のほほん7
将軍は見事ヴィータとの約束通り、敵国を滅ぼし王国に勝利をもたらし、しばらくの平和を勝ち取った。王は将軍に褒美を与え、王国の民たちは喜び、兵たちは将軍にさらなる尊敬の念を抱くようになる。
戦争で受けた怪我が治ったヴィータは、兵舎に戻りいつも通り、同僚たちと厳しい鍛錬を行なっている。ただし、鍛錬について行けるようにはなっていない。
「そこの貴様!!! 遅れるな!!! 敵は待ってくれないぞ!!!」
「ぜぇ……はぁ……は、はい!!! ……ぜぇ……はぁ……」
戦争を経験した兵たちは、自分の力に自惚れず、まだまだ力が足りないと、鍛錬は戦争前とは比べ物にならないくらい厳しくなった。
ヴィータ自身も力が足りないことを自覚し、必死に努力してはいるのだが、報われていない。鍛錬がより厳しくなったことで、むしろ差が開いてしまっている。ヴィータはだんだんと劣等感を抱いていく。それでも負けたくないと、必死に食らいつく。
ヴィータのように兵としての才能がないと思われる者達は、大体が夜逃げしたり辞めて行ったりする。だがヴィータは逃げ出さない。鍛錬についていけなくとも、みんなが鍛錬を終えて修練場から去った後も、自分に課せられた鍛錬がすべて終わるまで続けている。
一度たりともサボったことはない。そして周りの兵たちもそれを知っている。馬鹿にする者達もいるが、ほとんどの者がその意気込みを認めていた。だからこそ哀れむ者も出てきている。
ヴィータが兵に志願してから2年と2ヶ月。今日も兵舎で鏡を眺める。
【23】
「……はぁ……なんでついて行けないんだろう……」
このレベルであれば、王国兵の適性があれば小隊長を任されてもいいレベルだ。
小隊は5人一組、小隊長1人にその部下4人だ。鍛錬の中には個人の模擬戦と、小隊規模の模擬戦がある。小隊規模での模擬戦でヴィータと組むことになった者達は不運だと囁かれている。当然だ。みんながテキパキと戦う中一人だけ思ったように体を動かせていないのだから。
実質5対4での争い、いやむしろ一人足を引っ張っているのだからさらに大変だ。ヴィータがいても勝つ者達もいる。小隊の一人が抜きん出た実力を持っていたり、隊長の技量で作戦勝ちする者もいるが、そんなものは稀なのだ。個人戦でのヴィータの今までの戦績は43戦1勝42敗だった。
「これより模擬戦を始める!」
「「「はい!!!」」」
各自で自分と同じくらいの力量の相手を探し、切磋琢磨することが目的だ。ヴィータも相手を探すが、生き残った同期も先輩たちも、後輩にも切磋琢磨出来る者はいない。そもそもヴィータは技量が足りないとかそういうレベルの話ではないのだ。ヴィータにとって重すぎるその装備が枷となり体がついて行かないのだ。
王国の兵士たちは屈強な肉体を手に入れ、侵略者から民を守る盾となり、剣は体を斬るためではなく、叩き潰すためにあるものと日々言われ続けている。だから重装備を上官の命や就寝以外では外すことを禁じられている。
2年もの間鍛え続けていれば、屈強な肉体を手に入れることは出来るはずなのだが、ヴィータの体は引き締まっているが屈強な肉体は手に入っていない。これがもし冒険者だったり、傭兵だったりしたのであればまた違っていたかもしれないが……。
今日もヴィータはなす術なく新人兵に負けてしまった。相手は戦争後に志願した15歳の男。レベルは13だそうだ。普通であれば個人戦でレベルが10も離れ、しっかりと鍛錬を怠らなかった兵士で、しかも戦争の経験の有無の違いがあれば負けることなどほぼないのだ。ヴィータだからこそ負けてしまう。
(これで44戦1勝43敗……なんで勝てないんだろう……)
14歳のヴィータはまだ自分の鍛錬が足りていないと思っている。疑問に思ったこともある。ただヴィータは頭が悪い。農民として生きてきた知識、同僚に字の読み書きを教えてもらったこと、王国兵としての在り方以外は空っぽだった。
他の武器を使ってみるなどという発想には至らなかった。というより、王国兵が使用できる武器の中にヴィータに合う武器など一つもない。だからヴィータは王国兵として戦えるよう、必死に屈強な肉体を手に入れようと日々努力するしか選択肢がない。
「本日の模擬戦の結果は以上です!」
「ふむ・・・わかった」
将軍は個室で事務作業をしながら、模擬戦の結果を聞いた。
(ヴィータはまたダメだったか……)
将軍はヴィータが兵に志願した時から気にかけていた。父親が子を思うように。ヴィータが将軍と話し、戦争が終わった後より一層努力していることを知っている。努力している。でも結果が出ない。だからこそもどかしい。
兵舎で鏡を見ているヴィータを見かけるとき、他の兵士と違いレベルが上がってもどこか思いつめたような表情をしている。そんなヴィータに何かきっかけがあればと、将軍は一つ提案することにした。
「話は変わるが、例の件はどうなっている?」
「レフィリア様の見識を広める旅の護衛ですね?」
「そうだ。まだ数名ほど空きがあったはずだ。俺の推薦でヴィータを入れてやれ」
「なっ!? お言葉ですが、あの者に護衛が務まるとはとても思えません!」
「だろうな。しかし意味はある」
「将軍もわかっておられるのなら尚更!」
「このままあいつが鍛錬を続けていても結果は見えている。護衛に就くことで化けるかもしれんぞ?」
「……しかし……私はそうは思いません。あの者はレフィリア様の旅の足枷にしかならないでしょう。さらには将軍の名誉に傷がつくと思いますが?」
「名誉などいくらでも傷つけばいい。手続きを頼んだぞ」
「……わかりました」
何か変化があってほしいと願う将軍であった。