のほほん59
スラム街、王都の一部とは思えないほど暗い。
昼間であってもほとんど日が差さない薄暗い場所。
「いやぁ~久々だねースラム街はよぉ」
「久々?」
「おうよースラム街なんて怖くて入れないからよー入るとちびっちゃうからなー。コン太はお漏らしまだしてんのかぁ?」
「もうしてません! 3年くらい前に卒業しました!」
「偉いなぁー俺なんて13歳になって兵士になった時におもっきし漏らしちまったぞー」
「懐かしいな……俺も漏らしちゃったな」
「店主さんもルーシュさんもお漏らししてたんですか?」
「おーよー、俺はいつまで漏らしてたかなぁ……1か月くらいかねー」
「あれ? ルーシュってそんなに漏らしてたっけ?」
「バレない方法ってのがあったのよー。ヴィータは8か月だっけかー」
「失礼な! 漏らしてたのは6か月くらいだ」
「なっがいねー同期のやつで一番長かったのは誰だったっけかー」
「んー」
そんな軽口を叩きながら奥へ奥へ進んで行く。
コン太に案内されつつ路地へ入るとぞろぞろと前後に4名ずつ現れた。
「来たね」
「ヴィータは前、俺は後ろをやる。コン太は俺とヴィータの間に隠れてな」
「……はい」
「心配すんな。やらかすのはヴィータだけだ」
「俺はやらかす前提なのね」
「なーに、王国史上最弱の称号を持ってるヴィータさんだ。当たりめーだろ」
「ぐっ」
「おい、そこの冒険者と兵士。そこの獣人のガキと金目のもん全部置いていきな。そしたら命だけは助けてやるよ」
男たちはニヤニヤと笑いながらコン太を見ていた。
囲まれて怖くなったコン太がヴィータのズボンを掴む。
「店主さん……」
「大丈夫だコン太。絶対守る」
「はい!」
「おーおー羨ましーねー信頼されてるねー」
「おい、聞こえてんだろ!? 余裕ぶっこいてんじゃねーぞ!!」
「おうおう! おれぁー王国兵最強の男だぜー?」
「っは! 足がくがくさせてビビってるくせによく言うなーおい」
ルーシュが足を震わせ、震える手で剣を持っていることを見て笑う男たち。
「今引けば許してやるぜー? 頼むぜーおいー」
「おいおい、やる気かよ。俺達以外にも後30人はいるってのによぉ」
「王国兵舐めんなよー! おれぁこういう時のために鍛錬してたんだからよぉ」
「ま、死んで後悔しろや」
男たちが一斉に動き出す。
「ヴィータ。さっきも言ったが殺すなよ」
「わかった」
ヴィータは二刀を抜き、駆ける。
4人の男たちは前衛2人後衛2人に分かれて戦うようだ。
後衛2人はナイフを投げる。
ナイフは前衛2人の間を通りヴィータに向かって行くが、ヴィータは軽く叩き落としていく。
「う、嘘だろ。なんちゃって冒険者って話じゃねーのか!?」
かすり傷すら負わないヴィータに驚きの声を上げる後衛2人を尻目に、前衛2人とぶつかり合う。前衛2人の攻撃を軽く避けながらトントンと壁を蹴り前衛2人の後ろを取った。
(全く怖くない。あいつに比べれば)
ヴィータはすぐさま前衛2人の手足を強打して骨を折る。
「ぐあああ」
「ぎゃああ」
叫び声を無視してすぐに後衛2人に振り返る。
あっけに取られている後衛2人に向かってまた駆ける。
「やべーぞ!」
「え、援軍を呼べ!」
怯んでいる後衛1人の腹を駆け抜けながら強打。
もう1人の必死の反撃を冷静に躱して、動けないように手足を強打して骨を折った。
「……ふぅ……」
「う、嘘だろ……」
「お~ヴィータやるじゃーねーかー」
「何とかなったよ」
「何とかなったねぇ……恐ろしーねー」
「ルーシュは相変わらずだね」
「いやいや、大したことしてないさー」
ルーシュもしっかり4人倒し、ちゃっかり後から来た2人を倒していた。
「店主さんもルーシュさんも凄いですね! 全然怖くなかったです!」
「だーろー? かっこいーだろー」
「うん!」
やはりコン太も男の子。強い人には憧れるようだ。目がキラキラしていた。
「お、お前ら……ただで済むと思うんじゃねーぞ。俺らの後ろにはなぁ……」
「おいおい、お前らこそただで済むと思うんじゃねーぞ」
「たかが兵士とちょっと強かっただけの冒険者が何を……」
「俺を攻撃すれば、将軍が黙っちゃいねーなー。王都にいる全兵士がお前らの後ろの連中諸共一人残らず、殺すだろーなー。それにそこの獣人とこの冒険者はなぁ、あのレフィリア様と個人的に付き合いがあるんだぜ?」
「……っは! 嘘つくんなら……」
「る、ルーシュ知ってたの?」
「おうよ。イチャイチャラブラブ羨ましーねー」
「イチャイチャしてないぞ」
「ホントかー? 家にまで会いに来るっていうじゃねーかー」
「えっとそれは……たまに来るけど……」
「カー! 羨ましーねー。普通王族のしかもお姫様が家にくるわけねーんだよなー!」
「…………」
ルーシュはワザとらしくスラム街の今も隠れているであろう連中に聞こえるように大声で話していた。
ヴィータ達を襲った男たちはそのやり取りが嘘だとは思えなかった。
ヴィータが本気で焦っていたからだ。
ヴィータの焦りようを見て顔が真っ青になっていく。
「ってーことだ。もしこの冒険者の身内や家に手を出したら最後。国が敵に回るかもしれねーなー?」
「…………」
「俺らのー後ろにーなんだっけぇ?」
「い、いやその……」
「お互い嫌だろー? めんどーだろー? お互いに手を出さない。これで俺達もお前達も幸せになれると思うぞぉ?」
「そ、そうだな……そうだ! そうしようじゃねぇか!」
「ただもし間違って手が出ちゃったら……命の保証は出来ねーなー」
「わ、わかった! よーくわかった! 俺らの仲間には必ず言い含めておくからよぉ……頼む! このとーり!」
「おーし! 今日のことはなーんにもなかった! いいな?」
「あぁ! ちょっと肩がぶつかって喧嘩になりそうだっただけだ!」
「じゃあコン太! 後は2人で帰れるな?」
「うん! ルーシュさんありがとう!」
「おうよ! ヴィータも元気でな。ティアの嬢ちゃんは他の奴に案内させっから安心しろ」
「うん、また。じゃあ行こうコン太」
「はい!」
ヴィータはコン太の家に案内されていった。
家に案内されて少しするとティアが家に入ってきた。
「お待たせしました! 兵士を呼びに行っている間に全部終わってたんですね」
「ルーシュが全部片付けてくれたよ」
「では改めまして、ルナさんから事情は聞かせてもらいました。息子のことありがとうございました」
コン太の母親はそう言って深く頭を下げた。
「俺らは何も。お礼はルーシュっていう名前の兵士に言ってあげてください」
「そうですよ。へっぽこ店主はほとんど何もしてないのですからね!」
「そんなことはありませんよ。この子の元気を取り戻してくれたのはヴィータさん達のおかげですから。今までのことを含めてもう一度お礼を言わせてください。ありがとうございました」
もう一度深く頭を下げた。言葉だけでは感謝の気持ちを伝えきれないのだろう。
「ヴィータくん。これからのことなんだけど」
「これからですか?」
「えぇ、このまま今まで通りコン太くんがこの家から、通い続けるのはとても危険よ。コン太くんにもあの家で過ごしてもらうのはどうかしら?」
「僕はお母さんと一緒がいい!」
「じゃあコン太とお母さん2人に来てもらえばいいんじゃないかな」
「そうですね。幸い一部屋空いてますし問題ないですね」
「皆さん……ですが私には部屋を借りれるだけのお金が無くて……」
「お金が欲しくて言ってるんじゃないですよ」
「私は詳しくないですが、病気と聞きました。スラム街から出た方が体にもいいと思いますよ。それにへっぽこ店主が構わないと言ってるんですから遠慮しちゃダメです!」
「わかりました。お言葉に甘えさせてもらいます」
こうして獣人の親子はヴィータの家で暮らすことになった。
後日、コン太の母親はコン太を連れてルーシュにお礼を言いに行ったようだ。
コン太はルーシュのことをお礼を言われて嬉しそうだったと言っていた。
……………………………
「そう言えばルーシュさんよー」
「おうなんだよー」
「あのヴィータさんが個人的にお姫様と知り合いって話、そこんとこ実際どうなんだよー」
「さぁー知らねーなー」
「はぐらかさないでくれよぉールーシュさんよー」
「お姫様は我らがスラム街出身者にとっても人気だーなー。そんな眉唾もんでも聞き流せないほどだもんなー」
「その辺の兵士だったら信じねーけどよー。出所があのルーシュさんだからよぉー」
「おらぁどこにでもいる小石と同じよぉー。ちょおっと見られただけでちびっちゃう程度の小心者さー」
「そうだけどよー」
「さぁー知らねーなー」
「ケチだねー」
「おうよー」
スラム街でのヴィータとルーシュのやり取りは、ルーシュの手回しでスラム街の別の場所で男たちを抑え込んでいた兵士たち、そしてティアが呼び出した兵士たちに聞こえていた。
そんな噂はあり得ないとあっという間に消えていった。