のほほん63
王都の北西に位置する大きな家。
時代の流れについて行けず置いていかれた閉鎖的な場所。
王都に住む人々はそんな場所があるとは知らない。
そんな場所にも住む人はいる。
そしてそこに住む住人の1人が馬の世話をしていた。
それはもう嬉しそうに。
「ついに! ついに手に入れましたよ! 愛しの愛馬!」
「ヒヒーン!」
「ウフフフフ! 苦節3年、へっぽこ店主の散財に悩まされたせいで、予定よりずっと時間が掛かってしまいましたが、それも今ではいい思い出です。あなたはこれから私の相棒として苦楽を共にするのですよ!」
馬の世話をする女の名はティア。
彼女は自分を雇っている店主の散財に悩まされながらも、必死に節約し、生計を立てた。生計を立てるために時には自分の給金から必要な物を仕入れたりもした。
店主はそれを知らない。
後輩も知らない。
店主の師匠も知らない。
その努力を知っているのはティアの師匠と後輩の母親くらいだ。
その努力の甲斐あって、店主の生産力が上がり、後輩の生産力が上がり、馬車に手が届くまでに至った。ただティアは店主のように勝手に散財することはなく、全員を集めて相談した。
「ティアどうしたの? 全員呼び出して」
「今日、私は私の我がままを聞いてもらいたくて集まってもらいました」
「我がまま? 珍しいね。応えられるかわからないけど出来ることは何でも手伝うよ」
「ありがとうございます。私は……馬車が欲しいです!」
「買えるならいいんじゃないかな」
「即答ですか。まぁいいですけどね!」
二つ返事だった。
誰も反対しなかった。
雇い主本人がいいと言っているのだから問題ないが、あっけなかった。
許可を得てからティアは毎日王都にいくつかある馬車屋へ行った。
馬の状態を念入りに調べ、話を何度も聞き歩いた。
そして大金を持っている以上、何かあっては困ると護衛の店主を連れていった。
「こんにちはー!」
「お? なんだい嬢ちゃん。今日も冷やかしかい?」
「フフフ! 交渉しに来ましたよ!」
「ほぅ、とりあえず話を聞こうか」
「この茶色の毛並みの良い馬とこの馬車が欲しいです」
「嬢ちゃんいい目してるな。この馬は俺んとこの自慢の馬さ! 馬車と合わせて金貨5枚ってとこだな!」
「そうですか。話になりませんね! 別の馬車屋へ行きます!」
「待て待て、交渉しに来たんだろう?」
「そうですね。じゃあ金貨2枚で買いましょう!」
「それこそ話になんねぇぞ嬢ちゃん! 金貨4枚だ!」
「それでも高すぎます! 金貨3枚!」
「嬢ちゃん、それじゃ赤字になっちまう」
「ふーむ……金貨3枚と銀貨50枚、これ以上は無理です!」
「うーむ……」
「他にも目をつけている馬はたくさんいますからね。そこへ行きます。では!」
「……わかったわかった! 待て嬢ちゃん。嬢ちゃんの勝ちでいい。金貨3枚と銀貨50枚で売ろう!」
「交渉成立ですね!」
「逞しい嬢ちゃんだよったく。知り合いが馬車欲しがってたらうちを紹介してくれよ!」
「もちろんですとも!」
そんな経緯があり、今に至る。
ティアの努力の結晶。その結果がこの馬車と馬だ。
丁寧に丁寧に愛馬をブラッシングする。
愛馬はとても気持ちよさそうだ。
大きな家には馬と馬車が増えたことで新たな建物が増えていた。
雨風凌ぐためにと店主の師匠に頼み込み、魔獣討伐に出かけるついでに木材を馬車へ積み込み、店主の師匠の匠の技によってあっという間に馬小屋兼馬車置き場が完成した。
馬車が増えたことで行商がとても捗る。
小さい体のティアと元々持っていた小さな荷車では限度があった。
大した量を積むことが出来なかった荷車で行商していた時、店主と後輩の生産力が上がり始めた頃から1日に何度も往復しなければならなくなり始めていた。それが馬車になったことで一度に多くの商品を積み込むことが出来、しかも愛馬が引いてくれるため、疲れることはない。
そのおかげでティア自身の生産力も上がるのだからティアが愛馬の世話を一生懸命するのも頷ける。
「さて、へっぽこ店主! 商品の積み込み手伝ってください!」
「あぁ! わかった!」
「僕も手伝います!」
「コン太くんありがとうございます! コン太くんは優しいですね」
「コン太! 転ばないよう気をつけなさいね!」
「はーい!」
「私も手伝うわ」
「ワシも手伝おう」
ティアが一声かけると家の住人たちが皆手伝ってくれる。
「では行ってきます」
「ヒヒーン!」
ティアは馬車に乗り込み手綱を握りしめ、愛馬と共に商業地区へ。
商業地区はティアが住む地区と違い人で溢れている。
王都本来の姿と言っていいだろう。
活き活きとした人々が行き交う。
買い物を楽しむ人、商売をする人、冒険者ギルドへ行く人、様々だ。
ティアはそんな人通りの多い場所の一角を陣取り、商売の準備を始める。
「おや、ティアちゃんついに馬車を手に入れたのか! 凄いじゃないか!」
「フフフ! ついに手に入れましたとも!」
「見ない馬車だと思ったらティアだったか! やるじゃないか! 商人として箔がついてきたねぇ!」
「ティアちゃん、今日もポーションあるのかしら?」
「もちろんありますよ!」
「来たなティア坊! この前頼んでおいた装備は作ってもらえたか?」
「ちゃんと持ってきましたよ! 待っててくださいね!」
ティアが準備を始めると、ティアを知っている人達が少しずつ集まってくる。
質の良い商品を扱う商人として名が通り始めているのだ。
「嬢ちゃんそろそろこの辺に店でも構えたらどうよ」
「北西の城門が2つある地区に店を構えてますよ! お客さんは来ないですけどね!」
「あそこは遠すぎらぁ」
「えぇ、だからこうして馬車を買って行商してるんですよ!」
そんなやり取りをしてさりげなく店の宣伝をしていく。効果はほとんどないが。
店を開くとたくさんの人がティアの並べた商品を手に取って見ていく。
気に入れば買い、時には交渉をする。
「お嬢ちゃん、このプラチナ製の槍はいくらだ?」
「それは銀貨25枚ですよ!」
「高すぎないか? 20枚にまけてくれ」
「プラチナ鉱石は高く、それを加工出来る職人はこの王国には数えるほどしかいませんよ。本来なら銀貨30枚はするものです。それ以上は値下げできないのですよ」
「そこを何とか頼む」
「……わかりました! 銀貨23枚! 今回だけですよ!」
「……わかった。買おう」
「毎度ありー!」
「おう、この鉄製の盾はいくらすんだい?」
「これは銀貨3枚ですよ!」
「そこまでいいもんには見えねぇなぁ! 銀貨2枚と銅貨30枚!」
「これは値引きしませんよ! 鉄に関して言えば王都の職人でも五本の指には入りますからね!」
「さすがに言い過ぎだろう! だが自信があるのはわかった。銀貨2枚と銅貨50枚!」
「銀貨2枚と銅貨80枚!」
「わあったよ! それでいい!」
「毎度ありー!」
「お嬢さん」
「いらっしゃいませー!」
「お嬢さんが扱う装備を作る職人に会わせてもらえないだろうか?」
「引き抜きはダメですよ!!」
「引き抜きなんてしないさ! すこーし話をするだけさ!」
「ダメったらダメです! シッシ!」
「お嬢さん! 俺は諦めないよ!」
「一昨日来やがれですよ!」
商品はどんどん売れていく。
ティアを懇意にしてくれるお客からたまたま立ち寄ったお客まで、商品を手に取って確かめて、買う人もいれば、職人を紹介してくれと頼む人もいれば、欲しい物を作ってくれと注文する人もいる。
そうして時が来れば、売れ残った商品を馬車へ積み込み、そしてついでに必要な鉱石などの素材を目利きして買い、食材を買い、それらを馬車へ詰め込み家へと帰る。
「今日もたくさん売れてくれました!」
「ヒヒーン!」
「あなたのおかげですよ!」
「ヒヒーン!」
他の行商人と違い馬車は目に付きやすい。
そのおかげもあって客が増えた。もちろん1回の行商で売れる物が増えたことも理由の一つだが。こうしてティアは馬車を手に入れたことで、大商人への道を一歩進むことが出来たのであった。