のほほん54
カーン!
カーン!
カーン!
ドラゴスが鍛冶場に入っても、ヴィータは気付かずに金属を力強く打ち続けていた。大量の汗が体中に流れていた。
(いい集中力だ)
カーン!
カーン!
カーン!
ドラゴスは見る。
じっと見る。
ヴィータの打ち付ける鉄のさらに奥。
ヴィータの求める理想の武器を。
そしてその武器を手にしたいという意思を乗せたハンマーを。
ヴィータは見る。
打ち付ける鉄の奥に、目の奥に、頭に映る理想の二刀を。
探し続ける。
求め続ける。
手を伸ばし続ける。
ただ一心に。
レフィリアを守りたいと。
出来上がるのはティアの言う80点ほどの鉄の剣。
ヴィータにはその出来がわからない。
うまく打てたのかどうかもわからない。
じっくりと眺めてもヴィータの目にはわからない。
「見せてみろ」
「し、師匠!? いつの間に」
ドラゴスに突然声を掛けられて驚くヴィータからつい先ほど出来上がった剣を取り上げる。じっくり、ゆっくり眺め続けるドラゴス。
「まだ丁寧さが足りん。歪みがある。左右均等に打てていない証拠だ。力強く打てるようになってきているがまだまだ足りんな」
「はいであります!」
「だが、余計なことを考えずに打てている。邪念が無く、理想を求めて打つその姿勢は良い」
「まだまだであります!」
「当然だな。店に置いてあった銅製の装備を見ても言えることだが、駄目弟子に必要なのは技術だ。銅、鉄においてワシが教えられることはない。その技術は日々打ち続けて自分自身で身につけていく事だ。理想を手にしたければ打ち続けるといいぞ」
「はいであります!」
「さて、今日からワシは何のしがらみも無くなった自由の身となった」
「それはつまり?」
「本格的に駄目弟子の面倒を見てやる」
「あ、ありがとうであります!」
「そこで、ここに住もうと思っておるのだ」
「一部屋空いてるであります! その部屋でどうでしょう?」
「ワシのいびきが大きいことはもう知っているだろう?」
「ティアが怒りそうだな……」
ドラゴスがたまにヴィータの師事するためにやってくる時は、空いてる部屋に泊まってもらっていた。泊めるのはよかったのだが、あまりにもいびきが大きすぎてティアが部屋から出て苦情を言いにいくのだった。
「商人娘が怒ろうが別に構わんのだが、寝不足になって鍛冶に支障が出ても困る。だからワシがワシ自身の住処を作ろうと思ってな」
「それは全然構わないであります!」
「助かるぞ。だが人間は色々とうるさくてな。適当に住処を作るとそこの土地はどうのこうのと文句を言ってくるからな。どこが駄目弟子の土地なのか教えてくれ」
「……ティアに聞けば……わかると思うであります!」
「……お前は本当に人間かと、時々本気でそう思う時があるぞ」
鍛冶と魔獣討伐以外ではてんで役に立たないヴィータだった。
ということで、ティアが教えたヴィータの土地。家の隣に小屋が建つことになった。ドラゴスがどこからか持ってきた木材、石材を自分で加工し、組み立て、時にはヴィータに協力してもらいながらあっという間に立派な小屋を建ててしまった。
「駄目弟子」
「何でありますか師匠?」
「本来であれば何十年と研鑽を積んでから教えることだが……お前には早すぎるか……いや……」
ドラゴスがヴィータを本格的に師事するようになり、ヴィータと一緒に鍛冶場に篭るようになってしばらく。
何かを言おうか悩んでいるようだった。
そして何か決めたのか、ヴィータの目を見た。
「しばらくお前を見てきた。そしてその意志は変わらず本物だ。だからこれからワシがお前にプラチナの扱いを教えてやろう。本来であれば早すぎることだが特別だ」
「ほ、本当でありますか!」
「ドワーフにとってプラチナなどいつでも手に入る鉱石だが、ここは人間の国だ。なかなか手に入ることはない貴重なものということを肝に銘じておけ」
「はいであります! でもそれならティアに……」
「あの商人娘になら言ってある。色々と唸っておったが何とかすると言っておった」
「そうでありますか。ティアにまたお礼を言っておかないと」
「では始めるぞ! いつも通りワシがまず打つ。よく見ておけ!」
「はいであります!」
ドラゴスとヴィータが入れ替わる。
ドラゴスは何も言わない。
最初は必ず見せるだけなのだ。
用意してあったプラチナ鉱石を溶かし、それをじっと見つめていた。
そしてハンマーを振り上げた。
カーン!!!
カーン!!!
カーン!!!
ヴィータは見る。
初心者を卒業して鍛冶職人として日々を過ごしてきた今のヴィータにはドラゴスがどれだけ凄い鍛冶職人だったのかよく理解出来た。
(的確で丁寧で力加減も完璧なんだ。それに速い)
銅を打っていたドラゴスを見ていた時にはただ凄いとしかわからなかった。
鉄を打っていたドラゴスを見ていた時には少しだけ何をしているのかわかった程度だった。
そして今はヴィータとドラゴスの実力の差がはっきりとわかる程度にはなった。
カーン!!!
カーン!!!
カーン!!!
出来る限りミスを無くすために丁寧に打ち
無駄打ちをしないように力加減を考え打ち
そして装備を早く完成させるために素早く打つ。
ドラゴスには迷いがない。
ミスがない。
完成まであっという間だ。
銅や鉄を打ってもらった時には、ヴィータ自身のレベルに合わせて打ってくれていたとよくわかる。
ヴィータはドラゴスがプラチナで満足していないと理解する。
ドラゴスにとって通過点でしかないのだろう。
「出来たぞ! ちゃんと見ていたようだな!」
「はいであります!」
手渡されたプラチナの剣は見事な輝きを放っていた。
もしドラゴスが作った物を一流の商人、冒険者などが目にすれば我こそはと群がるほどの完璧な剣だった。
「どうだ駄目弟子。その剣でお前は戦い、そして勝てるか?」
「……これじゃきっとダメだ……あっ! 申し訳ないであります!」
「ガッハッハ!構わん。ワシの打ったプラチナ程度の武器で満足したら殴っていたところだ! さぁ、忘れないうちに打て、だが鉄と違いいつでも手に入るわけではない。いつも以上に気張れ!」
「はいであります!」
ヴィータとドラゴスは入れ替わる。
ヴィータはドラゴスがやったようにプラチナ鉱石を溶かした。
そしてプラチナをじっくりと眺める。
見える。
プラチナの奥にヴィータ自身が求める理想の剣が。
深呼吸。
それからハンマーを振り上げ、そして打った。
カーン!
たった一度打っただけ。
初めて打ったプラチナは鉄とは違いぐにゃりと変化した。
硬さは銅と鉄の中間と言ったところ。
ヴィータは鉄の硬さに慣れ過ぎて力強く打ち過ぎたのだ。
そしてもう一振り。
カーン!
力加減を調整してドラゴスが言っていたことを思い出した。
プラチナで速さを身につけると。
さっき見ていた時にも速く打っていた。
その理由をヴィータは理解した。
銅も鉄もじっくりと打つ時間があった。
しかしプラチナにはその時間が少ない。
打ち始めた場所からどんどん固まり始めていた。
焦ったヴィータが少しでも速く打とうとする。
カーン!
カーン!
カーン!
焦ったせいで一定のリズムで打つことが出来ていない。
丁寧に打つことも、力強く打つことも出来ていない。
そうして出来上がったプラチナの剣は初めて打った銅の剣と同じように歪みきっていた。
「…………」
「どうだ駄目弟子?」
「難しいであります」
「諦めるか?」
「諦めないであります」
「よし! ではやるぞ!」
「はいであります!」
「無駄遣いは出来ん! 今作り上げた物を溶かせ!」
それからいつものようにドラゴスの怒鳴り声が聞こえるようになった。