「……どうしても……どうしても行ってしまうのですか?」
ヴィータが死んでしまうかもしれない。それはレフィリアには耐えられないものだった。視察と称して会いに来た時、戦争に出て家にいない時があった。それを知ったレフィリアはいつも心苦しそうに心配していた。
そして今回の帝国との戦争は到底生き残れるとは思えない。その気持ちがレフィリアに焦りを、失いたくないという気持ちを駆り立てていた。
「うん、レフィーやティアやコン太達、その大切な人達を守りたいから行くんだ。俺が行っても行かなくても大して変わらない。けど、何もしないで見ているだけなのは嫌なんだ。それに王国の兵士たちは俺にとって大切な仲間なんだ。見捨てるなんて出来ない」
「……そうですか……」
ヴィータの決意は本物だ。
王と……父親と同じく説得出来るとは到底思えなかった。
「それでヴィータ。もう行くということですね?」
「はいであります」
「そうですか。これを持っていきなさい」
「……これは?」
エレノアは身につけていたマントを外し、ヴィータに渡した。
「先ほどティアさん達があなたに渡していたように、これは私からの餞別です。でも勘違いしないように! あくまでも貸すだけです! 他の兵士と一緒に行くという訳ではないのでしょう? その恰好のまま戦場へ行ったら王国の兵士に見間違われて攻撃されるかもしれませんから」
「だ、大事にするであります!」
「当然です! 王国の紋章も刻まれていますから間違われることはないでしょう。いいですか! あくまでも貸すだけです! 王妃様から頂いた私の大切な物なのですからね!」
エレノアから借りたマントをヴィータは身につけた。
「……意外と似合っていますね。悔しいですが、様になっているではありませんか」
「ありがとうございます」
「ではさっさと行きなさい。ヴィータ、あなたがこれ以上ここにいると嫌なことが起こる気がしますからね! さぁ今すぐ行きなさい!」
「は、はいであります! じゃあみんな、行ってくる」
ヴィータは歩き出す。
王国の兵士が……共に戦う仲間がいる戦場に向かって。
レフィリアは胸が締め付けられるような思いをしていた。
残ってほしいと
行ってほしくないと
そう叫びたいのかもしれない。
やはり我慢出来なかったのだろう
レフィリアはヴィータを呼び止めた。
「ヴィータさん!」
「っ!」
呼び止めたレフィリアはささっと近づく。
エレノアはレフィリアが何をしようとしたのか察して止めようとしたが遅かった。レフィリアより少し背の高いヴィータの顔に届くように背伸びして
そしてキスをした。
ティアはそれを見てレフィーから行きましたかと感心し、コン太はわぁと驚き、顔を赤くしていた。エレノアの背後には鬼がいた。ルナとコン太の母親は2人を見守るように微笑んでいた。
「れ、レフィー!?」
「え、えとえっと……こ、これは……そう! 加護です! ヴィータさんが生き残る可能性を少しでも高めるための加護です! 勇気を与える加護です!」
「そそそっか!」
ヴィータはキスをされたことに驚き、顔を真っ赤に染めた。レフィリアも自分がやったことなのに動揺し、顔を真っ赤に染めていた。
「そそ、それと、わ、私だけ何も渡さないのはどうかと思うので! えっと……このお母様の形見の首飾りを受け取ってください!」
「そ、そんな大切な物受け取れないよ!」
「い、いいから早く受け取ってください! さ、さぁはやく! その……その……それは返さなくていいですからね!」
「は、はい!」
勢いに押され、首飾りを受け取ったヴィータに早く着けろと促すレフィリア。
「本当は行ってほしくないです。でも、私は止めません。だから……だからちゃんと生きて帰ってきてください」
「うん。必ず」
ヴィータはレフィリアに誓った。
必ず生きて帰ると。
今度こそヴィータは王都から出ていった。レフィリア達を守るために、死地にいる仲間たちと共に戦うために。