のほほん50
とある兵舎の一室の前にアリアが立っていた。
コンコン
「入っていいぞー」
「失礼します。珍しいですね。オランド隊長が事務作業など……いつもはめんどくせーって言って私に押し付けるじゃないですか」
「いやなに、気になることがあってな」
「気になること……ですか」
「あぁ、昨日も話題になってたろ?」
「ハイウルフの件ですか?」
「おう、ハイウルフの討伐回数が極端に減りだしたのは1年と数か月前みたいだな」
「えぇ」
「気になって調べてみたらよ。あいつが辞めて少ししてから討伐回数が減りだしたんだ」
「ヴィータですね?」
「おう、アリア、お前は気付いてたな?」
「深くは考えていませんでしたけどね」
「将軍はもう気付いているはずだ。俺も兵士に戻れというつもりは無いけどな。可愛い後輩のその後が最近になって気になりだしたわけだ」
「それでどうするつもりなんですか?」
「なぁに、久々に会ってみようと思っただけさ」
「そうですか、では私も支度してきます」
「ついてくる必要ねーぞ」
「私にとっても可愛い後輩ですから」
「そうかい。じゃあ30分後に兵舎の入口に集合だ」
「わかりました」
オランドとアリアは支度を整え兵舎の入口に集まり、ヴィータが住む家へ向かう。
「お前私服なんて持ってたのか? 一人で出かけずにずっと兵舎で過ごしているからないと思ってたぞ」
「周りがどう思おうが、私は女ですよ。私服くらいちゃんと持っています」
「そして兵士でもあると、ちゃんと剣は持ってきたんだな」
「当たり前です。いついかなる時も戦えるように装備は持ってきます」
「さっすがだな」
そんなやり取りをしながら少しずつ人気のない道へと歩んでいく。
「まさか、あいつがあの家を買うとは思ってなかったぞ」
「ヴィータの住む家のことを知っているんですか?」
「あぁ、俺が昔買おうと思ってた家だ」
「昔?」
「あぁ、昔、結婚しようと思ってた女のためにな。あいつは王都みたいな人の多い場所があまり好きじゃなくてな。でも王都にも人気のない場所があった。それがヴィータが今住んでいる場所だ」
「少しは前を見て歩けるようになったんですね?」
「あれからもう10年以上経ってる……多少はな」
「……ふぅ……まだまだかかりそうですね……」
「何か言ったか?」
「いいえ何も」
「そうか? おっ、見えてきたな」
「思っていた以上にいい場所みたいですね」
「あぁ、移動が大変そうだけどな」
オランドとアリアの歩く道からヴィータの住む大きな家が見えてきた。
カーン!
カーン!
カーン!
「この音はなんだ?」
「鍛冶の音でしょう」
「あいつ……鍛冶職人になったのか。似合わねぇな」
「同感です」
ガチャ
チリチリーン
「いらっしゃいませー! おや、何ヵ月ぶりでしょうか新しいお客が来たのは……」
「邪魔させてもらう」
「失礼します」
「ごゆっくりー!」
オランドとアリアは店の中を見て回る。
じっくりと武器を観察していた。
「あいつが打ったのか? 不器用な奴だと思ってたが……」
「ここに置いてあるのはすべて質がいいですね」
「嬢ちゃん、ここの装備は皆同じ奴が作ってんのか?」
「えぇ! うちの店主が作った物だけを置いてますよ!」
「あのヴィータがねぇ……」
「おや? へっぽこ店主と知り合いですか?」
「おう、あいつが兵士の時の先輩みたいなもんだ」
「ふふっ……へっぽこ。言い得て妙ですね」
「アリア、お前が笑うなんて珍しいじゃねーか」
「失礼ですね。私も面白ければ笑いますよ」
「だけどあいつが店なんか出せるとは思えねーけどな」
「そうなんですよ! 聞いてくださいよあのへっぽこっぷりを!」
そうしてヴィータの数々のやらかしぶりをティアから聞かされるオランドとアリア。
「要領が悪くて不器用だとは思ってたがそこまでとはな」
「えぇ、私の上司と同じくらい不器用ですね」
「その上司ってのは俺のことか?」
「それ以外にいますか?」
「……ったく」
「しまった。またお客さんに愚痴を言ってしまいましたよ……そうだ。へっぽこ店主と話しでもしていきますか?」
「あぁ、今日はそのつもりで来たんだ。頼めるか?」
「もちろんですとも、呼んできますね!」
ティアはそう言ってヴィータを呼びに行った。
「オランド隊長! アリア先輩も! お久しぶりであります!」
店の奥から現れたヴィータが2人を見ると兵士だった頃のように、右手を胸に当てて敬礼する。
「久しぶりだなヴィータ。お前はもう兵士じゃないんだから敬礼なんかいらねーぞ」
「久しぶりですね」
「い、いやー、つい癖で……」
「兵士辞めて1年以上経ってるってのに、その辺は変わらねーな!」
「ここで昔話をするのもあれでしょうから、2階へ案内してはどうですか?」
「そうだね。お二人ともどうぞ上がってくださいであります」
「あぁ、そうさせてもらおうか」
「お言葉に甘えさせてもらいましょう」
オランドとアリアを2階へ案内したヴィータとティア。
ティアは3人分の飲み物を用意してそのまま店番に戻った。
「良い家ですね」
「ありがとうであります!」
「お前が鍛冶を始めたなんて知らなかったが、ずいぶん頑張ってるじゃねーか」
「自分ではいい装備を作れているのかいまいちよくわかってないであります」
「はーん?」
「ティアがいてくれるおかげで何とか生活出来ているでありますよ」
「目利きが出来ないのに職人ですか。相変わらずよくわからない子ですね」
「い、いや~」
「とにかく兵士辞めて腑抜けになってなくてよかったぞ。将軍も心配してっからなたまには会いに行ってやったらどうだ?」
「……俺には会う資格がないであります」
「そんなことねーさ」
「それに、自分自身でやりたいことを見つけたでありますよ」
「……そこに立てかけてある二刀がそのやりたいことか?」
オランドは近くに立てかけてあった二刀をヴィータの愛刀とすぐに見抜いた。
「まだまだ全然ダメであります。もっと……もっといい物を作れなければ……きっと……」
「……あの帝国将には勝てない……か?」
「え、えっと……そ、その……」
「はっきりと言いなさい!」
「そ、そうであります!」
「その弱気は兵士を辞めても変わらないようですね」
「ま、目標はデカければデカいほどいい。やるだけやってみろ。お前ならきっと出来る」
「オランド隊長……ありがとうであります!」
ヴィータの尊敬する一人であるオランドからの激励。
ヴィータのやる気はまた上がる。
「ところでヴィータ」
「なんでしょうか?」
「最近兵士たちの間でハイウルフが狩れなくて小遣い稼ぎが出来ないって嘆かれててな。その原因はお前か?」
「えっと……危険なのはわかっているでありますが、生活がかかっていて、俺が倒せる数少ない魔獣であります。だから仲間達には申し訳ないと思っているでありますが……」
「やっぱりお前だったか。兵士たちのことなんて気にすんな。仕事が減る分、鍛錬する時間が増やせると将軍は喜んでいたぞ」
「将軍が……それなら俺も嬉しいであります!」
「そんで、一緒に狩れる仲間でもいるのか?」
「いえ、一人であります!」
「「は?」」
ヴィータの返事にオランドが、アリアまで素っ頓狂な声をあげてしまった。
「あ、正確にはティアとコン太が一緒であります!」
「ティアってのはあの女の子のことだな?」
「コン太というのは先ほどポーションを作っていた獣人の子ですね? とても戦えるとは思えませんが」
「2人とも戦う力はないであります! だから俺が出来ない素材集めを代わりにやってもらって、俺は2人を守りながら狩ってるであります!」
「くっくっく……あっはっはっはっは!!! そうかそうか!! こりゃ傑作だ!!!」
「な、何かおかしなことを言ったでありますか!?」
「あなたは少し……いえ、言っても無駄でしょう。怪我だけはしないようにしなさい」
「はいであります! アリア先輩!」
………………………………
「毎度あり―!!」
ガチャ
チリチリーン
昔話に花を咲かせた後、オランドとアリアはヴィータの作った武器をそれぞれ1本ずつ買い、店を出た。その見送りにヴィータとティアが外へ出てきていた。
「オランド隊長にアリア先輩まで、わざわざ武器を買わなくてもよかったでありますよ」
「良い武器なのは間違いないんだからな。買って損はない」
「目利きが壊滅的なヴィータにはわからないでしょうけど、王国から支給される武器よりいい出来ですよ」
「……うそだぁ……」
「これだからへっぽこ店主は……先輩方の言うことすら信じられないのですか」
「ヴィータだから仕方ないですね」
「ところであそこに置いてある色々ボロボロな鎧は王国の鎧か?」
「そうであります。失敗して装備出来ないようなものでありますが、初めて防具を作ろうと思った時に真っ先に思い浮かんだ防具でありますよ」
「あ、あの無駄に重い鎧は王国御用達の鎧だったんですか!?」
「うん、そうだよ」
「ま、5年も装備し続けた鎧だからな。王国の紋章もばっちりあるじゃねーか。悪用するなよ!」
「もちろんであります!」
「じゃあそろそろ帰るか」
「そうですね」
「オランド隊長、アリア先輩。またいつでも歓迎するであります!」
「おう、じゃあな」
「元気で」
そうしてオランドとアリアは兵舎へと戻っていく。
「しかし驚いたな。ヴィータの奴、自分がどれだけ馬鹿なことやってるか気付いてない」
「ヴィータですからね」
「ハイウルフを一人で狩るなんざ、レベル40台にでもならなきゃやらないようなことだぞ」
「兵士時代に散々劣等感を抱いていたようですからね」
「他の奴らが聞いても信じねーだろうな。将軍くらいか、話を信じそうなのは」
「そうでしょうね。自分に出来ないことをヴィータが出来るはずがない。それが王国兵たちのヴィータの評価ですから」
「しかも打倒帝国将とは驚きだ。あの戦争の時に何があったのやら」
「王やレフィリア様のような当時のことを知っている者達が言っていたことは事実でしょうね」
「あぁ、本人は記憶がないってんだからな」
「意識を失っていたとも聞きます。そのせいでしょう」
「打倒帝国将。確か風の噂でそいつは帝国の将軍になったんじゃなかったか?」
「えぇ、間違いなく」
「……そうか。ヴィータはもう新しい道を歩き始めている……か」
「いつまでも立ち止まっていると置いて行かれますよ」
「……わかってらぁ。俺がよく立ち止まってるってわかるな」
「ヘタレてるのは見てればわかります。そろそろ立ち上がってヴィータのように歩き始めてはどうです?」
「厳しいねぇ……わかっちゃいるんだがなぁ……」
「……はぁ……まだまだかかりそうですね……」
「うるせぇ、はいそうですねって言って簡単に立ち上がれたら苦労はしねぇよ」
「ヘタレ」
「うるせぇ」
2人はそれから兵舎へ戻っていつも通りに過ごした。
オランドが将軍にヴィータのことを話すと『そうか』と一言呟いてどこか嬉しそうにしていた。