のほほん43
「では早速作ってみましょう! 材料はコン太くんが言ったものを用意してみましたよ」
「は、はい」
「緊張しなくていいですよ。コン太くんを雇ってくれたあのへっぽこ店主はよく失敗して損失を出してますからね」
「が、頑張ります!」
「元気でよろしい!」
コン太の身長はティアよりも低く、大人が作業できるように設計されて作られた作業台から耳がちょこんと出るくらいだ。そんなコン太は一生懸命イスに上り、せっせと薬草を煎じている。
「……カワイイですね……」
コン太が真面目に頑張るその姿は小動物が遊んでいるようにも見えなくはない。
両手で一生懸命薬草を煎じると、耳がピョコピョコ動き、尻尾は揺れる。
とても微笑ましいその姿にティアはにやけないように必死に我慢する。
井戸からくみ上げた綺麗な水と、いくつかの薬草を混ぜ合わせ、火で水の温度を上げると水の中にある薬草が水と混ざり合い溶けていく。
すると少しずつ色が変わり、最後にボン! と音を立てる。
「で、出来ました!……けどやっぱりダメです」
「出来るだけでも凄いと思いますが、確かに売り物にはならない品質ですね」
「……ごめんなさい」
「最初からいいものが作れるとは思っていませんよ。私が買ってきた薬師入門書を見て何が足りないか、勉強してください! 字は読めますか?」
「読めます!」
「やはりへっぽこ店主より優秀そうですね! それにしても可愛いですね。抱きつきたくなります!」
「ティアさん!?」
「他人行儀ではなくティア姉さんと呼びなさいな! 弟が欲しかったんですよ! 耳と尻尾がモフモフでたまりません! ほっぺもプニプニではないですか! たまらん!」
「ティア姉さんくすぐったいです」
我慢出来なくなったティアがコン太の耳と尻尾を触りながらほっぺに頬ずりをする。ティア姉さんと呼ばれたことで『ヒャー!! たまらん!!』と興奮してしばらく離さなかった。
「これだけで雇った価値がありますね! ですが邪魔をするわけにはいきませんからね。コン太くん、お母さんを助けられるように頑張ってくださいね」
「はい! 頑張ります!」
「よろしい! 出来上がった物は私に持ってきてください。売れそうなものがあればお店に出しますから」
「わかりました!」
「素直な子はなんでこんなに可愛いのでしょうか」
調合場から出ていく前にティアは椅子から落ちないように気を付けるのですよと注意して出ていった。
お母さんを助けたい。
その一心で頑張るコン太は返事をした後もせっせと本を読みながら作業をしていた。
「ティア姉さん」
「ん? どうかしましたか?」
「そろそろ帰らないとお母さんが心配するから……」
「なるほど、門限ですね。わかりました。そうですね、午前中はへっぽこ店主に付いて行くのですがコン太くんはどうしますか?」
「何をするんですか?」
「へっぽこ店主が魔獣を倒して、私がその魔獣の素材集めをするのですよ。ついでに見つかったら薬草も集めようと思います」
「薬草……僕も一緒について行って勉強したいです!」
「ふふふ、コン太くんのその気持ちは本物ですね! ちょっと待っててください。へっぽこ店主を呼んできましょう」
ティアは鍛冶場で作業しているヴィータを呼んだ。
「どうかしたの?」
「明日から魔獣討伐に行く際にコン太くんも連れていこうと思いまして」
「……ダメだ」
「そう言うと思ったので、説得することにしたのですよ。さぁコン太くん、あなたの意思をちゃんと伝えるんですよ!」
「はい! 店主さん、僕も連れていってください!」
「ダメだよ。コン太はまだ小さいし、外はとっても危険なんだ。本当ならティアだって連れて行きたくないんだよ」
「……でも、でも僕は行きたいです! 薬草集めたり、荷物持ったりして役に立てるように頑張りますから……だから!」
「……でもなぁ……」
「へっぽこ店主、薬師は当然ですが薬草に関する知識は絶対に必要ですよ。今はまだいいですが、王都にある店だけではいずれ必要な薬草が手に入らなくなるでしょう。へっぽこ店主はコン太くんの要求する薬草を探せますか?」
「……無理です」
「そうでしょう。残念ながら私も薬草に関しては全くの無知と言っていいでしょう。私も勉強しますが、コン太くんがいればより効率よく出来ます」
「でも守れるとは思えないんだ。俺はそんなに強くない」
「私はそうは思いません。外ではへっぽこ店主の指示は絶対に聞きます。ですから連れて行ってあげてください。この子は本気ですよ」
「店主さん、お願いします!」
コン太から強い強い意思を感じる。
それはヴィータがレフィリアを守りたいと思う気持ちと同等だった。
「コン太。俺は弱い。だから君を守れなくて怪我をさせてしまうかもしれない」
「……それでも!」
「…………わかった。俺の言うことはちゃんと聞いてくれるか?」
「はい! 絶対守ります!」
「ふぅー……わかったよ」
「ありがとうございます! 店主さん!」
「よかったですね。コン太くん。朝は早いですからね! 寝坊は許されませんよ!」
「が、頑張って起きます!」
「よろしい! そういえば時間は大丈夫ですか?」
「あ! お母さんが心配しちゃいます」
「気をつけて帰るんですよ」
「はい! また明日お願いします!」
すすり泣いて座り込んでいた時とは違い、コン太は元気よく走って帰っていった。
「さて、頼みましたよへっぽこ店主。コン太くんの気持ちは本物ですからね」
「そうだね。やるしかない」
「その意気ですよ」
………………………
「ただいま!」
「あら? おかえりコン太。もうすぐご飯ですからね。手を洗ってきなさいな」
「はーい!」
コン太の母親はそう言って夕食をテーブルへと運ぶ。
「「いただきます」」
「それにしても、元気が出たみたいね。よかったわ」
「うん! お母さんの病気治せるようになるのを手伝ってくれる人と会えたんだよ!」
「そうなの? よかったわね」
「うん!」
医者が見つからず、薬師も見つからなかった時のコン太はとても追い詰められていて、元気がなかった。病気をしている自分を治そうとしてくれている。その気持ちだけで十分だと何度言い聞かせても効果はなかった。
薬師の元で勉強を始めたと聞いた時はとても元気になっていた。けど半年ほど経つとまた同じように元気がなかった。師匠が病気で亡くなったことと、また振出しに戻ってしまったことで元気を失ってしまっていた。
そのコン太がまた元気になってよかったと思う母親。
その元気な姿を見れるだけで十分なのだろう。
「コホッ、コホッ」
「お母さん大丈夫?」
「大丈夫よ。コホッ、コホッ」
「僕が絶対治せるお薬作れるようになるから……」
「えぇ、待っているわね」
「だから……いなくならないで」
「……えぇ、約束する」
不安そうに母親の手を握る。
その気持ちだけで母親は幸せになれる。
どうにかしてコン太を悲しませないように出来ないものかと悩む母親であった。