のほほん53
ガチャ
チリチリーン
「いらっしゃいませー!」
ヴィータが兵を辞めることになってからもう随分と時が過ぎ去っていった。
自分と同じ境遇だと感じた家を衝動買いし、その家にあった鍛冶場を見て鍛冶職人を始めた。あまりにも酷いとドラゴスが乱入し、ハンマーの使い方を、基礎を教え、ヴィータが師事した。その後ティアがヴィータと出会い、そしてコン太と出会い、ティアとコン太の師匠のルナがやってきた。
それから、ヴィータは午前中に、ティアとコン太を連れて王都周辺の魔獣を狩り、素材を集めて冒険者ギルドに売り、午後は鍛冶場に篭り自身の理想の武器を手に入れるためにハンマーを振るい続けた。
ティアとコン太はルナに教えを請い、自分の夢、目的のために日々を過ごした。
その成果もあり、1か月、2か月に1人2人程度の客も1週間、2週間に1人2人程度の頻度で客がやってくるようにはなった。
……が、ティアは大して変わらないと愚痴をこぼしていた。
一応来ないよりましだが、ヴィータ達の主な収入源は魔獣討伐から手に入る素材売りと、ヴィータ、ティア、コン太の3人が作り出した物をティアが王都の商業地区へ行商に行くことの2つだ。
行商をしなくてもいいくらいに客が店へやってくればいいのだが、ティアはその辺は諦めている。お店格付ランキング最底辺に位置する、ヴィータ(ティア)が経営する店に客が来るはずもないのだから。
とはいえ、この店に置いてある品の種類は商業地区にある他の店に比べれば豊富である。
武器、防具、装飾品、ポーション。
分類するだけでも4つ。
ヴィータの鍛冶の腕が上がったことで武器、防具の質も良く、種類も豊富。
ティアが内職を始めたことで効果はないが、指輪、腕輪、イヤリング、ネックレスなどの装飾品が置かれ、コン太がルナの教えに従い、作り始めたことで質の良い様々なポーションが増えた。
もしこの店が商業地区に位置しなくても、商業地区からほんの少し離れた程度の場所に開かれていれば、魔獣を討伐しに行く余裕はなかっただろう。
それどころかヴィータは鍛冶職人として、ティアは大商人兼細工師として、コン太は薬師として名を轟かせていたかもしれない。
だがここは王都にある時代に置いて行かれてしまった閉鎖的な場所にある店だ。
ティアがどれだけ宣伝しても、商業地区で十分と言われてしまう。他の店に置かれている物より質が多少良かったとしても、商業地区で十分と言われてしまう。他の店に比べて種類が豊富だったとしても、商業地区にあるいくつかの店を回れば十分と言われてしまう。
そんな場所だった。
ヴィータ達の住む家の設備は、ヴィータ達にとってこれ以上ないほど充実していた。店舗があり、鍛冶場があり、調合場まである。その他にも2階には部屋が4部屋あり、キッチンあり、リビングあり、風呂まである。裏庭には倉庫もある。
そんな家を王都の商業地区、またはその周辺で見つけることは不可能だ。
仮にあったとしても、王国の王が住む王城がある、そのお膝元と言える王都、しかもその中心近くとなれば平民であるヴィータ達に買えるはずもない。
例え買えたとしてもヴィータ達の頭には引っ越しという選択肢はない。
この閉鎖的な空間はヴィータ達にとって心地のいい場所だった。
「毎度あり―!」
ティアは店にいたたった1人の客に元気よく声を掛ける。
客はそのまま買った物を持って店から出ていった。
ガチャ
チリチリーン
客が出ていくのと同じタイミングで見知った顔が店に入ってきた。
「元気でやってるか? 商人娘」
「おや、久しぶりですねドラゴスさん」
「見ないうちに随分と商品の種類が豊富になったもんだ」
「そうでしょう! 王都でもこれだけの品を扱う店はほとんどないですからね!」
「だが、客は……いないようだな?」
「……うるさいですよ」
「ガッハッハ」
どれだけ品揃えが良くても客が来なければ意味はないのだ。
「行商すればあっという間に売り切れますから別に来なくてもいいんですよ!」
「質はそこそこだからな」
「ドラゴスさんの基準で言わないでください! 王都では上から数えた方が早いんですからね!」
「人間は高が知れておるわ!」
「別にいいですよ! ところで、その大量の荷物は何です?」
いつものドラゴスは身一つでやってきていた。
だが今日のドラゴスは店のドアと同じ高さと幅ほどある荷物を持ってきていた。
「ようやく面倒だったことをすべて片付けられたからな。持ってきたのだ」
「持ってきたと言われても、うちは買取出来ませんよ? そこそこ軌道に乗れるようになりましたけどね」
「売るために持ってきたわけではない」
「ふむ?」
「これはワシの私物だ。人間の言う契約とやらを終わらせたからな、その家から出てきたと言うわけだ」
「じゃあ本格的にへっぽこ店主の面倒を見てくれるということですね?」
「そうだ。出来が悪いと言っても弟子は弟子だからな」
「部屋はまだ空いてあったはずですね。へっぽこ店主に聞いてきましょう」
「いや、いい。ワシが行く。久々にどの程度打てるようになったか見るついでにな」
「ふふふ、そうですか。一応私の目利きで、鉄の扱いは70~80点と言ったところですよ」
「ほぅ、それは楽しみだ……ということにしておいてやろう」
ティアの目利きをドラゴスは認めている。
弟子の成長を楽しみにしつつにやりと笑い、家の奥、ヴィータのいる鍛冶場へと向かって行った。