のほほん65
ある日の夕食のこと。
「ほらコン太。お口におかずがついてるわ」
「ん!」
コン太の母親がそう言ってコン太の口についていたおかずを手に取ってそれを食べた。
なんてことはない。
そういう経験は誰にでもあるようなこと。
ヴィータにもティアにもルナにも恐らくドラゴスにもあるようなこと。
ただ、それを見れば自分の母親のことを懐かしく思うことだろう。
「お母様に会いたくなりました!」
そう言いだしたのはティアだった。
「いいんじゃないかな。ティアはずっと頑張ってたんだから、会いに行ってくるといいよ」
「何を言いますか。へっぽこ店主も行くんですよ!」
「……俺も?」
「道中、誰が護衛するんですか!」
「冒険者に頼めばいいんじゃないの?」
「そんなお金はありません! それに冒険者はあまり信用出来ないんですよ」
「でもなぁ」
「たまには息抜きも大事ですよ」
「僕も行ってみたいです!」
「もちろんですよ! コン太くんも誘うつもりでしたよ」
「やった!」
「ということで行きましょう!」
そんなことがあり、ヴィータ、ティア、コン太の3人はティアの生まれた街へ行くことになった。コン太の母親はコン太のことが心配で心配で仕方がなかったらしく反対していたが、ルナにそろそろ子離れしなさいと諭され、ようやく頷いた。
出発の日も3人が乗る馬車が見えなくなるまで見送っていた。
「今回は私の故郷に行くことになりましたが、へっぽこ店主は自分の家族のこと気にならないんですか?」
「俺は……別に。みんな元気に暮らしてると思うよ。それにちゃんと話し合って出て行くって決まったことだから」
「そういうものですか」
「そういうものだと思うよ。王都で暮らせなくなったら帰ろうかなって思ってたくらい」
「私やコン太くんが来なければ今頃、王都にいなかったってことですね!」
「……そうだね……」
ヴィータは苦笑いをした。
物の売り買いをしたことがないヴィータにとって相場なるものの存在は知らなかった。疑うことを知らないヴィータは素材買取を担当するお姉さんに騙されていることを知らなかった。
家を買ったことで不思議と人が集まってきたことをしみじみと思い出す。
ティアがやってきて、ヴィータの代わりに生計を立ててくれるようになった。
コン太と知り合って、コン太の作るポーションや回復魔法のおかげで多少の怪我なら治してもらえるようになった。
ドラゴスが強引に押し入って、鍛冶のやり方を実際に見せてもらい教えてもらった。
ルナがふらりとやってきて、ティアとコン太の面倒を見るようになった。
コン太の母親と一緒に暮らすようになって、より一層鍛冶に集中出来るようになった。
そして時々やってくる、レフィリアやエレノア。その他にもいろんな人が訪ねてくる。そのおかげか兵士の頃を思い出し、確固たる決意を、揺るがぬ信念を思い出し、そして新たな覚悟が目覚め始めている。
「店主さん、ボーっとしてどうしたんですか?」
「ん? みんなと出会えてよかったなって」
「僕も店主さんと出会えてよかったです!」
「ありがとう」
今のヴィータはただただレフィリアを守ると決意していた頃と違う。
成長してより多くの者達を守れるようになりたいと願い、決意するようになった。
レフィリアはもちろん、ティアやコン太、その他の人達もだ。
「もっと……頑張らないとな」
ヴィータは心にそう強く誓った。
………………………
「いや~懐かしいですね! 我が故郷! 私の愛馬のおかげで道中楽ちんでした!」
「結構大きい町だね」
「迷子にならないようにしないと!」
「そうですよ。コン太くんは私からはぐれない様にしてくださいね」
「はい!」
「馬車を連れたままで大丈夫なの?」
「私の両親はこの町の町長ですから。そこそこ大きな土地で暮らしてるんです。そこまで連れていけば大丈夫ですよ」
「ティアってお嬢様だったのか」
「お嬢様ではありませんよ。貴族ではありませんからね。それに末っ子ですから、何の権限もありません」
町の中心を通り、町一番の屋敷へと向かう。
「私は占い師をやっています。もし興味がある人は銅貨50枚でレベル上限を見てあげましょう」
「俺の息子を見てくれ!」
「私の娘をお願いしますわ」
屋敷へ向かう途中、老けたおばちゃん占い師が商売をしていた。
「占い師ですか。そういえばへっぽこ店主は生まれた村で上限を教えてもらったんでしたっけ?」
「うん。あの時は皆に凄いって言われたけど、俺は大したことなかった」
「どんな格好していたか覚えてます?」
「ん~あの占い師みたいな恰好だったような。懐かしいな、32って言われたから村から出ていっても大丈夫だろうなんて馬鹿なこと思ってたんだっけな」
「ふぅん」
ヴィータは占い師を見てしみじみ言っていた。
もしヴィータがレベル上限が32と言われなければどうなっていただろうか。
そんなことを考えているのかもしれない。
「あなたのお子さんは凄いですよ! なんと43です!」
「おぉ!」
「なんと!?」
「よかったわね! あなたの将来は安泰よ!」
占い師からレベル上限が高いと言われた親子は喜んでいた。
「あんな感じだったなぁ……俺にはよくわからなかったんだけどね」
「ふぅん」
「ティア姉さんどうかしたんですか?」
「いえ、少し思う所がありまして。私もあの占い師さんに見てもらってきますね!」
「上限が高いといいね」
「ティア姉さんにいい結果が出るといいですね」
「えぇ、祈っててください」
ティアが馬車から飛び降りて占い師へ近づいていく。
「こんにちは!」
「こんにちは。あなたも見てほしいの?」
「はい! お願いします!」
「ふふ、じゃあ銅貨50枚よ」
「どうぞ!」
「ありがと。じゃあ見るわね……今日は素晴らしい日になりそうね! 上限の高い人が2人も見つかったんだから。あなたのレベル上限は36よ!」
「ふぅん」
「あらどうしたの? 嬉しくなさそうね」
ティアはゴソゴソと道具袋から何かを取り出し握りしめた。
「占い師さん。ちょっとだけこっちに来てくれます?」
「えぇいいでしょう」
ティアは人通りが少ない場所まで占い師を連れ、悪い笑みを浮かべて、握りしめた何かを占い師へ見せた。
そこには
【13/18】
と書かれている。
「これはレベル上限とレベルを知ることが出来る魔法紙なんですけどね。おかしいですね? 占い師さんが教えてくれたレベル上限は確か36だったはずなんですけど……」
「……えっと……オホホ。どうやら間違えてしまったみたいね。オホホホホ」
占い師の顔からだらだらと汗が流れている。
そしてティアと目を合わせないようにしていた。
「わざわざ、魔法紙を使わなくても上限知っていたんで、使わなくてもよかったんですけどね? 占い師のことをよく知らない小さな村でやるならともかく。こんな人が多い町でやるのはお勧めしませんよ」
「そ、そうね。お金は返すわ! 間違えてしまったんだもの。さ、さよなら!」
老けたおばちゃん占い師はティアにお金を返し、その場を逃げるように後にした。
それから町で占い師を見ることはなかった。
「一応あなたのおかげでへっぽこ店主と会えたのかもしれませんからね。通報するのはやめておきましょう」
ティアはその場を後にし、ヴィータ達の待つ馬車へ戻った。
「占い師さんティア姉さんと話した後、走っていきましたけどどうかしたんですか?」
「大事な用事を思い出したようですよ。さぁ、行きましょうか」
「上限はわかったの?」
「今も昔も変わらず18でした。商人にレベルは関係ありませんからね!」
「そっか」
そうしてティアの実家へと向かった。