のほほん84
「久しぶりだな駄目弟子!」
「師匠! お久しぶりであります!」
ドラゴスはヴィータが戦争に参加する半年ほど前に探しに行くものがあると言って家から出ていた。もう教えることはないとそう言って。
「出ていってからまた随分と騒がしくなったもんだな。人間は本当に争いが好きなようだ」
「申し訳ないであります」
「構わん。駄目弟子よ。嫌になったのなら人里から離れ静かに鍛冶に集中するのも一つの手だぞ。なんならワシと一緒に行くか? 今度は鉱石の掘り当て方でも教えてやろう。鍛冶を続けていくのであれば、ミスリルやオリハルコンを打ってみたいと思うようになるだろう。鉱山や地下に潜ることになるだろうがな!」
「それもいいかもしれないでありますね。でも俺は、俺には守りたい者達がいるであります」
「ガッハッハ! 昔から変わらんな! それが駄目弟子の良い所だろう。ワシもその熱意に当てられたのかもしれん。久々にまた本気で鍛冶をやろうと思い始めたのだからな!」
「そうでありますか……では、この家から出ていくという訳でありますね?」
「うむ、戦争などワシには関係ないからな。関係あるのはお前だけだ駄目弟子よ」
「俺でありますか?」
「ワシはこれまで何人もの弟子を取ってきた。お前より優れた者達ばかりだったが、お前のような夢を、目指すべき目標を持っているものはおらんかった。ここまで早く言うことになろうとは思ってもなかったが、駄目弟子よ。お前はワシの手から離れ、鍛冶職人と名乗ることを許そう」
「ですが俺はまだまだであります!」
「当然だ! だがワシからお前に教えることはもう何もない。後は自らワシが教えた技術を体に染み込ませ磨き上げて、お前自身がお前自身の手で自らを昇華させていくのだ。もしかしたら、いずれワシに届くかもしれんな。が、お前の兄弟子たちも今もなおワシに届く者はいない。どうするかはお前次第だ、駄目弟子!」
「……わかったであります! これからも日々精進し、いつか師匠に手を届かせてみせるであります!」
「やってみるがいい! さて、これは卒業祝いだ。受け取れ」
ドラゴスが手渡してきたのは見たことも無い鉱石だった。
「これは?」
「それはミスリル鉱石だ。弟子を取った者の中でワシが卒業を認めた者に渡すと決めているものだ」
「これが……ミスリル鉱石。じゃあしばらく家から出ていたのは」
「それを探しに行っていたと言うわけだ。この辺りにミスリル鉱石が無かったのでな。時間が掛かってしまったが、ちょうどいい頃合いだろう。商人娘から話を聞くに、プラチナでは満足出来なかったのだろう?」
「そうであります」
「ワシが渡すのはそれ一つだけだ。お前の兄弟子たちにもそうしてきた。上手く打つことが出来た者もおるし、出来なかった者もおる。さて駄目弟子はどうなるかな? それを見届けてワシはこの王都から去る。打つと決めたらワシに言え」
「はいであります!」
ドラゴスは鍛冶場から出ていった。
ドラゴスが出て行った後、ヴィータはただただじっとミスリル鉱石を見続けていた。ドラゴスが渡してくれたミスリル鉱石はきっと、おそらく最高級の鉱石なんだろう。目利きの出来ないヴィータにはわからない。だが、何となくそんな気がしていた。
ヴィータはティアが夕食だと呼びに来るまでその場から動かず、ミスリル鉱石を見続けた。そして夕食中、ドラゴスに明日の早朝に打つと告げた。
……………………………………
ヴィータは夢を見ていた。
いつもの夢ではない。
ヴィータの周りにはこれまで出会った人たちがいた。
レフィリアとエレノア、ティア、コン太、コン太の母親、ルナ、ドラゴス。
もし、この人達が危険な目に遭ってしまいそうになったのなら、ヴィータは間違いなく駆け付け、全力で戦うだろう。
ヴィータの目にはその意志が宿っていた。
夢の風景が変わった。
そこは戦場だ。
オランドがアリアが、ルーシュがバランが、全ての兵たちが必死に戦っていた。今のヴィータは何も持っていない。何もすることが出来ない。
歯痒い。
その気持ちがありありと伝わってくる。
いつの間にか将軍が隣にいた。
「ヴィータよ。歯痒いのか?」
ヴィータは将軍の言葉に静かに頷いた。
「なぜ歯痒い? お前はもう兵士ではないのだ。命を懸けて戦う必要はないのだぞ」
「初めての戦場で何も出来なかった俺に、将軍は言ってくれました。己を見失わないように確固たる決意を揺るがぬ信念を、その覚悟を見つけろと。今の俺にはそれがあるのですよ。レフィー達を守りたい。共に過ごした仲間達を手助けしたい。それが……それが俺の確固たる決意であります。負けるとわかっていてもその信念は揺るがない。そして、死ぬとわかっていてもそれを貫く覚悟は出来ているであります」
「それがお前の志か。見事だヴィータよ。お前は最後にそれを俺に見せてくれた。だがそのお前が剣が一度折れただけで何もしなくていいのか? 守ると決めたのならば、共に戦いたいと願うのならば、手を伸ばせ。その先には必ず、お前の理想の剣があるはずだ。そしてその理想の剣を手に取り、オランド達と共に戦い、その意志を貫き証明してみせろ」
将軍に促され、ヴィータは手を伸ばす。
今まで、遠すぎて届かなかったその理想の剣は、道なき道を諦めず歩き続けたヴィータの目の前にあった。
ヴィータはその理想の剣をついに手に取ることが出来た。
「俺が教えられることはもうない。後は自分の選んだ道を突き進め。悩む時もあるだろう。苦しむ時もあるだろう。その時はお前の周りにいる者達を頼れ。必ずお前の背中を押してくれるだろう」
「はいであります!」
「俺の役目はここまでだ。後はまたいずれ会う時の楽しみにしておこう」
将軍が離れていく。
それと同時に夢から覚める。
「将軍、ありがとうございます」
ヴィータは起き上がり、着替え、鍛冶場へと行く。
そこにはドラゴスがいた。
「来たか駄目弟子」
「師匠!? もう起きていたのでありますか」
「先ほど目が覚めたのだ。さぁ、駄目弟子。お前の今まで磨いてきたもののすべてを、そのミスリルにぶつけて見せよ」
「はいであります!」
ヴィータは準備をして、いつものように座る。
その目の前にはドラゴスからもらったミスリル鉱石があった。
ヴィータはミスリル鉱石のその先に見える理想の剣。
夢で手に取った理想の剣を見つめていた。
自分が戦える武器が欲しい。
そうして鍛冶を始めた。
理想を求め、ひたすら打ち続けた。
その理想がもうすぐ手に届く。
ヴィータはハンマーを手に持ち、振り上げた。
自分が追い求めた理想の剣を形にするために。
カーン!!
カーン!!
カーン!!
レフィー達をを守れる理想の剣がほしい!!
カーン!!
カーン!!
カーン!!
皆と戦い抜ける理想の剣がほしい!!
カーン!!
カーン!!
カーン!!
自分の意思を貫き通せるだけの理想の剣を、あの帝国将と戦えるだけの理想の剣を!!
ヴィータは今まで打ち続けた中で最も強く、自分の持つハンマーに気持ちを乗せた。その気持ちをこれでもかとミスリルにぶつけた。
そしてそこには、ミスリル鉱石だった物が夢で手に取った理想の剣と同じ姿に変わっていた。ヴィータが望み続けた理想の二刀がそこにあった。
「出来たようだな?」
「はい、完成したであります」
「それで、満足出来たか?」
「今の俺に作れる一番いい出来の剣であります。でも……まだまだ先があったであります」
「ガッハッハ! 当然だ! その剣はいい出来なのは確かだろう。だがそれで満足しておったらワシは出ていく前に、お前を叱っていただろう」
ヴィータが望む理想の剣は作り出せた。
だがヴィータは満足していなかった。
ヴィータが歩み続けたその道にはまだまだ先があったのだ。それは、今まで歩み続けた道よりも遥かに遠く、遥かに険しい道だった。
「さてワシは行くとしよう」
「もう出ていくでありますか?」
「うむ、すぐにでも鍛冶をしたいと疼いていてな。こうして話している時間すら惜しい。商人娘たちにはよろしく伝えておいてくれ」
「わかったであります。師匠、今までお世話になったであります!」
「うむ。なぁに、いずれまた会う時がくるだろう。お前が鍛冶を続けていればな! 駄目弟子よ世話になった!」
そう言ってドラゴスは家から、王都から去っていった。
ヴィータの理想の剣を見届けて。