のほほん82
「将軍!!! 何やってんだ……何やってんだよ!!!!! あんな雑魚相手に後れ取ってんじゃねぇよ!!! あんたは……あんたは倒れちゃいけねぇんだよ!!!!」
「オランド隊長! 一人で行ってはいけません!!」
オランドはアリアの言うことなど耳に入っていなかった。将軍が格下の将に負けたことで将軍が率いていたすべての兵たちが動揺していた。それは近くで戦っていたオランドもだ。
絶対的な信頼のある将軍が倒れた。その衝撃は戦場にいるすべての王国兵たちに瞬く間に伝わり、全ての兵たちが動揺する。
「……将軍が……そんな……あり得ない……あり得ない!!!」
「おいヴィータ! どこに行く気だ!!! あぁクソが!!! お前ら、生き残りたきゃ俺の言うことを聞け!!! 手を止めたら次死ぬのは自分自身かもしれねぇぞ! 焦るな! まだ負けたわけじゃねぇんだからな!!!」
ヴィータは隊を離れ、将軍の率いる隊を目指す。
最短で最速で敵陣の中を一人駆け抜けていく。
オランドはすぐさま将軍の周りにいる敵兵を斬り伏せていく。
鬼気迫るその姿に先ほど将軍を倒した将までも怯むほどだった。
将軍がその将と100回戦えば99回勝てる相手だ。だが将軍はそのたった1回の可能性によって斬られてしまった。事実、動揺するも鬼気迫るオランドがその将と戦うことになったが、戦うという言葉にすることすらおこがましい。オランドは一瞬でその将を斬り伏せた。
その鬼気迫るオランドも何十人、何百人といる敵兵に突っ込んだせいで深手を負ってしまっていた。
「将軍……あんた一体どうしたんだよ! こんな格下にやられやがって!!!」
「言ったろう……歳だと……老いた体は言うことが聞かんのだ」
「そんな弱気な言い分も年老いたからかよ!?」
「…………」
敵兵たちは将がやられたというのに士気が上がっていた。王国を古くから守り続け、その名を轟かせた将軍を見事に討ち取ったのだから。そしてその右腕たるオランドにも深手を負わせた。動揺する王国兵たちの士気は低く、敵兵たちの士気は高い。その差が見る見るうちにオランドを、将軍が率いていた隊を追い詰めていく。
オランドも諦めかけたその時、アリアがオランドの前に立った。全身が傷だらけだった。オランドの後を追うようにアリアも敵陣の中を突っ切ってきたのだろう。
「アリア、何しに来た?」
「何しに来たとは失礼な言い方ですね。あの時見ていただけの私とは違います。助けに来ました」
「馬鹿か! お前は女だぞ! 捕まったらどうなるかわかっているだろうが!」
「えぇ、捕まったら死ぬまで犯され続けるかもしれませんね」
「だったら!」
オランドは深手を負い立ち上がることが出来そうにない。アリアはそんなオランドの前に立ち襲いかかる敵兵たちを斬り伏せる。何度も何度も。
「私はオランドさんの隣で戦うと誓いました。死ぬかもしれないから、捕まるかもしれないからと逃げるつもりはありません。私のことを考える余裕があるのならさっさと立ち上がって私を助けてください」
「お、お前な俺は……」
「深手を負ってもう動けないですか? その程度の傷でもう立てないなどとふざけたことを言うヘタレにまた戻るのですか? 今度は今度こそは守り抜くのでしょう?」
「……ったく……きつい女だ」
「それが私ですから」
オランドは立ち上がる。
深手を負い、体中に走る激痛を我慢しながらもう一度剣を取る。そして迫りくる敵兵達を斬り伏せていく。
「立てるじゃないですか」
「うるせぇ! 滅茶苦茶いてぇんだぞ!!!」
「それだけ大声を出せるなら問題ありませんよ」
「将軍!!!」
敵兵に囲まれたオランドとアリアと将軍の隊が最後の最後まで足掻くと決め戦う中に一人の青年が駆け付けた。
全身傷だらけのヴィータだった。
邪魔する者は容赦しない。そんなオーラに包まれたヴィータは次々と敵を斬る。その戦いぶりはかつて王国の兵士だった頃の情けない姿とは見違えるほどだ。ヴィータのその戦いぶりに感化されオランド達が士気をあげる。
「オランド隊長! その傷は……」
「問題ありませんヴィータ。ほんの少しお腹が裂けてるだけです」
「ってことだ。気にすんなヴィータ。とにかく将軍を……将軍を守るぞ!」
「はいであります!」
近づく敵を次々と斬り伏せる。先ほどまで高かった敵の士気がヴィータやオランドやアリアの活躍によって少しずつ少しずつ下がっていく。
そこへ怒声が聞こえてきた。
「もっとテキパキ動け!! 俺達は王国を守る屈強な兵士だ。この程度の苦難で怖気づいてしまう情けない兵士ではないだろう!」
「さっきまで一番動揺してた奴がよく言うよなぁ?」
「う、うるさいルーシュ!」
「オラオラお前ら! 動け動け! 兵舎から2回卒業して、城からも2回卒業したあのバランさんを見習え! そんなバランさんはまだ親衛隊を目指して頑張ってるんだぞ! それくらい気合を入れて戦い抜け!」
「「「「おおおおおおおおおお!!!!」」」」
「言いたい放題言いやがって……覚えていろルーシュ!」
バランが兵を率いて敵兵を押し返していく。
ルーシュはオランドの隊も引き連れ加勢する。
将軍が倒れたことで一度はすべての兵たちが動揺し絶望したが、いつまでも将軍に頼っていられないと立ち上がった兵士たちが動き出した。
将軍が次世代のためにと蒔き続けた種がようやく芽を出し始めたのかもしれない。バランとルーシュは孤立したオランド達を守り囲うようにして敵兵たちを追い返していく。
「何とか……なったみてーだな……」
「動揺せず一人飛び出さないで、最初から兵を率いていればこんなことにはなってませんよ」
「……うるせぇ」
「……オランドにヴィータよ。危機は去ったのだな?」
「将軍、今救護兵を……」
「オランド、見れば……わかるだろう? 俺は……もう助からん」
「いいや、まだ助かる!」
「目を背けるな。いつまでも俺の後ろに隠れられると思うな」
「……っ……」
将軍は致命傷を負っていた。
誰が見ても助からないとわかるほどに。
将軍は静かにオランドを見て言い続ける。
「アリアのおかげで少しは昔の……あの活き活きとしたお前に戻ったのかと思ったが、まだ足りないようだな」
「私が不甲斐ないばかりに……申し訳ありません」
「アリアのせいではない。オランドが腑抜けたのは、力に驕り自暴自棄になるまで相手を追い詰めてしまった俺にも責任がある」
「…………」
「オランドよ。俺はもうすぐ死ぬ」
「そんなこと言うんじゃねぇ!」
「いいから聞け!! お前の前を歩く者はもういなくなる。だが、お前の後ろにはお前に続こうとするたくさんの者達がいる。後ろを見てみろ。それがその証拠だ」
オランドの後ろには将軍を見守り、オランドを見る兵士たちがいた。
「お前には道なき道を迷うことなく歩き続けることが出来るだけの力がある。王国を守る象徴として皆を引っ張っていくだけの力がある。これを受け取れ」
将軍はその手に持ち続けていた王国を守る象徴。
代々の将軍に受け継がれてきたその剣をオランドに差し出した。
「俺には……荷が重すぎる」
「お前は一人ではない。そうだろう? お前の隣には誰がいる?」
オランドはアリアを見た。そしてヴィータを見た。
「そうだ。オランド、お前にはお前を昔から支え続けてきたアリアがいる。お前が背中を預けられるほどの男がいる。そしてお前の後ろにはお前が立ち上がるのを待ち続けている者達がいる」
オランドは将軍の持つ剣に手を伸ばす。そしてそれを支えるようにアリアがオランドの手に触れる。目を閉じて、ゆっくりと目を開けた。オランドの中で眠っていたものが目を覚ます。
将軍からオランドへ。
その剣が受け継がれた。
「重い。俺一人じゃ持ちきれねぇ。支えてくれアリア」
「いつまでもどこまでも支えましょう」
オランドはアリアと共にゆっくりと立ち上がる。
その目には決意が秘められていた。
大きなものを背負う覚悟を決めた男の姿がそこにある。
「ヴィータよ」
「はいであります」
「お前はもう、俺達兵士とは全く違う道を歩み始めている。その道を歩き続けるお前のその決意を、信念を、覚悟を先ほど垣間見ることが出来た。あの弱々しく、小さな体だった時のお前には無かったものだ。俺はとても、とても誇らしく思う」
「……将軍……」
「お前の成長をもっと身近で見てみたかったがな」
「そんなこと言わないでほしいであります! 俺はもっと……もっと……」
ヴィータの目に涙が浮かぶ。
将軍の言うことをヴィータは理解したのだ。将軍はヴィータのことを兵士として生きてきた時だけ面倒を見ていたのではなかった。使えないから兵士を辞めさせたのではなく、ヴィータのためを思って新たな道に進ませたのだと。そして兵士を辞めた後も、将軍はヴィータを見守り続けてくれていたのだと。
「泣くなヴィータ。最後に見せて欲しい。オランド、ヴィータ。お前達の勇姿を」
オランドは静かに右手を胸に当て敬礼した。
それに周りの兵たちが続き敬礼する。
「将軍、あんたが育てた奴はみんな強いってことを証明してやる。お前ら! 将軍に見せてやるぞ! 俺達の力を!」
おお! と周りの兵たちは応えた。オランドは傷ついた体とは思えない走りで兵たちの先頭を走る。
「将軍、これからもこの先もずっと俺達を見守っていてほしいであります!」
「いいだろう。さぁ行けヴィータ!」
「……失礼するであります!!」
ドンと右手を強く胸に当て一礼したヴィータはそれ以降振り返ることなく戦場を駆け抜けた。オランドがバランとルーシュに合流し先陣を切る。そしてヴィータはオランドの隣を駆け抜け誰よりも敵兵を倒し活躍していった。
それは将軍に鍛えてもらった体と心。そして将軍と約束した確固たる決意を、揺るがぬ信念を、覚悟を見つけたと証明するかわりに報告するかわりに。
将軍はそれは息を引き取るその瞬間まで見届けていた。数多の戦場を道なき道を歩き、導き続けたその男は満足そうにその生涯を終えた。