のほほん45
「ではそろそろ森へ行きましょう!」
「……森?」
「そうですとも」
「森は危険だよ。視界も悪くなるし」
「森以外でどうやって薬草を採るというのですか? こんな平原にあるわけないでしょう」
「……確かに」
「へっぽこ店主の言う通りにしますから、薬草を採りに行かせてください。でなければこの分厚い本を持ってきた意味がないですよ」
「でも危険だからね。ちゃんと言うこと聞いてくれよ」
「へっぽこ店主は本当に心配性ですね! コン太くんもちゃんと言うこと聞きますよね?」
「はい!」
3人は森へ入っていく。
森は薄暗く、草木が生い茂って視界が悪い。
いつどこから魔獣が襲ってくるのかわからない。
だから冒険者であっても目的がない限り、入っていく事はない。
木材を手に入れようと何人かの護衛をつけて森へ入っても、必ずと言っていいほど負傷者、もしくは死者が出る。森はそれだけ危険な場所なのだ。
ただその分その危険に見合うだけの、素材の宝庫でもある。
森で採れる素材は貴重な物がたくさんある。
命がけで採りに行く者もいない訳ではない。
ティアとコン太はヴィータが見守る中、薬草大辞典を見ながら薬草を採り続ける。ティアはその他にも売れる素材が見つかれば嬉しそうに道具袋へと詰め込んでいった。
「あ! あんなところにも薬草があります。採ってきます!」
森へ入ってしばらく経ち、魔獣に襲われることがほとんどなく、襲われてもヴィータが2人をしっかり守っていたために、警戒心が緩んでしまったコン太が目に映った遠くに生えている薬草を採りに行ってしまった。
「コン太! 危ないからあまり離れちゃダメだ!」
「……まずいですよ。聞こえてないみたいです」
タイミング悪く遠くからブーンと羽音が聞こえてきた。
2匹のキラービーがコン太に狙いを定め近づいている。
コン太は薬草を採るのに夢中で気付いていない。
「へっぽこ店主!」
ティアの声が聞こえる。
このままじゃ間に合わない。
このままじゃ守れない。
このままじゃ……
ドクンと脈打つ。
身近な人達を守れなくて、どうしてレフィリア様を守れる?
ドクンと脈打つ。
ヴィータの記憶にはないはずの、帝国将との戦いの記憶がほんの少しだけ流れ込む。
ドクンと脈打つ。
無意識に体が動き出す。
まるで自分自身の戦い方を最初から知っていたように。
魔力が瞬時に足に溜まり、溜まった瞬間にコン太を守るために飛び出した。
ドン! という音と共に瞬時にコン太に襲いかかるキラービーの1匹を斬り殺す。
勢いがありすぎたのか1匹を倒しそのまま通り過ぎてしまう。
しかし、木を壁代わりにして反転、キラービーの反撃を受けるも構わず斬り殺す。
コン太はその戦いを見て、自分がヴィータとティアから離れ過ぎてしまっていたことにようやく気付いたようだった。
反撃を受けたヴィータの腕からは血が流れていた。
「コン太、怪我はないか!?」
「え、えっと、ぼ、僕……」
「コン太くん! 怪我はありませんか!?」
「ぼ、僕はだいじょぶです……でも店主さんが」
「大事に至らなくてよかったですよ。へっぽこ店主は……大丈夫じゃなさそうですね」
「これくらい平気さ。兵士だった頃はもっと酷い怪我してた」
「……兵士も大変なんですね」
「コン太が怪我しなくてよかった」
ヴィータがコン太の頭に手を乗せて優しく撫でる。
コン太は自分がどれだけ愚かなことをしたのか理解して泣いてしまった。
「……グスッ……ごめん……なさい……」
「次はこうならないように気を付けてくれればいいよ」
「……はい……グスッ……」
「怪我……どうしましょうかね」
「僕に……見せてください」
コン太はヴィータの怪我した腕の近くまで行き、小さな両手を怪我したところまで近づけた。
「……ヒール」
コン太の手から僅かながら光が灯る。
しかしすぐにその光は消える。
「……ヒール……ヒール……」
何度か試すもやはり効果がない。
コン太は悔しそうに俯きまた涙を流す。
「回復魔法が使えるのですか? 凄いですねコン太くんは」
「薬師さんに……グスッ……教えてもらったけど……全然出来なくて……グスッ……」
「それでも凄いです。回復魔法に適性がある人は少ないのですから、これから頑張って身につけていけばいいのですよ」
「コン太のおかげで痛みが引いたよ。ありがとう」
そう言ってヴィータがまたコン太の頭を優しく撫でる。
「そうですね……応急処置程度ですが、破れた服で止血しましょう。王都に戻ったら医者に見せれば何とかなるでしょう」
「そうだな。毒針で刺されたわけじゃないからすぐに診てもらう必要はないと思う。さぁ、薬草を集めるんだろ? 今度は遠くに行かないようにな」
「はい、気をつけます」
目を擦りながらコン太は言う。
薬草採取を再開したティアとコン太を周囲を警戒しながら見守るヴィータ。
そんなヴィータを見るティアが疑問を口にする。
「へっぽこ店主、さっきのは一体どうやったのですか?」
「さっきって?」
「……コン太くんを守った時ですよ。いつも以上に凄かったですよ。素直にそう思います」
「……わからない」
「……わからないってどういうことですか?自分でやったんでしょう?」
「うーんうーん」
「本気でわかってなさそうですね。まぁいいです。無我夢中ってやつだったんでしょう」
ヴィータ自身も驚いていたことだ。
体が急に軽くなったような、そんな感覚。
自分の記憶にはない。
帝国将との戦いの記憶。
夢で見たことがあるような不思議な感覚。
頭の悪いヴィータは考えても無駄だと頭のどこかへと追いやって、2人を守ることに集中することにした。