のほほん77
「将軍、アリアです。呼ばれたので参りました」
「うむ、入れ」
「失礼します!」
アリアは将軍に呼ばれていた。
支援魔法を鍛錬中はおろか、重装備を身につけている間はずっと使い続けている。
それは末恐ろしいことだ。親衛隊にも王国に仕える魔法使いたちも出来ないこと。
それを平然とやってのけるほどの才を持つ。
そのアリアに打診するために将軍は呼び出したのだ。
「お前は鍛錬中、いやその装備を着けている間、支援魔法を使い続けているな? 今この瞬間も」
「はい」
「それほどの才があるなら、貴族の生まれであるお前は親衛隊に入るなど造作もないことだろう。なぜわざわざ貴族という身分を捨て、兵士に志願した?」
「強くなるためです。王国の親衛隊よりも強くなれると思い志願しました」
「親衛隊ならば力をつけることも、学問を修めることも、魔法を学ぶことも、全てにおいて優遇されている。兵士よりも親衛隊の方がいいと思うが?」
「実際の戦場で、親衛隊はどれだけ役に立つのでしょうか? 私には役に立つとは思いません」
「先の戦争で家族を失ったことが理由か?」
「それもありますが、私を守ってくれた人が泣いて悲しむ姿を見たくない。そう思っただけです」
「……そうか。なら親衛隊には……」
「なりません。必要ならば私が直接話します」
「いや、それには及ばん。時間を取らせたな」
「いえ、ちょうどいいので一つお願いがあります。構いませんか?」
「言ってみろ」
「オランドさんの率いる隊に志願します」
……………………………
「オランドさん、いえ、オランド隊長。よろしくお願いします」
「おう。しかしまぁ……物好きだなお前」
アリアの希望は通り、オランドの部下となった。
本来ならば下の者の希望など通るはずもないが、アリアは自分には力があるとそれを日々の鍛錬や模擬戦で証明してみせた。実際に親衛隊に推薦されるほどには。
「何か問題がありますか?」
「いや全く。一応言っておくが俺は男だろうと女だろうと関係なく使う。遠慮はしない」
「もちろんです。贔屓なんてしてもらうつもりはありません。それでは意味がありませんから」
「? どういう意味だ?」
「いえ、私情です。気にしないでください」
「俺らですら泣き言を上げる鍛錬にもついていける女だ。問題ないと思うが、けじめとして言っておかないとな」
「はい、よろしくお願いします」
「あぁ、よろしくな」
それからアリアは日々鍛錬をこなし、オランドの隊でオランドの指示に従う。まだ大人にすらなっていない、体も細く王国兵には到底向かない少年が兵に志願してくる頃には、様々なあだ名をつけられていた。
兵舎、もしくはオランド隊の紅一点。
無慈悲な男女。
王国が誇る筋肉女。
などなど、最初のあだ名を除けば不名誉なあだ名ばかり。
アリアの耳に聞こえる範囲で言ってしまったら最後、容赦なく攻撃する。
攻撃されたくない男たちは出来る限り話題に出さず、攻撃されたい男たちは喜んでからかいに行く。そんな日常が兵舎の中で出来上がっていた。
そしてアリアに初めて参加する戦争が訪れる。
10年という長い間、戦争のない平和が訪れていた。
それは実際の戦場を、憎悪を狂気を生む戦場を経験したことがない。
そんな兵士がたくさんいるということ。
「どうした。将軍のいびりにも平然としていた奴がビビってんのか?」
「……怯えてなどいません」
「ま、漏らしてもバレないように手伝ってやるよ」
「漏らしません!」
「ならいいけどな」
「…………」
「ったく。安心しろ。何かあっても俺の隊の奴らは俺が守ってやる。お前もだアリア」
「え? あ……はい。もう大丈夫です。ありがとうございます。オランド隊長」
オランドが言った一言もあまり効果はなかった。
アリアも他の兵士たちもみな緊張していた。
将軍の号令で戦争が始まった。
殺し合いの始まりの合図。
死をすぐ近くで感じられてしまう憎悪と狂気に包まれた戦場にアリアはいる。
「っ……あ……ぅ……」
「おいアリア! 怖いなら女らしく戦争が終わるまで家で待っていたらどうだ! その方がお似合いだ!」
「っ! 私は、私は兵士です! 戦えます!」
「なら戦え!」
眼前には敵味方問わず、大量の死体が転がっている。
それでも戦いは終わらない。
味方か敵、そのどちらかが勝つまでは。
アリアが握る剣から、敵兵の肉を斬り、骨を斬る感触が伝わる。
「ぎゃあああああああ!!!」
「っっっ!!」
気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。
怖い。怖い。怖い。
嫌だ。嫌だ。嫌だ。
そんな感情がアリアを支配する。
「何やってやがる!? 敵は止まっちゃくれねぇぞ!!」
「す、すいませんオランド隊長」
「どうした男女! 怖くて泣いてんのか? 漏らしたか? 情けなねぇな王国一の筋肉女!」
「っ!? 私は!! いえ……覚えておいてくださいね。オランド隊長」
「何だ、まだまだ元気じゃねぇか! 死にたくなきゃ戦え! 生き残りたいなら戦え!」
「はい!」
・・・
・・
・
長い長い一日は終わった。
戦場も人を殺すことも、昨日まで話していた仲間が死ぬ瞬間を見るのもすべてが初めてだったアリアに戦争の状況など知る余裕なんてなかった。ただオランドの命じられるがままに敵を殺すことで精一杯だった。
夜、王国の拠点の一つ。その外れの木のそばにアリアはいた。
「……うぇ……」
「見事な吐きっぷりだな、アリア。水で口洗え」
「……女の嘔吐を見る趣味でもあるんですか?」
「馬鹿言え。泣きながら漏らしてたその面、見に来ただけだ」
「悪質な趣味ですね。一応言っておきますが、漏らしては……ないです」
「本当かよ? まぁその分なら一応大丈夫みたいだな」
「もう問題ありません。心配をかけ申し訳ありません」
「強がるなよ。そんなんじゃ男にモテないぜ?」
「モテたくて兵士になったわけではありませんから」
「そうかい。戦争は始まったばかりだ。明日も明後日も今日と同じように人を殺し続けることになる。なんなら後方に……」
「余計な心配は無用です。覚悟は出来てます」
「出来てるならいい。だが一ついいか? どうしてそこまで戦場に出ることに拘る?」
「戦場で見ているだけ……守ってもらっているだけなのは嫌です」
「…………」
「目の前で悔しそうに、悲しそうに泣いている人を見るのは嫌です。それだけです」
「お前は……」
「そういえば忘れていました」
「何を……いででででで!!!! 急になにすんだ!? や、やめろ!!! ぐあああああああ!!!」
「男女だとか、王国一の筋肉女だとか言いたい放題言われたことの報復がまだでした」
「あ、明日も戦場に出るんだぞ! 折れたらどうすんだ……ったく」
「そのくらいの調整は出来ますから。でも……ありがとうございました。次……次は役に立ってみせます」
「あぁ、精々役に立ってくれや。ま、今日みたいなことになっても守ってやる」
「っ……はい」
ドンとアリアの背中を叩いてオランドは去る。
それからしばらくは、アリアは陰で人を殺した罪悪感などに襲われ嘔吐するも、オランドがしっかり面倒を見ていた。それ以降、アリアはオランドの下でオランドを支えていく。
1度目の戦争、2度目の戦争、3度目の帝国との戦争。
そして4度目となる連合軍との戦争を。
戦争だけでなく、レフィリアの旅の護衛、魔獣討伐など様々な場面で。