のほほん61
俺の名はバラン。
とある王国の親衛隊を務める男だ!
身分は平民だが、王国の屈強たる兵としてたゆまぬ鍛錬を続けた。その努力が認められた俺は、あの王国の象徴とも言えるレフィリア様の旅の護衛を務めた経験もある。
そして3度の戦争を戦い抜いた自他ともに認める実力者だ!
それらの功績が認められた俺は親衛隊候補に名を連ね、その後も自惚れることも驕ることも無く努力して見事親衛隊に抜擢された!
凄いだろう!
俺は生まれて物心ついた頃には立派な兵士になりたいと口癖のように話していた。
口だけでなく、俺は兵士になるために木刀を毎日振り、体を鍛え続けていた。
15歳の誕生日を迎えたその日に俺は王都へ旅立った。
王都で兵士に志願した俺は翌日に行われた将軍による新人いびりを耐え抜いた。俺のように兵士に憧れた奴は同期にはいなかったようだが、俺と同じように新人いびりを耐え抜いた奴らが何人かいた。
その数名が俺と肩を並べられる男たちだと思った。
新人いびりに耐えられた仲間たちはやはり凄い奴らだった。
だが俺もそんな凄い奴らの一人。負ける気はなかった。
そんなライバルたちも初めての戦争でたくさん死んだ。
悪い言い方かもしれないが奴らは戦い抜く力がなかったそれだけだ。
戦争が終わり、一段落したところでレフィリア様の旅の護衛の話が出てきた。
兵士として王族の護衛の務めは名誉なことだ。
だから俺はより一層鍛錬に励んだ。
俺は同期の中からも何人か選ばれるのではないかと予想していた。
俺よりも一歩、二歩も先に行く天才。
やる気はないが、俺より少し劣る程度の実力を持つルーシュ。
俺とこの2人の中から選ばれるのだろうと思っていた。
だが結果は違った。
選ばれたのは、模擬戦の最後の最後で天才に勝つことが出来た俺。そして、俺が同期の中で、いや、王国の兵士の中で最も使えないと思う男、ヴィータだった。
あいつは本当にどうしようもない男だ。
一度たりとも鍛錬をまともにこなすことが出来ない男。
努力は認める。だがそれだけだ。
あいつは3度の戦争を生き抜いた。
まぁ、戦争で役に立ったことなど一度もない。
俺が親衛隊候補として選ばれ、兵舎暮らしから卒業していた頃にいつの間にか兵を辞めさせられていた。
話を戻そう。
そんな情けない奴にもレフィリア様は手を差し伸べる素晴らしい方だった。
笑顔を絶やさず、王族として相応しい態度で民のことを考えていらっしゃった。
そしてそのレフィリア様を守る親衛隊の先輩方の強さに憧れた。
俺は決めた。
親衛隊に入れるように強くなると。
レフィリア様の身を守れる男になると。
その目標は遂に1年前に達成することが出来た。
レフィリア様はとても美しい。
旅の護衛に就いていた頃よりもさらに美しくなっていた。
そのレフィリア様を護衛出来ることはこの上ない名誉だ。
努力が認められたことよりも、親衛隊に入れたことよりも、レフィリア様の近くにいることを許されていることが誇りだった。いずれ親衛隊隊長のエレノア様と共にレフィリア様の専属になり、その身を守りたいものだ。
親衛隊を1年務めたことでレフィリア様のことを少しでも理解出来たと思う。
生まれた時から専属の護衛を務めているエレノア様に対しては心を許しているようで、よく話し、笑い、時にはからかったりする。
そんなお茶目な一面を知れたのも親衛隊になれたからだろう。
兵舎にいる同僚共に自慢して羨ましがられるのもいいものだ。
そしてレフィリア様はよく視察に行かれる。
やはりレフィリア様は素晴らしい方だ。
誰よりも王国の民のことを思っていらっしゃる。
エレノア様はそんなレフィリア様の身が心配なんだろう。
何を話しているのかまでは聞き取れないが、視察の話が出るたびに言い合いに発展していた。エレノア様の気持ちもよくわかる。王都にも王族の身を狙う輩がいないとは限らないからな。俺もそうだが、親衛隊の仲間達はそんなエレノア様について行くと申し出るもやんわりと断られてしまう。
エレノア様から見れば俺達はまだまだ不甲斐ないのかもしれない。
そう思い、今日も周りの親衛隊たち以上に鍛錬をしていた。
エレノア様から認めてもらい、エレノア様と共にレフィリア様の専属の護衛となれるように。
「お父様!!! 私はお断りしたはずです!!!」
いつだったか、王の間から大声が聞こえてきた。レフィリア様の大声だった。
レフィリア様が本気で怒鳴り声をあげるのを聞いたのはこれが初めてだった。
「もういいです!!! 知りません!!!」
眉間にシワを寄せて、怒りながら早足で王の間から出てきたのだ。その後を追うようにエレノア様が出てきた。エレノア様もレフィリア様が本気で怒った姿を見たのは初めてだったのかもしれない。焦っていた。
「レフィリア様! 落ち着いてください!!」
「エレノア! あなたも同罪です!!」
「お、お待ちください!!」
「エレノア様、何事でしょうか?」
「バラン、あなたが知る必要はありません」
「ですが……」
「とにかく私はレフィリア様を追わなければなりません。いつも通り任を果たしなさい」
俺が聞いてもやはり何も教えてはくれない。
エレノア様はそのままレフィリア様の後を追ってしまった。
どうしても気になった俺はエレノア様の後を追った。
レフィリア様の部屋の前にレフィリア様とエレノア様はいた。
「そこを退きなさいエレノア!!」
「退きませんよ! とにかく落ち着いてください!」
「お見合いなどしないと何度も言いました!」
「お見合いではなく社交界ですよ! いつもと同じです!」
「同じではありません!! 嫌なものは嫌です!!」
「そこまであのような者のことを……」
「関係ありません!」
俺には何の話なのかさっぱりだ。
王も度々レフィリア様の結婚の話をしていた記憶がある。
もしかしたらそのことかもしれない。
「レフィリア様! とにかく話し合いましょう!!」
「退く気がないなら実力行使です! 覚悟しなさいエレノア!!」
「何を……うっ……目が!」
「ふん!」
レフィリア様が何かの魔法を使い辺り一帯に強い光を放った。
エレノア様が怯んでいるうちにレフィリア様は走ってどこかへ行ってしまった。
「エレノア様!」
「そ、その声はバランですね? 自分の任を怠ったことは不問にしましょう。レフィリア様は今城から抜け出そうとしています! 何としても阻止します!」
「しかし、もう夕刻です。城から出ようなどと……」
「レフィリア様は必ず城から出ていきます! 急ぎなさい!」
「はっ!!!」
俺はそれからエレノア様の指示に従い、他の親衛隊や兵士にレフィリア様のことを伝え城から抜け出せないように立ち回ったつもりだったが遅かった。伝令が城全体に行き届く前にレフィリア様は魔法を使い兵士たちの目を眩ませ、自らを光をうまく使い隠し、城から出て行ってしまった。
「エレノア様! 申し訳ありません!」
「いえバラン、あなたはよくやってくれました。生まれた時から城で過ごしているレフィリア様の方が上手だっただけです」
「そうですか。では俺は捜索隊を編成して、レフィリア様を探し出してきます!」
「その必要はありません」
「レフィリア様の向かう場所に心当たりでも?」
「えぇ、間違いなく向かうでしょう。大事になる前にレフィリア様を連れ戻します! バラン、あなたもついてきなさい!」
「はっ!!!」
俺はエレノア様に付き従った。それが俺の転落人生の始まりだとは知らずに。