のほほん81
不穏な空気を漂わせた戦争が開戦した。
それは元中立国から発せられている決死の覚悟を纏ったオーラに当てられただけだからではない。王国側にも焦りを感じ取ることが出来る。
そんな戦場だった。
元中立国からは決死の覚悟の他に、帝国に脅されたことで必死さを感じている。もしかしたら兵士たちは家族を人質に取られているのかもしれない。様々な複雑な感情が支配する敵兵たちは強かった。
その敵兵の鬼気迫る戦いに当てられたのか、王国兵達もどこかおかしい。
帝国がまた攻めてくる。
それを感じ取ったのか、この程度の敵に苦戦しているわけにはいかない。そんな空気に当てられたのか、王国兵達も焦りを感じる。いつも以上の勢いで敵兵達とぶつかり合う。
「ちぃ! どうしたお前ら! 焦り過ぎだ!! おい、話を聞け!!!」
「オランド隊長」
「アリアか! 他の奴らはどうだ?」
「ダメです。上手く機能していません」
「今回は何かがおかしい。アリア、いつも以上に慎重に行け!」
「はい!」
不穏な空気が拭われることはない。そんな空気の中、何日も何日も戦い続けていた。
「こいつはやべぇな……力が入りすぎてらぁ」
「ルーシュ」
「ヴィータか。お前は落ち着いてんなぁ。助かるぜ」
「やっぱりみんなどこかおかしい。ルーシュもそう感じるんだな」
「帝国のせいだろうよ。前の連合との戦争もどこかおかしかった。上手く歯車が回ってねぇこの感じ、やぁだねぇ。ま、初めて隊を任された俺が信用出来ないってのもあるだろうなぁ……」
「そんなことないさ。バランだって頑張ってる」
「俺からしてみりゃ、バランもいつも以上に張り切り過ぎてる。隊を任されたってあらねぇよ」
「それでどうすればいい?」
「……歯止めが利かねぇんだ。俺にこれは止められねぇ……なら思い切りいくしかねぇな。ヴィータ、お前には荷が重いかもしれねぇが、周りの奴らのフォローを頼む」
「……出来るだけやってみるよ……期待しないでくれよ」
「あぁ」
一部の兵士達には感じ取れる不穏な空気。
けれど立て直すことが出来ないそれは、次第に隊列をも乱し始める。先陣を切る将軍たち歴戦の将と、前回の戦争で活躍し、今回の戦争で初めて隊を率いる将たちがうまく連携を取れなくなっていった。
オランドは少しでも修正が効くようにその間に入る。それに気づいたルーシュも補佐に回るように隊を動かした。
だが、それでも軍は乱れに乱れていった。
「思った通り悪い予感が的中したな」
「悪い予感ですか?」
「これは新しく任命された将たちが悪いんじゃねぇ。一部の奴は怒られても仕方ない動きをしてるがな。将軍たちが焦ってやがる。そりゃ下の奴らも焦るわけだ」
「どうしますか?」
「どうにもならなくなる前に将軍たちを止めに行くしかない。ルーシュに伝令を出せ! 無茶は承知だがこれ以上は将軍が孤立しちまう。俺が戻るまでの間、何とか将軍が孤立しないよう戦線を維持しろって伝えてくれ!」
…………………………………
「はぁ……俺兵士辞めたくなってきたぞ。ただでさえ舵取りが出来なくて困ってんのに」
「やるしかないよ」
「わかってらぁ」
「…………」
「どうしたヴィータ? 腹でも壊したか?」
「凄く、凄く嫌な予感がするんだ。どうしようもなく」
「そういうことは言うんじゃねぇ。本当に起きちまうだろうが。俺もそんな気がしてんだからよぉ……俺も言っちまったじゃねーか」
「ご、ごめん」
ヴィータとルーシュの予感は的中した。
ついに将軍たちは孤立し囲まれ始めてしまう。オランドはその孤立してしまった将軍を助け出すために隊を率いて敵陣の中へ。
ルーシュも何とかしようと足掻いてはいたが、初めて隊を率いる者には荷が重すぎた。いつもの王国軍であったならどうにか出来たかもしれないが、不穏な空気を感じ取った兵たちの焦りを抑えながら将軍を孤立させないようにするなど出来るはずもない。
「将軍!」
「オランドか! 何をしにここまできた?」
「何を? 馬鹿言ってんじゃねぇ! 冷静になって周りを見てみろ!!!」
「何? これは……」
「あんたらしくもないミスするな! すぐに引くぞ。アリア!」
「もう準備は出来ています」
「そうか、何かがおかしい。そう思っていたが……おかしいのは俺だったか。それに気づかんほどに俺は周りが見えなくなっているのか……もう歳だな」
「歳とか言うな! 将軍、あんたはまだまだ俺達にとって必要な人だ。とにかく撤退準備を!」
「わかっている」
将軍は自分でも気付かないほど焦っていた。
若い頃ならともかく、老いたことにより無茶が効かない体になっていた。それは連合軍との戦争でも現れていたのだ。冷静ならば受けるはずのない攻撃を受け、毒に侵される失態を犯した。
思い通りに動かなくなってきた体、引退を考えるようになり自身が身を引いた後の王国兵たちが心配になっていった。だが将軍の思うようには後継者が育たず、それが日に日に気付かない程度だったが焦りに変わる。
その将軍に中にくすぶるその焦りは帝国の存在により煽られていく。今回の帝国が起こした中立国の脅しによる戦争の始まりがそれだ。早く戦争を終わらせて後継者を次なる世代の者達を育てなければと、その焦りがすべての王国兵たちに伝染してしまった。
オランドが直接将軍に言うまで焦っていることに気付かなかった。
自分がおかしくなっていたことを。
オランドの迅速な行動によって、将軍が敵国の兵たちに囲まれるような事態にはならなかった。将軍も自身が焦っていることをようやく自覚し、冷静に対処するよう心掛けた。
そのおかげで何とか王国軍は自滅という最悪の結末を迎えることは無くなった。ただその代償として帝国に時間を与えてしまう。
帝国に時間を与えることになってしまっても問題ない。オランドもアリアもルーシュもバランもその他の兵士たちもそしてヴィータもそう思っていた。
その根拠には絶対的な信頼を寄せられる相手がいたから。
年老いたとしても、それでも絶対強者、王国に君臨し続ける者。
その信頼がオランド達すべての兵にはあった。
だがその信頼は……その甘えがすべての兵士たちに絶望を与えることになってしまった。将軍は敵国の将。それも格下の相手に負けてしまったのだった。