のほほん51
カーン!
カーン!
カーン!
「ふわぁぁぁ……今日も平和ですね……」
今日も来るはずのないお客のために眠そうにしながら店番をするティア。
一定のリズムで鳴り響く金属を叩く音は眠気を誘う。
「さて……続けますか……ふわぁぁぁ……」
眠そうにしながらも止まっていた手を動かし、アクセサリー作りを再開させる。
「いくら商業地区が中心に移って、格が最底辺になったとはいえ……ここまで人が来ないのはもう呪いの類なのでは? 行商する時には必ず宣伝してるはずなんですけどね。へっぽこ店主の腕も日々上がってますし……少しくらい人が来てくれてもいいのではないでしょうか……ふわぁぁぁ……」
張り合いがないとぶつぶつと独り言を言いながらも、アクセサリーはしっかりとした物が出来上がっていった。
「ふふん! 我ながら見事な出来栄え。でも売ってもお小遣い程度にしかなりません。そろそろ本気で魔法付与を独学で手を出してしまいましょうか……いやいや……でも……うーん」
ティアが作るアクセサリーは貴族が喜ぶような宝石が付いたような指輪やネックレス、イヤリングのようなものではない。宝石ではないが綺麗な石を丁寧に加工したようなものばかり。
宝石を手に入れようにも原石ですら高価で値が張ってしまう。
王都周辺には原石が出る鉱山は全くない。
取りに行くにも最低でも片道2週間はかかるほど遠くになってしまう。冒険者を一ヶ月以上雇うなど出費がかさみ、原石を見つけティアが一生懸命加工した宝石付きのアクセサリーを売ったところで、大した利益にはならない。
ヴィータを連れていくという手もあるが、ヴィータの鍛冶修行を中断させ、1ヶ月以上店を開けてまで原石を取りに行く価値があるかと言われればそうでもない。
ティア一人で出かけることも出来なくはないが、魔獣に襲われたら最後、戦う術を持たないティアはただの魔獣の餌にしかならない。ハイリスクローリターン過ぎることをティアはする気にはなれない。
ティアの言う魔法付与。
これは装備に魔獣から取れる魔石を使うことで、装備するだけで装備した者に恩恵を与えられるようになる。例えば、力が上がったり、魔力が上がったり。装備の耐久力を上げる事も出来るだろう。
それだけのことが出来る魔法付与は簡単に出来るものではなく、下手に独学で手を出しても成果が出ず、付与効果が低ければ売れることはない。魔石自体の相場もそれなりに高いために中途半端に手を出しても赤字になるだけなのだ。
魔法付与で一攫千金を狙おうとする者の大半が赤字で借金を背負うようになり、首が回らなくなるほど借金がかさんでしまえば奴隷一直線の危険な賭けになる。
魔法付与が完璧に出来る実力者からしっかりと教えてもらわなければ、利益など出ない危険な商売なのである。
「この前の行商で……知人が魔法付与に失敗しすぎて奴隷に堕ちてましたね。ブルブル……やめておきましょう。私はお父様直伝のうっかり癖を遺伝子の中に組み込まれてしまっているのですから。一攫千金を狙って貴族に取り入ろうとした時にも最後の最後で発動しやがりました。危うくロリコン貴族のオモチャにされるところでしたし……他にも……」
自分には一攫千金など無理だと言い聞かせるようにティアは過去の失敗をぶつぶつと繰り返し言っていた。
ガチャ
チリチリーン
「いらっしゃいませー!……わぁ……レフィーも大概おかしいくらい美人ですが……それに引けを取らないくらい美人です……尖った耳……エルフ?」
「えぇ、そうよ」
「わぁ……初めてみました! 人の集落には寄り付かない種族だと聞いていましたが?」
「国として接することはないだけで個人としては普通に接するわ」
「はぇ~そうなんですか。それでお客さんはどういったご用件です?」
「知人の紹介で見に来たの」
「知人ですか?」
「えぇ、刀をここで買った男から紹介してもらったの」
「あぁ! あの長身の男の人ですね!」
「そうよ」
「あの人顔が広いんですね。まぁごゆっくりー!」
エルフの女はじっくりと店内を観察して、ティアの作った弓とアクセサリーを念入りに見ていた。
「エルフは細工職人が多いと聞きます。そのエルフに私の自作アクセサリーを見られるのは緊張しますね」
エルフは細工。
ドワーフは鍛冶。
そう言われているほどエルフの生み出すアクセサリーは芸術的な物が多い。
それを身に付ければ一種のステータスとして箔がつくほど。そのエルフに自分の作ったアクセサリーを見られるのは一流の職人に見られているのと同じことだ。
「ティア姉さん。また作ってきました!」
「コン太くんは仕事が早い! 偉いですよ」
「でもやっぱりなかなかうまくいかないです」
「ちょっとずつ質のいいポーションの数は増えていってますからね。大丈夫です。ゆっくりじっくりですよ!」
「見せてもらってもいいかしら?」
「あ、お客さんが……わぁ……」
コン太も子供と言えど男なのだ。見たことも無いほどの美人さんを見て見惚れていた。そんなコン太に優しく微笑み、出来立てのポーションを手に取ってみているエルフの女。
「コン太くん、気持ちはわかりますが、ちゃんとお客さんに挨拶しなきゃダメですよ!」
「あ、そうでした! いらっしゃいませ!」
「やっぱり子供は可愛いわ」
「ふわ~」
コン太のタイプなのだろうか。
エルフの女がコン太の前にしゃがみ頭を優しく撫でると、感激したように恥ずかしそうに顔を真っ赤にして目を閉じるコン太。耳がピクピク反応し、尻尾が揺れる。
「むぅ……妬けますね。やはりコン太くんも男の子ですね!」
「そうそう、商人さんにこれを見てもらおうと思って持ってきたの」
「ふむ?」
エルフの女がそう言ってカウンターの上に置いたのはアクセサリーだった。
「これは……私が作ったアクセサリーですね。おかしいですね魔法付与なんて私はしていませんが……これは! 完璧な魔法付与ではないですか! も、もしかしてあなたがやったのですか!?」
「そうよ。魔法付与の目利きもしっかり出来るのね」
「大商人を目指してますからね!……金貨1枚……いえもっとしますね! たかだか銅貨10枚ほどのアクセサリーが……エルフさん……いえお師匠様!!! 私を弟子にしてくれませんか!?」
「もちろん。面白そうだし、そのために来たんだもの。それと……コン太くんだったわね。私はポーションのことも多少は教えられるわ。どうかしら?」
「……いいんですか? 僕……全然上手くポーション作れないですよ?」
「あなたが本気で学びたいと思うのなら構わないわよ?」
「……お願いします! お母さんの病気を治してあげたいんです!」
「決まりね。私の名前はルナ。よろしくね」
「私はティアと言います。よろしくお願いします! お師匠様!」
「えとえっと僕はコン太って言います。よろしくお願いします! ルナ師匠!」
ティアとコン太はエルフ族のルナという師匠を得られた。
長身の男に感謝するティアとコン太だった。