のほほん48
とある王国にある決して平民の身分では入ることも許されない豪華な一室。
そこに1人美しい女性がいる。
「……レフィー……うふふ……ウヘヘ……キャー!!」
その美しい女性は今ベットに寝転び、柔らかい最高級の布団を抱き枕代わりにして妄想にふけっていた。誰もいないからこそできる妄想を幸せそうにしている。
いや、思い出して喜びを噛みしめているのかもしれない。
その美しい女性は王国のすべての民に愛され、王国の象徴として大切に扱われている。そしてその父親たる王も、娘の未来を考え、少しでもいい男と結婚させようと各国の事情を調べ、お見合いをさせようとしていた。
各国の王子たちも一目でいいからと何度も何度もパーティーの招待状を送ってくる。しかし、その娘である美しい女性は、すべて断り続けている。会う必要すらないと言わんばかりにお見合いのおの字が聞こえようものならお断りしますと言いきるのだった。
「……レフィリア様……レフィリア様!」
「え、エレノア!? い、一体いつからそこに!?」
「ノックをしても返事はなく、心配になったので許可なく入りました」
「あうあう」
普段人に、例えエレノアであっても見せることが無かった恥ずかしい姿を見られ、顔を真っ赤にして恥ずかしそうに顔を布団へ隠した。
「ところでレフィリア様、先ほどからレフィーと独り言をしていました、懐かしいですね。その呼び名はレフィリア様の母親である王妃様がレフィリア様のことをそう呼んでいましたが……」
「……ひ、秘密です!」
「まさかとは思いますが……あの糞やろ……コホン! あの男にそう呼ばれたとかそう言うことではありませんよね?」
「……エヘヘ……ち、違います!」
「もう隠せてすらいませんよ!!!……あの糞野郎……どのようにしてこの世から葬ってくれようか……」
「エレノアこそ隠せていませんよ!!! そのようなこと、少しでもやったとわかればこの私が黙ってませんからね!」
「くっ! わ、わかってますとも! しかしレフィリア様ももうすぐ19歳になられます! そろそろ結婚相手を……」
「必要ありません! その話は私にはまだまだ早すぎます!」
「何を言うのですか! 早すぎることはありません! それに誇るべきことに各国の王子たちが我こそはと……」
「会うつもりはありません! それこそエレノアの方が早く結婚相手を探した方がいいのではないですか!? エレノアの年齢は2……」
「レフィリア様!!! それ以上は例えレフィリア様であっても口にしてはなりませんよ!!! それに私は結婚などするつもりはありません! レフィリア様の護衛こそが至上の喜び、結婚をしては護衛が出来なくなってしまいます!」
最近のレフィリアとエレノアの話題は結婚を中心としたもののようだった。
落ち着きを取り戻した2人は休戦をしてティータイムへ。
「エレノア、そろそろ久々に……」
「なりません」
「さすがエレノアです。わかってくれているなら話が早くて助かります。早速準備をしましょう」
「私はなりませんと言ったのですよ!」
「良いではありませんか!」
「良くありません! もう視察をしても得られることはないでしょう! 結婚を視野に入れ各国からの招待を受けパーティーに参加すれば……」
「さぁ! エレノア、支度してください!」
「レフィリア様! この一つの選択が後々一生の後悔へと繋がるのですからね!」
「後悔などしません! さぁ早く!」
そうして、レフィリアはいつものように強引にエレノアを引き連れ視察へ出るのであった。
そこはいつもと変わらぬ景色、光景だ。
相変わらず人気は無く、鍛冶の音だけが鳴り響く。
カーン!
カーン!
カーン!
最近のレフィリアはその音を聞くと胸が高鳴る。
そこには自身の会いたいその人がいるということを知らせてくれる音だからだ。
早く会いたいという気持ちに突き動かされ早足になるレフィリア。
それを複雑な気持ちで見守るエレノア。
時が進み恒例になった日常だ。
ガチャ
チリチリーン
「いらっしゃいませー! おや、レフィーではありませんか」
「え、えっと、いらっしゃいませ!」
「こんにちは」
「お邪魔しますよ」
レフィリアによってきつく言いつけられているエレノアは、ティアの言う呼び方に思う所はあるものの我慢していた。
「この可愛い子は?……ま、まさか……」
「レフィーの考えは少し飛躍しすぎですよ。人間同士の間に獣人の子は生まれません。この子はコン太と言います。さぁコン太くん。挨拶してください」
「コン太って言います。よろしくお願いします」
ティアに言われた通り、素直に少し緊張した面持ちでぺこりと頭を下げたコン太。
「……可愛いです」
「このような子が王都にいたとは……」
小動物のような破壊力のある可愛さを持つコン太を初めて見る2人は見惚れていた。どちらかと言えばレフィリアよりエレノアの方が興味がある様子だ。2人はコン太に近づいて、許可を取ってからしばらく耳や尻尾はもちろんのこと、頭を撫でたりともみくちゃにしていた。
レフィリアとエレノアが来ていたことを知らずに鍛冶をしていたヴィータが、いくつかの装備を抱えてカウンターへやってきた。
「ティア、ここに出来た物置いておくから」
「えぇ、私が並べておきます。あぁそれと、へっぽこ店主。レフィーが来てますよ」
「レフィー? あぁ、レフィー、エレノア殿いらっしゃいであります!」
レフィーと呼ばなければ話をしないと釘を刺され続けたヴィータが無意識にレフィーと呼んだ。呼んでしまった。
「は、はい! ま、また来てしまいました……」
恥ずかしそうに、嬉しそうに顔を真っ赤にして返事をするレフィリア。
「貴様……レフィーだと? 私の目の前でついにレフィリア様のことを呼び捨てにしやがりましたね!? しかも自然に……当たり前のように……うらやま……コホン! 許されることではありません!! 今ここで私に斬り捨てられなさい!!!」
対するエレノアは黒い炎を背に宿し、隠し切れない殺意をヴィータに向けて詰め寄ろうとする。それをレフィリアとティアが必死に止め、コン太とヴィータはその様子を恐怖して見ていた。
「ぜぇ……ぜぇ……くっ! 私がここまで怒り狂うとは……生まれて初めてでしょうか……」
「私がそう呼んでいいと言ったのですよ! 城で何度もそうならないよう言い続けたではありませんか! 全くどうしてエレノアはヴィータさんのことになると抑えが効かなくなるのですか!?」
「そ、それは……日々あの者を見ると言い表せない殺意が沸いてしまうんです」
「直す気がないですね!」
「あの者のために態度を改めるなどと……不可能です!」
「言いきりましたね!? 以前、ヴィータさんに謝っていたではないですか!」
「……あれは……私自身どうしようもなかった状況を……奇跡的に救ったからこそ……」
「もう……次からそのようなこと無いようにしてください! でなければ護衛を変えますからね!」
「わ、わかりました……」
ヴィータのこととなると熱くなる2人。
初めて出会った時の第一印象が違い過ぎたことが原因だった。
レフィリアはどんなに遅れようとも必死に追いつこうと努力する努力家と見えたのに対し、エレノアは何一つ課せられたことをこなせない役立たずという印象を持ってしまった。
時が経ってもその印象は中々覆せないエレノアだった。
「……店主さん、また手を怪我してます。僕に治させてください」
「ん? そうだね、お願いするよ」
鍛冶をすれば度々手を怪我するヴィータを、コン太は治そうと何度も回復魔法を使うのだが、以前と変わらずうまくいかない。
「……ヒール……ヒール……」
「いつもありがとうコン太」
「……ごめんなさい。全然上手くいかないです」
「いいんだ。その気持ちだけで充分なんだから」
もう何度目のやり取りだろうか
ティアは支援魔法こそ使えるが、回復魔法は専門外だ。ヴィータは魔法なんて使ったことも無い。使い方を教えることが出来ないティアとヴィータの悩みの一つだ。コン太のために教えてあげたい、けど教えることが出来ない。
「コン太くんは回復魔法が使えるんですね?」
「でも……僕全然……ダメで……」
「ふふ、私が教えてあげましょう。コン太くん、もう一度ヴィータさんの手を治してあげましょう」
レフィリアはコン太に近づき、ヴィータの元へ。
ヴィータに膝をつくよう促し、怪我する手を差し出してもらった。
ヴィータの傷ついた手をコン太の両手で包み込むように指示を出した。
「良いですかコン太くん。ヴィータさんの手を見てどう思いますか?」
「……痛そうです」
「それ以外には何か思うことありますか?」
「……治してあげたいです。痛くないようにしてあげたいです」
「えぇ、私もそう思います。その気持ちを強く強く思いながら回復魔法を唱えてください」
「はい……ヒール……」
「これは……」
「さすがレフィリア様です」
レフィリアの優しく導くような指導をコン太は素直に聞いた。
すると小さく淡い光だったその光は先ほどまでと違い強く光り輝き、ヴィータの手が癒されていった。火傷の跡や腫れた指が少しだけ治ったように見える。
「……出来た……出来ました!」
「良く出来ました! ただ魔法を唱えるだけではダメなんです。治してあげたいと強く思うことが回復魔法を成功させる条件ですよ」
「はい! ありがとうございます! お姉さん」
「ふふ」
「あ、あの! もっと回復魔法のことを僕に教えてもらえませんか?」
「もちろんいいですよ。でも私はあまりここに来ることが出来ません。それでもいいですか?」
「は、はい! よろしくお願いします! 先生!」
「どうせなら……レフィー先生と呼んでもらいましょうか」
「はい! レフィー先生!」
キラキラと目を輝かせるコン太をレフィリアとヴィータは優しく2人で微笑んでいた。その2人は子の成長を喜ぶ親のようにも見える。微笑ましい光景だった。
「お似合いですね」
「……お似合い?」
「えぇ、家族のように見えます。見えませんか?」
「……家族」
「エレノアさん?」
「ヴぃいいいいたああああああああ!!! 貴様あああああああ!!!」
「はっ! へっぽこ店主とレフィーの話題は禁句でした!! 落ち着いてくださいエレノアさん!! 店が! 店がダメになります!!! 修理費を出せるほど私達には余裕がないのですよ!!!」
エレノアはレフィリアとコン太。そしてその相手がヴィータでなければいい話で終わらせることが出来たのだろう。相手がヴィータだと気付くまでは見とれていたのだから。
エレノアを必死に止めるティア。エレノアの殺気に怯えるヴィータとコン太。エレノアに呆れつつ止めに入るレフィリア。
そんな日常が今日も過ぎていった。