のほほん5
開戦間近。もう目視できるほどの距離に敵国の兵たちはいた。ピリピリとした緊張した空気が辺りを支配する。ヴィータ同様、すべての兵たちに余裕がない。そんな中、王国軍の頂点に立つ男、将軍が言った。
「聞け!!! 皆の者!!! 王が治めるこの国を脅かそうとする愚かな侵略者共が現れた!!!」
将軍以外の兵たちは誰も話さない。全ての兵たちが将軍を見ていた。
「我々は王が治める国の屈強な兵である!!! 我々は王を!!! 国を!!! 民を!!! 家族を!!! 恋人を!!! 友を守るために存在する!!! あの愚か者共に我々の強さを死をもって思い知らせてやれ!!!」
「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」」」」
将軍が剣を高く掲げるとすべての兵が一斉に剣を高く掲げ、雄叫びを上げる。ヴィータもそれに続くように剣を高く掲げる。ヴィータにとって剣を高く掲げることはとても大変だ。両手なら出来るが片手では厳しい。もし倒れてしまったら周りの人達に一斉に振り向かれ睨まれていただろうが、それを恐れたヴィータは必死に耐えていた。
「突撃ィィ!!!!」
「「「「うおおおおおおおおおお!!!!」」」」
(将軍が言ってた。家族を守れって。そっか、俺達が負ければ父ちゃんや母ちゃん、それに兄ちゃんも殺されちゃうかもしれないんだ……やるぞ)
兵たちが敵に向かって一斉に走り出す。ヴィータも遅れないように必死に走る。自軍と敵軍の弓兵がほぼ同じタイミングで矢を放ち自軍、敵軍に一斉に降りかかる。各地で悲鳴が上がり始めた。ついにヴィータの前を走っていた小隊が戦闘を開始した。剣と剣がぶつかる音、魔法の爆発音が聞こえ始める。目の前で血飛沫が舞う。腕が飛ぶ。悲鳴が上がる。首が飛ぶ。あっけなく人が死んでいく。
(怖い……怖い……怖い……怖い……あぁ……あぁ……)
目の前の光景を見たヴィータは先ほど胸に刻んだ決意をあっけなく忘れてしまう。それでも逃げることは許されない。戦争は始まってしまったのだから。
恐怖が、憎しみが、狂気が、ありとあらゆる感情が渦巻く戦場でヴィータが編成された小隊も敵軍と激突した。
共に村を出て、共に兵士に志願し、共に鍛錬を耐えぬき、ヴィータより強く強靭な肉体となった友達があっけなく敵に殺された。
(あぁ……あぁ……あぁ……シニタクナイ……イヤダ……アァ……アァ……)
目の前の敵がヴィータを睨む。見つかってしまった。睨まれてしまった。逃げ場などなかった。目の前の敵はもうすでに誰かを殺したのだろうか、体が真っ赤に染まり、目は狂気を孕んでいた。敵は両手で大きく剣を振り上げ、ヴィータに向けて振り下ろした。恐怖に、狂気に呑まれたヴィータの体は動かず、敵のその一撃を脇腹に受けてしまった。
敵の持つ鉄製の剣は力いっぱい振りかぶり鎧に向けて攻撃したためか、刃がボロボロだった。
もし、敵の剣が新品であったなら、刃が欠けていなければ、ヴィータの体を斬り落としていただろう。
もし、王国が支給したヴィータの装備している鎧がしっかりと手入れされている物でなければ、鎧は破壊され骨を砕き、肉を斬り裂いていただろう。
刃がボロボロだったおかげでヴィータの鎧は、敵の攻撃を防いだ。だが、鍛えられた大人の本気の一撃はヴィータの細い体を、骨を簡単に折った。
「ガ……ハッ……」
「へ……へへへ……これで3人目だ」
(コロサレル……コワイ……シニタクナイ……イヤダイヤダ……イヤダイヤダ……イキテイタイ!!!)
激痛がヴィータの体を支配する。だがそれ以上に生きたいという本能が上回った。王国で兵士になって1年と4ヶ月。その中で毎日行った地獄の鍛錬は、ついて行くことが出来なかったヴィータの恐怖して震える体にもしっかりと刻み込まれていた。
「あああああああああああ!!!!」
ヴィータは雄叫びを上げながら、剣を振りかぶり、そして狂気に呑まれた目の前の敵に剣を振り落とす。敵の鎧を破壊し、骨を斬り、肉を斬る。
ヴィータの全力の攻撃はそれでも心臓に到達する程度でしかなかった。他の兵士達ならば両断出来ていただろう。それでも人を殺すには十分すぎるほどの攻撃だ。
目の前の敵は死に動かなくなる。
ヴィータは13歳で初めて人を殺した。だが、そんなことを考えている余裕などない。一人殺してもまだまだ敵はいるのだから……。
様々な感情が渦巻く戦場で、ヴィータは恐怖に呑まれながらも生きたいと願う本能に従い戦った。2人の兵を殺し、1人の腕を斬り落とした後、反撃をもらい、右肩の骨を砕かれたところで意識を失った。