のほほん79
とある王国の王都に豪華な装飾が施された馬車が次々とやってきていた。
その馬車は自らの権威を王都に住む人々に示していた。
今日は王都にある王城にて大きなパーティが開かれるそうだ。
各国の友好国の貴族、王族たちが続々と集まってきているのだ。
表向きは外交、王国を通じて諸外国の仲介、連携の強化などなど。
これから起こるであろう問題の話し合いとされている。
王の真の目的は、いつまでも王自身の耳に入ってこない、可愛い可愛い娘の恋愛事情を察しての有力な貴族、王族達を呼び寄せたお見合いパーティーであった。
若くして諸外国に名を轟かせている者達、それをさらに厳選し、美男子と呼ばれるにふさわしい男たちが集まってきていた。あくまでもいい年頃となったレフィリアのことを思っての行動だ。
レフィリアは王国の王族として、王国の名を地に落とさないようにと振る舞ってきた。パーティーに出たくないと言いつつも、それでもどうしようもない時には必ず王族として相応しい振る舞いをしてきた。
レフィリアにとっては望まぬ成果であっても、これ以上ないほどの美女、王族として王国内にも、その他の国々にもその名が知られていた。
王はレフィリアの恋愛、その噂話すら入ってこないのは、レフィリア自身が高望みしているからだと思っていた。王はレフィリアと話せる機会が少なかった。それでも機会がある時は度々恋愛話を振ったり、お見合い話を振ってみたりとレフィリアのことを思って話しかけていた。
レフィリアはその話を鬱陶しく思い、聞く気がないとさっさと話しを打ち切ってきた。それを王は勘違いし、高望みしていると思うようになっていったのだ。
実際はレフィリアにはもう想い人がいて、その人に夢中になっているのだが、レフィリア本人はその人のことを王に話しても認められないだろうと思っている。
そしてそのことをよく知るエレノアはそのレフィリアの想い人のことをよく思っていない。王が度々大丈夫なのだろうかと心配して、王以上にレフィリアのことを知るエレノアに聞いても、その人の話が出てくることはなかった。
王に自分の子共と、もっとゆっくり話せる時間を作れていれば、そんなすれ違いやら勘違いが起こることはなかったかもしれない。
結果として今回の大々的なパーティーが開かれることになってしまった。
そのパーティーは盛大に行われた。パーティーに参加している貴族の娘たちは王が厳選した美男子達に目を奪われていた。玉の輿に乗ろうと前々から準備していた者もいた。少しでもよく見られようと精一杯の努力をしている。
その努力が報われ、ダンスに誘われる者もいた。その者達は内心で大喜びし、隠し切れない感情を表すように小さくガッツポーズをする者もいた。
王国の王を含むすべての親達は子供の成功を祈り、見守りつつ表向きの仕事をする。そんな中、このパーティーの本来の目的を知った者の中に表情には出さないものの、不機嫌そうにしている者がいた。その者のことをよく知る者にとっては冷や汗をかいてしまうほどの不機嫌だ。
今、その不機嫌な者の周りには、各国に名を轟かせた若き美男子達が我こそはとダンスの誘いをしていた。
「レフィリア様、あなたのような世界の至宝とも言える美しい方とぜひ踊りたいのです。どうか私の手を取っていただけませんか?」
「レフィリア様、俺に至高の時間を与えてくれませんか? あなたが満足できるだけのリードをしてみせましょう!」
数多くの美男子達が必死にレフィリアに願う。
周りには貴族の娘たちが羨ましそうに見ながらも、早く選べと威圧しているようにも見える。表立ってそういう行動をしないのは、女であっても見惚れてしまうほどの美しさを持ち、そして王族に相応しいまでの立ち振る舞いを続けてきたレフィリアには敵わないとどこか認めているからなのだろう。
レフィリアが振った相手でも、周りの女たちから見れば白馬の王子様に見えるのだ。チャンスはある。けどレフィリアがなかなか返事をしないからお預けをされている。そんな感じなのかもしれない。
「皆さん、申し訳ありません。お誘いはとても嬉しいのですが、どうしても気分が優れないのです。皆さんの誘いを待っているあの方達と踊ってください」
「失礼します」
そんな断りを入れてレフィリアはその場から立ち去っていく。
エレノアはそれに続いた。
「レフィリア様。一人、一人でいいんです!」
「エレノア、私は踊る気はありません!」
「皆、名を轟かせた優秀な者達です。レフィリア様に相応しい方たちですよ!」
「そこまで相応しい方達なら、エレノアが踊ればいいんです。私は絶対に嫌です! それと覚えておきなさいエレノア! 私は怒っているんですからね!」
「な、なぜですか!?」
「どうせエレノアもお父様と共謀したのでしょう?」
「そ、それは……」
「お父様!!」
レフィリアは話をしていた王に話しかけた。
「どうしたレフィリア。何かあったのか?」
「えぇ、とても……とっても気分が優れないので部屋に帰らせてもらいます!!」
「な、なぜだ? まだパーティーは始まったばかりだぞ!」
「失礼します!!!」
「ま、待てレフィリア!」
「ふん!!!」
「待ってくださいレフィリア様!」
「エレノア、私はまた間違えたのか?」
「い、いえそんなことありません! 私が必ず連れ戻してきます!」
レフィリアが会場から出ていく。その後を急いで追いかけていくエレノアを王は見ていた。
妻が生きていれば……と呟く王だった。
会場から出た先にある曲がり角の近くに見張りの兵士が2人。その内の1人はかつて親衛隊だったバランだった。バランは兵舎に戻された後、戦争に参加して活躍し、その後も怠ることなく努力した。
そしてまたバランは城内の警備に就けるようにまでに這い上がっていた。
そこにはバランの涙ぐましい努力の成果があったのだ。
親衛隊に任命された頃にはさっさと出て行けと言われていたのに、今度は兵舎に住む面々に、もう帰ってくるなよと暖かく送り出されるほどに。
そんなバランの近くにレフィリアが通った。
「あなたはレフィリア様ではありませんか! 何かあったのですか?」
「……あなたは……」
「バランです! かつて親衛隊だった者です!」
「えぇ、覚えています」
「光栄です! 今はもう親衛隊ではありませんが……困ったことがあれば俺に相談してください!」
「いえ、その必要には及びません。失礼します」
ここで素直に見送っていれば、後日何事もなくバランはレフィリアと話せたかもしれない。しかしバランは呼び止めてしまった。
とても不機嫌なレフィリアを。
「お待ちください! 以前、兵を辞めてしまったヴィータを、王国の民を傷つけてしまったこと、俺は深く反省しました。それでも何かレフィリア様に気に入らないことがあるのであればお願いします。教えていただけませんか?」
「……そうですね。あなたはバランさんは以前の戦争でティアさんと交渉されたそうですね?」
「しました! 仲を取り持ってもらいたいと」
「バランさんは戦争中の王国を手助けしたいと言う善良なティアさんの願いを素直に聞き入れず、将軍と交渉の場を用意する代わりに私と仲を取り持ってもらいたいなどと交渉した。そうですね?」
「は、はい」
バランはレフィリアから戦場にいる強者から感じるピリピリとしたオーラを感じ取っていた。そして不吉な予感を。
「つまり、私欲を満たすために交渉した、そして私の大切な友人をそのような私欲のために利用した」
「い、いえ! そのような……」
「言い訳なんて聞きたくありません!!!」
「も、申し訳ありません!!!」
レフィリアの美しくも怒れる声が城内に響く。
正に王族。
それに相応しいカリスマと威圧がバランを襲う。
これが上に立つ者なのかと納得出来てしまうほどのオーラ。
バランはそれに逆らうことが出来ず、自分の言い分を言う前に謝ってしまった。
もし自分の気持ちを多少なりとも言えたならまた違ったかもしれない。
「王国を守る兵士という者はそのような根回しをしなければ戦う事も出来ないのですか!!??」
「ち、違います!!!」
「何か言いたいことがあったのであれば、王国の兵士らしく男らしく、堂々と直接言いにくればよかったんですよ!!! わざわざ私の大切な友人に根回しして……卑怯です!!! ずるい男です!!! 顔も見たくありません!!!!!」
「……あ……いや……そ、そんな……俺は……」
「ふん!!!!!」
大人げないと思いつつも、溜まりに溜まったストレスを発散出来て、ちょっとすっきりしたレフィリアはバランからそのまま離れていった。
「なぁバラン。俺は根回しすることは悪いことじゃないと思うぜ。だから元気出せよ。なんていうか……その……そういう星の下で生まれてきちまったんだって」
「違うんだ……俺は……俺はァ!!!」
「何があったのですか!? レフィリア様の怒声がパーティー会場にまで聞こえてきましたよ! あなたは……バラン。なにがあったのか説明しなさい!」
「エレノア様、実は……」
打ちのめされているバランの代わりにもう一人の兵がエレノアに報告した。
「そのようなことが……バラン、あなたという人は本当に間が悪いですね。いいですかバラン。世の中にはタイミングというものがあります。そのタイミングが悪すぎたのです。私はあなたのこと、嫌いではありませんよ。当時、あの男を容赦なく叩きのめした時のことは今でも覚えています。とてもスカッとしましたからね! ですがあなたは当時のことも含め、やらかしすぎた……それだけです。今は私も急いでいます。失礼しますよ」
打ちのめされているバランにそう言ってエレノアはレフィリアを追う。
「……俺は……」
「バラン、元気出せって……な?」
「俺はなんて卑怯な男になってしまったんだ……レフィリア様の言う通りだ! なぜ……なぜだ!? 王国の兵士たるもの、堂々としていればよかったのだ。なのになぜ!?」
「おい、落ち着けってバラン!」
「俺は……俺はぁ! うわああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
叫ばずにはいられない。
そんなバランの雄叫びは城内に、パーティー会場にまで響き渡る。バランは兵士たちによって城からつまみ出される。その後バランはまた兵舎に戻ることになる。
そしてなぜかその城内の出来事を知っていたルーシュにからかわれることになる。
それはまた別のお話。
「レフィリア様! 城内の兵士に八つ当たりのようなことまでしてどうしたのですか!?」
「ふん! 知りません!」
「レフィリア様!! お答えください!!!」
「…………。王族として生まれ、とてもいい生活をさせてもらっています。それはもう誰がどこから見てもそう言えるほどには」
エレノアの強い物言いにレフィリアはポツリと呟き始めた。
「ですが、王国を滅ぼさないように、各国との仲を取り持つように政略結婚をさせられる。そこに私の意思などありません」
「レフィリア様。それは小さい頃からわかっていた事ではありませんか。王も少しでもレフィリア様の望みが叶うようにとこうしてパーティーを……」
「ふん! それが何だというのですか!? こんなものは奴隷と一緒です!」
「違いますよ!!」
「違いません!!! 裕福か貧困かその違いがあるだけです!!! 私はもう我慢したくありません。もう自分の気持ちを殺したくありません!」
「レフィリア様! それ以上はダメです!! 言ってはいけません!!!」
「いいえ言います! 言ってやりますとも!!! 私は……私はヴィータさんが好きです!!! いえ、愛しています!!!」
「れ、レフィリア様!!!」
「この気持ちに嘘をつきたくありません。もう隠しません。私はヴィータさんを愛しています。どれだけ美男子だろうと、どれだけ名を轟かせた者達であろうとこの気持ちには、ヴィータさんには敵いません。このような着飾ったドレスも、どうせならヴィータさんに見てもらいたいです」
「レフィリア様。仮にその気持ちを押し通したとしても、周りの者が黙っていません」
「知ったことではないです。貴族が王がなんですか! この気持ちに素直になって死を選んだ方がましです!」
「その気持ちのために、あの者をヴィータを巻き込んでしまうことになってもですか?」
「……それは……いえ、それでもです! 例え巻き込んでしまっても……それでも……私は……私はヴィータさんと一緒にいたいです!」
「……はぁ……」
レフィリアはずっと悩んでいた。
王国か自分の気持ちか。
ずっと悩み続け、隠し続け、我慢してきた。
レフィリアは小さい頃からずっと暖かい家族に憧れていた。
そしてそれはいつからかヴィータと共に築く家族に憧れるようになった。
その夢はその想いは到底我慢出来るようなものではなくなっていた。
エレノアも気付いていた。
いずれこうなることも予想出来ていた。
確信していたのかもしれない。
そのことで争いが起きてしまう可能性だってある。
だから何とかしようと色々と手を打ってきたが、全て裏目になったと言っていい。ヴィータのことをよく思っていないのも理由の一つだが、それはすべてレフィリアを思ってのこと。
エレノアは王国のことなど考えていない。
レフィリアが幸せになれればそれでいいのだ。
だからどっちつかずな行動になっていた。
ヴィータに会うというレフィリアを絶対に阻止しようとは思っていなかった。
レフィリアの長い間抑え込んでいた想いは本物だ。
そして抑え込んでいた想いは爆発し、もう止めることなど出来ないだろう。
結局レフィリアはもう一度パーティーに顔を出すということはしなかった。
「……失敗だったか。エレノアよ。どうしたものか」
「説得出来ず、申し訳ありません」
「よい。あのようになったレフィリアを説得出来るなど思っておらんて、あの性格は妻によく似ているからな」
「……はい……」
「だが、最近になって小耳に挟んだのだが……ヴィータと言ったか?」
「っ!」
「知っておったか。ずっと近くにいて気付かぬはずもないか。どういう者か、教えてもらえるか?」
「レフィリア様には到底釣り合わない男です!!!」
「そ、そうか。だがどこかで聞いたことのあるような名だが……」
「……それは……」
エレノアは話そうとしない。余程その男が嫌いなのだろうと察した王が変わりに文官に聞いた。
王国の元兵士。5年務め、王国の兵士たちの間では王国史上最低最悪の役立たずと呼ばれていた。
だが、将軍の推薦があり、レフィリアの旅の護衛を務める。
そして帝国との戦争時、王の間まで迫った帝国将と戦った兵士。
「……! そうか! 思い出したぞ。あの時の我らを守り抜いた兵士か!」
「……そうです……」
「エレノアよなぜ黙っておった?」
「いえ……それは……」
「まぁよい。続けろ」
兵を辞めた後、鍛冶職人となる。
鍛冶職人となった後、連合軍との戦争に参加。
そして王国の装備を打つ職人となる。
「なるほど。先の戦争で自ら打った装備で戦い、その鍛冶の腕を証明したわけか」
「そのようです」
実際はティアが密かにヴィータに王国印の装備を作らせ続け、戦争時にティアが将軍と交渉したわけだが、そこまで詳しい話は文官にもわからない。
王からしてみればヴィータは兵士を辞めた後も王国のために働いている。そう見えた。
「兵士を辞めた後も、弱いと言われても王国のために戦争に参加したという事か。見事なまでの忠誠心ではないか」
「……はい……」
「ふむ……レフィリアはいつからか頻繁に視察に出るようになっていたな。エレノアもしや?」
「……王が察する通りです」
「フハハハハ! そうかそうか! 私はレフィリアが高望みしているとばかり思っておったぞ。まさか視察という名目で色恋に感けているとは……余計な心配であったか!」
「……申し訳ありません! 私が付いていながら……」
「構わん。むしろよく今日まで周りの者達に悟らせないよう手を回していたな。だが元農民か。となると貴族たちが黙っておらんな。他のレフィリアを欲する各国の者達も」
「その通りです! 何とかしてレフィリア様の正気を取り戻させなければなりません!!!」
「う、うむ。しかしエレノアよ。お主、個人的にヴィータという男が気に入らないだけではないのか?」
「あのような者にレフィリア様の相手など……あり得ません!!!」
「物凄く私情が入っておるな……」
「王よ!!! そんなことありません!!!」
「そ、そうか」
エレノアの主張は基本的にレフィリアのことを思ってのことだ。
王はそれをよく知っている。
しかしヴィータのことになると私情を隠すことが出来ないようだ。
「しかしそうか……ふむ。レフィリアがそこまで惚れ込む男に興味はある。一度会ってみたいものだ」
「お、王、そのようなことなりません!!!」
「お前がそこまで嫌うというのも珍しい。もっと会いたくなってきたぞ」
「そ、そんな!?」
王はレフィリアの前では王ではなく、父親としてありたいのかもしれない。
そんな思いがはっきりと伝わってくるようだった。